1曲目「届かない恋」が場を盛り上げると、2曲目「時の魔法」がしみじみと観客の心に染み入り、3曲目「ウェディング・ベル」が暖かく締めくくった。
 席を囲んだ友人達皆の心にいつまでも残り、後々までの語り種となるような演奏であった。

 演奏が終わると雪菜は「かずさ、ありがとう!」と声をかけたが、かずさは春希と雪菜に軽く手をふり笑顔を返すと、軽く観客に頭を下げ舞台を降りてしまった。

 雪菜はかずさを呼び止めようとしたが、小春の司会に遮られた。
「雪菜さん、素晴らしい歌声でした。普段から鍛えておられるだけありますね」
「え、ええ…」
「普段からカラオケでも友人の方そっちのけで歌っておられるだけありますね」
「あ、あはは。やだな。もう」
 小春がそんなネタをふっているうちにかずさは引っ込んでしまった。 




 かずさはびくびくしながら席に戻った。朋は大満足の激賞でかずさを迎えた。
「お疲れ様、冬馬さん。最高でしたよ!」
「いや、ちょっと曲紹介の時口が滑って…あんなつもりではなかったんだが…」
 周りの視線を気にして顔を伏せるかずさに朋は意外そうに言った。
「え? そんな気にするようなこと言ってたかしら?」

 朋は曲紹介の時のかずさの失言など全く気にしていなかった。もとより雪菜たちを焚き付けて+かずさには峰城祭での協力と引き換えにムリヤリこの1.5次会での余興を3曲に増やした彼女にとっては、演奏さえ堪能できれば結果オーライ大満足という訳だろう。

「まあ、気になった人はいたかもしれないけど。そんな人は黙っていてくれる程度には事情わかってる人じゃないかしら?」
 そう言って朋は隣のテーブルの依緒をチラ見した。

 依緒は見られたことに気付くと無関心を装い、視線を隣の武也に戻した。ちょうどそこに親志がやってきた。
「早坂か…ちょっと礼を言っておくか」
 かずさは隣のテーブルに向かった。
 
 武也は席にやって来た親志との会話を楽しんでいた。
「いやあ。早坂も久しぶりだよな。今は何をしてるんだ?」
「これこれ。この名刺のとおりや」
「ぶっ。『国際交流協会・オーストリア日本文化交流センター』!? はははははっ! 親志が国際交流!?」
「笑うなや。失礼やで。ま、似合ってへんのは重々承知やけどな」

 そんな親志に千晶が話しかけてきた。
「ねえねえ。早坂さん。仕事でウィーン行くの? 向こうでかずさと会ったりした?」
「ウィーンは去年も今年も何回か行かされたケドそんなプライベートでどっか行ってるヒマなんてあらへんあらへん。ワイ、まだぺーぺーやで」

 そんな千晶たちのところに向かっていたかずさの目が凍りついた。
 千晶の手には先ほどまでピアノに据えられていたかずさのスコアがあった。
 いつの間に!? 
「こっ…!」
 大声を出しかけたかずさだったが、周囲の注目を引くことを恐れ、声を抑えつつスコアを千晶から取り返した。
 そんなかずさをからかうかのように千晶はかずさの声まねをして言った。
「『返せぇ!』、は?」
 また周囲からクスクス笑いが漏れる。かずさは頭を押さえた。今日の来客には「あの有名な冬馬かずさも親しい友人達の間では弄られキャラ」との印象を与えてしまったかもしれない。

 かずさはスコアをめくる。が、挟んであったはずのモノがない。
「これ?」
 千晶の手にはかずさの探していたメモ用紙があった。
 呆気にとられたかずさはメモ用紙を取り返すに至らない。千晶はそんなかずさを尻目にメモ用紙を読み上げる。
「なになに、『幸せになる新郎君がついついうらやましくてキスしちゃいました。わたしにつられて続いてキスした不届き者についても御容赦頂ければ幸いです』と。 いやあ、ゴメンね。不届き者のフォローにまで気を配ってくれて」
 憮然とした表情のかずさを依緒が後ろからチクリと刺す。
「台本あったなら最初からそれ読み上げれば良かったのに」
「……」

 親志はそんなかずさたちの様子を見て、千晶に声をかけた。
「いやあ、皆さん仲良しなんやな。和泉さんはどちらで春希達と知り合いになったん?」
 千晶は事実を少しぼかして答えた。
「附属は同じ学年だったし、大学3年は春希と同じゼミだったけど、仲良くなったのはかずさの誕生会かな?
 かずさと知り合ったのは、かずさがわたしの劇を見に来てくれた時だね。わたしもかずさのファンだったし」
 かずさは眉を寄せつつ付け加える。
「ああ、ひどい劇だった。今も夢で見てうなされるよ」
「ああ〜っ。かずさひどいっ!」

 親志はそんな様子を見て笑顔で聞いた。
「いやあ、冬馬がちゃんとした友達に囲まれているみたいで、元クラスメートとしては一安心やで。
 しかし、立派になったなあ。どや冬馬。儲かりまっか?」
 かずさはこの『儲かりまっか?』が関西弁の挨拶代わりだということが解ってなかった。
「最近の奴らはクラシック音楽に、いや、音楽自体にあまり金使わないんだ。母さんの頃は億使って外国からピアニスト呼んでたくらいなのに。同じようにコンサート開いても昔の母さんの半分も稼げないんだよな」
 親志はそれに同調しつつ、くすぐりを入れる。
「そやな。わしも冬馬のCD買うたんやけど、ウチのおかんなんて『えーなあ。買うたん? コピーさせて』やで。
 ホンマ、冬馬が儲かってなかったら音楽科の奴らとかどないして生きてるんか心配でたまらんわ」

