エスペラント語で書かれた「La bona lingvo」を読み進めます。

NATURA SIN-ESPRIMADO(第3章 先天的な自己表現 その5)

Kial ferm kaj malferm?(なぜ、「ferm」と「malferm」なのか?)

本文
Koncerne la vortojn fermi kaj malfermi multaj kritikas, ke Zamenhof elektis ferm kiel bazan radikon, de kiu oni derivas la vorton malfermi. Kial li tion faris? Rapida kontrolo montras, ke ferm ne estas pli ofta. Sed malprave, miaopinie, oni vidas en tiu elekto eraron.
「ferm」と「malferm」という語に関して、多くの人たちは、ザメンホフが基本語根として「ferm」(この語から「malferm」が派生されています)を選んだことを批判しています。彼はなぜ、これを造語したのでしょうか?ざっと調べてみても、「ferm」は頻繁には出てくるものではありません。しかし、私の意見では、人々がその選択は間違いだと見ていることは、不当だと思います
語彙
Koncerne〜に関して

本文
Zamenhof havis eksterordinaran psikolingvikan intuicion, kiun li plej ofte sekvis, tute saĝe. Nu, ŝajnas, ke por nia menso, la baza koncepto estas stato. Ago, kiu ŝanĝas tiun staton, estas io malpli fundamenta.
Komodo ŝajnas pli normala kun la tirkestoj fermitaj. En librovendejo aŭ biblioteko, la granda plimulto el la libroj estas fermitaj. En vinbutiko, la boteloj estas ŝtopitaj. En dormoĉambro, lito estas kovrita (aŭ, en kelkaj landoj, volvita). Ie, funde de nia nekonscia menso, ni rigardas fermitecon la normala stato. La alia normala stato estas, ke troviĝu nenio fermebla: baze, diras nia menso, aŭ ne troviĝas pordo (nur libera pasejo), aŭ ĝi estas fermita. Malfermi estas ago, kiu likvidiĝas en eta momento, kaj do ne havas same densan ekziston kiel la longa, daŭra, konstanta stato de fermiteco. Se, revenante el ferioj, vi vidas de malproksime, ke viaj pordo kaj fenestroj estas malfermitaj, via tuja reago estas, ke io estas ne en ordo. Similajn faktojn nia menso nekonscie registras ekde la plej juna infaneco. Tial por ĝi, ‘malfermi’ rompas ion en la normala stato de aferoj, kaj estas do derivita koncepto.
ザメンホフは、並外れた心理言語的な直感をもっていました。彼は思慮深く、いつもその直感に従っていたのです。ところで、私たちの精神にとって基本的な概念の中にあるのは、おそらく「状態」というものだと思われます。その「状態」を変える行為というものは、基礎的なものではありません。
タンスは普通、閉められた引き出しがついているようです。書店や図書館では、大部分の書籍は閉じられています。ワインのお店では、ボトルは栓をしています。寝室では、ベットは覆われています(何カ国の国では、巻かれていますが…)。私たちの無意識のどこか深いところで、私たちは閉鎖性というものを、通常の「状態」であるとみなしています。
もうひとつの普通の状態とは、閉じる可能性のあるものは何も見つからないことになるのです。すなわち、
基本的に、私たちの考えでは、(自由な通り道だけがあるだけで)ドアなんて存在しないということ、つまるところ、それは「閉じられていること」なのです。(一方で)「開くこと」ということは、ほんの短い瞬間に、(閉鎖を)解消する「行為」です。すなわち、(「開くこと」は)長期的で継続的に恒常的な閉鎖性のような濃い存在性は、持っていないということです。もし、休暇から戻ってくる時に、遠くの方から自分の家のドアや窓が開いているのを見たら、すぐにあなたは普通でない反応をみせるでしょう。同じような事を、あなたの心の中には幼い頃から無意識的に刷り込まれているのです。だから、そのために、「開くこと」は、通常状態の事柄の中で何かを中断することであり、それは「派生的な概念」なのです。
訳注
この文章はかなり議論が複雑なので解説が必要です。論理の流れを箇条書きにしてみましょう。
  1. 人間の概念を形成するためには、すでにある「状態」(既存の状態)の方が基本的なものだ。
  2. その「状態」を変化させる「行為」は、二次的なものである。
  3. 「閉じる」ということは「閉じている」という状態を表している。
  4. 自然界や社会では「閉じている」状態が自然である。
  5. 「開くこと」は、その「閉じている」状態を変化させることである。
  6. したがって、「開くこと」は「閉じていること」から派生する概念である。
ザメンホフは、「閉」と「開」をめぐる上記のような議論を知らなかったとしても、「直感」的に、「閉」が一次的概念であり、「開」がその派生的二次的概念だと、考えたのでしょう。そのような意味から、ザメンホフには「並外れた心理言語的な直感」が備わっていたのです。

本文
Verŝajne pro tiu universala maniero koncepti, la plimulto el la lingvoj rigardas la fermitan kaj similajn statojn plej bazaj, tiel ke fermo esprimiĝas per simpla radiko, dum la vortojn por la ideoj proksimaj al malfermado oni derivas el la baza ‘ferm’-verbo helpe de afikso. En aviadilo, la stevardino diras angle: “Fasten your seat belts” (‘fermu viajn sekurzonojn’), kaj la vorto uzata por signi malfermon estas unfasten. En la franca, oni diras verrouiller / déverrouiller (‘rigli’ / ‘malrigli’), boucher / déboucher (‘ŝtopi’ / ‘malŝtopi’); couvrir / découvrir (‘kovri’ / ‘malkovri’); voiler / dévoiler (‘vuali’ / ‘malvuali’); lier / délier (‘ligi’ / ‘malligi’); nouer / dénouer (‘nodi’ / ‘malnodi’); visser / dévisser (‘ŝraŭbi’ / ‘malŝraŭbi’); ktp. La origina vorto ĉiufoje indikas fermon, t.e. malebligon de rekta percepto aŭ de libera ago, kaj malfermo esprimiĝas derive.
おそらく、この概念化の普遍的方法のために、諸言語の大部分は「閉じられたもの」と「その類似的な状態」を基礎的な概念だとみなしています。その結果、「閉鎖」は単純な語根を使って表現されており、それに反して、「開く行為」に近い概念の単語を、接辞の補助を使って、ベースになる「閉じる」動詞から派生されます。飛行機の中で、客室乗務員が英語で「Fasten your seat belts(安全ベルトをしめて下さい)」と言います。そして、(安全ペルトを)外すという意味で使われる単語は「unfasten」です。フランス語では、「verrouiller(=ロックする)」「déverrouiller(=鍵を外す)」、「 boucher(=栓でふさぐ)」「déboucher(=栓を抜く) 」、「couvrir(=覆う)」「découvrir(=覆いを取る)」、「voiler(=ベールをかける)」「dévoiler(=ベールを取る)」、「nouer(=結ぶ)」「dénouer(=結び目をほどく)」、「visser(=ねじで締める)」「dévisser(=ねじをゆるめる)」などと言います。元の語句は常に「閉鎖」を、つまり直接の知覚や自由な行為によっては不可能なものを、指し示しています。しがって、「開く行為」は派生的に表現されたものなのです。
語彙
sekurzono安全ベルト

本文
En la angla oni diras to lock / to unlock (‘ŝlosi’ / ‘malŝlosi’); to pack / to unpack (‘paki’ / ‘malpaki’); to button / to unbutton (‘butoni’ / ‘malbutoni’); to latch / to unlatch (‘klinke fermi’ / ‘klinke malfermi’); to bolt / to unbolt (‘rigli’ / ‘malrigli’); to tie / to untie (‘ligi’ / ‘malligi’) ... En la germana ni havas schließen / aufschließen (‘ŝlosi’ / ‘malŝlosi’); wickeln / entwickeln (‘volvi’ / ‘malvolvi’); decken / entdecken (‘kovri’ / ‘malkovri’) ...
英語では「to lock(=鍵をかける) 」「to unlock(=鍵をはずす)」、「to pack(=包装する) 」「to unpack(=包をほどく)」、「to bolt(=指し錠をかける)」「to unbolt(=差し錠をはずす)」、「to tie(=結ぶ)」「to untie(=結び目をほどく)」と言い…、ドイツ語にあるのは、「schließen(=鍵を閉める)」「aufschließen(=鍵をあける)」、「wickeln(=巻く)」「entwickeln(=巻いたものを広げる)」、「decken(=覆う)」「entdecken(=覆いを取る)」など…。
本文
La rumana, en kiu ‘fermi’ diriĝas închide kaj ‘malfermi’ deschide konfirmas tiun regulecon, pri kiu ni trovas multajn ekzemplojn ankaŭ en la rusa. La rumana prefikso des-, kiel la franca dé-, dis- ja respondas ĝenerale al la esperanta mal-, kaj la radiko chide (prononcu: kide), parenca al la itala chiudere, al la franca clore, fakte signifas ‘fermi’. La rumana vorto do estas ekzakte paralela al nia malfermi. Ankaŭ la malnovfranca havis similan verbon: desclore, ‘malfermi’. La nuntempa franca éclore, ‘malfermiĝi’ (parolante pri floro, kiu estis burĝona), prezentas plian ekzemplon de kazo, en kiu la vorto pri malfermo derivas de la vorto signifanta ‘fermi’ (clore).
「閉じること」を「închide」と言い、「開くこと」を「deschide」というルーマニア語は、その規則性を追認するものです。その規則性はロシア語でもまた多く見られます。ルーマニア語の接頭辞「des-」は、フランス語の接頭辞「dé-」のように、すなわち「dis-」はエスペラントの接頭辞「mal」に一般的に対応し、また、語根「chide」(発音は「キーデ」)は、イタリア語の「chiudere」やフランス語の「clore」と親戚であり、実際に「閉じる」という意味です。従って、このルーマニア語の単語(deschide)は、正確にエスペラントの「malfermi」と並行関係にあるのです。また古フランス語にも、同じような動詞「desclore」(開く)があります。現在のフランス語「éclore」(始まる:蕾である花について話す時)は、「開く」についての単語が「閉じる」(clore)を意味する単語から派生したケースの追加的な実例を示しているのです。
語彙
rumanaルーマニア(人)の

本文
Finan ekzemplon ni ĉerpu ekster Eŭropo. En la svahilia, la verbo ‘malfermi’ formiĝas el ‘fermi’ kiel regula mal-derivaĵo: kufunga, ‘fermi’, kufungua, ‘malfermi’, aŭ kufumba, ‘fermi’, kufumbua, ‘malfermi’ (komparu kukunja, ‘volvi’, kukunjua, ‘malvolvi’; kufuma, ‘teksi’, kufumua, ‘malteksi’; kuvaa, ‘vesti sin’, kuvua, ‘malvesti sin’, ‘senvestigi sin’).
Tiuj ekzemploj ŝajnas al mi sufiĉaj por montri, ke Zamenhof ne mispaŝis elektante ferm kiel bazan radikon.
最後の実例をヨーロッパ以外から引き出してみましょう。スワヒリ語の中に、「開く」という動詞は、規則的な「mal派生語」のように「閉じる」から形成されています。すなわち「kufunga(=閉じる)」「kufungua(=開く)」、あるいは「kufumba(=閉じる)」「kufumbua(=開く)」です。(次の単語と比較して見て下さい。「kukunja(=巻く)」「kukunjua(=広げる)」、「kufuma(=織り上げる)」「kufumua(=ほどく)」、「kuvaa(=服を着る)」「kuvua(=服を脱ぐ)」)
これらの実例は私にとって、ザメンホフは基礎語根として「ferm」を選んだことで過ちを犯さなかったことを十分に示してくれているように見えるのです。
語彙
ĉerpi汲み出す、引き出すsvahiliaスワヒリ(人)の

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