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「スイス民間防衛」の日本語訳は1970年が初版である。この国立国会図書館デジタルコレクションの書誌情報には「著者スイス連邦法務警察省 [編], 原書房編集部 訳」とあるが、実際の原書房による日本語訳には「訳者・民間防衛についての監修者・ドイツ語やフランス語の監修者」などについて一切、記述がない。
産経新聞(2017/10/13)によれば、1970年に原書房から出版された「スイス民間防衛」の翻訳者は「官僚有志」だという。
一方、日本の防衛白書は1970年に第1号が単発で刊行され、1976年以降は定期刊行物として毎年刊行されている。おそらく、「スイス民間防衛」はこの防衛白書第1号の執筆用の参考情報として、白書に関与していた官僚たちが翻訳したものと思われる(訳者が誰か記載がなく、ドイツ語やフランス語の監修者がおそらくいないのもの納得できる)。
第1号のスイスに関する言及は以下のようなものである。
しかし、第4号となる1978年版には以下の記述がある。
ただし、その後の防衛白書をサーチしてみても、いかにも「スイス民間防衛」らしき記述どころか、「民間防衛」という用語すら、記載されることがあまりなくなる。
「スイス民間防衛」の日本語訳は1970年が初版である。この国立国会図書館デジタルコレクションの書誌情報には「著者スイス連邦法務警察省 [編], 原書房編集部 訳」とあるが、実際の原書房による日本語訳には「訳者・民間防衛についての監修者・ドイツ語やフランス語の監修者」などについて一切、記述がない。
産経新聞(2017/10/13)によれば、1970年に原書房から出版された「スイス民間防衛」の翻訳者は「官僚有志」だという。
『民間防衛』の巻末には「訳者あとがき」が添えられている。だが、そこに訳者の名前はない。実は日本語版は匿名での出版を条件に、翻訳者が原書房に原稿を持ち込んだものなのだという。出版当時の日本では、日米安全保障条約の自動延長をめぐる激しい反対運動の嵐が全国で吹き荒れていた(70年安保)。世の中に「安全保障」や「防衛」といった言葉へのアレルギーがあったことは想像に難くなく、訳者が匿名を望んだのは理解できる。その匿名の翻訳者の素性は、これまで一切公にされてこなかった。しかし、原書房の成瀬社長は今回、取材に対し「官僚有志のグループ」だと初めて明かした。
[ 原川貴郎: "外国による世論工作警戒も…核攻撃想定、スイスの危機管理本が日本で再び売れている! 気になるその中身" (2017/10/13) on 産経新聞 ]
一方、日本の防衛白書は1970年に第1号が単発で刊行され、1976年以降は定期刊行物として毎年刊行されている。おそらく、「スイス民間防衛」はこの防衛白書第1号の執筆用の参考情報として、白書に関与していた官僚たちが翻訳したものと思われる(訳者が誰か記載がなく、ドイツ語やフランス語の監修者がおそらくいないのもの納得できる)。
第1号のスイスに関する言及は以下のようなものである。
(エ) 民間防衛ただし、通り一遍であり、特に「スイス民間防衛」の特徴的な記述は見られない。
民間防衛の機能は国によつて異なるが,空襲に対する民間の防護活動に重点が置かれ,最近では,特に対核防護が重視されている。現在核保有国である米,ソ,英,仏はもちろん,非核保有国であるドイツ(西),スイス,スウエーデン,ノルウエー,デンマーク等の諸国においても,対核防護用の警報ステーシヨンや放射能退避壕が全国的な規模で設備されつつあり,ことにスウエーデンは,大規模な完備した施設を整えていることが知られている。
しかし、第4号となる1978年版には以下の記述がある。
このような面における体制の整備について,諸外国の状況をみると,例えば,中立国たるスイスにおいては,最悪の事態を予測し,政府・市町村などの地方自治体が公共の退避所を設置するとともに,各自治体に民間防災組織の設置を義務づけ,また,私有の退避所の設置要領,退避要領,食糧,医薬品などの備蓄要領,応急手当の要領など非常事態における対処行動について詳細に記述した指導書を政府自ら作成し,国民各人に配布し,国民の保護についての徹底を図っている。スイスのみならず,同様の中立国たるスウェーデンにおいても,また,米ソ英仏初め多くの国々がそれぞれいわゆる民間防衛体制の整備として努力を払っているところであり,中国においても「備戦備荒深堀穴備食糧」政策が進められている。これに類似した記述は「スイス民間防衛」にあり...
このような体制の整備は,防衛力の整備と並んで,国を守る強い国民の意思と国家の姿勢を示すものであり,平和外交の努力や民生の安定とともに,国の安全を確保するため極めて重要な意義を有する。また,このような体制は侵略に対してのみならず,天災地変その他の災害に対しても有効に機能するものである。
[ 第3部 防衛の現状と問題, 防衛白書 (1978) ]
われわれは危険な状態にあるのだろうかさらに、この点を「スイス民間防衛 -- 訳者あとがき」が強調している。
この本は、わが国が将来脅威を受けるものと仮定して書かれたものである。われわれが永久に平和を保障されるものとしたら、軍事的防衛や民間防衛の必要があるだろうか。すべての人々は平和を望んでいるにもかかわらず、戦争に備える義務からされていると感じている人は、だれもいない。歴史はわれわれにそれを教えているからである。(p.12)
訳者あとがき防衛白書第4号(1978)には「スイス民間防衛」の明瞭に影響がみられる。
...
第四の点は、いわゆる「何から守るのか」すなわち、脅威の問題である。前述したように、目下スイスは現実の脅威には直面していない。しかし、スイスでは現実の脅威がないから守りを備える必要はないという議論はないようである。むしろ自然の災害同様、戦争の脅威はこちらの意図と関係なく生れうるとの認識が徹底している。戦争をしかける可能性はわが国と同じく最初から除外され、戦争はしかけられるものとしてのみ考えられている。脅威とは、力と意志によってもたらされ、また力がある限り意志は何時変わるかもしれないから、潜在的な脅威は常に存在する。潜在的な脅威が顕在化したときは実はもう遅いのであり、脅威を現実のものとしないためには、いざという場合にいかなる危険にも対処しうる体制をとっておくことが、最も効果的であるという判断であろう。第二次大戦中、ヒットラーをしてついにスイス攻撃を断念せしめた実績が、何よりも雄弁にこの思想の正しさを証明しているといえよう。(pp.317-318)
ただし、その後の防衛白書をサーチしてみても、いかにも「スイス民間防衛」らしき記述どころか、「民間防衛」という用語すら、記載されることがあまりなくなる。


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