雪菜Trueアフター「月への恋」第二十六話「遠雷の予感(4)」

7/28(月)晩 小木曽宅 雪菜の部屋


「よっと…」
 春希はグルーガンの引き金をゆっくりと絞り、手元の白い羽根飾りに接着剤を塗りつけ、籐のカゴにはりつけた。
 雪菜の方はぬいぐるみの手に小さなブーケを縫いつけているところだ。
 百円均一やホームセンターで仕入れた三脚と籐のカゴ、ぬいぐるみと造花と羽の飾り、しめて2千円足らずのがらくたたちが、2人の手作業によって世界に2つとないウェルカムボードの部品となる。

 このイーゼル代わりの脚付きカゴにボードを据え付ければウェルカムボードの完成だ。
 まだボード部分は完成していないが、すでにリサイクルショップでおあつらえの白く可愛らしい額縁を購入してある。
 ウェルカムボードの他にもリングピロー、招待状と手作りできるものは多い。経費削減の為もあるが、こうした結婚式の為の共同作業そのものが、2人にとってみれば何にも代え難いかけがえのない時間であった。

「ねぇ? 春希くん? こんな感じでどう?」
「うん。いいんじゃないかな? あとはボード本体ができてからレイアウトしよう」
「じゃ、ひとまず休憩だね。お茶いれるよ」

 ほどなく麦茶とかりんとうがテーブルの上に並ぶ。
 くつろぎつつも、話は自然と結婚式の事になる。何せ、決めることがたくさんありすぎるのだ。

「ねぇ。司会とかの事なんだけど…」
 雪菜が切り出したのは、結婚式の時の友人たちへの頼みごとであった。
「ああ、司会の件なんだけど、武也が気を回して皆と調整図ってくれているみたい。まだ、本決まりじゃないけど、柳沢さんがメイン司会、杉浦がサブ司会でいきそう。
 ほら、杉浦の方が途中の余興とかもういろいろ関わってくれているから詳しくてやりやすいだろ?
 初めと締めくくりは柳沢さん。杉浦も『プロのアナウンサーの司会、参考にしたい』って言ってるし、柳沢さんも途中で挨拶まわりしたいってさ」

 朋と小春が司会に名乗りをあげた時には二人顔を見合わせたものだ。2人の性格上、どちらを断っても角が立ちそうだった。
 そこで武也が「女の扱いは任せろ。お前が決めたり、あいつ等に相談させるとかえってモメる」と、軽口一つ叩いて調整役を買って出てくれた。
 司会役の調整をした上で、武也は依緒と共に新郎新婦友人代表スピーチと受付係を買って出てくれた。
 あとは結婚式の翌々週、都内で行う1.5次会の幹事や景品買い出し係だが、これも武也たちで追々決めるだろう。

「私たちって、本当に恵まれているよね…ありがたいよね…」
 雪菜が静かに感謝に声を震わせる。
「朋に小春ちゃん、依緒に武也くん。そして…かずさ」
「ああ、そうだな」
 こんなに多くの友人が惜しげもなく力を貸してくれる。そして、2人を祝福してくれる。

「とくに、かずさだな…」
 今や日本を代表するピアニストの1人となりつつある冬馬かずさ。
 多忙を極める彼女が付属時代と変わらず力を貸してくれることが、2人にとって最も嬉しく、そして、最も申し訳ない思いにさせられることであった。

 その時、テレビがかずさのコンサートのニュースを流した。すかさず雪菜はリモコンを取り、録画開始と音量上げをする。
「『昨日、ピアニスト冬馬かずささんのリサイタルが横浜みらいみなとホールで行われ…』」
「わぁ…。かずさがテレビに出てる…」
 感動の声をあげる雪菜。さらに雪菜を驚かせたのはマイクを持つかずさの映像だった。
「『…福島の皆さんへの思いを込め、ここ、横浜みらいみなとホールでも演奏させていただきます。モーツァルト『きらきら星変奏曲』です…』」

 春希がそのかずさの映像に解説を挟む。
「ああ、その曲、福島で亡くなった少女が3日前のコンテストで弾いた曲ってことで、福島でも弾いた曲だよ。
 ほら、お前通じて松川さんって人紹介してもらえただろ。その人からその少女の話や被災ピアノについて話してもらった、。
 かずさもよく考えて演奏するきっかけになったとさ。雪菜のおかげだよ」

「そっかぁ…。やすこちゃんに相談してよかった…」
「ところで、やすこちゃんって誰なんだ?」
「バンドの知り合い。付属の2年後輩の音楽科の子。かずさのファンで付属の音楽科の事にすごく詳しくてOB情報とかも知ってるから、何かかずさ励ますことできないかなって」
「そっかぁ…おかげでおれも助かったよ。いい記事になった」

 そこでアナウンサーがかずさのインタビュー内容を紹介する。
「『冬馬さんはインタビューで『たくさんの観客に聞いてもらえて緊張した。わたしの演奏が伝わったかわからないが、若い人がクラシックに触れるきっかけになってくれるとうれしい』と語りました』」
 春希はそれを聞いて失笑した。
 元は「やたら人が多くて疲れたよ。しかし、若い奴らも結構いたけどクラシックわかってるのか? あいつら? ま、クラシックに金落としてくれる分にはありがたいが」というインタビュー内容を春希が言い換え、提携各メディアに送ったのだ。

 雪菜が「かずさも立派にインタビューに答えているよねぇ…」としきりに感心しているのを見て、春希は真相を明かすべきか迷ったが、結局黙っていることにした。
「うん。かずさは頑張っているんだから、私たちもがんばらなくちゃね」
 自分たちもかずさを見習い、真っ直ぐ歩き続けることこそかずさに報いることだ、と雪菜は考えた。

 春希はこそばゆい思いに耐えきれず、話題転換を図った。
「そういえば、旅行の方は大丈夫か? 杉浦からいろいろ聞いてはいるけど…」
「うん。小春ちゃんとやりとりして、かずさの希望とかも聞いてるよ。清水さんの船の方も15人乗りだし大丈夫だって」
「デカい船だな。あと、食事は孝宏くんが頑張るんだって?」
「うん。初日の夕のバーベキューと2日目の朝は仕込んでくるって。昼はどっか食べに行こうってさ」
 グッディーズでキッチンのバイトをしていることもあり、孝宏の料理の腕はそこそこだとは聞いている…小木曽家では全然料理を手伝わないらしいが。

「あと、孝宏や小春ちゃんたちは夜バンド練習だけど、かずさが聞きたいってさ」
「『だれとく』だったっけ? 孝宏くんたちのバンド。どんなバンド?」
「それがね…孝宏教えてくれなくって…。人づてに聞いた話では孝宏の女装が去年の峰城祭で大ウケだったって」
「ぷっ…。孝宏くんそんなことしてたのか。それ、バンドの評判じゃないじゃん」
「だよねぇ…でも、わたしたちの同好会も大概だったし、人のこと言えないけどね」
「聴きたがるかずさもモノ好きだよなぁ。まあ、俺たちも聴きに行くか」




 そんな事を話していると、階下で雪菜の父親の帰宅の声が聞こえた。
「ただいま。今帰ったぞ…おや。春希君来てるのか」
 春希はそれを聞き、階下へ向かいつつあいさつをする。
「お義父さん。おじゃましております」
「ああ、よく来た。春希君」

「春希君、やるかい?」
 父親がコップを傾ける動作で春希を晩酌に誘う。
 ほどなく母親が準備したビールとつまみを前に、義理の父子となる2人がややぎこちないながらもテーブルを囲み、会話を始める。

「日程の件では無理を言ってすまなかったね」
「いえいえ、ご家族での時間は大切ですから」
 雪菜の父親が式について口出ししたのはひとつだけ。『前日は小木曽一家だけでゆっくりと過ごしたい』それだけだった。
 春希は、娘を送り出す父親の思いを感じるとともに、すこしだけうらやましく思った。
 あくまですこしだけ。結婚式のあとは雪菜の父親と義理の父子となるのだから。

「あと、私方の親戚からもかなりの人が式に来ることになったけど、大丈夫かい? 春希君」
「はい。たくさんの親戚の人を呼びたいとの雪菜の希望もありますから」
「すまないね。そちらの事情もあるだろうに」
「いえ、これからお世話になる大事な方々ですから」
 春希は両親の離婚後母方の北原姓を名乗っており、父親との縁は切れていた。だが、先日久しぶりに話し合い、結婚する事を告げると共に新郎父親として式に出てくれるように頼んだ。
 加えて、父方のおじおばも式に出てくれることになった。新婦側と人数のつりあいがとれるところまではいかないが、十分見栄えのとれるところまでは集まった。

