「かずさ! おめでとう!」
 雪菜は満面の笑みを浮かべ、ビンゴの景品をかずさに渡した。
 かずさは心底嫌そうな顔になりそうなのを必死にこらえてその景品を受け取った。

 余熱調理鍋家族向けタイプ。2重構造になっているその鍋は見かけを上回る重量だった。
「ありがとう…」
 これを持って帰れというのか。
 かずさの声は震えていた。料理ができないかずさにとっては全くの無用の長物だった。雪菜もすぐに気づいてなんとか取り繕おうとする。
「えっと。温泉卵とかでも沸かした湯に入れてほうっておくだけで簡単にできるんだよ…」
「いいね。温泉卵…」
「あと、作ったカレーも冷めにくいし…」
 どうカレーを作るかについては話すのははばかられた。

 朋はそんな2人に構わずビンゴを進めた。
「はい。冬馬さん。一番の高額賞品の当選おめでとうございました。払われなかったギャラの代わりにあててくださいね。
 次は14番、14番です。ビンゴの方いますか?」

 こうしてビンゴは大盛況のうちに締めくくられた。
 賞品は玉石混交で、中には「ナイツレコードで雪菜が出したかずさクラシックCDの販促用大判タペストリー」などというあからさまな地雷品もあったが、これを当てた名刺作製担当の米暮氏はたまたま熱狂的なかずさファンで、周りがひくほど狂喜乱舞して受け取っていたので良しとしよう。

 そしてこの1.5次会もお開きの時間となった。
 締めの音楽とともに新郎新婦が退場するときは、皆から改めてひときわ高い祝福の声がかけられた。

 良いパーティーだったと満足してそのまま夜の街に流れる者もいれば、興奮冷めずに敢えて雪菜ワンマンショーという奇祭、2次会の募集に応じる者もいた。
 夜の街に流れた者の中には今日会ったばかりのカップルが少なくなかったことは特筆事項と言えただろう。




「2次会の受付なん? 大変やな」
 親志に聞かれて武也は答える。
「大変でもないさ。部屋は取ってあるから人数押さえてカラオケルームにぶちこむだけ。あとはウチのボーカルのワンマンショーご覧あれだ。前金で途中抜けも上等。親志も怖いもの見たさに来てみないか」
「? それだけ? まあ、行くわ。そう言や武也は同好会の名ばかり部長さんやったな」
「『名ばかり』は余計だ。ま、思ったより人減った分ゆっくり話せるぜ。マイクボリュームは抑えるからな」
「ほな、とりあえず参加するわ。ほい、前金」

 そんな2人の所に会場の撤収を概ね済ませた朋がやってきた。
「あら。さっきの外交官のヒト?」
「外交官ちゃうちゃう。団体職員。外務省様の下っ端やで。あんたは幹事さんやな。お疲れさん。
 本業はアナウンサーさんなんやって? テレビで見させてもろうてます、どうも」
「どういたしまして。今後ともよろしく」
 そう言って朋は名刺交換をする。親志は受け取った名刺を見つつ話をする。
「不死川テレビつうたら『大使館の晩餐』とかやってるとこやな。オーストリアのとこ来うへん? 今の大使夫人メッチャおもろい人やで」
「あの番組今は不定期だし。でも、面白そうね。今度企画の人紹介するわね」
 そんな話をしつつ話題は2次会へ移る。
「2次会も楽しそうやし、参加させてもらうで」
「ええ。面白いけど危険もあるかもね。まあ、やばくなったらまた助けてくれると助かるかな〜。なんちゃって」
「?」
「そう言えば、あなた北原さんのクラスメートだったのよね」
「そやけど」
「ふふ。楽しみ〜」
 朋の様子に親志は「やはりなんか仕掛けあるのか」と悟り、ニヤリと笑った。

 そうしているうちに、人はどんどんと次の場所へと流れていった。



1.5次会場の更衣室の前


「お待たせ〜。待った?」
 雪菜が更衣室を出ると、武也と春希が名簿を手に話していた。
「いや、待ってないよ」
 そう答える春希は名簿を手に浮かない顔だ。
「かずさ2次会来ないの?」
 雪菜は名簿をのぞき込む。
「ああ。人数も予想よりやや少ないけど…っておい」
 雪菜は春希の答えをみなまで待たず、廊下の窓の方に駆け出した。

 がらっ
 窓から冬の空気が舞い込んだ

 窓の下では1.5次会の参列客が夜の街へ、または2次会場へと移動を始めていた。
 雪菜はその中から目ざとくかずさを見つけ出し、声をかけた。
「おーい。かずさーっ。またねーっ!」
 冬空に響く声にかずさは振り返り、手を振った。

「またなーっ!」
 雪菜の後から春希もお別れを言う。
 その春希の声にかずさは、ギターを弾く仕草の後、指を春希に向けて返した。

 ギター、続けろ
 かずさのメッセージに春希はうなづく。

 かずさは春希がうなづいたのを確認すると、再び歩き出し雑踏の中に消えた。



1.5次会場近くのバー「ゆきねこ」


 麻理は会場のすぐ近くのバーに入った。
「佐和子はまだ来てないな…」
 と、時計をチラ見したところで後ろから声をかけられた。
 千晶だった。
「おやおや、風岡さん。雰囲気のいい店ですねぇ」
 そう言って尾けてきた事を隠そうともせず、千晶は麻里の隣に座ろうとする。麻理は釘を指すように言った。
「ちょっと友達を待っているんだが」
「まあまあ、そのお友達が来るまでの間だけでもおしゃべりしません? 北原さんのコトとか」
「北原の話がしたいのだったら2次会の方に行けばどうだ? 今からでも入れるだろ」
 煙たがる麻理に千晶はもったいつけるように返す。もう必要なくなった『礼儀正しい女』の仮面は脱ぎ捨てていた。
「え〜。でも、2次会ってぶっちゃけ話ばかりになりそうで〜。たとえば〜」
「例えば、なんだ?」
「今日来ていた元上司のヒトに理想の男性像聞いたら、まんま北原さんそのもののようだったとか〜」
「くっ。この…」
 観念したそぶりの麻理の隣の席に千晶は滑り込む。

 と、そこへが雨宮佐和子がやってきた。
「え〜。何その話面白い。聞かせて〜、ってあなた麻理の友達?」
「あ、はい。今日の北原さんの1.5次会で一緒になった瀬之内といいます。はじめまして」
 すぐに佐和子に取り入りだした千晶を麻理は追い払おうとする。
「こ、こら。ほら、もう佐和子が来たから帰ってくれ」
 しかし、佐和子には麻理のその意図は通じなかった。
「あ、麻理久しぶり。1.5次会楽しかったみたいだね。
 瀬之内さんだっけ? いつもの2人で飲むのもなんだから一緒に飲む?」
「はい! ご一緒させていただきます。佐和子さん」
「ああ、佐和子…」
 この厄介な闖入者を追い払い損ねた麻理は頭を抱えた。



2次会場のカラオケパーティールーム


「おお、すげえな。北原の奥さん」
「歌もすごいけど…」
 2次会場では予定通りの雪菜のワンマンショーが始まった。コード表なしで次曲を自ら手打ちし、後奏を飛ばして時短する雪菜には、雪菜のカラオケ未体験の聴衆から苦笑混じりの感嘆の声が挙がった。

 予想をやや下回る人入りだったこともあり、部屋の中はややゆったりとしていた。聴衆が歌にかまわず歓談し易いようにマイクボリュームが抑えられており、酔った客の中には早くもぶっちゃけトークを始めている者もいた。

「もぉ。さっきの麻理さんの理想の男性像聞きました? アレ、まんま北原さんじゃないですか。も〜」
「鈴木さん、鈴木さん。声大きいよ」
「だいじょぶだいじょぶ。麻理さん1.5次会で帰っちゃったから」
「そういうコトじゃなくて…」

 そんな会場の様子を眉を寄せつつ春希が眺めているところを親志が声をかけてきた。
「おう、どないしたんや春希。難しい顔して」
「ああ、親志か。いやちょっと…」
「冬馬にいくら包もうか考えてたん? あれ、冗談やで」
「それはわかってるけど…」
「うん、わかるわかる。冬馬来うへんかったからちょっとマズいかな思ってるんやな?」
「いや、そうじゃなく…」
「早くも2次会来うへんかった奴の噂話してるやつもいるしな。心配せんでも冬馬のコト悪く話してるやつは聞いてる限りではおらへんよ」
「あ…」
 春希は安堵の顔になった。

「それよりも春希は自分の心配した方がええよ」
 親志のその言葉に春希は飛び上がったように焦った。
「お、お、俺が何かしたか!?」
 親志はニヤリと笑いつつ言った。
「さっきの会で流れてたハネムーンの時の写真」
「? あれが何か?」
「教会と間欠泉とブルーラグーンの写真以外オーロラばっか」
「それは…毎日オーロラが綺麗で他に撮るものがなかったからさ」
「その写真が同じホテルの窓からのやつばっかなのは何でなん? 窓枠映ってたのもあったし、背景の山皆同じやったし」
「……」
「いや〜。いいハネムーンやったんやろうな。お盛んで」
「そ、それはまあ、好きに想像してくれよ」
「わははは。冗談冗談。心配した方がいいのはそんなコトやなくて…この後何があるか聞いてへんの?」
「? 何も聞いてないけど?」
「そりゃあおかしいな。俺が武也とかやったら何もオモロいこと用意しないというコトはありえへんな。
 何か用意しといてお前に内緒にしとくというコトはありうるケド」

 そう言われて春希は不安にかられ武也を見た。
 おりしも武也が何やら入った紙袋を持ってくる所であった。



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