「……その話、本気で言ってる?」
「質問に質問で返すのもなんですが、私が冗談を言えるタイプに見えますか?」

小春は千晶との再会から、考えていた事があった。
そして、千晶にそれを打ち明けた。

「いいや、残念だけど全く見えないね……はぁ。しっかしまぁ、理解は出来るけどさ。
 それ、下手したら諸刃の剣だよ?」
「そうかもしれません。でも、それくらいの覚悟は出来てます」
「覚悟、ねぇ……まぁ、それはいいけど。さっき貴女自身が言ったよね?
 『人を騙したり嘘を吐くのは悪いことだと教えられて育ちました』って。
 演じるという事は、常にその可能性を内包している。それが判らない杉浦さんじゃないよね?」
「……それが、誰かのためになるのなら。『必要悪』というものを最近ようやく覚えまして。
 それでも、これはあくまで最終手段です。使わずに済むことを願ってますよ」
「ふぅん……変わった、のかな。これも成長なのかしら。おねーさん嬉しいわ〜♪」

と、軽口を叩いたのも束の間。そこで千晶は、まるで何かのスイッチが入ったかのように
小春が今まで見たこともないような真剣な表情になった。

「けどそれ以上に、このあたしに演技を教えてくれなんて言うからには、
 そっちの覚悟も出来てるのかな? あたし、演技には一切妥協許さないよ」
「……はい。ご指導、よろしくお願いします」

小春は千晶の一変した雰囲気に気圧されたが、そう言って千晶に頭を下げた。



それからというもの、小春は学生としての本分を決して疎かにせず、その上で
開桜社、グッディーズのバイトを掛け持ちしながら、時間を見つけては千晶の元へ通いつめた。

大学とバイトはともかく、元々「自分を偽る」ということが苦手な小春にとって
千晶の鬼のような指導は肉体的にも精神的にも大きな負荷となった。
だが小春はそれでも決して諦めず、必死に食らいついていった。
もしかしたら、使わずに済むかもしれない最終手段と小春自身がそう述べた。
それにも関わらず、千晶から必死に学び取ろうとする姿は、この演技指導が
まさしく小春に取って、必勝の切り札となるという確信があったのかもしれない。

 はぁ〜……やれやれ、このコ本当に大丈夫なのかな……。
 演技の出来の方はともかく、このコのcodaは何処にあるのやら。
 まぁ、引き受けちゃった以上は徹底的に扱き上げてやろう。
 それであの3人の物語がどうなるのか、あたしとしても興味あるし……ね。
 
千晶は自分で宣言したとおり、小春の拙い演技を徹底的に叩いた。
発声練習から始まり、呼吸法、立ち居振る舞い、表情、指先どころか爪の先の動き一つまで
……演技素人に対して順番どおり基礎から入ったものの、千晶が気に入らなければ
最初からやり直させ、小春も文句一つ言わず、何度でも反復する。そんな日々が続いた。

小春はバイト中にも千晶の指導を意識し、自己練習も兼ねて実践を試みた。
特にグッディーズでのバイトには、ただでさえ中川と肩を並べるレベルで
仕事のできる小春が、今まで以上に来客への接遇レベルが飛躍的に向上した。

……おかげで小春目当ての客が更に増え、佐藤は一人嬉し涙を流していたらしいがそれはまた別の話。



そうこうしているうちに夏が終わり、残暑の厳しい9月になったところでようやく
武也を通じて依緒から連絡があった。

【小春ちゃん、待たせて悪かった。依緒のヤツ、ようやく次の日曜空けれたってさ。
 そっちの都合はどうかな?】

小春は「遂に、その時が来ちゃったんだな……」と、決意を新たに返信メールを打った。

【勿論、大丈夫です。集合場所と時間、水沢先輩に合わせますので指定して下さい。
 ところで、あれから小木曽先輩はどうしてるかご存知ですか?】

【判った。依緒と相談して改めてメールするよ。雪菜ちゃんは、スマン、判らない。
 少なくとも俺は接触してないし、依緒からも会えたという話は聞いてないんだ】

【そうですか、わかりました。連絡、お待ちしています】

武也とのメールのやり取りを済ませた後、一件のメールをある人物に送った小春は雪菜の心情を慮った。

 北原先輩にプロポーズされて、その直後に婚約破棄された小木曽先輩……。
 そんな小木曽先輩から逃げるように、北原先輩は冬馬先輩とウィーンへ逃げるように去ってしまった。
 北原先輩と、小木曽先輩。そして冬馬先輩。3人の、物語……か。
 
 遡れば付属祭のあのステージ。当時、想いあっていたのは北原先輩と冬馬先輩。
 それは映像から見ても判るし、曜子さんも和泉先輩も察しがついていた。
 だけどその直後に交際をスタートさせたのは、北原先輩と小木曽先輩……。

ここで、今度はかずさの心情へとシフトしていく。

 いくら心の内ではお互いを想いあっていても、それだけじゃ届かない。
 声にしなければ、言葉にしなければ伝わらない。
 そんな沈黙は、結果的に想い合う二人を引き裂いてしまった。
 小木曽先輩が、先に想いを伝えてしまったから。
 北原先輩が、それを受け入れてしまったから。

そして、春希の心情へ。

 北原先輩は結局、同時に二人の女性に恋してしまった。
 ……いや、正確には同時ではないんだよね。
 最初は冬馬先輩を。そして、小木曽先輩にも惹かれていった。
 小木曽先輩の想いを受け入れた時に、冬馬先輩への想いを捨てきれなかった。
 ……冬馬先輩が曜子さんと日本を去ってからも、ずっと。
 それでも、小木曽先輩と向き合っていこうとあの時あんなに頑張ってた。
 そして2人は強く、強く結ばれた……それなのに、やっぱり冬馬先輩への想いは
 北原先輩の中で思い出に変わることも、過去のことと割り切ることも出来なかった……。

「ほんっと、酷い男ですね……北原、先輩……」
 
そう一人声を零す小春。しかし瞳から零れるものは、無かった。

その時、先ほど送信したメールに対する返信を携帯が知らせる。

【了解。こっちは相変わらず、ってところ。その時が来たら、任せる】

第25話 了

第24話 3人の物語、2人の追っかけ / 第26話 天照大神対策サミット
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このページへのコメント

>それが誰かのためになるのなら。『必要悪』というものを最近ようやく覚えまして
>それでもこれはあくまで最終手段です
小春も誰かのためになるなら嘘や騙しといった悪を呑み込めるようになりましたか。
しかし24話ではかずさを選ぶにしても違ったやり方はなかったのか、等とまだしつこく感情面では納得できてない小春でしたが、頭では理解しつつあるのですかね。

「誠実って言葉を軽々しく使うな…それって誰に対しての誠実だよ?」

かつて春希が投げかけ小春ルートで小春が理解させられた言葉ですが、かずさTで春希が悪役になりながらも示した(主にかずさへの)誠実に、必要悪を覚えたこのSSの小春は最終的に誰にどういう誠実を示すのか楽しみです。

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Posted by N 2015年01月16日(金) 22:46:46 返信

小春が「必要悪」とのたもうた千晶による演技指導はどうやらイオタケとの場面で使う可能性が高そうですが、どの様な状況になった場合に発揮されるのかは予想がつかないので次回を楽しみにしています。
しかし小春が基本だけでも千晶の様な事が出来るとしたらいろんな意味で手強い女性になりそうですね。

0
Posted by tune 2015年01月16日(金) 00:32:28 返信

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