「正直、自分はこれまで自分のことを両親なんて関係ない、どこでも生きていけるような人間だと思ってました」
「そうだったのか? 私は君はたくさんの人に囲まれて生きる性格の人間だと思っていたが?」
「そのとおりでしたね。その事に気づかせてくれたのが雪菜です。自分がこんなに多くの温かい人々に囲まれていることに気づいていませんでした」
「それはきみの人徳もあるとは思うがね。そういう人物の周りには人が集まるものだ…あとそれと、血筋というものもあるかもしれないな」
「? と、言いますと」
「お人好しすぎて損をするタイプだろう。人から頼まれたら何でも受けてしまうどころか、先回りして気遣いまでしてしまうだろ?」

 雪菜はそんなところまでお義父さんに話しているのか? しかし、血筋とは? と、春希が疑問に思ったその時、雪菜がお盆を持って現れた。
「はい、桃むいてきたよ。たくさん食べてね」

 ガラスの器の上には瑞々しい白桃がごろりとむかれ、切られている。
「ああ、今日持って来たやつですね。こないだ、父から送られてきました。岡山の珍しい品種で、すごく美味しいです。ご賞味ください」
「ああ、ありがとう。ただ、これは…」
 雪菜の父がちらと雪菜の方を見る。
 雪菜は台所の母に声をかける。
「お母さん、これ、春希君のお父さんが送ってきた方だっけ? それとも春希君が今日持ってきた方?」
 それを聞き春希は驚いた。『なんだ。親父のやつ。雪菜の家にも送っていたのかよ…』

「すいません。親父がそちらにも送っていたとは知らず…」
 春希はそう言いかけた時、予想の斜め上の回答が返ってきた。
「えっ? 春希君の叔父さん? ごめんごめん、春希君。これ、春希君の叔父さんが持ってきたやつだって」
「ええっ? 叔父さんって、タカ叔父さんが?」

 雪菜の父が苦笑しながら春希に言う。
「ああ、こないだ君の叔父さんがやってきて『兄が忙しくてそちらとの顔合わせに伺えず申し訳ない。仕事を頼んだ私のせい』と言って、たくさん桃をいただいた」
「………」

 実のところ、両家顔合わせが秋口まで伸びたのは春希がかずさのツアー取材で夏の間週末が空かない点が大きい。対して、雪菜の父は土日しか空かない。
 確かに、春希の父がタカ叔父から頼まれた何かのイベントの仕事とかで忙しいのも原因の一つではあるが、タカ叔父が気に病む事はないだろう。
 まして、甥の嫁の実家にまで頭を下げに来る必要は…

 先日タカ叔父が「出張で東京に来るが会えないか?」と聞いて来たときは、かずさのツアー取材と日がかぶっていたので断ったが、まさか、雪菜の実家の方に来ていたとは思わなかった。
 しかし、叔父と親父の性格から考えると十分あり得る話だ。
 一度頼まれたら、頼まれた以上に几帳面に仕事をやり遂げてしまう親父。そんな親父の身辺まで心配していらぬ気遣いまでしてしまう叔父…

 雪菜の父は桃に手を伸ばしつつ言った。
「まあ、私の妻の方の親戚にも同じような、その、気前のよい方がいるのでね。よくわかるよ。うん…うん、おいしい」
 春希はそれを聞きつつ「リンゴの方が日持ちするからいいよな…」と思った。

「ままかりも焼けたよ。これも叔父さんからだって」
 そこに追い打ちをかける雪菜だった。



同日晩 峰城大生御用達のレッスンスタジオ

-
 ジャラララララン、ジャララン、ジャラン
「ふう…、なんとか仕上がった、かな?」

 小春が美穂子と孝宏を振り返ると、2人共「バッチリ」と親指を立てた。これで新曲の方も人に聴かせられるデキに仕上がった。

「よし、今日はこれであがるか。あ、そうそう、果物持ってきたんだ。お祝いに食おうぜ」
 孝宏がクーラーバッグからタッパーを取り出す。
「小木曽の果物って、リンゴ?」
 早百合が訪ねるが、孝宏は首を振る。
「いや、北原さんの実家からの桃。岡山だって」
「へえ。北原さん桃太郎だったんだ」
 早百合が軽口と共に桃に手を伸ばす。
「うん。おいしい。山梨のより上だね」

