最終更新: sharpbeard 2013年06月27日(木) 20:18:36履歴
レッスンスタジオ近くの居酒屋
小春一人が渋い顔の中、相席してきた千晶はすっかり『だれとく』の皆と打ち解けていた。
「へぇ〜。コーネックス二百三十度って、映画とかにも役者さん出てるすごく有名な劇団じゃないですか」
「そんな立派な方と旅行できて光栄です〜」
「いやいや。わたしはまだ1年目のぺーぺーだよ」
謙遜する千晶に小春がトゲを入れる。
「あれぇ? 大学出てすぐ劇団に入ったんだったら2年目じゃないんですか? 北原先輩と同窓生ですよね?」
千晶は答える代わりに小春にアイアンクローを入れた。
「ぐぁ…いたたた! まいった! まいりました!」
「うんうん。一芸に秀でるって大変なんだよ。時には単位を落としても女にはやらなきゃいけない時があるのさぁ」
「あはは。わたしも今回バンドにかまけて社会学の授業のレポート落としちゃいました〜」
美穂子がケラケラと事も無げに言う。
「社会学って武内? 通年でしょ? あいつの前期レポートなんて後期の半ばでも許してもらえるよ。インタビューやデータ集計に時間食ったって言い訳すりゃ一発だよ」
「ええ? そんなの許してもらえるんですか?」
「うん。こんな感じ。『データ揃いかけてたんですけど、新しいデータが見つかっちゃって。そっちの分析手間取っているうちにどんどん深みにハマっちゃって…』」
「うわぁ、迫真。和泉さんって日常生活に演技力活用してますね!」
美穂子が誉め倒し、早百合は冷静にツッコむ。
「それ、単なる詐欺なんじゃ…」
「そういえば、和泉さんってやっぱり冬馬かずささんとは付属からのつきあいなんですか?」
美穂子の質問に千晶は真相をぼかして答える。
「付属の時はちょっと話しただけかな? 知り合ったのは最近、かずさがわたしの劇を見に来てくれたときだね」
「へぇ〜」
「あ、そうそう。『だれとく』の評判、かずさに教えておいたから。わたし去年の峰城祭ライブ、リアルタイムで見てたからね」
『余計なことを…』と睨む小春と早百合。美穂子はかまわずはしゃぐ。
「ええ!? 和泉さんもご覧になってたんですか?」
「うん。『やけぐいポテトチップ』では大笑いさせてもらったよ」
「ははは…」
『やけぐいポテトチップ』
去年の峰城祭で披露した、『だれとく』一番のヒット曲にして孝宏の一番の黒歴史である。
明るいアップテンポの失恋ソングだが、人気を博した理由は曲ではない。主に2つの理由からだった。
1つは孝宏の女装。
衣装、化粧から立ち振る舞いまで細かく準備したこの日の『小木曽宏子』は、そこらの女性ではかなわない美しさだった。
「だれとく」の強制により無理やりにエントリーされていたミス峰城大コンテストでは、シャレで多くの投票数を獲得し5位入賞を果たした。孝宏は祭後しばらく背後に警戒する日々が続いたという。
他の女性参加者からのクレームにより、次年度からミス峰城参加規定には『女装参加者は認めない』との、通称「孝宏条項」が設けられることになり、孝宏のミス峰城5位入賞は『男性』最高位として歴代語りつがれることとなってしまった。
「やけぐいポテトチップ」ヒットの2つめの理由はステージ上のパフォーマンスだ。
ステージ上にはポテトチップの皿が置かれ、曲の諸所で実際にポテチをかじるパフォーマンスと「パリッ」とパーカッション音が入る。
さらに、間奏の頭で小春がブリングルスの筒を「ポンッ」と開ける音と共に、小春、美穂子、孝宏の3人でポテチ1筒を間奏間に平らげる。
