雪菜Trueアフター「月への恋」第五十二話「結婚を祝う会にて(2)」


 おしゃべりにぴったりなカクテル? 何にせよ、亜子も酒に弱いわけではない。一杯のカクテルで許してもらえるならおやすいご用だ。
「ええ、いいですよ。何を作られますか?」
「ないしょ。じゃ、あなたの彼氏…あ、いたいた。雪菜の弟君にも手伝ってもらうかな。おーい。孝宏くーん」
 亜子はなぜミチコが孝宏と自分の仲を知っているのか不思議がった。もとから「だれとく」のファンだったとかだろうか?

 呼ばれた孝宏がやってきた。
「何ですか? えーと、『榎多美智子』さん」
「ミチコでいいよ。ちょっと園田さんに対抗してカクテル作るから手伝って」
「? おれが? 何か?」
「向こうのカウンターで説明するよ」

 そう言って、ミチコは孝宏とカウンターで材料を集め始めた。
 まもなく、ミチコはカルーアとウォッカを持ってきた。
 ウォッカベース? ブラック・ルシアン? わりとスタンダードなカクテルだけど…
 その亜子の予想は、孝宏がショットグラスとスプレー式のホイップクリームを持ってきた時打ち砕かれた。
 あれか! やられた!
 亜子は顔をひきつらせた。

 ミチコが小さなショットグラスにウォッカとカルーアを注ぐと、孝宏はホイップクリームでこんもりとしたフタをつくった。
「まあ! 見事に盛っちゃって。ひょっとしてキミ、自信あり?」
「? いや、ファミレスのバイトでデザートプレートの盛り付けくらいは経験しましたけど?」
 孝宏はこのカクテルの正体を知らされてなかった。孝宏はウォッカを薄める目的で多めにクリームを盛ったのだろうが、亜子にとっては要らぬお世話だった。

 このカクテルの名前は「ディープ・スロート」。
 雪菜にしゃべってしまった亜子をウォーターゲート事件の情報提供者になぞらえて、「このおしゃべりめ」との意味をこめてこのカクテルをもってきたのであろう。
 しかし、このカクテルの名前の由来はウォーターゲート事件ではなく、その特徴的な飲み方にあった。

「はい、出来上がり。『ちゃんと』飲み方を守ってどうぞ」
 勧めるミチコに亜子は恐る恐る聞く。
「あの…普通に飲んじゃダメですか?」
 ミチコは邪悪な笑みで答える。
「『ちゃんと』飲まなきゃダメです。あなたほど博識なバーテンダーが飲み方を知らないとは言わせませんよ?」
 亜子は孝宏が見ているのでしばらくためらっていたが、近くにいた千晶や早百合が何事かと見に集まりだしたのを見て、「これ以上観客が増える前に…」とグラスに向かった。

 そして、手を使わず口でショットグラスをくわえると、グラスをくわえたまま顔を上に向け中身をぐいとあおった。
「ええっ!?」「わわっ!?」
 孝宏や早百合が驚きの声を挙げる。これが「ディープ・スロート」の正しい飲み方であった。

 空になったショットグラスをそのまま手を使わずテーブルに戻すと、亜子は孝宏の盛り付けた口いっぱいのクリームを飲み込みにかかった。
「く、うむ、んッ…」
 喉の奥を灼くウォッカの刺激に亜子は顔を歪ませた。
「む、うふゥ…くふっ…」
 ホイップクリームが意外に粘度が高くなかなか飲み込めない。亜子は口をくちゅくちゅ動かしてクリームをのどへと送る。
「ンッ…うむっ…はむっ…」
 のどにへばりつく孝宏のクリームを亜子はなんとか嚥下した。
 口の端からクリームが一筋垂れ落ちる。亜子はそれを口の周りのクリームとともに舐めとった。
「ちゅ…ちゃぷ…む…ふう…」

「いやあ、亜子ちゃん。凄くいやらしいわよ。その、クリームがアレで」
 からかう千晶に亜子は真っ赤になった。
「解説しないでください! 孝宏君もジロジロ見ないでよ!」
「あ、ゴメン…」
「ダメダメ。ミスコン11位の亜子ちゃんのこ〜んないやらしい姿見せられたら、世の男どもはドキドキで目を離せなくなるわよ」
「もう! 千晶さんったら!」

 そんな亜子の痴態に満足したのか、ミチコは笑顔でうんうんうなづく。
「よろしい。なかなかの飲みっぷり、堪能させていただきました」
「ごちそうさまでした、どうも」
 ほっと一息つく亜子に千晶がとんでもない提案をしてきた。
「ねーねー。面白そう! わたしにも今の一杯作って。亜子ちゃん。弟クン」
「ええっ!?」
 驚く孝宏からホイップクリームのボトルをひったくり、亜子が割って入る。
「私が作ります。孝宏君はあっちに行ってて」
「あ、はい」

 亜子が手慣れた手つきで、新たなショットグラスにディープ・スロートを作る。盛られたクリームを見て千晶がからかい気味に言う。
「ほう…孝宏君のもコレくらいのサイズなの?」
 亜子はムスリと黙って千晶の前にグラスを滑らせる。

