最終更新:ID:h3oo0bNzcA 2013年12月22日(日) 05:03:47履歴
ICの卒業式での内容です。
「っ!」
「春希っ!」
武也の悲痛な叫び声が乾いた寒空のグラウンドに響きわたる。突如駆け出した春希にも絶対に声は届いているはずなのに、彼の足は理性の言うことを拒絶したかのように止まる気配すら見せず、コサージュのついた制服のまま街の中へと消えていった。
「くっそ、あのバカ……」
親友の暴走と、それを止められなかった自分の失態を嘆く。
しかし武也には何の落ち度もなかった。春希のスイッチを押したのは……ケースに守られていたスイッチを解錠して押したのは、他ならぬ雪菜なのだから。
「あたし、春希のこと見下げ果てた」
誰もが呆然とする中で、依緒の無色透明な声だけがこの場に沈んだ。
「頭でっかちで融通のきかないお節介な奴だけど、律儀で誠実でお堅い人間だって……それが春希の取り柄だって思ってたのに」
「そういうこと言うなよ」
「言うよ! だって恋人の目の前で他の女に走るなんて最低だよ! 非難されて当然の行為だよ!」
「だからそういうこと言うな。雪菜ちゃんの前で」
「あっ……」
武也に肩を掴まれて依緒は初めて気付く。雪菜が、春希の去っていった校門を見続けていたことに。涙も浮かべずに呆然と、でもスカートの端を千切れんばかりに握りしめたまま。
武也はすぐにケータイを取り出し、慣れた手つきで開いて簡易発信登録してある番号を押す。
「ごめん雪菜ちゃん、今すぐあいつ呼び戻すから」
「だめっ!」
しかし突然飛びついてきた雪菜に不意をつかれ、武也は電話を横取りされた。震える雪菜の指が電源ボタンを連打する。呼び出し音は鳴る前だった。
「いいの。これでいいの」
「雪菜ちゃん……?」
「これしかもう、ないの。三人が三人でいられる……かずさが日本に残ってくれる可能性は、もうこれしかない」
もしもかずさの希望が叶ったなら、春希と結ばれたなら、かずさは春希と離れることを恐れて、明日の飛行機の搭乗を見送るかもしれない。
そのあと三人でじっくり話し合って、逃げずにちゃんと決断して、本来あるべきだった関係に戻れたら……三人は変わらず三人でいられる。
雪の降る露天風呂で空を見上げたときのように。
ドライブで無邪気にはしゃいだときのように。
お菓子を食べながら勉強会をしたときのように。
泊まり込みの合宿をしたときのように。
あのステージに上がったときのように。
「だから誰も春希君の邪魔はしないで」
雪菜は、そんな、身体を壊しかねない劇薬に、歪で空論のような成功率の低い手術に手を出した。延命措置を選択できたにも関わらず。
……そしてそれは、とある前提の上に成り立つ選択でもあった。
「わかってるの? 雪菜。もしも春希が冬馬さんを見つけちゃったら、二人がどんなことになるか」
依緒に言われずとも、雪菜には十分にわかっていた。
かずさの行動範囲はたかが知れているけれど、雲隠れしている今は、逆に思い当たる場所にいない可能性も高い。いずれにしろ、狭いようで広いこの東京で二人が出会う確率はきっと低い。
だからこそ、出会ってしまったときの反動と衝動と願望から出る行動は……付属を卒業したばかりの男女であれば、誰にでも予測できることだった。
「それでいいの」
雪菜は笑う。俯いて、頬だけを動かして。冷静を取り繕ったつもりの、凍えた声で。
「だってそれって、元に戻るだけなんだよ。あるべき姿に。わたしは二番目でもいいの。あまりにも一番の存在が大きすぎるから」
かずさに春希の”最初”を全て奪われることを――好きな人を奪われることを雪菜は誰よりも恐れていて、誰よりも納得していて。
「三人が三人でいられるなら、わたしの届かない恋は、もうやめにする」
親友たちが離れていくことが、何よりも怖かった。
「でもね」
溢れ出る涙を押しとどめるために雪菜は顔をあげる。晴天だが、ちらほらと黒い雲も混じっている。今朝の天気予報では夜から天気が崩れるとのことだった。
「わたしの思惑がはずれちゃって三人が二人だけになったときは、わたしがかずさの代わりに春希君を慰めてあげるの」
込み上げる嗚咽を押し殺して、殊更健やかで爽やかな声で……
「だからわたしは、どっちでもいいんだ。どっちになっても、わたしは得するから」
――雪菜は、狡くて醜くて汚い女を演じる。
春希の罪を軽くしたいから。
春希の罪を認めたくないから。
それが真実であって欲しいから。
一縷の希望にすがっていたいから。
そして何より……。
脳裏を支配する、現実的で悲劇的な未来を否定していたいから。
THE END
「っ!」
「春希っ!」
武也の悲痛な叫び声が乾いた寒空のグラウンドに響きわたる。突如駆け出した春希にも絶対に声は届いているはずなのに、彼の足は理性の言うことを拒絶したかのように止まる気配すら見せず、コサージュのついた制服のまま街の中へと消えていった。
