「お疲れ様でした。チーフも今日は早番なんですね」

グッディーズ女子更衣室。小春は、同じくバイト上がりの中川と駄弁りながら着替えていた。

「小春っちお疲れ〜。今日もお客さん多かったね〜。あー、歳かなぁ。最近疲れが……」

自分とそう変わらない中川のそんな台詞に、小春は曖昧な笑みで返す。

「ところで小春っち〜。この前のアレ、何だったの?」
「そんな指示語ばかりでは何のことを示しているのかさっぱり判りませんが?」
「またそんな小難しいこと言ってぇ。ホントは判ってるんでしょ?」
「……」

もちろん、中川が何を言いたいのか小春は察していた。
が、春希絡みとなると――しかも内容が内容だけに――正直に中川に告げるのも憚られた。

「ほらぁ、小春っちとあとお友達が3人くらいいたっけ? あの時突然大声上げてさぁ……」
「チーフ」

中川が具体的に進めようとしたところで、小春は話の腰を折った。

「ん〜? どしたの、そんな不機嫌そうな顔しちゃって。可愛いのに台無しだよ?」
「ごめんなさい。あの時は本当にご迷惑おかけしました。
 そして、もう一度ごめんなさい。込み入った事情があって……お話できません」

ぺこり、と頭を下げる小春。
流石の中川も、そんな殊勝な顔で詫びられると、それ以上突っ込む気になれなかった。

「う〜ん。なんか色々あるみたいだねぇ。あ、別に迷惑とかは思ってないからそっちは
 気にしなくていいよ。でもさ、私も一応ここでの先輩だし、年長者だし。
 悩み事とかあったら遠慮なく相談してくれてもいいからね? これでも心配してるつもりだから」
「……ありがとうございます。その時は、遠慮なくそうさせていただきます」

小春は、中川の言葉を心から有難く思った。
自分を心配してくれている、その気持ちが、素直に嬉しかった。

「そういえばさぁ、話変わるけど。昼前くらいからずっと粘ってるカップルがいるじゃん?
 あの2人って前に見たことあるような気がするんだけど……小春っち知らない?」
「あの方々はこのあと私に用があるんで待ってて下さってるんです」
「え、カップルの中に小春っちが? なになに、三角関係〜? ねぇねぇ、どっちが奪った方?」
「そんなんじゃありません! どうしてチーフはそう短絡的に恋愛沙汰にしようとするんですか!」

小春はついさっき抱いた感謝の念に、ちょっぴり後悔した。

「え〜、だってあの2人、全然カップルらしくないってゆーか。真面目な顔して
 ずっと何かを話し合ってるんだもん。最初は別れ話でもしてんのかと思ったくらいだよ」
「違います。……というわけで私、人を待たせてますからこれで失礼しますね。お疲れ様でした」
「ああ、うん。お疲れ様〜」

着替えた小春は、中川を置いて先に更衣室を出て行った。

「……カップルなのは否定しない、っと。別れ話以外の真面目な話……かぁ」

中川の好奇心が満たされることは今のところ、無さそうであった。



一方小春は、更衣室を出て一旦立ち止まり、深呼吸をした。

 水沢先輩が、私に話がある、と。
 ……きっと、あまりいい雰囲気では始まらないだろうなぁ。

いくつか想定される事はあった。小春は自分がアドリブに弱いことを自覚していたので
ここで依緒からの追求パターンをいくつかシミュレートしておいた。



「すみません、お待たせしました」

小春は、武也と依緒が昼前からもう何時間も占領している席へと向かって行った。

「ああ、お疲れ様小春ちゃん。さて、これから何処行くよ?」
「んー、杉浦さん疲れてるんじゃない? 同僚の目とか気にならないなら
 このままここで話続けてもいいんだけど」
「あっと……いえ、疲れとかは大丈夫ですが場所もここで大丈夫です」

好奇心旺盛なホールチーフも仕事上がりましたし、と小声で呟く小春。

「あ、そう? じゃぁ俺の隣に……」
「お前は馬鹿か。自分のバイト先で彼氏でもない男を隣に侍らせた姿なんて
 このコに晒させてどーすんの。お前がこっちに来い」
「へぃへぃ、仰るとおりで……」
「あ、あはは……お気遣いありがとうございます」

小春は苦笑いしながら、武也の座っていた側に座り、対面に武也と依緒という形になった。



「えーっと……水沢先輩。私に話がある、という事でしたよね?」

小春はドリンクバーを注文し、コーヒーを取ってきた途端、切り出した。

「相変わらず直球勝負なコだね。嫌いじゃないけど。
 武也からだいたいのことは聞いたよ。昨夜2人で飲みながら雪菜のこととか話したって」
「そうですか。つまり飯塚先輩から伝え聞いただけでは何かご納得いただけないところが
 水沢先輩の中であった、という事ですね?」
「正解。単刀直入に言うけど、あたしは春希たちが許せない」
「……」
「依緒……」
「まぁ、今までずっと雪菜と春希の仲を見てきたんだ。その上でこの現状、到底
 受け入れられるわけがない」
「それは私も同感です。北原先輩は、間違ってると思っています」
「あんたは、春希の味方じゃないの?」
「今のところは。飯塚先輩からお聞きしてるかもしれませんが、あの3人の間で
 どんな事情があって、この間違った結果になったのか。それが判らないと、私は
 誰の味方をすべきか判りません」
「そうか……」
「な、俺が言ったとおりだろ? このコは、この件を客観的に見ようとしてるんだ」
「そりゃ外野……いや、観客席にいるんだから当たり前だ」
「手厳しいですね、水沢先輩」
「はぁ。相変わらずキッツい言い方しか出来ないのかねこのスポーツ馬鹿は」
「むしろスポーツ馬鹿って括りならあたしと杉浦さんは話が合う方だと思うけどね」
「ええ、それは否定しません。ただ客席から小木曽や先輩方のポジションにまでは
 移行させて貰ったつもりです。それでもあの3人からすれば外野ですが」
「まぁ、当人の弟が認めたんだからそれは俺たちも認めざるを得ないだろ」

そこまで話して、依緒は更に一歩踏み込んだ。

「なぁ、杉浦さん。どうしてそこまでする? 春希とはバイト先の先輩後輩で……
 ああ、一応大学でも1年だけ先輩後輩だったっけ。でも、それだけだろ。
 雪菜とは特に親しかったわけでもないよね?」
「そうですね。どちらと親しかったか、と言われれば北原先輩です」
「そうじゃなくて。この件に首を突っ込むメリットが杉浦さんにあると思えないんだよ」
「メリット……ですか?」
「依緒、このコが損得勘定で動くコじゃないのは2年前のクリスマスの件で判ってんだろ」

そこで依緒は待ってました、とでも言わんばかりに

「そう、そもそもそこが理解できない。杉浦さん、2年前といい今回といい……
 お節介にも程があるんじゃない?」
「そうでしょうか。私が聞いたところだと、飯塚先輩も水沢先輩も、北原先輩と小木曽先輩の仲を
 取り持つため色々とお節介されたと聞いていますが」
「そりゃあたしたちはあの2人と付き合い長いからね」
「付き合いが短いとお節介焼いてはいけないのですか?」
「っ……」
「2年前、北原先輩は小木曽先輩との関係のことで思い悩んでいました。一緒にバイト先で
 ……と言ってもここですが。ここで仕事をして、お互いの人となりを知っていって。
 それであの2人のために、私に出来ることをしたまでです」
「依緒、お前の負けだ。小春ちゃんは生半可な気持ちでこの件に関わろうとしてるんじゃないんだよ」
「それは話を聞いた時から判ってたさ。2年前も、今回も。ただ……」
「水沢先輩。私は先輩とはあまり言葉のやり取りをして来なかったように思います。
 ほとんど飯塚先輩を介して、という形でしたよね。ですから、もしそのために私に
 遠慮しているのであれば、気にしないで仰りたいことを仰って下さい」

小春は、どこか本題を切り出せないような依緒を促してみせた。

「……はぁ。どう育ったらこんな真っ直ぐなコになるんだろうね。ちょっと羨ましいよ。
 じゃぁ、率直に行かせてもらう」

そういって依緒は、真っ直ぐ小春を見つめて聞いた。

「杉浦さん。もしかして2年前から春希のこと、好きだったんじゃ「はい」ないの?」
「おいこら依緒、いくらなんでもデリカシーってもんが……って小春ちゃん……」

そう、この質問は小春にとってシミュレート済みであった。
依緒に対しても誠実であろうとした小春は、決めていたのだ。このことを聞かれたらきちんと答えよう、と。
ただ、あまりにも待ち構えすぎてたのか、武也が依緒にツッコむよりも早く返答してしまった。

「なんか、聞かれる気満々だったみたいだね」
「そうですね、ちょっとフライングしちゃいました」

そう言ってはにかむ小春。武也は複雑な表情でそれを見つめていた。

武也は小春のバイト中、昨夜話したことのほとんどを依緒に伝えてはいた。
だが、流石に小春の恋愛感情を本人不在の中で他人に言うことは、たとえ相手が依緒であろうと
憚られたのだ。けれど、ここで依緒がそれを聞くということは……

「2年前のあの時から、薄々そんな気はしてたよ。それくらいの想いがなきゃ、
 あんな堅物の朴念仁みたいな春希のためにお節介焼こうなんて女の子、いないだろうし」
「え、それじゃまさか水沢先輩も北原先輩のことを……」
「無い、有り得ない、可能性ゼロ」
「……流石にちょっと春希が哀れだぞ、その即全力否定は」

この言い方だと確かに、春希にお節介焼いてた依緒にもブーメランとして返ってくるはずなのだが
この場にいる誰もそんなことは思っていなかった。

「……確かに、私は北原先輩に恋をしていました。それこそ、『届かない恋』を。
 だからこそ、北原先輩と小木曽先輩の仲を後押ししました。お二人が幸せになってくれることが
 私のちょっぴり辛い、でもそれ以上に幸せな願いでした」
「杉浦さん……あんたも難儀なコだねぇ」
「やっぱりそう思いますか? ……自分でも、そう思います」
「なぁ依緒、判ってやってくれよ。小春ちゃんは……いや、そんな小春ちゃんだからこそ
 今の現実は受け入れられないんだよ」
「それは判った。で、今回は春希のためじゃなく雪菜のために動こうっての?」
「そうですね。まだ小木曽先輩の味方になる、と決めたわけではありませんが……
 少なくとも、今のまま傷ついた小木曽先輩を放っておいていいとは思いません。
 私が小木曽先輩のために出来る最善の行動を……」

そこで、依緒の雰囲気が一変した……ような気がした。

「……それは、本当に雪菜のためなのか?」
「依緒?」
「どういうことでしょうか、水沢先輩」

依緒は、真剣な面持ちで小春を見つめながら言った。

「結局、杉浦さん自身が春希に帰ってきて欲しいからやってるだけなんじゃないの?」
「え、っ……!?」

小春の表情が固まった。

第16話 了

第15話 武也の嘘 / 第16話 小春の凋落、そして再起
タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます