雪菜Trueアフター「月への恋」第四十九話「届かない恋?」


峰城大 講堂特設ステージ


 1曲目が終わり、盛り上がってきた観客に小春はマイクを取る。
「みなさん、ありがとう! 続いて2曲目、最後の曲になります。
 その前にちょっとだけ、お話させてください。
 わたしたち『だれとく』は今まで失恋ソングばかり歌ってきました…主に作詞作曲の美穂子の趣味で!」
 観客からどっと笑いがおこり、美穂子が恥ずかしそうにうつむく。
「しかし、メンバーから『失恋ソング以外作ってよ』と要望あがりまして、今回、なんと新曲は失恋ソングではありません!
 でも、わたしたちももう3年生。たぶん、この曲が最後です…」
 どよめく観客に小春は続ける。
「最後の曲はわたしたちの3年間の思いを込めて歌わせてもらいます」
 そこで、美穂子はキーボードから立ち上がり、後ろの方に置かれていたピアノの方に移動する。美穂子はこの日のためにピアノまで練習していたのだ。
 美穂子の準備ができると、小春はゆっくりとタイトルを告げた。
「それでは、新曲『いつまでも』」

♪ いつのまにか出会って いつのまにか友達になり
  いつのまにか親友になれたけれど
  夢のような楽しい日々は いつのまにか
  終わりが近づいてたんだね

  これからどうなるの これからどこへ行くの
  みんな離れ離れの 道を歩くけど
  まぶたに浮かぶ 一緒に見た空
  いつまでも変わらないと 信じてる

  いつのまにか出会って いつのまにか友達になり
  いつのまにか恋人になれたけれど
  わたしたちを取り巻く世界は いつのまにか
  すっかり変わってたんだね

  これからどうなるの これからどこへ行くの
  歩いたことのない 道を歩くけど
  つないだこの手の あなたのぬくもり
  いつまでも消えないと 信じてる ♪

 『だれとく』の皆の3年間の、いや、付属時代も合わせ6年間の青春時代を語ったこの歌は、同じようにこれから就職活動を迎える3年生のみならず、高校で、大学で、友人や恋人との出会いと別れを繰り返してきた観客の心を強く揺さぶるものだった。

 そしてこのステージが『だれとく』としての最後のステージとなった。



小木曽宅


「あ! 見て見て! 不死川テレビで学園祭特集やってるよ」
 のんびりテレビ欄を見ていた雪菜はそれを見てはしゃいでテレビをつけた。

 しばらく、いろいろな大学での学園祭の光景が流れる。
 そして、いよいよ峰城祭にテレビが入る。
 まず、雪菜を驚かせたのはレポーターだった。
「朋だ! 見て! お父さん、お母さん。これ、わたしの友達だよ」
「へえ、きれいな子ね」
「ほう、この子とお友達なのか…ところで、これはどこだい?」
「うん。ここは講堂。峰城祭の時はステージになったりするけど…孝宏映るかもね」

 そんなことを言っていると、朋の案内が始まった。
『こんにちは〜。わたしは今、峰城祭の特設ステージに来ています。実は、わたしもスペシャルゲストとして呼ばれちゃったりしてますので、ちょっと上がりますね…こんにちは〜』
 そこで、小木曽家一同の歓声が上がった。
「孝宏だよ! 孝宏映ってるよ!」




 演奏の終わったステージに朋が上がってきた。
「こんにちは〜。不死川テレビの柳沢アナです。おつかれさまです」
 
「どうも! 先輩! 来ていただけて嬉しいです!」
 小春がやや緊張しながら答える。テレビカメラまで入るとは小春にとっても予想外だったし、ステージ上でのやりとりを打ち合わせたのもついさっきだった。
「どうも! そうなんです。わたし、実は今年の春卒業したばかりの峰城OGなんですよ。わたしのこと、知ってます?」
 わざとらしく客席をチラ見しつつ朋が聞くと、客席から要望どおりの声が返ってきた。
「「ミス峰城大!」」
「そうなんですよ。わたくし、おととしのミス峰城なんです」
「ええ! そんな有名な先輩が来てくださり嬉しいです! ありがとうございます。演奏、楽しんでいただけました?」
「もちろん。素晴らしい演奏でしたね。
 ところで、『だれとく』のみなさんには目標とするバンドがあると聞きました。どんなバンドですか?」
 そこで、小春は後ろのスクリーンを指しつつ答えた。
「これです! この『峰城大付属軽音楽同好会』です!」