「じゃ、いただきまーす。
 ああ、おっきい…あむ…」
 千晶はカチリとショットグラスをくわえこむとぐいと一気にあおった。
「ん!? ぐっ…」
 のどを突かれたような刺激に千晶は悩ましげに眉を寄せ、歯を食いしばって耐えつつ、ショットグラスをテーブルに戻す。
「んぐぐ…くむ…くあぅ…ぺちゃ」
 鼻から息を抜きつつ、口の中のクリームを器用に舌を使ってのどへ送る。
「ごほっ…にがいよぉ…べろ」
 最後に顔をトロリととろかせつつ唇の周りのクリームを舐めとった。
 亜子は「これは孝宏君には見せられなかったな」と思った。

 千晶の演技を鑑賞していたミチコは、しかし、とんでもない感想を口にした。
「色っぽく演技できてるけど、『まだ』の子が背伸びしているよなイタさが丸出しねえ」
「な、なななぁ!」
 千晶は屈辱に顔を紅潮させ聞き返した。
「何でよ!」
 ミチコは飄々とはぐらかす。
「あらあら? それはオトコに聞いたら? それとも私に教えて欲しい? それでもいいわよ」
「く…こ、これで勝ったと思うなよぉ!」
 千晶は捨て台詞を残して去っていった。
「何? 今の?」
「中の人が違うと思います…」

「はは、あの和泉さんをやりこめるなんてなかなかすごいですねえ」
 早百合がミチコに話しかけた。ミチコは早百合の名札を見つつ答える。
「あら、あなたも『だれとく』の…へえ、ミス峰城10位の子なの?」
「ええ。インチキですけど」
「ふふ、テレビ見たから知ってるわ。でも、インチキでなくけっこうイケてる、磨けば光ると思うわよ。あなた」
「はは、どうもありがとうございます。『榎多』さん」
「ミチコでいいよ」

 早百合や亜子がミス峰城の件になると謙遜しているのには理由がある。
 今年の峰城祭の最強の大物ゲスト冬馬かずさがステージ上にて「ミス峰城の票はわたしをここに連れてきた小春ちゃんに」と口にしたことが今年のミス峰城に大波乱をもたらした。
 これで大量票を獲得した小春がなんと1位となってしまったのだ。
 12番人気が優勝した例は過去になく、大番狂わせとなってしまった。
 投票券が3枚1組なのでメンバーにおこぼれが出て、美穂子が6位、早百合10位、セカンドギターで目立たなかった亜子も11位に入ったが、とても自慢できるものではない。

 ほとんどインチキでミス峰城の座をかっさらった小春への、他の参加者からの嫉妬と風当たりは強く、小春は現在、「インチキ女王」「ミスビッチ」などなどの陰口の絶えることのない学生生活を余儀なくされている。
 他の参加者、予想屋からのクレームにより、次年度からミス峰城コンテスト規定には『有名人ゲスト等による応援行為は禁止とする』との、通称「小春条項」が設けられることとなり、小春のミス峰城はやっちゃいけない禁則事項の具体例として歴代語りつがれることとなってしまった。

「なんにせよ、ミス峰城ベスト10入りなら学内でもちょっとした有名人ってことで通るでしょ。就活とかで有効利用しなきゃ」
「そうですか? 私たちも就活始めてはいるんですが、学祭とかの活動って書いたりしていいものやら…」
「志望業界は?」
「公務員です」
「ミスコンはともかく、バンドでも人をまとめた経験や、大物ゲスト呼んだりした経験は生きると思うよ。ともあれ、採用担当のフックに引っかかりそうなモノは多い方がいいわよ…園田さんの方は?」
「あ…わたしはお父さんの会社関係で働かせてもらうつもりなんで、あまり就活はやってないんです」
「おおう、勝ち組。業界は?」
「ええと。飲食やアミューズメント等幅広くやってます…」

 語尾を濁す亜子にあまり立ち入らない方がよいものを感じたミチコは話題転換を図るべく早百合に話をふりなおす。
「そういえば、『だれとく』リーダーでミスコン1位の杉浦さん、結婚式でもこの1.5次会でも張り切っているねえ。まだ学生さんでしょ?」
「ええ。小春ちゃんはバイトで、北原さんの紹介した『フィオリーレ』ってブライダル誌のところで働いているんですよ。実経験兼ねてお手伝いしているんですけど。就職先も開桜社狙ってますから」
「ああ、雪菜から聞いてるけど、北原君も社内外顔が広いからねぇ。お近づきになっていて損はないよね」
「お近づきってか、もはや身内同然ですよ。小春ちゃん外国語かなりいろいろできますから開桜社の方でも覚えめでたくって。もう、採用するかしないかじゃなくって、採用してどこに配属させるかが開桜社で早くも問題になっているらしいですよ」
「へえ、『だれとく』のみんなは皆就職活動順調だね」
 そのミチコの感想に早百合と亜子はびたりと口を止める。
「? 何? 誰かヤバい子いるの?」
「…美穂子はいいけど」
「孝宏君がね…」
 亜子がちらりと向こうに追いやられた孝宏の方を見る。ミチコは声を絞って聞いた。
「ひょっとして、自己分析や志望業界なってないクチ?」
 亜子がこっそりうなづく。
「ああ、よくいるよね。就活開始まで遊びまくってて、いざ就活となると出だしからつまづいている子。
 ま、まだ年も明けてないし、これから頑張ればいいハナシだけど」
「そ、そうですね」
「カレシがそんなんじゃ大変だ」
「! いえ、いえその。それはそれで…」
「?」
「…いえ、なんでもないです」