間奏間の演奏を小百合と亜子に任せて両手を使える小春と美穂子に比べ、片手で演奏しつつ食べなければならない孝宏の負担は相当のものだった。
しかも、本番では小春と美穂子が予定していた量を取り損ねてしまった。そのため孝宏が半分以上のポテチを口に詰め込まざるを得ず、のどを詰まらせ顔面蒼白で曲の続きを必死に演奏する孝宏の姿が観客の笑いを誘った。
ついでに、学内サーバーに永久保存された上、峰城祭おすすめ名場面のひとつとなった。孝宏は今や、付属で雪菜が成し遂げた「ミス付属3連覇」に負けず劣らずの伝説を作り上げた男としてそれなりに有名な男である。
「でも、ホームページでは荒い動画、しかも一部しかないんだよね」
「あ、わたし、家に元データ持ってます。ついでに小木曽宏子ちゃんの写真データ一式も」
「あ、旅行に持ってきて。USBでもらうよ」
「了解です〜」
孝宏の黒歴史の提供を安請け合いする美穂子を亜子は睨むが、とがめる言葉までは口に出せない。千晶はそんな亜子を見てひとりごちた。
『なんてわかりやすい。ステージでもモロバレだったけどね。どっかの誰かと違い男の方は誰にも気がないのが切ないねぇ。っと』
そこで千晶は思いだしたかのように聞いた。
「そういえば宏子ちゃんは? さすがに愛想尽かされちゃった?」
「…っ!」呻く亜子。
早百合が慌ててフォローする。
「尽かされてません。今回の合宿準備も頑張ってくれた大事なメンバーです」
「お〜。去年の峰城祭での紹介では準メンバー扱いだったのに出世したね。で、仲良くしてる?」
「ぐ…」
早百合は痛いところを突かれたように口ごもったが、正直に答えた。
「正直、今まであまり大事にしてこなかったところはありますが、これから大事にします」
「いやいや、ごめん。説教じみたこと言うつもりはなかったんだけど、ファンとして心配でさ。シャレで準メンバー扱いしてたんだろうけど、…」
千晶は続く心配事項を口にせず飲みこんだ。
『ステージ下では孝宏君と意思疎通できてなかったの傍目にもミエミエだったし、ね』
小春は好き勝手いうなといわんばかりに抗弁する。
「どうも、ご意見ありがとうございます。でも、一緒に合宿組んだりと仲良くやってますので」
千晶もそれに乗って話を戻そうとした。
「そうそう、今度の旅行、海水浴の後でデカいボート乗り回してクルージングだって? そんで、船上バーベキュー? 学生なのにどんだけあんたたちセレブなのよ?」
早百合が苦笑しつつ答える。
「ボートは医者の叔父さんのもので、うちは普通のサラリーマンですよ。自前なのはわたしの免許くらい。船はおろかバーベキューセットまで借り物です。宿が安くて水沢さんには感謝してますよ。宿代浮かすために船上泊まで考えてましたから」
実のところは早百合の親は「普通のサラリーマン」というより「ちょっとリッチな会社役員」だが、そこは謙遜した。船上泊も「ロマンチックだから」考慮していただけだ。
「お〜。便乗させてもらって悪いね〜。なんか手伝うことある?」
「いえいえ、かずささんのご友人のお手煩わせたりしませんよ。バーベキューの準備も私たちの方で…」
言いかけて小春が口ごもる。亜子がツッコむ。
「小春。結局小木曽くんにバーベキューのことほとんど任せてなかった?」
「あ、いや。それは…」
先日、合宿のことを決める際、小春はほとんどうわの空であったため話が進まず、結局ほとんど早百合と孝宏で決めてしまった。
しかし、バーベキューのこととなると男手作業となる上に、料理の腕もグッディーズでキッチンのバイトをしている孝宏が上なので、小春達の担当は飲み物の買い出しや器の準備程度。炭の準備や食材の買い出し、仕込み等、八割方は孝宏任せとなってしまった。