 スクリーンに大きく、かの『伝説のバンド』、峰城大付属軽音楽同好会の3人の演奏映像が映し出された。
 さすがに6年前の出来事となるとその場にいた者は少なかった。
 しかし、流れる『届かない恋』は誰もが知る峰城大の冬を告げる定番ソングだったし、キーボードの少女にはクラシックに疎い者でも見覚えがあった。

 朋が観客に解説する。
「みなさん、わかりました? そうなんです。このキーボードの女の子、皆さんもご存じ、峰城大付属高校OGで今をときめくピアニスト、冬馬かずささんなんです! 皆さんご存知の峰城の冬の定番ソング『届かない恋』は実は彼女の作なんです!」
 知らない者も多く、観客から「おお…」と驚きの声が上がる。

 そこで小春が朋に話しかける。
「わたしたち、このバンドを目指して『だれとく』を結成して、イイコトが3つありました」
「ほうほう?」
「ひとつは、メンバーみんながずっとずっと仲良くなれたこと。
 もうひとつは、みんなにわたしたちの演奏を楽しんでもらえたこと。
 そして最後は、わたしたちの演奏を聞いてくれた冬馬かずささんが、『峰城大付属軽音楽同好会』を再結成してくれたことです!」
 観客席から歓声が飛んできた。

 朋がわざとらしく質問してきた。
「うそうそ!? どこで演奏するんですか?」
 それに小春がノリツッコミを返す。
「明日の北原さんと、雪菜さんの結婚式で…って、先輩もわたしと一緒に結婚式の司会するんじゃないですか!」
 観客が絶妙な2人のかけ合いに苦笑する。
「そうなんです、実はこの『峰城大付属軽音楽同好会』のギターの北原さんと、ボーカルの雪菜さん、明日めでたくゴールインします!」
「それで、わたしと先輩はその司会者でお手伝いしに行きます」
「式の場で冬馬かずささんがピアノの演奏とバンドの演奏をしてくれるんですよね。冬馬かずささんって世界的ピアニストなのにすごく気さくな方ですね!」
「そうなんですよ…」

 そこで、小春はタメを作った。観客も期待する。
 そう、情報をつかんでいた多くの峰城大生はそれを期待して、この特設ステージに集まっていたのだ。

「冬馬かずささん、ほんっとにすごく気さくな方で。なんと、わたしが『学園祭に来ていただけませんか?』と言ったら…」
「言ったら?」
「『いいよ』って答えてくれました!」



小木曽宅


 自分たちの結婚式のことをテレビで公開されて、「もう、やだなあ。朋と小春ちゃんったら…」と、恥じらいつつも笑っていた雪菜と両親であったが、かずさの事を聞くや飛び上がって驚いた。

「ええっ! かずさが!?」
 立ち上がったまま呆然とする雪菜。

 一方、父と母は、なぜ孝宏や他の雪菜の友人がこのことを雪菜に伏せていたのか合点がいった。
 もし知っていたらこの娘、雪菜はどうやっても峰城祭に行こうとしただろう。
 「家族でゆっくりと過ごしたい」との、父、晋の願いを叶えるために孝宏たちはあえて黙っていたのだ…両親は息子の気遣いに感謝した。

『それでは、冬馬かずささんにご登場願いましょう! 冬馬さ〜ん!』
 テレビの中ではちょうどかずさが登場するところだった。
 そのかずさの姿を見て、ただでさえ驚かされっぱなしであった雪菜は、さらに魂が飛び出しそうなほど驚嘆した。



峰城大 講堂特設ステージ


 観客はステージでの発表に歓喜していた。
「やったな! 冬馬かずさが生で見れるよ!」
「ほんとに昨日の峰城ステーション、ナイスだよな。『ツイッターや掲示板にはこのゲスト情報を流さないで下さい。教えるのは直接誘うお友達だけにしてください。そうしないとファンが大勢押し寄せて、峰城大生が会場に入れなくなっちゃいます』だもんな」
「実際、それでもこの人出だもんな。実行委員、マジ神対応」
「おれ。ラジオ収録CD4巻買うわ」

