大晦日のコンサートに向かったら 第十九話

春希とかずさは、見送りに来てくれたみんなの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

空港の中、先ほどの騒ぎが嘘のように静かになる。

春希は電光掲示板を見た、天候にも飛行機にもトラブルは無い、予定通り運航する。

予定通り、かずさをウィーンに送り届けてくれる。

「そろそろ出発だな…」

「携帯、ちゃんと繋がるかな?」

「試してみるか」

Trrrr Trrrr

「――かずさ」

「あはは、大丈夫だ。春希の声、ちゃんと聞こえるよ」

「こっちも、よく聞こえるよ…」

携帯を耳にあてたまま、春希はかずさを抱きしめた。

卒業式の夜、雪降る公園でそうしたように。

「高校の卒業式の日みたいだ」

「俺もそう思った」

「今のあたしたち、電話を通してじゃなきゃ言えない事ってあるか?」

「――無いな、一つも」

電話を通してでないと言えない事は今の二人には無い。

でも、ちゃんと向き合ってではないと言えない事はある。

――たとえば、プロポーズとか。

「それじゃああたし行くよ」

かずさは春希の胸から離れると、春希の唇に軽くキスをした。携帯はまだ切れていない。

「係員の人に、注意されるまで電話してような」

「優等生の委員長の発言とは思えないな」

「何度も言ったはずだけどな、俺は高校生の時から変わったって」

「ああ、春希は変わった。そして他にも、色んなものが変わったな」

三年前と同じように、日本とウィーンとの間で離ればなれになる二人。それでも二人の表情は、三年前とは打って変わって明るいものだった。

なぜなら今、二人の心にあるのは一年後の、そしてその先の未来への期待。

かずさはピアニストとして、どこまで成長していくのか。

春希はマネージャーとしてピアニスト冬馬かずさをどのようにプロデュースし、彼女のピアノをどれほどの人に聴かせる事ができるのか。

そして二人は恋人同士として、どういう道のりを歩んでいくのか。

たしかに将来大変な事もあるだろう、でも今はその不安以上にこれからずっと二人でいられることへの喜びの方が大きかった。

かずさは春希と電話をしながら、搭乗口へ歩いていく。

「ウィーンに着いたらすぐに電話する」

「ああ、待ってる。日本食に恋しくなったら言ってくれ、送るから」

「グッディーズのなめらかプリンって送れるかな?」

「日本食っていったはずなんだけどな…まぁ送れたら送るよ」

「よろしくな、あ、ああ、はい、分かりました、いま…切ります。春希、今電話を注意された」

「そうか…じゃあ…切ろうか…」

「一旦切るな、一旦な」

「そう、一旦だ」

「――春希、愛してる」

「――俺もだ、愛してる…かずさ…」

電話が切れた。春希は胸元のネックレスを握りしめたまま、屋上へ向かう。

二人は空港で別れた。
三年前と同じように。

二人とも笑顔だった。
涙が止まらなかった三年前とは違って。

春希は空港の屋上から、飛行機を見送った。
三年前と同じように。

空は雲一つない快晴だった。
雪が降っていた三年前とは違って…

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