 早百合のくだけた様子につられるように他のメンバーも桃に群がる。皆、新曲が仕上がった喜びに浮かれていた。
 「冬馬かずささんに聞かせられるよう、合宿までに概ね仕上げる」というのはキツい目標だった。
 今回は小春の調子が上がらない中、他のメンバーが引っ張っていくという、いつもとあべこべのパターンだった。しかし、いつも反発していた早百合がドラムと息を合わせられるようになった事も大きく、なんとか予定どおり仕上げることができた。

「そういえば、北原さん結婚しちゃうんだね…」
 美穂子はそう言って深いため息をついた。ため息の理由は皆知っていたので、皆何も言わなかった。
 しかし、その隣で小春まで深くため息をついたのを孝宏は看過しなかった。

「…そういえば、杉浦。姉ちゃんと北原さんの結婚式、いろいろ手伝ってくれてるんだって?」
「う、うん」
「ありがとう。いろいろと気疲れするだろ」
 孝宏はそう言って小春の反応をうかがった。
「あ、あ…う、うん…」
 小春が元気なくうなづくのを見て、孝宏は『やっぱりそれかよ…』と心の中で毒づいた。

 しかし、小春が元気がない理由がその結婚にあるとしても、自分は慰める役にも問い詰める役にもないと孝宏はわかっていた。
 だからこの場を去り、あとは女たちに任せることにした。
「じゃ、時間だし出るか。片付けるよ」
「あ、小木曽君、この後時間ある?」
 亜子が引き留めにかかったが、孝宏はこれ以上厄介ごとに関わるのはごめんとばかりに冷たくあしらう。
「すごくひさびさに誘ってくれて嬉しいけど、悪い。明日昼までにレポートがあるんだ」
「そうなの? …ごめん、レポート頑張ってね」
 亜子の声に寂しそうな響きが混じっていることに、孝宏はまだ気付きすらしていなかった。



レッスンスタジオ近くの居酒屋


「ではでは新曲の仕上がりを祝って、乾杯! 小木曽も呼べたら良かったけど、とりあえず祝おう〜」
 早百合が皆を盛り上げようと音頭を取る。
 何があったか皆にはわからなかったが、早百合の孝宏に対する態度がだいぶ丸くなった。おかげでチームワークがうまい具合に回ってくれて、小春の不調をカバーできた。

「ごめんね。今回私の調子が上がらなくって」
「いいっていいって〜。旦那の稼ぎが悪い時は女房が頑張る、って言うでしょ。ギターとベースの仲なんだから〜」
 早百合は小春の肩を抱き上機嫌だ。小春に頼られているという立場に酔っているようでもある。

「ま、そんなこんなで来週は合宿。晴れるといいな〜。ついでに海も穏やかだといいな〜」
 そうして、ハンドルをにぎる真似をする早百合。美穂子が敬礼のマネをして茶々をいれる。
「早百合船長さん。よろしくお願いしま〜す」
「うむ。任せなさい」

 小春と亜子は船の写真をスマホで見つつ盛り上がる。
「しかし、ホント大きな船だね。15人乗り? わたし、クルージングとかしたことないよ。亜子は?」
「お父さんが昔何隻か船持ってたけど、こんなに大きくなかったなぁ。お父さんも免許ないし、乗ったことないよ」
「『何隻か』!?」
 皆驚いて亜子の方を見た。亜子は早くも少し酔っているようだ。

 亜子の家庭環境には謎が多い。妹の話はよくするが、両親やその仕事の話はしようとしない。
 しかし去年から、酔うと時々口を滑らせる事が度々あった。だが、皆それにかこつけて家の事を聞きだそうとはしなかった。
 その原因は去年の峰城祭の打ち上げの時にあった。
 酔った亜子が父親から着信のあった写メールを自慢げに皆に回して見せた。メールには『お父さんの新しいホテルがまた一軒建ったよ』とあった。
 ただ、添付写真に映っていたのはどう見てもラブホテルだった。
 そんなことがあったので、亜子の家のことについては、皆深く聞かないようにしている。

「まあ、わたしの船も叔父さんからの借り物だけどね…」
 早百合がさり気なく話題転換を図ろうとしたその時だった。
 カウンターにいた一人の女性がグラス片手に近づいてきた。
「あら? やっぱりそこで飲んでるあなたたち、『だれとく』のみんな?」
 そこにいたのはかずさの友人にして今度の旅行にも参加予定の、『コーネックス二百三十度』所属の舞台女優、和泉千晶だった。



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