「くっそ、あのバカ……」
親友の暴走と、それを止められなかった自分の失態を嘆く。
しかし武也には何の落ち度もなかった。春希のスイッチを押したのは……ケースに守られていたスイッチを解錠して押したのは、他ならぬ雪菜なのだから。
「あたし、春希のこと見下げ果てた」
誰もが呆然とする中で、依緒の無色透明な声だけがこの場に沈んだ。
「頭でっかちで融通のきかないお節介な奴だけど、律儀で誠実でお堅い人間だって……それが春希の取り柄だって思ってたのに」
「そういうこと言うなよ」
「言うよ! だって恋人の目の前で他の女に走るなんて最低だよ! 非難されて当然の行為だよ!」
「だからそういうこと言うな。雪菜ちゃんの前で」
「あっ……」
武也に肩を掴まれて依緒は初めて気付く。雪菜が、春希の去っていった校門を見続けていたことに。涙も浮かべずに呆然と、でもスカートの端を千切れんばかりに握りしめたまま。
武也はすぐにケータイを取り出し、慣れた手つきで開いて簡易発信登録してある番号を押す。
「ごめん雪菜ちゃん、今すぐあいつ呼び戻すから」
「だめっ!」
しかし突然飛びついてきた雪菜に不意をつかれ、武也は電話を横取りされた。震える雪菜の指が電源ボタンを連打する。呼び出し音は鳴る前だった。
「いいの。これでいいの」
「雪菜ちゃん……?」
「これしかもう、ないの。三人が三人でいられる……かずさが日本に残ってくれる可能性は、もうこれしかない」
もしもかずさの希望が叶ったなら、春希と結ばれたなら、かずさは春希と離れることを恐れて、明日の飛行機の搭乗を見送るかもしれない。
そのあと三人でじっくり話し合って、逃げずにちゃんと決断して、本来あるべきだった関係に戻れたら……三人は変わらず三人でいられる。
雪の降る露天風呂で空を見上げたときのように。
ドライブで無邪気にはしゃいだときのように。
お菓子を食べながら勉強会をしたときのように。
泊まり込みの合宿をしたときのように。
あのステージに上がったときのように。
「だから誰も春希君の邪魔はしないで」
雪菜は、そんな、身体を壊しかねない劇薬に、歪で空論のような成功率の低い手術に手を出した。延命措置を選択できたにも関わらず。
……そしてそれは、とある前提の上に成り立つ選択でもあった。
「わかってるの? 雪菜。もしも春希が冬馬さんを見つけちゃったら、二人がどんなことになるか」
依緒に言われずとも、雪菜には十分にわかっていた。
かずさの行動範囲はたかが知れているけれど、雲隠れしている今は、逆に思い当たる場所にいない可能性も高い。いずれにしろ、狭いようで広いこの東京で二人が出会う確率はきっと低い。
だからこそ、出会ってしまったときの反動と衝動と願望から出る行動は……付属を卒業したばかりの男女であれば、誰にでも予測できることだった。
「それでいいの」
雪菜は笑う。俯いて、頬だけを動かして。冷静を取り繕ったつもりの、凍えた声で。
「だってそれって、元に戻るだけなんだよ。あるべき姿に。わたしは二番目でもいいの。あまりにも一番の存在が大きすぎるから」
かずさに春希の”最初”を全て奪われることを――好きな人を奪われることを雪菜は誰よりも恐れていて、誰よりも納得していて。
「三人が三人でいられるなら、わたしの届かない恋は、もうやめにする」
親友たちが離れていくことが、何よりも怖かった。
「でもね」
溢れ出る涙を押しとどめるために雪菜は顔をあげる。晴天だが、ちらほらと黒い雲も混じっている。今朝の天気予報では夜から天気が崩れるとのことだった。
「わたしの思惑がはずれちゃって三人が二人だけになったときは、わたしがかずさの代わりに春希君を慰めてあげるの」
込み上げる嗚咽を押し殺して、殊更健やかで爽やかな声で……
「だからわたしは、どっちでもいいんだ。どっちになっても、わたしは得するから」
――雪菜は、狡くて醜くて汚い女を演じる。
春希の罪を軽くしたいから。
春希の罪を認めたくないから。
それが真実であって欲しいから。
一縷の希望にすがっていたいから。
そして何より……。
脳裏を支配する、現実的で悲劇的な未来を否定していたいから。
THE END
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このページへのコメント
今回は雪菜SSを書きましたが、私はルートをやるとそのヒロインを好きになる春希体質なので全く問題ありません。
ホワルバ2のヒロインは全員魅力的ですよね。
アニメでは物語の展開上どうしてもかずさ中心の感じになっているので、雪菜びいきのファンには気の毒ですね。雪菜の真価はCC以降に有ると思いますので、続編を期待したいですね。