 そんなことを話していると、小春からアナウンスが入った。
「みなさ〜ん。ご歓談中のところですが、ここで、新郎新婦、ご友人方による余興をお楽しみいただきたいと思います。
 既にご存知の方も多いでしょうが、新郎新婦の馴れ初めの映像からご覧下さい」
 スクリーンに6年前の『峰城大付属軽音楽同好会』の映像が流れる。
「当時の春希さんは『委員長の冷や水』などと周囲から揶揄されつつも、部長の飯塚さんとともになんとかメンバーを揃え、見事、このステージに立ちました」
 客席から笑いと感心の声が上がる。
「メンバーは、ギター、新郎の春希さん、ボーカル、新婦の雪菜さん、そして、キーボード・ベース等多彩な活躍をされましたのが、今をときめくピアニスト、ご友人の冬馬かずささんです!」
 そこでピアノの前のかずさにスポットライトが当たる。かずさは笑顔で客席に手をふる。と、そのとき、見知った顔の女を見つけ、凍りついた。
「あの女…来てたのか…」
 かずさの視線の先にいたのはしゃれたスーツ姿の女性。春希の元上司にして今はニューヨーク勤務の風岡麻理であった。

 ニューヨークではいろいろお世話になった人物であるが、同時に憎々しい人物であった。何せ、ケネディ空港での別れ際、かずさの目の前で麻理は春希にキスしてみせたのである。
 頬へのおふざけキスとは言え、目の前で春希に手を出された屈辱感は忘れられない。もちろん、かずさに文句をいう筋合いがないのは当然であるが、それが余計に腹立たしさをかきたてていた。
 とはいえ、かずさ本人は結婚式前日に春希を峰城祭のステージの上に引っ張りあげた上に、観衆の面前で春希の唇を奪っているわけだから、麻里に腹を立てるのは五十歩百歩というか百歩五十歩、かずさのほうがよっぽど問題ありではあるが。

「…かずささん? どうしました?」
 小春がかずさにマイクを差し出しながら聞く。かずさはハッとした。しまった、麻理に気を取られていた。
 あわててマイクをつかむ。まずい、なんてしゃべるはずだったっけ? 言葉が全部飛んでしまった。
 それでもかずさはなんとか言葉を適当に紡ぎ出す。

 大問題だった。

「え〜、こないだの峰城祭で新郎に接吻しちゃいました、不届き者のピアニスト、冬馬かずさです 」
 観客から笑いが飛ぶ。
 ここまでは予定通りだった。
 予定ではここからちょっとしたぶっちゃけ話と昔話を土台に、これから演奏する曲の紹介と新郎新婦への祝福をちょっぴり嫉妬を交えつつエスプリを利かせて語るはずだった。
 しかし、かずさの口から飛び出てきた言葉は全然違っていた。
 それはこれから演奏する曲の紹介をネタにちょっとやりすぎのぶっちゃけ話と昔話をしつつ、新郎新婦への押さえきれない嫉妬を申し訳程度の祝福を交えつつ皮肉を利かせてぶちまけたものだった。
 かずさが語るにつれ、春希と雪菜、観客たちの顔が強ばりだした。



<目次><前話><次話>

このページへのコメント

アニメ10話、11話はなかなか驚かされましたね。かずさの泣き顔がなかなか印象的でした。私もかずさが実は泣いている話を書きたいのですが、なかなか踏ん切りつきません。とというわけで、本編ではしばらくドタバタ続きます。ご笑読ください。

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Posted by sharpbeard 2013年12月17日(火) 19:46:50 返信

しばらぶりの更新で一度に二本の掲載は非常に嬉しいです。51話の雪菜と中学時代の友人達との和解の話は今回のめでたい舞台の中に組み込むのはいいなと思いました。52話の50話の後日談になるミス峰城大の下りは面白かったですし、麻里を見て少々頭に血が上ってしまったかずさがどんな事をぶっちゃけてしまったのか次回を楽しみに待っています。
作者さんはアニメの10と11話はご覧になったでしょうか?放映前には予想して無かった『雪が解けそして雪が降るまで』の映像化やこれまで放映されてないかずさの学祭後のキスや温泉帰りの車内での号泣シーンも放映されIC編一番の修羅場と思われる路上シーンも上手く合わせて泣ける話だったと思いました。そういう話を見た後なので、よけいに今回の作者さんの話を読むと一息つける思いがしました。

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Posted by tune 2013年12月16日(月) 22:53:16 返信

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