「て、適材適所で…」
小春の弱々しい弁解を千晶はフォローした。
「まあ、男にとってみれば頼られるってのもいいものだよ。あとはちゃんと感謝してあげればいいよ」
全員、千晶の言葉を重く受け止めた。
「で、バーベキューのあとは宿に帰って『だれとく』の演奏会か。なに演奏するの?」
「翌週の野外ライブでやる2曲です。『やけぐいポテトチップ』と新曲1つ。そちらはお楽しみで」
美穂子がイタズラっぽく答えた。
「そういや『だれとく』って失恋の歌ばかりだね。新しいのも失恋の歌?」
メンバー全員、千晶のその質問に顔を見合わせた。
「そういえば、今まで失恋ものばかりだったね…」
「あれ? 自覚なかった?」
「あ、でも新しい歌は応援系かな?」
「でも『ちょっと悔しいけど』なんてフレーズあるし…美穂子、どうなの?」
聞かれた作詞作曲の美穂子はにこりと答える。
「もちろん、じつは失恋ものです」
「え〜っ。わたし3年目にして初めて知った…うちって失恋ものオンリーだったんだ…」
ショックを受ける早百合に千晶は腹を抱える。
「くくく…。君たち、気づいてなかったの?」
「わ、わたしはなんとなく気づいてたけど…」
どうやら作詞の美穂子以外は亜子がなんとなく気づいていただけ。小春に早百合はまったく気づいてなかったらしい。
「ちょっと、美穂子。失恋ソング以外作りなさい!」
いきなり注文を入れてきた早百合に美穂子は飄々と爆弾発言を返す。
「メンバーの誰かに恋人ができたら作りま〜す」
「………」
言葉につまる小春たち。千晶は興味しんしんに首を突っ込む。
「あれ? みんな彼氏いないの? 去年のミス峰城なんて、美穂子ちゃん11位に、小春ちゃん12位でしょ? 引く手あまたじゃん?」
「あれは小木曽に投票されたついでが入っただけで…」
小春が困った顔をする。パンフレットに顔写真が入るためバンドの宣伝目的でエントリーしているものの、エントリーだけで3ケタいる上、モデル等やってる学生だけでも2ケタに達し、レベルは高い。
前回の入賞は、『小木曽宏子』に投票した人間がついでにバンドメンバーに入れたために過ぎない。パンフレット1枚に3枚投票券がついているので、そういうおこぼれが出るのだ。
孝宏のおこぼれでの入賞というと若干女のプライドが傷つくが、一方で自分たちは孝宏の男のプライドくそみそにしているので文句を言う筋合いもない。そんなわけで皆、小春と美穂子のミス峰城入賞には触れたがらない。
『やっぱりまだ進展なしか…』
千晶はそう思いつつ、話を食い込ませる。
「で、雪菜の弟は? あいつも彼女なし?」
「…っ!」亜子が顔を赤らめ目を伏せる。
あまりにももろばれな態度に『だれとく』一同は慌て、千晶は追及を打ち切る。
「わたた、ごめん。聞かなかった事にする」
「…そうしてください」
その後は、海水浴や温泉の話題で盛り上がり、おひらきとなった。
帰り道は、小春と美穂子、千晶と早百合と亜子がそれぞれ同じ方角となり、いっしょに歩くこととなった。
歩き出してしばらくしたところで、美穂子は小春に話しかけた。
「小春、気づいている? 今回の新曲のこと」
「え…?」
今回の新曲『おめでとうを伝えたくて』は、一緒になった男女を祝福する歌だった。友人視点から歌詞は作られているが、美穂子はさっき『失恋ソングです』と言っていた。
「まさか…」
「わたし、あの歌、北原さんと雪菜さんイメージして作ったよ…」
ここで美穂子は一呼吸おいて、しっかりした声を作って言った。
「わたしと、そして、小春ちゃんのために」
