「ええぇ―――――っ!本当なの?」
「まあ、小木曽から聞いた話が本当なら、ね」
「そんなぁ、お姉さんが出ないなんて。あたし楽しみにしてたのになぁ」
「そうだね。小木曽君のお姉さんの歌、とっても素敵だったのになぁ」

 学食で、早百合の悲鳴が響く。
 進学後も続いているわたしたちの付き合いの昼食の席での会話は、大学祭の話題に入ったところから暗礁に乗り上げた。
 わたしが小木曽から聞いた話によると、今年の大学祭のライブに小木曽先輩は北原先輩に一緒に参加したいと声を掛けたらしいが、北原先輩は参加はしないと言ったようだ。
 小木曽先輩はそれでも粘ったようだが、北原先輩の方も頑として譲らなかったらしい。昨日の夕食の席で、小木曽先輩はいつになく興奮気味だったとか。

「ああもう、今年になって進学して、やっと小木曽のお姉さんの“伝説”を生で聴けると思ったのにぃ」
「でも本当にどうしちゃったんだろうね?あんなに上手なのに出ないなんて」
「ま、まあ、仕方ないんじゃないかな?先生たちは乗り気じゃないみたいだし」
「ちょっと矢田。乗り気じゃないのは北原先輩の方だけで、お姉さんの方じゃないから」
「まあまあ早百合、先輩たちももう四年だし、これから色々あって忙しいんだよ、きっと」
「じゃあ小春はどうなの?先輩たちがライブに出ないのには反対じゃないの?」
「それは、まあ、確かに残念なのは残念だけど、わたしたちが無理強いするのは違うんじゃないかな?」

 確かに、わたしにとっても残念なのは残念だった。
 でもわたしの場合、残念なのは『小木曽先輩の歌が聴けない』ことよりも『北原先輩のギターが聴けない』ことなんだけど。
 でもさすがに美穂子の手前、この気持ちを正直に言う訳にもいかず、早百合の意見に同調する素振りをとるだけだった。

「ああもう、こうなったらしょうがない!あたし行ってくる!」
「ちょっと早百合、行くって何処に?」
「決まってんじゃん!北原先輩のところ!」
「ちょっと何言いだすのよ早百合!そんなことしたって」
「ほら行くよ小春、亜子、矢田も早く!」
「やめようよ早百合、先輩だって事情があるんだよきっと!」
「だから、これからその事情とやらを聞きに行くんでしょうが!」
「……ああもう、ちょっと!」





「……ごめんな杉浦」
「どうして先輩が謝るんですか?」
「俺、結局君たちの期待には添えられなかったからさ」
「それは先輩のせいじゃありません。それだったらわたしの方こそ謝らないと」
「それこそどうして杉浦が謝るんだ?」
「だって、結局早百合たちを止められませんでしたし」
「……まあ、これくらいにしようか」
「そうですね、この調子だと終わりませんからね、わたしたちの場合」

 そう言ってわたしたちは苦笑いを交わした。
 結局、北原先輩の意思は変わらず、大学祭のライブには出ない、ときっぱりと宣言した。
 それでも他の皆は説得し続けたけど、先輩が折れることはなく、早百合は興奮冷めぬまま、亜子はそんな早百合を宥めながら何度も非礼を詫び、美穂子もとても残念そうな様子を隠せないままに去って行った。

「本当に、先輩は相変わらず頑固なんですね」
「杉浦がそれを言うか?」
「ええ。それはもう身に染みてますから。美穂子とのことでも、バイトでも、そして小木曽先輩とのことでも」
「……さすがに雪菜や矢田さんのことに関しては言い返せない、か」

 そんなちょっとした言い回しでも、わたしには少しショックだった。つまりそれは、わたしに関しては頑固ではない、と言われたようなものだから。
 まあ、やっぱりわたし自身、先輩に対しては自分の意思を押し付けたことがあるのは間違いないから否定はできないけど。

「でも、やっぱりわたしもちょっと残念です。先輩のギターが聴けないのは」
「雪菜の歌じゃなくて?本当に物好きだな杉浦は」
「それもあるってことです。でもわたしは別に気にしてませんから。先輩にも色々事情があると思いますから」
「……そうだな。杉浦になら、話してもいいか」
「……先輩?」

 そう言って先輩は“事情”を話してくれた。





「……そんな」
「正直、カッコいいことじゃないよな。まあ、ハッキリ言ってカッコ悪いよな」
「……先輩にギターを教えたのが、冬馬かずさだったなんて」
「結局かずさのこと、完全にカタが付いた訳じゃないんだよな。
 だから決めたんだよ。もう俺、ギターを弾かないって」
「だからですか?今度の大学祭のライブに出ないって」
「ああ。そういうことだよ」
「このこと、小木曽先輩には」
「まだ言ってない。出ないとしか、な」
「何で言わないんですか?正直に言えば、今の小木曽先輩なら」
「でも、去年のクリスマスのこともあるしな」
「ああ、『嘘つき』って」
「だからさ、なるべく触れない方がいいんだよ。雪菜には、かずさのこと」

 先輩がギターを弾かないことには説明はつくけど、これって結局は……。

「何だか、先輩らしくないです」
「え?」
「それって結局、逃げてるだけじゃないですか」
「そんな、これでも俺なりに真剣に雪菜のこと」
「小木曽先輩のことだけじゃありません。冬馬かずさのこともです」
「かずさ?」
「そうですよ。だって先輩、ギターを止めた本当の理由を小木曽先輩には言ってないじゃないですか」
「だからそれは、雪菜を傷つけないように」
「違います。傷つきたくないのは北原先輩の方じゃないんですか?」
「っ!」

 どうやら今の指摘に、北原先輩も自覚はしているようだ。わたしの発言に動揺を隠しきれなかった。
 先輩は、きっと怖いのだ。ギターを弾くことで冬馬かずさを思い出してしまうのが。
 わたし達の後押し(お節介?)もあって、北原先輩は小木曽先輩ともう一度向かい合うことができたけれど、それだけでは足りないのかもしれない。
 何故なら北原先輩にとって『小木曽先輩とのことに決着を付ける』イコール『冬馬かずさとのことにけじめを付ける』ではないから。
 冬馬かずさがいない現状では仕方がないのかもしれないけど、結局のところ百パーセントの正解には届かないのだ。
 でも、だからといってこのままでは北原先輩は必ずまた小木曽先輩との間に溝を作ってしまう。
 そして、今度そんなことになってしまったら、今度こそその溝の修復はできないだろう。
 去年のクリスマスの時に同じ議題で小木曽先輩に突き放されてしまっている北原先輩にとって、同じ過ちを犯したことでできた亀裂はあまりにも重く深いものになるに違いないから。
 なら、今のわたしにできることは……。

「先輩はやっぱり話すべきです。小木曽先輩に」
「話すって、何を」
「今までの会話の流れでわたしが何を言いたいのか分からない先輩じゃないですよね?」
「……」
「もちろん、先輩がギターを弾かない理由について、です」
「でもそれは、結局俺がかずさのこと引き摺ってるかもしれないってことを雪菜に言えってことなんだぞ。そのことが分からない杉浦でもないよな」
「今すぐに言え、とまでは言いません。でも今がいい機会だ、とは思います」
「でも、雪菜が傷つくかもしれないって分かってて言うのか……?」
「きっとそれでいいんですよ、小木曽先輩にとって。隠されるよりも正直に打ち明けられた方が」
「えっ……?」
「今のお二人なら、受け止められるはずです。だって今の先輩たち、お互いに向き合えるはずじゃないですか」
「杉浦……」
「今の先輩の気持ち、今の小木曽先輩なら受け止めてくれますよ。だって今は、お互いに一番近くで支え合っていけるじゃないですか」
「あ……」

 そう、きっと大丈夫。今の二人なら。去年の時のように本当の気持ちを隠したままやり直そうとした二人じゃなくて、お互いの気持ちをさらけ出して向かい合ってやり直した今の二人なら。
 わたしにできることは、二人の背中を後押しすることだけ。決着を付けるのは本人次第であり、そうすることでしか意味を成しえないというのは去年の一件で思い知ってしまったから。

「……そう、かもな。俺、雪菜のこと、信じきれていなかったのかも、な」
「先輩……」
「そうだな、正直に言うのもいいかもな。今なら雪菜と向き合う時間はたくさんあるんだからな」
「そうですよ。二人で考えて下さい。一人で考え込むと先輩の場合絶対上手くいかないんですから」
「相変わらず遠慮がなくて厳しいな杉浦は……」





「あ……」

 北原先輩と別れた後、いつの間にか北ホールに来ていた。
 大学敷地内の“最果て”とも呼べる場所。
 ここに来るのはあの日以来。
 北原先輩のギターを聴いた、バレンタインコンサート以来。
 やっぱり、先輩のギターのことを聞いたから、ここに足が向いてしまったのだろうか。
 あの時、美穂子も、そしてわたしも、先輩への想いに決着を付けようと覚悟していたはずなのに。
 先輩にはああ言ったけれど、けじめを付けなければいけないのはわたし自身なのかもしれない。
 誰にも言っていない、美穂子にさえさらけ出していないわたしの胸の内を整理しろ、と自分自身に言い聞かせていたのかも。
 だから先輩を奮い立たせたのかな。北原先輩が小木曽先輩と向き合って二人の気持ちを揺るぎないものにして、他の人達が入り込む隙間をなくそうとしたのかも。

「あれ?あんた……」
「え……?」

 そんな時、北ホールから出てきた人にわたしは突然声を掛けられた。
 考え事をしていている最中に声を掛けられたから返事に詰まってしまった。


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