最終更新:ID:mZmXoXbRag 2014年02月19日(水) 04:42:40履歴
大晦日のコンサートに向かったら 第1話
『だって…言ってること何も変わってないんだもん。かずさを追い続けてた、あの頃の春希君と』
『こんなに愛が籠もっているのに? かずさへの気持ちが滲み出てるのに!?』
『こんな想いを込めたラブレター見せつけられて、わたし、どうやって納得すればいいの…?』
『わたしを抱くために、かずさに励ましてもらったんだよね』
『嘘つき、春希君の嘘つき』
クリスマスから何日経っただろう。
春希はあの日から外との関わりを一切立ち、布団の中に逃げ込み続けている。食事は最低限の量だけ。カーテンを常に閉め、時の感覚はもうない。
いくら自分の殻に逃げ込んでも、追いかけてきて頭の中で鳴り響く雪菜の言葉。
雪菜の言葉がここまで春希を追い詰めるのは、彼女の言葉に誤りが無かったから。
春希は嘘を吐き続けている。雪菜、武也、依緒、そして春希自身に対して…
春希はかずさを忘れていなかった。
春希はかずさを愛し続けている。
かずさを貶める表現を使い、彼女を忘れた事を証明するために書いたアンサンブルの記事を、雪菜からかずさへのラブレターだと言われてしまった。
北原春希が今可能な、かずさへの最高で最低な拒絶を雪菜に否定された。
春希がかずさを忘れていないという雪菜の言葉を、否定できる根拠を自分の中からいくら探そうとしても、もう見つけることができなくなってしまった。
いくら忘れようとしても、拒絶しようとしても心の奥底から滲み、湧き出てくるかずさへの愛を一体どうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
◇◇◇
北原春希は高校時代、冬馬かずさと小木曽雪菜という自分を愛してくれた二人の女性を傷つけてしまった。彼は二人に対する贖罪と、自分の心を慰める方法に『かずさも雪菜も両方を忘れる』という決断をした。
大学に入った春希は何もかも忘れられるような濃密な時間を作ることに没頭した。
バイトはどれも忙しいものを選んだ、学業もおろそかにしない。ゼミなどでの人間関係も最低限構築しておき、武也たちからの誘いを断る口実作りに利用した。
そんな目まぐるしく忙しい日々を送るうち、かずさのことを思い出す時間は減っていった。
しかし、大学構内でたまにすれ違ったり、武也や依織との会話の中でどうしても触れることになる雪菜の事はどうしても忘れる事ができなかった。
春希は、雪菜に下心ではなく純粋な愛情を向けていた友人、友近を嫉妬心から殴り、医学部の合コンでは雪菜の身を案じ、あらゆる手段を使って彼女を探した。
周囲の助けもあり、雪菜と再びささやかな交流を持つにつれ、春希が大学前に選択した「かずさと雪菜の両方を忘れる」という決意は薄れていき、「かずさを忘れ、雪菜と正面から向き合う」というものへと変わった。
その自身の決意の変化を、春希は歓迎していた。
――しかし、雪菜と過ごしたクリスマス。
春希にとってはかずさとの決別を示したアンサンブルの記事。
雪菜にかずさの事を忘れたことを、かずさを貶めることができるようになった事を証明するための記事。
その記事をかずさへのラブレターだと雪菜は『キレながら』春希に言い放った。
バスローブ一枚という姿のまま、あとその一枚が肌から滑り落ちれば、春希と初めて結ばれるというのに…
三年前、春希は二人の女性を自分の誤解と優柔不断さから傷つけてしまった。しかしその全ての責任が春希にあるわけでは決して無い。
二人の女性も責められるべき点がある。
それでも春希は二人の女性を責めることは一切せず、自分のせいだと自らを戒め続けていた。
優等生、北原春希。自分の事より他人を、周りを優先する人間。
――それでも彼は人間で、男だった。
過去の過ちから楽になること、自分を愛してくれる女性と触れ合う事を望んでいないわけでは無かった。
しかし『かずさを忘れる』ことが不可能だと証明されてしまった今、過去の過ちが許され、他の女性と触れ合う事もできないのだと、春希は気がついてしまった。
過去の過ちから逃れることはできない、かずさを忘れる事ができない。かずさ以外の女性とも触れ合う事は出来ない。
親と正常な関係を築けず、常にどこか孤独感があった春希の心がさらに深く抉られた。