「…!」
美穂子は笑顔を崩さないようにしながら言葉を続けた。
「わたし、小春ちゃんの気持ち、知ってるよ。いつも、一緒に泣いてくれたもの。同じ気持ちだって知ってる」
「美穂子…」
『ごめん』と言いかけた小春をなだめるように美穂子は言う。
「あやまらないで。小春ちゃんは悪くないよ」
美穂子は、涙をこらえつつ小春に語りかける。
「わたし。小春ちゃんすごいと思う。北原さんと雪菜さんお祝いするために、一生懸命頑張っている。
わたし、ダメだと思いつつ、雪菜さん妬んでた。でもそんな気持ちとはサヨナラしたいの…」
「そんな、わたしだって…」
小春も、結婚式の手伝いに執着するのは自分の気持ちを振り切りたいからだ。
「そうだよね。小春、頑張ろ。
頑張って、最高の『おめでとう』と…
『サヨナラ』を伝えよう…」
「ああ…美穂子…」
小春と美穂子は互いに顔を寄せ、ひとつぶづつ、かわりばんこに落涙した。
数分後、小春はすっかり元の小春に戻っていた。
「合宿ではかずささんと一緒に北原さんたちも聞きにくるってさ。
よし、最高の『おめでとう』ぶちかましてやるからね。美穂子」
「あはは。『ぶちかます』って…」
『だれとく』の明るいムードの源が帰ってきた。
千晶と早百合、亜子たちは大学の話などを話しながら帰った。
最初に早百合が別れ、次に千晶のマンション前に着いた時だった。
「あ、亜子ちゃんちょっと待ってて。いいものあげるよ」
「?」
千晶はそういって部屋に戻り、しばらくしてA4封筒を持って戻ってきて、亜子に渡した。
「はい、どうぞ」
「なんですか? これ?」
「盗品だけど、プレゼント。あとで持ち主にはわたしからことわっておくから」
「???」
亜子は不思議そうな顔で封筒を受け取った。
<目次>/<前話>/<次話>
小春一人が渋い顔の中、相席してきた千晶はすっかり『だれとく』の皆と打ち解けていた。
「へぇ〜。コーネックス二百三十度って、映画とかにも役者さん出てるすごく有名な劇団じゃないですか」
「そんな立派な方と旅行できて光栄です〜」
「いやいや。わたしはまだ1年目のぺーぺーだよ」
謙遜する千晶に小春がトゲを入れる。
「あれぇ? 大学出てすぐ劇団に入ったんだったら2年目じゃないんですか? 北原先輩と同窓生ですよね?」
千晶は答える代わりに小春にアイアンクローを入れた。
「ぐぁ…いたたた! まいった! まいりました!」
「うんうん。一芸に秀でるって大変なんだよ。時には単位を落としても女にはやらなきゃいけない時があるのさぁ」
「あはは。わたしも今回バンドにかまけて社会学の授業のレポート落としちゃいました〜」
美穂子がケラケラと事も無げに言う。
「社会学って武内? 通年でしょ? あいつの前期レポートなんて後期の半ばでも許してもらえるよ。インタビューやデータ集計に時間食ったって言い訳すりゃ一発だよ」
「ええ? そんなの許してもらえるんですか?」
「うん。こんな感じ。『データ揃いかけてたんですけど、新しいデータが見つかっちゃって。そっちの分析手間取っているうちにどんどん深みにハマっちゃって…』」
「うわぁ、迫真。和泉さんって日常生活に演技力活用してますね!」
美穂子が誉め倒し、早百合は冷静にツッコむ。
「それ、単なる詐欺なんじゃ…」
「そういえば、和泉さんってやっぱり冬馬かずささんとは付属からのつきあいなんですか?」
美穂子の質問に千晶は真相をぼかして答える。
「付属の時はちょっと話しただけかな? 知り合ったのは最近、かずさがわたしの劇を見に来てくれたときだね」
「へぇ〜」
