※話数間違えてます。これは27話です

それから小春は、ひたむきに千晶の指導を受け続けた。
武也も依緒も朋も、なんとか雪菜との交流をメールだけとは言え、続けていた。
孝宏も晋も秋菜も、仕事と食卓につく時以外自室に篭りっきりの姉・娘を見守り続けた。

あれから2ヶ月が経った。季節は移ろい、肌寒さを感じられ始める頃。

「ん……まぁ、こんなモンっしょ。これで舞台に立つって言ったら殴るけど
 小春の場合は、たった一人の観客相手。その一人に通用すればそれでいいんだし」
「はぁっ……あ、ありがとうございます、和泉先輩……ふぅ」

小春の渾身の演技――とは言え、千晶に言わせればまだまだ素人だが――を見て
いつからか小春を呼び捨てで呼ぶようになった師匠たる千晶は、ようやく合格を与えた。

「しっかし今更だけど……ホントにやるの? 前にも言ったけど、諸刃の剣よ?」
「はい、判ってる……つもり、です。それでもやっぱり、私にはこの方法しか無さそうなので」
「はぁ〜、どこまでも真っ直ぐというか愚直と言うか。3人の問題なんだから放っておけばとも
 あたしは思うんだけどねぇ」
「それも和泉先輩なりの誠実、なんだと思います。3人の世界へ外界から干渉しない……
 一見冷たいようにも見えますが、3人の意思を尊重している和泉先輩ならではだと捉えてます」
「そりゃどーも。あたしゃそんなにデキた女じゃぁないけどね」
「私も、この件については誠実でいたいと思ってます。もしかしたら間違ってるかもしれない。
 それでも、今の小木曽先輩も、その周囲の人たちも。とても傷ついたまま……。
 私はそれを黙って見ていることは、どうしても出来ません」
「昔っからそういうコだったよねぇ、小春は。……あたしからもお願いしとくよ。
 雪菜を、救ってあげて。あたしじゃそれは出来ないから」
「……名女優の指導に恥じないよう、全力で当たってきます」

小春が去った後、千晶は一人呟いた。

「……次のホンは、あのコ主役で書いてみようかなぁ……終わりが、見えないけども」



小春は孝宏にメールを送った。

【どこまでやれるか判らないけど、こちらは準備できた。都合のいい日時、お願い】

一方、メールを受け取った孝宏。

「いよいよか……結局、昔も今も杉浦のヤツには世話になりっぱなしだなぁ。
 まさか姉ちゃんのことでまで首突っ込んでくるとは思わなかったけど」

【了解。もし杉浦の都合がいいなら、今とかどうだ? 父さんは仕事行ってるし、母さんも
 出かけてる。姉ちゃんは相変わらず部屋に篭ってるし俺も家にいるぞ】

そう打ったメールを返信した。

「今日…? そんな急な……いや、むしろ待たせすぎたくらい、だもんね。
 ……よし、挫けるな、私っ!」

【わかった。それじゃ今からお邪魔するね。末次に着いたら一度メールするよ】

小春は意を決して駅に向かうのだった。小木曽家でこれから自分が行おうとしている
行為を、心の中で何度もシミュレートしながら。
その結果起こる可能性が考えられる事態と、その対処法も。



「いらっしゃい、杉浦」
「こんにちは、小木曽。今日はよろしくね」
「どっちかってぇと、よろしくお願いするのはこっちなんだけどな」
「ふふ、そうかもね。でも、別に小木曽のためだけにやってるわけじゃないし
 前にも言ったように、これが正しいのかも判らないから……」
「そうだな。……でも、頼む。水沢さんや柳原さんでもダメみたいでさ。
 杉浦に賭けるしかなさそうなんだ」
「賭けとか言わないで……と言いたいけど、私自身賭けだと思ってるからね」
「というかここまで何も聞かなかったけど、実際どうするつもりなんだ?」
「んっと……小木曽がいいなら、それは本番を見てくれ、とだけ?」
「ちぇ、案内役にも秘密なのかよ。まぁいいや、ほら、上がってくれ。
 『俺の友人』の杉浦」
「うん、お邪魔します」

行儀よく脱いだ靴を揃えた小春に、孝宏が声をかける。

「早速行くか? それとも茶でも出そうか」
「お気遣いありがとう。でも大丈夫、鉄は熱いうちに打て、ってね」
「? まぁいいや、それじゃ2階に」

孝宏の先導で2階へと上がっていく小春は内心

 ついさっきまで和泉先輩に稽古つけて貰ってたところだし、ね。
 とは言え、天宇受賣命のように上手くは出来ないだろうけど……。

と付け加えるのだった。



そして、遂に天岩戸の前に立った二人。中にいるであろう雪菜に聞こえぬよう
小声でやり取りをする。

「小木曽、まずは正攻法で声掛けてみてくれるかな。多分無理だろうけど……」
「判った。取り敢えずやってみる」

そう言った孝宏は、雪菜の自室のドアをノックして

「おーい姉ちゃん、友達が来てんぞー」

と少し大きめの声で雪菜へ伝えた。
その背後で、小春は自分のポニーテールを解き始めた。

「……誰? また朋? 悪いけど帰って貰って……」

元気というか覇気の無い声が、扉の向こうから返ってきた。

はぁ、とため息をついて肩をすくめながら小春に振り返る孝宏は、
先ほどまでとは違う小春の姿を見てぎょっとした。

「やっぱり聞いてた通りか……小木曽、ちょっと黙っててね」
「杉浦、お前……」

孝宏は、今の小春の姿に見覚えがあった。それは言うまでもなく――

すぅっ……と呼吸を整え、心を落ち着けて。ここ数ヶ月の【成果】を出す。

「出てこないのか、雪菜。それじゃあたしは春希とウィーンへ戻るぞ」

下腹部に力を込め、千晶の教えの通りに。千晶の知っている【冬馬かずさ】の
声色を使って、そうドアの奥にいる雪菜に告げたのだった。
勿論、元々の小春の声質ではかずさの声にはほど遠い。だが千晶の指導と
小春の努力の成果は、姿の見えない状態で雪菜の心を揺さぶるには充分だった。

「か、ずさ……? かずさ……!? かずさぁぁぁぁっ!」

孝宏に「ちょっと離れてて」と指示した小春は、ドアの前で待つ。
バタバタと足音を立て、勢いよく天岩戸が開く。
出てきた雪菜は、【かずさの】姿を視界に認めた。そして――

「かず、さぁぁぁぁっ!」

パシッ!

ドアから飛び出してきた勢いそのままに、雪菜は思わず平手を見舞っていた。
小春はまるでそうなることが判っていたかのように、避けようともせずそれを受け入れた。

「ね、姉ちゃん! 違うって!」
「っつぅ……こうなる覚悟もしてはいましたけど、やっぱり痛いものは痛いですね。
 お久しぶりです、小木曽先輩。小木曽の友人の、杉浦です。覚えておいででしょうか」

他人の頬を張った、その自分の反射的な行為のおかげで冷静になれた雪菜は

「え……あ、そ、そんな……ご、ごめんなさいっ!」

と、自分の過ちを詫びるのだった。

「いえ、元はといえば小木曽先輩を騙したのは私ですから。私の方こそ、申し訳ありません。
 ここを開けて貰うためとは言え、冬馬先輩を騙ったのですから」
「た、孝宏! どうして友達なんて嘘吐いたのよ!」
「落ち着け姉ちゃん、俺は嘘は吐いてないぞ。『友達が来てる』とは言ったけど
 『姉ちゃんの友達が来てる』とは言ってないぜ」
「っ……」
「まぁでも、『嘘は吐いてないけど真実も語ってない』って意味じゃ俺も同罪かもな。
 ごめんな、姉ちゃん。騙すようなことして」
「ごめんなさい、小木曽先輩。小木曽を責めないでやって下さい。
 これはあくまで私が自分で考えてやったことで、小木曽にはここまで案内して貰っただけなんです」
「姉ちゃん。姉ちゃんの直接の友人でもない杉浦まで、姉ちゃんのこと心配してるんだよ。
 ……そろそろ、いいだろ? 皆に心配かけっぱなしなんて姉ちゃんらしくねぇよ」
「杉浦、さん……孝宏……」
「小木曽先輩。もし良かったら、少し……ううん、いっぱいお話しませんか?
 小木曽先輩のことだけじゃなく、北原先輩と、冬馬先輩のことを」

思わず、とは言え手を上げてしまったことに非を感じていた雪菜が、それを断ることは出来なかった。

第27話 了

第26話 天照大神対策サミット / 第28話 小春日和(前編)
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このページへのコメント

(続き)
さて今話で小春は雪菜を天岩戸の外に出すことができましたが、「三人で向き合うべきだった」という自論を未だもっているなら次話以降が正念場ですね。
小春がこの自論を叩きつけ叱責するべきは春希よりむしろ雪菜の方だろうと思ってましたので、三人にこだわっていながら逃げていた雪菜に小春が何を言うか楽しみにしています。

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Posted by N 2015年02月14日(土) 05:34:32 返信

あー…小春はかずさを演じようとしてたんですか。
小春希というフレーズがやたら武也によって連呼されてたのでてっきり春希を演じるのかと思ってましたが、髪形の件も考えるとかずさで妥当ですね。

しかしかずさを演じるのならば少ししか面識のない千晶ではなく母親の曜子さんの指導を受けたほうが自然だったような気がします。
それにこのSSの小春のポジションって、原作ccにおける千晶と被ってるような…。
三人の外にあって誰よりも三人を理解しようとし演じることによって三人の世界に入ろうとする女。
このSSでは小春の行動やキャラが原作千晶の個性を食っちゃってるように感じました。小春に演技指導をして終わりなら、曜子さんでも代用可能だったのでは。

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Posted by N 2015年02月14日(土) 05:32:23 返信

お疲れさまです。
凄くかっこいい文章でうっとりと読んでました。
続きを楽しみにしています。よろしくお願いします。

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Posted by ushigara_neko 2015年02月14日(土) 00:37:52 返信

更新お疲れ様です。
千晶の指導を受けたとはいえ正直何処まで雪菜に効き目があるのか小春も不安だったでしょうが、あまり似ていなかったとしても精神的に不安定な状態の雪菜ならかずさっぽい感じの演技が出来れば反応してくれるとも思っていたのではないのでしょうか?
小春が3人の関係を修復するための計画がやっとスタートラインに立った様ですね。次回からどう展開して行くのか楽しみにしています。

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Posted by tune 2015年02月14日(土) 00:23:16 返信

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