孤独感が深く深く春希の心を抉っていく、その底を掘りきったとき、湧き出てきたのは冬馬かずさへの想いだった…
「(俺はお前を忘れようとした。何度も…何度も…何度も…
それでも…忘れる事なんてできなかった…
もしもう一度会えるのならば、正直な気持ちを伝えたい。
もう俺のそばから離れないで欲しい。
お前の隣に俺がいる事を許して欲しい。
お前の肌に触れる事を許して欲しい。
お前の親友である雪菜を傷つけてしまったことを許して欲しい。
雪菜との関係を、近づくことも離れることもできない拷問の様な関係を終わらせて欲しい。
これから先、ピアニストとして歩いて行くお前の隣で俺も一緒に歩いていることを許して欲しい…)」
「――あ…」
春希のかずさへの願望を思い重ねていると、自分とかずさの関係の歪さに気がついた。
――そして、春希がどうしてかずさを忘れられずにいるか、その決定的な理由が分かった。
春希がどうしてかずさを忘れられずにいるか、それは二人は別れたが、決してどちらかがどちらかを拒絶した訳ではなかったからだった。
かずさとの最後の空港での思い出、かずさとは最後まで抱き合い、唇を重ね、お互い涙を流し、先ほどまで抱き合っていた相手のぬくもりが体から消えていく事を惜しみながら離れた。
春希とかずさの二人は、お互い愛し合いながら別れたのだ。
その愛が、三年ぶりに再会したとしても、かずさが自分を受け入れてくれるという甘えた考えを自分の中に生んでいる、だから自分はかずさを忘れる事ができないのだと、春希は思った。
そしてかずさが愛してくれていた三年前の自分と、現在の自分を重ね比べる。
「(三年間で俺は変わってしまった。誰かに誠実であるために、誰かに誠実でいられないなんて男では無くなった。今の俺は誰に対しても誠実になんてなることができない。
今の俺はただ自分が楽になることしか考えられない。かずさの愛してくれた、おせっかいな委員長、北原春希はもういない。
かずさが今の俺を知り、俺を拒絶してくれればかずさを忘れられる。
かずさを本当に忘れたと言っても、雪菜はもう俺の言葉を信じてはくれないだろう。
でも…もしかしたら高校での事を知らない人となら、俺は新しい愛を育んでいけるかもしれない。
町の中、堂々と手を繋ぎながら歩く事のできる恋愛ができるかもしれない。冬だけじゃ無い。春も、夏も、秋も続く恋愛ができるかもしれない)」
「はははっ なぁかずさ。俺、自分のことしか考えてないぞ。自分が楽になることしか考えてないぞ。かずさ…どうすれば…俺はどうすれば、お前にまた会える。お前は今の俺に何て言って、俺を振ってくれるんだ? なぁ、かずさ…」
かずさと再会し、かずさに拒絶される。そうすれば新しい一歩を踏み出せる。そんな歪んだ期待が春希の中に生まれた。
その期待に春希は笑みを浮かべながらベッドに寝転び、高校時代、隣の席で寝ているかずさの姿を思い出していた。
授業中なのに堂々と机に突っ伏して寝ているかずさ。寝ているはずなのになぜか春希がかずさの方を向くと、さっと顔をそらす仕草をみせていた。
でも今、春希がかずさを見ているというのに、かずさは顔をそらす仕草をしなかった。
――そらす必要などないのだ、なぜなら今、思い出の中の彼女は春希の方など見ていなかったのだから…
思い出の中で春希は優等生でいることをやめた。黒板の方など見ずに、ずっと寝ているかずさを眺めていた。
窓から入ってくる日が、かずさの艶めく黒髪に光を差す。
居眠りをしているかずさを見ていたら、春希もなんだか眠くなってきた。
「なかなか気持ちの良いものなんだなぁ、かずさ…」
春希は学校生活で初めて、授業中に居眠りをした…
『だって…言ってること何も変わってないんだもん。かずさを追い続けてた、あの頃の春希君と』
『こんなに愛が籠もっているのに? かずさへの気持ちが滲み出てるのに!?』
『こんな想いを込めたラブレター見せつけられて、わたし、どうやって納得すればいいの…?』
『わたしを抱くために、かずさに励ましてもらったんだよね』
『嘘つき、春希君の嘘つき』
クリスマスから何日経っただろう。
春希はあの日から外との関わりを一切立ち、布団の中に逃げ込み続けている。食事は最低限の量だけ。カーテンを常に閉め、時の感覚はもうない。
いくら自分の殻に逃げ込んでも、追いかけてきて頭の中で鳴り響く雪菜の言葉。
雪菜の言葉がここまで春希を追い詰めるのは、彼女の言葉に誤りが無かったから。
春希は嘘を吐き続けている。雪菜、武也、依緒、そして春希自身に対して…
春希はかずさを忘れていなかった。
春希はかずさを愛し続けている。
かずさを貶める表現を使い、彼女を忘れた事を証明するために書いたアンサンブルの記事を、雪菜からかずさへのラブレターだと言われてしまった。
北原春希が今可能な、かずさへの最高で最低な拒絶を雪菜に否定された。
春希がかずさを忘れていないという雪菜の言葉を、否定できる根拠を自分の中からいくら探そうとしても、もう見つけることができなくなってしまった。
いくら忘れようとしても、拒絶しようとしても心の奥底から滲み、湧き出てくるかずさへの愛を一体どうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
◇◇◇
北原春希は高校時代、冬馬かずさと小木曽雪菜という自分を愛してくれた二人の女性を傷つけてしまった。彼は二人に対する贖罪と、自分の心を慰める方法に『かずさも雪菜も両方を忘れる』という決断をした。
大学に入った春希は何もかも忘れられるような濃密な時間を作ることに没頭した。
バイトはどれも忙しいものを選んだ、学業もおろそかにしない。ゼミなどでの人間関係も最低限構築しておき、武也たちからの誘いを断る口実作りに利用した。
そんな目まぐるしく忙しい日々を送るうち、かずさのことを思い出す時間は減っていった。
しかし、大学構内でたまにすれ違ったり、武也や依織との会話の中でどうしても触れることになる雪菜の事はどうしても忘れる事ができなかった。
春希は、雪菜に下心ではなく純粋な愛情を向けていた友人、友近を嫉妬心から殴り、医学部の合コンでは雪菜の身を案じ、あらゆる手段を使って彼女を探した。
周囲の助けもあり、雪菜と再びささやかな交流を持つにつれ、春希が大学前に選択した「かずさと雪菜の両方を忘れる」という決意は薄れていき、「かずさを忘れ、雪菜と正面から向き合う」というものへと変わった。
その自身の決意の変化を、春希は歓迎していた。
――しかし、雪菜と過ごしたクリスマス。
春希にとってはかずさとの決別を示したアンサンブルの記事。
雪菜にかずさの事を忘れたことを、かずさを貶めることができるようになった事を証明するための記事。
その記事をかずさへのラブレターだと雪菜は『キレながら』春希に言い放った。
バスローブ一枚という姿のまま、あとその一枚が肌から滑り落ちれば、春希と初めて結ばれるというのに…
三年前、春希は二人の女性を自分の誤解と優柔不断さから傷つけてしまった。しかしその全ての責任が春希にあるわけでは決して無い。
二人の女性も責められるべき点がある。
それでも春希は二人の女性を責めることは一切せず、自分のせいだと自らを戒め続けていた。
優等生、北原春希。自分の事より他人を、周りを優先する人間。
――それでも彼は人間で、男だった。
過去の過ちから楽になること、自分を愛してくれる女性と触れ合う事を望んでいないわけでは無かった。
しかし『かずさを忘れる』ことが不可能だと証明されてしまった今、過去の過ちが許され、他の女性と触れ合う事もできないのだと、春希は気がついてしまった。
過去の過ちから逃れることはできない、かずさを忘れる事ができない。かずさ以外の女性とも触れ合う事は出来ない。
親と正常な関係を築けず、常にどこか孤独感があった春希の心がさらに深く抉られた。
孤独感が深く深く春希の心を抉っていく、その底を掘りきったとき、湧き出てきたのは冬馬かずさへの想いだった…
「(俺はお前を忘れようとした。何度も…何度も…何度も…
それでも…忘れる事なんてできなかった…
もしもう一度会えるのならば、正直な気持ちを伝えたい。
もう俺のそばから離れないで欲しい。
お前の隣に俺がいる事を許して欲しい。
お前の肌に触れる事を許して欲しい。
お前の親友である雪菜を傷つけてしまったことを許して欲しい。
雪菜との関係を、近づくことも離れることもできない拷問の様な関係を終わらせて欲しい。
これから先、ピアニストとして歩いて行くお前の隣で俺も一緒に歩いていることを許して欲しい…)」
「――あ…」
春希のかずさへの願望を思い重ねていると、自分とかずさの関係の歪さに気がついた。
――そして、春希がどうしてかずさを忘れられずにいるか、その決定的な理由が分かった。
春希がどうしてかずさを忘れられずにいるか、それは二人は別れたが、決してどちらかがどちらかを拒絶した訳ではなかったからだった。
かずさとの最後の空港での思い出、かずさとは最後まで抱き合い、唇を重ね、お互い涙を流し、先ほどまで抱き合っていた相手のぬくもりが体から消えていく事を惜しみながら離れた。
春希とかずさの二人は、お互い愛し合いながら別れたのだ。
その愛が、三年ぶりに再会したとしても、かずさが自分を受け入れてくれるという甘えた考えを自分の中に生んでいる、だから自分はかずさを忘れる事ができないのだと、春希は思った。
そしてかずさが愛してくれていた三年前の自分と、現在の自分を重ね比べる。
「(三年間で俺は変わってしまった。誰かに誠実であるために、誰かに誠実でいられないなんて男では無くなった。今の俺は誰に対しても誠実になんてなることができない。
今の俺はただ自分が楽になることしか考えられない。かずさの愛してくれた、おせっかいな委員長、北原春希はもういない。
かずさが今の俺を知り、俺を拒絶してくれればかずさを忘れられる。
かずさを本当に忘れたと言っても、雪菜はもう俺の言葉を信じてはくれないだろう。
でも…もしかしたら高校での事を知らない人となら、俺は新しい愛を育んでいけるかもしれない。
町の中、堂々と手を繋ぎながら歩く事のできる恋愛ができるかもしれない。冬だけじゃ無い。春も、夏も、秋も続く恋愛ができるかもしれない)」
「はははっ なぁかずさ。俺、自分のことしか考えてないぞ。自分が楽になることしか考えてないぞ。かずさ…どうすれば…俺はどうすれば、お前にまた会える。お前は今の俺に何て言って、俺を振ってくれるんだ? なぁ、かずさ…」
かずさと再会し、かずさに拒絶される。そうすれば新しい一歩を踏み出せる。そんな歪んだ期待が春希の中に生まれた。
その期待に春希は笑みを浮かべながらベッドに寝転び、高校時代、隣の席で寝ているかずさの姿を思い出していた。
授業中なのに堂々と机に突っ伏して寝ているかずさ。寝ているはずなのになぜか春希がかずさの方を向くと、さっと顔をそらす仕草をみせていた。
でも今、春希がかずさを見ているというのに、かずさは顔をそらす仕草をしなかった。
――そらす必要などないのだ、なぜなら今、思い出の中の彼女は春希の方など見ていなかったのだから…
思い出の中で春希は優等生でいることをやめた。黒板の方など見ずに、ずっと寝ているかずさを眺めていた。
窓から入ってくる日が、かずさの艶めく黒髪に光を差す。
居眠りをしているかずさを見ていたら、春希もなんだか眠くなってきた。
「なかなか気持ちの良いものなんだなぁ、かずさ…」
春希は学校生活で初めて、授業中に居眠りをした…
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このページへのコメント
ほよよさま
読んでいただいてありがとうございました。
「春希ぃ」は私も大好きなかずさの言葉ですが、かずさが春希に依存気味になっている時の言葉かなぁと思っております。
今回のSSではどちらかというと依存気味なのは春希ですので、その言葉出す機会があまりありませんでした。
面白かったです。
出来たらかずさの口癖の春希ぃが欲しかったですが。
最初に書いてある通り、かずさ派の人は納得出来るけど、雪菜派の人は納得出来ないでしょうね。
スプー様、読んでいただきありがとうございました。
ニューイヤーコンサートは春希と雪菜の仲が最悪の状況で講演されます。
そこにかずさが来てしまったら、もう勝負はついたも同然なので、葛藤はあまり生まれません。それはつまり、物語的にはおもしろく無いのです。
だから丸戸さんは、わざと春希をコンサートに行かせなかったのでは無いかと考えています。
堪能いたしました。このタイミングでかずさルートがあればなぁというのはかずさファン最大公約数的な意見だと思うので満足です。夢落ちで終わるretouchも好きなSSではありますが、やはりこういう話も読みたいのです。
コメントありがとうございます。
私の妄想ですが、一つの可能性のあった√として書きましたので、夢オチでは無く色々と決着をつける終わり方を目指しました。
その分、文量が多くなってしまったことをお許しください。20話ぐらいまでいってしまいました。
引き続きお楽しみ頂けたらと思います。