「あ、そうそう。『だれとく』の評判、かずさに教えておいたから。わたし去年の峰城祭ライブ、リアルタイムで見てたからね」
『余計なことを…』と睨む小春と早百合。美穂子はかまわずはしゃぐ。
「ええ!? 和泉さんもご覧になってたんですか?」
「うん。『やけぐいポテトチップ』では大笑いさせてもらったよ」
「ははは…」
『やけぐいポテトチップ』
去年の峰城祭で披露した、『だれとく』一番のヒット曲にして孝宏の一番の黒歴史である。
明るいアップテンポの失恋ソングだが、人気を博した理由は曲ではない。主に2つの理由からだった。
1つは孝宏の女装。
衣装、化粧から立ち振る舞いまで細かく準備したこの日の『小木曽宏子』は、そこらの女性ではかなわない美しさだった。
「だれとく」の強制により無理やりにエントリーされていたミス峰城大コンテストでは、シャレで多くの投票数を獲得し5位入賞を果たした。孝宏は祭後しばらく背後に警戒する日々が続いたという。
他の女性参加者からのクレームにより、次年度からミス峰城参加規定には『女装参加者は認めない』との、通称「孝宏条項」が設けられることになり、孝宏のミス峰城5位入賞は『男性』最高位として歴代語りつがれることとなってしまった。
「やけぐいポテトチップ」ヒットの2つめの理由はステージ上のパフォーマンスだ。
ステージ上にはポテトチップの皿が置かれ、曲の諸所で実際にポテチをかじるパフォーマンスと「パリッ」とパーカッション音が入る。
さらに、間奏の頭で小春がブリングルスの筒を「ポンッ」と開ける音と共に、小春、美穂子、孝宏の3人でポテチ1筒を間奏間に平らげる。
間奏間の演奏を小百合と亜子に任せて両手を使える小春と美穂子に比べ、片手で演奏しつつ食べなければならない孝宏の負担は相当のものだった。
しかも、本番では小春と美穂子が予定していた量を取り損ねてしまった。そのため孝宏が半分以上のポテチを口に詰め込まざるを得ず、のどを詰まらせ顔面蒼白で曲の続きを必死に演奏する孝宏の姿が観客の笑いを誘った。
ついでに、学内サーバーに永久保存された上、峰城祭おすすめ名場面のひとつとなった。孝宏は今や、付属で雪菜が成し遂げた「ミス付属3連覇」に負けず劣らずの伝説を作り上げた男としてそれなりに有名な男である。
「でも、ホームページでは荒い動画、しかも一部しかないんだよね」
「あ、わたし、家に元データ持ってます。ついでに小木曽宏子ちゃんの写真データ一式も」
「あ、旅行に持ってきて。USBでもらうよ」
「了解です〜」
孝宏の黒歴史の提供を安請け合いする美穂子を亜子は睨むが、とがめる言葉までは口に出せない。千晶はそんな亜子を見てひとりごちた。
『なんてわかりやすい。ステージでもモロバレだったけどね。どっかの誰かと違い男の方は誰にも気がないのが切ないねぇ。っと』
そこで千晶は思いだしたかのように聞いた。
「そういえば宏子ちゃんは? さすがに愛想尽かされちゃった?」
「…っ!」呻く亜子。
早百合が慌ててフォローする。
「尽かされてません。今回の合宿準備も頑張ってくれた大事なメンバーです」
「お〜。去年の峰城祭での紹介では準メンバー扱いだったのに出世したね。で、仲良くしてる?」
「ぐ…」
早百合は痛いところを突かれたように口ごもったが、正直に答えた。
「正直、今まであまり大事にしてこなかったところはありますが、これから大事にします」
「いやいや、ごめん。説教じみたこと言うつもりはなかったんだけど、ファンとして心配でさ。シャレで準メンバー扱いしてたんだろうけど、…」
千晶は続く心配事項を口にせず飲みこんだ。