 かずさは少し表情を落として真面目に答えた。
「こないだ会った元音楽科の奴は調律師してた。あと、ピアノ教師とか。
 ピアニストになれた奴でも上級者への指導で稼ぎつつ細々コンサートやってく兼業ピアニストが多い中で、コンサートピアニストでやってけてるわたしが『昔ならもっと稼げたのに』なんて言うのは贅沢なんだろうな」

 親志は堅い話を和ませにかかった。
「せやせや。化粧品のCMはちゃんとギャラ払うてもろたん? 人のいい冬馬がどこかの悪どい化粧屋に騙されてないかと心配やったわ」
 武也が笑いながら負けじとわざとらしいエセ関西弁でノリツッコミを返す。
「ああ、冬馬はコロッと騙されて、って違うわ! 何言わせるねん。ちゃんと払ったわ。俺が払ったん違うけど」

 漫才を始めた男性陣を後目に依緒がかずさにボソッと言った。
「ま、かずさももう有名人だし。武也『とか』と真面目につきあってると疲れるから。友達付き合いはストレスを貯めない程度にしてくれればいいよ」
「ストレスを貯めていたつもりはなかったんだけどな…」
 そう答えるかずさの視線は春希達の席にあった。
 おりしも、ビール瓶を片手にした麻理がそこにいた。




「演奏お疲れ、北原。楽しかったぞ」
 そう言ってビール瓶を向ける麻理に春希は急いでグラスを空ける。泡立ちよく注がれたビールを春希は、
「ありがとうございます」
 と、一息にあおった。そのまま返盃までしようとする春希に麻理は遠慮しかけたが、春希は、
「いえいえ。いつも麻理さんにはお世話になってますから」
 と、余計な一言とともにビールを注ぐ。
 飲みこぼしバケツを使わず応対する春希に麻理は気後れした。

『おいおい、春希。こないだのあの件もあるのに『いつも』は余計すぎるだろ。雪菜さんも知ってるみたいだしな…』
 麻理は内心軽く毒づいた。
 春希の後ろから笑顔のままこちらを見つめる雪菜の視線が若干冷たい凄みを帯びてるように感じたのは麻理の気のせいばかりではなかっただろう。そんな視線を向けられる理由はあの空港での件以外にない。

「あ、ああ。いや、こないだお世話になったのはこちらの方だ。北原の情報がなければ、ニューヨークでの冬馬かずさとファイサルの特ダネをモノにして、こうして長い年末休暇を楽しむことなんてできなかっただろう」
 麻理は仕事の話に持ち込んで雪菜の疑念の視線を逃れようとしたが、春希にその意図は全く伝わらなかった。
「いえいえ。麻理さんのお役に立てるんだったらニューヨークだろうとどこだろうと馳せ参じますよ」

『北原のやつ! 私の忠告を全く忘れているじゃないか!』
 ますます冷たさを増す雪菜の視線を受けて麻理は冷や汗を流しつつ春希に説教した。
「北原…こほん。仕事熱心なのはよいが、これからはお前はお前一人じゃない。独り身の私が忠告するのもなんだが、これからは仕事と家庭、両方大事にしろ。以上だ」
「あ、麻理さん。ども」
 ぷいと切り上げて去る麻理を見て、春希の背をつねろうと伸ばされていた雪菜の右手は直前で引っ込められた。 
  



「なんか、雪菜さん表情硬いねえ。…まるで、今のかずさみたい」
 千晶の一言にかずさは虚を突かれた。
「いっ!? 何言ってんだ、千晶!?」
「仕事で一緒の女性に嫉妬しても仕方がないと思うけどなあ。第一、今は職場ニューヨークなんでしょ? あの女」
「な…何言ってるんだ!? 千晶!」
 図星を突かれ慌てふためくかずさに千晶はさらりと返す。
「わたしは雪菜さんの方の表情の事を言ってるんだけどね〜」
「…千晶、きさま…」
「あの女、かずさは取材されて会ってるんだよね? どんな女? 知ってる?」
「知ってるも何も…いいや! 知るか!」
 意地になって知らんぷりを始めたかずさを後目に、千晶はテーブル移動しようと席を立った。
「まあ、せっかくのパーティーだし、色んな業界の人と交流するのに越したことはないよね。1.5次会ってこういうとこ気軽にできていーよねー」
「くっ…勝手にしろ」
 千晶は興味津々の観察者の顔の上に礼儀正しそうな女性の仮面を一枚被せて開桜社のグループの面々のいるテーブルに向かった。


<目次><前話><次話>

このページへのコメント

再開嬉しいです、続きをまってます。

0
Posted by イシュト 2014年09月27日(土) 16:41:49 返信

しばらく間があいてしまいましたが、寒くなってきましたので再開に踏み切りました。よろしく。

0
Posted by sharpbeard 2014年09月26日(金) 20:34:43 返信

正直続きは望み薄かなあと思っていたので嬉しいですね。まだどの位続くのかは分かりませんが、今回かずさが春希や雪菜以外の人達との会話の場面は面白かったですね。続きを楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年09月23日(火) 21:42:25 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます