主に哀咲のTRPG(CoC)用wiki。ほぼ身内様向け。「そこのレディ、ティータイムの御供にクトゥルフ神話は如何かな」


The Endless World -埋めた火と青空の合間で-



花と焦げ付いた独特の臭いに自身の鼻を摩りながら、自宅と同等となった邸宅の戸を開いていく。日本人にしては薄い蒼のような目に、自分とは似ていない父親を映して青年は声を発した。
「行ってきたよ」
「そうか。どうだった?」
視線は手元の何か、書類に注がれたままだったが青年は気にすることもなく次を発する。
「綺麗に無くなってた。神格の残留もなさそうだし、大丈夫だと思う。でもさ」
氷のような色味を瞼の作る影によって濃くしながら、青年は問いかける。
「なんで現場で父様の魔力の気配がするの?」
当然の疑問であった。
二人は生来の父子ではない、誰よりも互いの能力、世界の絶望を知っているという一種の同類として縁が出来、もはや家族として生きている。だが、そのような関係よりも。
「父様が調べてこいって言った現象跡に父様の匂いがするんだ。ねぇ、あそこ行ったんじゃないの?」
息子となった氷の目の魔導師はぼやく。自分の感覚としての話ではあるが、確かに父である目の前の男の存在を感じた。今さら間違えるモノか、この独特な感触を。何処か古めかしい幼子が想い描くような、お国柄とも言えるような「魔術」の気配。例えるなら妖精に力を借り、植物に縁を借り、大地に根付くような古い古い夢物語の御呪い。
自分の周りにそもそも呪文だとか、神話とか、そんなものが通じるのがほぼこの人しかいないのに、今さらその「質感」を間違えるだろうか。答えは勿論否である。
父は紙を執務机に落とすと、顔を上げた。ただでさえ細い瞳孔が窓から差し込む日差しに絞られる。何を意図しているのか、何を求められるのか、少しだけ心拍が早くもなるが、大丈夫だ。自分はちゃんとできる…。
「やっぱ?」
「やっぱ?じゃないよ父様ーっ!」
「いやあ、やっぱ誤魔化しきれないというか、なんというか。その"気配"は消してきてくれたかい?」
「なんとかね!ほんと!下手すれば察しのいい人とか気づくかもだよほんと!」
一気に崩れた軋轢を跨ぐように大きく踏み出して机に張り付く。
「悪い悪い。いや、油断しててさ」
「油断?」
「うん。……」
軽く発せられる語彙に、違和感。首を傾げ、日差しに目を瞬く。どこか、足元から這い上がる冷気に身を震わせた。寒い、寒い…こんな時期に?
奔る、逸る、世界を覆う黒にはっとする。
日差しを食らい、窓どころか部屋を陰に染める大きなナニカに、寒気を理解する。と同時に知っているものであることへの安堵に胸をなでおろす。
「悪戯かあ。それは、油断したね」
このような巨大な漆黒を知っているというのも、彼らからすればお笑い種程度の上澄みの知識でしかない。それでも存在を知っているというだけで十分、安堵に繋がる。
「悪戯というには、まあ、炎だから、ちょっと身構えたけど。なんでもないようでよかった」
下手をすれば大怪我どころではないのに、悪戯の被害者はそう含み笑いをする。僕たちが普通だとは言わない。だけど僕たちの平常はこうだと、いつから線引きしたのだったか。
「……何か、私のこれ以外に気になるものはあったかい?」
「え?ううん、全然。基本はきれいさっぱりだったし」
「そう」
「何か気になるの?」
「いや。"黒"がね、どうもご機嫌だから」
「そうなの?」
ざわざわと足元を揺らめく影は何処にもいるものではなく何処とでも存在して。こうして冷気に近いものを発し続けるけどそれは人間という小さな生き物の生存本能に近いものに語り掛ける「害意」であって、物質の特徴ではない。
何かを嗤い転がしているように影は揺れて、隠した陽の光も時折通してくれる。困ったなあというような素振りでまた書類を手に取る父親に、大事はないのだろうとは思うけれど。
「何かあるんだろうね」
知らないところで何かあったのは確かだろう。
「何だと思ってるの?」
「うーん。でも、悪いものがあったわけじゃないのは確かだし。何か、珍しいものでも見たんじゃないのか」
「なにそれ……」
「悪い炎だったら今頃それはもう外聞も何もお構いなしに私の身体がとんでもないことをしでかしているだろう?」
それはそうだけど。
「珍しい炎って何なのさ」
「さぁ。……どっかに記述あったかなあ。それとも、また名の知れない太古のものかも」
「教えてくれないの、"黒"さま」
足元の影がけらけらと笑うように揺蕩って波紋を残していく。教える気はないのだろうし、恐らく聞かれても答えない。何処か満足気なその笑みに、とりあえずは問題はないのだろうとあきらめの溜息一つ。
踏み躙るようにしてしまったのは、他意ではなく害意でもなく単純な自分の未熟さゆえのむなしさだ。
「教えてくれないんだね。教える気もないんだね」
「まあ、必要ではないんだろう。記録も少ないというのは私たちが生きているうちに出逢うこともまた、小さな確率だ」
慣れたように部屋から黒い影を追い出すように床を蹴った父は固まった体をほぐす様にして背もたれに身を預ける。黒が追い出された部屋はまた、静かな昼間の光に照らされ穏やかな温みに包まれる。
窓の向こうに現れる悠々な木々の形、そよぐ花、自分の「きょうだい」に当たる幼い子たちが鬼ごっこをする広い庭。
「父様はそれでいいの?」
「余り欲を出すと死にかねないから、この件はこれでいいと思ってるよ」
「建前じゃなくって」
「はは、まあ、知りたいとは思ってない」
知識欲の化身のような人の言葉とはとても思えない。その身に蛇と狐の家紋を負う人間とは思えない。
「違うな、何となく、敵に回してしまうなという感覚があるからで、知りたい気持ちはある」
「……?余計にわからないよ。敵対する存在がそこにいるの?」
「何となくね。私たちとは由来の違う、何か、……そんな気がする」
「由来の違う……ひと……」
こんな存在の「由来」の違いなんて、どこにあるんだろうか。世界は一つのものに全て統括され、だれもかれも一つの塊の夢の枝端でしかない。
そこに他の要素はない。はずだ。でも、よく思い返そう。
ひとの願いを受け入れてくれる規格外の存在がいる。ひとを嗤い遊び倒す規格外がいる。ひととおなじように息をする少し違う存在がいる。
元々は違う生き物だったものが、願ってひとになった話だってあった。今さら由来の有る無し、違い程度で驚いてどうするのだろう。
「私たちは絶望の淵で生きている。ならその逆のような神のような何かがいても、今さらだ」
その通りだ。でも、もしもその通りに絶望の代わりに、希望の……そんな神様がいたとしたら。
いたとしたら、今までのこれまでの、心に軋みが入る音がした気がした。積み重ねた全ては絶望を塗り固めて落ち切ってしまわないための足場だ。
もしもその真正面に希望という名の塔があったとしたらだなんて。
「絶望の淵に立ったから見えるものもあるさ」
緑の目の怪物はそう言った。
一番、その「希望」に恋い焦がれ、傷ついてきた人が。焼けたあの場所を思い出して、そこにもしかすれば希望があったとして。
不思議な気持ちだ。でもこれを悲しいというのだと、もう教えてもらっているから。
「If、を考えていても、来るときは来るし、来ないときは来ない。Ifを思っても、その通りにはならない。"もしも"。そんな勝手が叶うなら、いくらでも"もしも、あの日に、"って言葉を繰り返す人形になるだけだ」
そんな顔をするなと、苦笑いで言われてようやく自分が泣きそうになっていることに気が付きながら、頷く。こんな感情を抱けるだけ幸せだと分かっている。
心があるうちは、まだ、世界は色にあふれるのだから。
もしも。
もしも世界が言うことを聞いてくれるなら。

あなたはどこまでさかのぼって、どこまでをみとめるんだろう。

そんな疑問を、絶望の暗闇に投げ捨てた。
空がきれいだ。窓を開けた父様が、遊びまわって汗をかいている子供たちに水を飲むように言い聞かせている。
「ねえ父様」
「なんだい、アリス」
自分に与えたその名前を呼んでくれる声は穏やかなものだ。
それだけで、十分―――。
「そろそろお茶の時間だよ」
時計の針を見て、誤魔化した言葉はいったい何だったろう。自分でもわからないまま。
呑み込んで。
そうか、とまた書類を置いて席を立つ姿を後から追って。

扉を閉めた。

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