『ステージ下では孝宏君と意思疎通できてなかったの傍目にもミエミエだったし、ね』
小春は好き勝手いうなといわんばかりに抗弁する。
「どうも、ご意見ありがとうございます。でも、一緒に合宿組んだりと仲良くやってますので」
千晶もそれに乗って話を戻そうとした。
「そうそう、今度の旅行、海水浴の後でデカいボート乗り回してクルージングだって? そんで、船上バーベキュー? 学生なのにどんだけあんたたちセレブなのよ?」
早百合が苦笑しつつ答える。
「ボートは医者の叔父さんのもので、うちは普通のサラリーマンですよ。自前なのはわたしの免許くらい。船はおろかバーベキューセットまで借り物です。宿が安くて水沢さんには感謝してますよ。宿代浮かすために船上泊まで考えてましたから」
実のところは早百合の親は「普通のサラリーマン」というより「ちょっとリッチな会社役員」だが、そこは謙遜した。船上泊も「ロマンチックだから」考慮していただけだ。
「お〜。便乗させてもらって悪いね〜。なんか手伝うことある?」
「いえいえ、かずささんのご友人のお手煩わせたりしませんよ。バーベキューの準備も私たちの方で…」
言いかけて小春が口ごもる。亜子がツッコむ。
「小春。結局小木曽くんにバーベキューのことほとんど任せてなかった?」
「あ、いや。それは…」
先日、合宿のことを決める際、小春はほとんどうわの空であったため話が進まず、結局ほとんど早百合と孝宏で決めてしまった。
しかし、バーベキューのこととなると男手作業となる上に、料理の腕もグッディーズでキッチンのバイトをしている孝宏が上なので、小春達の担当は飲み物の買い出しや器の準備程度。炭の準備や食材の買い出し、仕込み等、八割方は孝宏任せとなってしまった。
「て、適材適所で…」
小春の弱々しい弁解を千晶はフォローした。
「まあ、男にとってみれば頼られるってのもいいものだよ。あとはちゃんと感謝してあげればいいよ」
全員、千晶の言葉を重く受け止めた。
「で、バーベキューのあとは宿に帰って『だれとく』の演奏会か。なに演奏するの?」
「翌週の野外ライブでやる2曲です。『やけぐいポテトチップ』と新曲1つ。そちらはお楽しみで」
美穂子がイタズラっぽく答えた。
「そういや『だれとく』って失恋の歌ばかりだね。新しいのも失恋の歌?」
メンバー全員、千晶のその質問に顔を見合わせた。
「そういえば、今まで失恋ものばかりだったね…」
「あれ? 自覚なかった?」
「あ、でも新しい歌は応援系かな?」
「でも『ちょっと悔しいけど』なんてフレーズあるし…美穂子、どうなの?」
聞かれた作詞作曲の美穂子はにこりと答える。
「もちろん、じつは失恋ものです」
「え〜っ。わたし3年目にして初めて知った…うちって失恋ものオンリーだったんだ…」
ショックを受ける早百合に千晶は腹を抱える。
「くくく…。君たち、気づいてなかったの?」
「わ、わたしはなんとなく気づいてたけど…」
どうやら作詞の美穂子以外は亜子がなんとなく気づいていただけ。小春に早百合はまったく気づいてなかったらしい。
「ちょっと、美穂子。失恋ソング以外作りなさい!」
いきなり注文を入れてきた早百合に美穂子は飄々と爆弾発言を返す。
「メンバーの誰かに恋人ができたら作りま〜す」
「………」
言葉につまる小春たち。千晶は興味しんしんに首を突っ込む。
「あれ? みんな彼氏いないの? 去年のミス峰城なんて、美穂子ちゃん11位に、小春ちゃん12位でしょ? 引く手あまたじゃん?」
「あれは小木曽に投票されたついでが入っただけで…」
小春が困った顔をする。パンフレットに顔写真が入るためバンドの宣伝目的でエントリーしているものの、エントリーだけで3ケタいる上、モデル等やってる学生だけでも2ケタに達し、レベルは高い。
前回の入賞は、『小木曽宏子』に投票した人間がついでにバンドメンバーに入れたために過ぎない。パンフレット1枚に3枚投票券がついているので、そういうおこぼれが出るのだ。
孝宏のおこぼれでの入賞というと若干女のプライドが傷つくが、一方で自分たちは孝宏の男のプライドくそみそにしているので文句を言う筋合いもない。そんなわけで皆、小春と美穂子のミス峰城入賞には触れたがらない。
『やっぱりまだ進展なしか…』
千晶はそう思いつつ、話を食い込ませる。
「で、雪菜の弟は? あいつも彼女なし?」
「…っ!」亜子が顔を赤らめ目を伏せる。
あまりにももろばれな態度に『だれとく』一同は慌て、千晶は追及を打ち切る。
「わたた、ごめん。聞かなかった事にする」
「…そうしてください」
その後は、海水浴や温泉の話題で盛り上がり、おひらきとなった。
帰り道は、小春と美穂子、千晶と早百合と亜子がそれぞれ同じ方角となり、いっしょに歩くこととなった。
歩き出してしばらくしたところで、美穂子は小春に話しかけた。
「小春、気づいている? 今回の新曲のこと」
「え…?」
今回の新曲『おめでとうを伝えたくて』は、一緒になった男女を祝福する歌だった。友人視点から歌詞は作られているが、美穂子はさっき『失恋ソングです』と言っていた。
「まさか…」
「わたし、あの歌、北原さんと雪菜さんイメージして作ったよ…」
ここで美穂子は一呼吸おいて、しっかりした声を作って言った。
「わたしと、そして、小春ちゃんのために」
「…!」
美穂子は笑顔を崩さないようにしながら言葉を続けた。
「わたし、小春ちゃんの気持ち、知ってるよ。いつも、一緒に泣いてくれたもの。同じ気持ちだって知ってる」
「美穂子…」
『ごめん』と言いかけた小春をなだめるように美穂子は言う。
「あやまらないで。小春ちゃんは悪くないよ」
美穂子は、涙をこらえつつ小春に語りかける。
「わたし。小春ちゃんすごいと思う。北原さんと雪菜さんお祝いするために、一生懸命頑張っている。
わたし、ダメだと思いつつ、雪菜さん妬んでた。でもそんな気持ちとはサヨナラしたいの…」
「そんな、わたしだって…」
小春も、結婚式の手伝いに執着するのは自分の気持ちを振り切りたいからだ。
「そうだよね。小春、頑張ろ。
頑張って、最高の『おめでとう』と…
『サヨナラ』を伝えよう…」
「ああ…美穂子…」
小春と美穂子は互いに顔を寄せ、ひとつぶづつ、かわりばんこに落涙した。
数分後、小春はすっかり元の小春に戻っていた。
「合宿ではかずささんと一緒に北原さんたちも聞きにくるってさ。
よし、最高の『おめでとう』ぶちかましてやるからね。美穂子」
「あはは。『ぶちかます』って…」
『だれとく』の明るいムードの源が帰ってきた。
千晶と早百合、亜子たちは大学の話などを話しながら帰った。
最初に早百合が別れ、次に千晶のマンション前に着いた時だった。
「あ、亜子ちゃんちょっと待ってて。いいものあげるよ」
「?」
千晶はそういって部屋に戻り、しばらくしてA4封筒を持って戻ってきて、亜子に渡した。
「はい、どうぞ」
「なんですか? これ?」
「盗品だけど、プレゼント。あとで持ち主にはわたしからことわっておくから」
「???」
亜子は不思議そうな顔で封筒を受け取った。
<目次>/<前話>/<次話>
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