 そして、いよいよお待ちかねのかずさが手を振りながら登場してきた時、客席から大きなどよめきが湧いた。
 皆を驚かせたのはかずさの衣装だった。
 黒を基調とした露出度の高いその衣装は、そう、6年前の『峰城大付属軽音楽同好会』のステージ衣装だった。

 朋が大袈裟に驚いたふうに聞く。
「おお! その衣装は伝説のステージのステージ衣装ではないですか? いや、クールですねえ。
 この衣装でミス峰城大出場されたら、わたし太刀打ちできませんでした」
 観客から笑いと「そんなことないぞ〜」の掛け声が飛ぶ中、かずさは控えめに答える。
「はは、どうも。わたしにとっては『なつかしい』って感じの衣装なんだけどね」
「そうなんですか〜。でも、この観客の反応、見てください。エントリーしてたら入賞間違いなしですね」
「はは。でも、学生でもないし飛び入り参加は遠慮しておくよ。代わりにわたしをここに連れてくるために頑張ってくれた小春ちゃんに入れてあげてちょうだい」
 客席から消え入りそうな悲鳴を漏らした者がいたが、朋はかまわず話を続ける。
「さて、では。ずばり、そのステージ衣装で現れた意図は?」
 かずさは答える代わりに手をならして舞台袖に呼びかけた。
「部長!」

 すると舞台袖から武也が、春希を引きずるようにして現れた。
 春希と武也は峰城大の制服に似た黒スーツ姿だったが、それぞれギターとベースを持っていた。
「ほら、春希。諦めてキリキリ歩け」
「うう。なんか観客多くないか?」
「何言ってんだ春希。伝説のステージに上ったことのある男が」
「………」
 この2人が楽器を持って現れたことで、観客にもかずさの意図は明らかになりつつあった。

「おお、当時は裏方でご活躍された『軽音楽同好会』部長の飯塚武也先輩にギターの北原春樹先輩ではないですか! 今日はどうされたんですか?」
「ああ。昔の友人に誘われたんでね。嫌がる新郎も連れてやって来たよ」
 わざとらしく問いかける朋にキザったらしく答える武也を見て、春希はげっそりとする。
 そんな春希に小春が背後から、皆に聞こえないように釘をさす。
「約束なんですから。諦めてシャキッとやってください」
「杉浦…武也…。怨むぞ…」

 観客の期待が高まってきたところで、朋は聞いた。
「おおっと、そう言えばお二人とも楽器を持って…まさか! かずささん?」
「そう、折角だから一曲やらせてもらう」
 大歓声が講堂に響き渡った。

 もちろん、春希は昨日今日言われてやってきたわけではない。2ヶ月近く前に言われて、雪菜にも内緒で練習を積み重ねてきたのだ。
 『小春がかずさに峰城祭のゲスト出演を頼んだら、かずさは条件として、雪菜に内緒で春希を一緒に演奏させることを要求してきた』というのが、春希を陥落させた筋書きだった。小春からの要求に悩んだ春希は武也に相談したが、もともと武也が黒幕その2だったのでもうどうしようもなかった。
 小春が「一度でいいから雪菜に内緒で春希と一緒に演奏したい。自分の想いを振り切るために」と言ってきたかずさに同調した時点で、春希は外堀を完全に埋められてしまっていたのである。

 テレビの向こうで春希の登場に仰天していた雪菜はようやく皆が自分に内緒で動いていたことに気付いた。
「は、はは、春希君!」
「こら! 雪菜。声が大きい」
 あまりの声の大きさに父、晋は娘に注意したが、雪菜はもう聞いていなかった。

「おお!? 『軽音楽同好会』の皆さんをお呼びして…あれ? 一人足りない気がしますね?」
 と、その朋の質問に応じるかのように小春がギターを鳴らす。

 すると、舞台袖から一人の白いステージ衣装の女性が走ってきた。
 その女性はくるりと華麗なステップで衣装をアピールすると、舞台の中央でポーズをとった。
「みんな〜っ! こんにちは! みんなのアイドル、初芝雪音だよ〜」
 その声に応じて最前列に陣取っていたハッピ姿の男どもがサイリウムを振り回しつつ一斉に奇声を上げる
「お〜おっおっおっ! しっばた〜ん!」
「しばたん! しばたん!」
 皆、どこかのアイドルがやってきたかと勘違いした。

 かずさがその隣に立って紹介をする。
「紹介する。わたしの友達、瀬ノ内晶。峰城大OGで劇団『コーネックス二百三十度』の女優さん」
「どうも〜っ。舞台俳優の瀬ノ内晶で〜す。
 この衣装はこの冬、わたしの主演する舞台劇『届かない恋』のヒロイン『初芝雪音』のもので〜す」
「へえ! 劇のヒロインの衣装ですか? 『軽音楽同好会』のボーカルの雪菜さんかと思いました」
「ええ。劇のタイトル『届かない恋』からもわかるように、この劇はわたしが6年前に見た『軽音楽同好会』をモチーフにしちゃったものなんです」
「わ。脚本もご自分で書かれるんですね。ところで、『初芝雪音』さん。すでにファンまでいらっしゃるようで、本物のアイドルかと思っちゃいました」
 そこで千晶は悪戯っぽく答える。
「ふふふ。ぶっちゃけ、前列のハッピの人はわたしの古巣の劇団、劇団ウァトスの人のサクラです」
 爆笑の中、ハッピ姿の上原元座長と吉田は頭を掻きつつ言った。
「古巣の十八番をバラすなよ…」

 と、そこで朋はかずさにいやらしく聞いてきた。
「おや〜? 『軽音楽同好会』のボーカルの雪菜さんはどうされたんですか?」
 かずさは飄々と答えだした。
「ああ。さっきも言ったように雪菜は明日結婚式なんで、今日は家族でゆっくりしてるから呼んでない。と、いうのと…」
 そこで、かずさは口調を変え、びしっと春希に指をさして言い放った。
「おまえらだけで幸せになりやがって! 春希! 今日はわたしに付き合ってもらうぞ!」
「ええっ!?」
 驚く春希に笑いと冷やかしの声がかけられた。

 かずさはそのまま高揚した口調で続ける。
「さあさあ。まだ人が足りないな。小春ちゃん。メンツ借りるよ!」
「おっけーです! 孝宏く〜ん。美穂子〜」
 呼びかけに応じて孝宏が現れドラムの位置に、美穂子がバイオリンを持ってかずさの近くに来た。
 そして、かずさがピアノの位置に…と思いきや、かずさは美穂子からバイオリンを受け取り、美穂子をピアノに座らせる。
「ええっ!? かずささん。ピアノじゃなくてバイオリンですか?」
 驚いたふりの声を上げる朋にかずさはニヤリと笑って答える。
「せっかくのお祭りだ。こんなお遊びもいいだろう?」

「ええっ? ストリングスまで入って!? アレンジ?」
 テレビの前で呆然とする雪菜に、かずさからタイトルコールが告げられた。

「それでは、峰城大学付属軽音楽同好会with千晶andだれとく…without雪菜で
 『届かない恋'13』」



<目次><前話><次話>

このページへのコメント

ども! もうすぐ第一章完ですが、今しばらくお付き合いください。

0
Posted by sharpbeard 2013年11月30日(土) 08:57:45 返信

いつも楽しく読んでいます。次話も楽しみに待ってます!!

0
Posted by コードM.H 2013年11月29日(金) 21:14:54 返信

はい、「届かない恋'13」ここで使わせてもらいました。
当初、雪菜の結婚式&峰城祭の日程決めた時点ではまだアニメ始まってなかったので無印届かない恋演奏の予定だったのですが、アニメ開始で「'13」がきたのでこれ使わなきゃと思いまして。
おかげで春希の手はボロボロだわ美穂子まで駆り出されるわで。
アニメは数多くのネタ提供してくれるのでありがたいです。

0
Posted by sharpbeard 2013年11月26日(火) 20:28:45 返信

第四十三話のラストがこのように繋がったのですね。楽しく読ませてもらいました。かすさが雪菜だけ外したのは、大学時代に春希と雪菜が二人きりで『届かない恋』を演奏したのが羨ましくて同じように春希と二人で(春希が結婚前に)演奏したかったのかなとも思いました。後、私は外国人の人が日本のアニメについての感想を紹介するアニメスレを見るのが好きなのですが、WA2についてはゲームの内容を知らない人が多いので、ここまでの話の感想は雪菜に対して批判的な意見が多い気がしました。それと時折少々びっくりする年齢の人の感想があったりします。因みに#8ではヨーロッパの61才女性という方の感想が載っていました。

0
Posted by tune 2013年11月26日(火) 18:08:33 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます