地震/津波・自然災害・遭難・鉄道/航空事故wiki TOPへ

★新刊案内★



立山真砂岳中高年大量遭難事故 シリーズ山岳遭難

平成元(1989)年10月7日午後23時半頃。立山連峰の麓、
富山地方鉄道立山駅前駐車場に10人グループが車で到着した。
10人は京都・滋賀からやってきた税理士をリーダーとした
40歳代〜60歳代のメンバーで、男7人・女3人の組み合わせ。
「立山の紅葉を見に行こう」と話しが盛り上がり、
室堂から雄山・真砂岳・別山を経て剣御前小屋(現剱御前小舎。以下略)に宿泊。
翌日には剱岳(2999m)へピストンするグループと、
剱沢・雷鳥沢を散策するグループと2つに分かれて行動し、
夕方合流してロッジ立山連峰に宿泊する、2泊3日の行程の登山計画をたてた。
メンバーのうち6人程は登山の経験もあったが、
他のメンバーの中には今回が初めての登山という者もいた。

 駐車場に張ったテントと車内で仮眠を取り、午前5時半頃に出発。
ケーブルカーとバスを乗り継いで立山の登山口室堂に到着。
朝食を取って午前8時45分、雄山(3003m)に向けて出発した。
天気は快晴。気温はマイナス6度。風はほとんど無かった。
 しかし歩きはじめてから30分程すると天気は急変し雪がチラつき始める。
一之越で休憩をする頃には本降りになってきたので、
全員が雨具を着用することになった。
そして正午頃に雄山山頂へ到着する時には吹雪に近くなっていたという。
雄山神社社務所付近で豚汁を作って昼食を食べて身体を温める。
山頂で60歳代のメンバー1人が足のケイレンを訴え始める。
リーダーは「大丈夫か?引き返そうか?」と聞くが、
男性は「大丈夫、行こう」と言うので、
午後1時頃に内蔵助山荘へ向かって出発した。
 
 大汝山(3015m)・富士ノ折立(2999m)と歩くうちに、
先に不調を訴えた男性は疲労困憊でリーダーに抱えられて歩く状態に陥る。
また女性2人も疲労が激しく、パーティーは2つに分かれる形になった。
リーダーの男性は女性たちに「山は動いていないと遭難する。座り込むな」
「そんなことをしていると転ぶ、そうだ、足を出せ」
と少しイライラした様子で指示を出していたと、
この時追い抜いた2人組の登山者が証言している。
この2人組に対してパーティーから救助の要請はなかった。
 
 午後4時頃に真砂岳(2860m)の手前の分岐で先行していたメンバーと合流。
すでに雄山を出てから3時間が経過。
本来なら剣御前小屋に到着している時間である。
この時天気は風速10メートルの猛吹雪。
視界は5〜10メートルほどで、気温はマイナス10度に達していた。
男性は意識が朦朧としていて、
リーダーは泣きながら「眠るな」と励まし、
皆も「眠るな眠るな」と大きな声をあげる。
お湯割りウイスキーを飲ませるが男性の状態は改善しないことから、
比較的元気な40歳代の2人が、
近くの内蔵助山荘へ救助を要請しに向かうことになった。
 
 救助要請に向かった2人だが、吹雪のため内蔵助小屋への道が分からず、
遠くの剣御前小屋へ向かうことにしたが、
日没で暗くなったことや疲労で動けなくなった為、
別山(2874m)付近でビバークする。寄り添って歌を歌い過ごした。
天候が快復した午前3時頃になって再び歩きだしたが、やがて倒れてしまう。
しかし幸いにも午前6時頃、日の出の写真を撮るために外へ出ていた
剣御前小屋宿泊の登山客によって発見、小屋に収容されて一命を得た。
 
 剣御前小屋からの通報を受けた富山県警山岳警備隊は、
内蔵助山荘へ捜索を依頼。小屋の主人は真砂岳の稜線へ救助に向かうと、
吹きっさらしの分岐地点付近の斜面で倒れている8人を発見する。
3人は寄り添っていたが他の者はバラバラに倒れていた。
現場の周辺にはコンロや食料が散乱していた。
皆白く凍りつき、あるものは目を見開いたまま、
またある者は座った体勢で天に指を指したままの状態で息絶えていた。
だが主人のかけた声に、1人の男性が突然起き上がり
「救助隊の方ですか…」と3回続けて答えて意識を失う。
この男性と指が動いた女性1人にはまだ息があり、
主人は山岳警備隊に連絡。小屋から毛布を持ってこさせ、
風の当たらない所に移動させてくるんだ。
午前7時50分。救助のヘリコプターで2人は救出されたものの、
病院で死亡が確認。他の6人は現地で死亡が確認された。。
死亡した6人の荷物にはセーターがあったが、
誰一人として着ていた者はいなかったという。

 この遭難事故は中高年の登山ブームの最中で起こり、
中高年登山者が抱える危うさに対し警鐘が鳴らされた事故として、
登山関係者の記憶に残る事故となった。
 今回の遭難の直接の原因は季節外れの猛吹雪である。
装備の不備が原因とも指摘されたが、
10月前半の立山を登る装備としては、
雨具や防寒着(セーター)も持参していたし、コンロも食糧もあり
それほど遜色の無いものであったといえる。
(雨具の質・ツェルトがなかったことなど幾分かの不備はあるし、
結局装備を使うことができなかったのでは意味がないが)
天気が良ければ問題なく下山できたであろう。
 問題は天候の悪化・メンバーの不調が起きた時、
また状況が悪化していった時に、引き返す判断が出来なかったことである。
雪の降り出した一之越、不調者の出た雄山で引き返していたら、
あるいは稜線で追い越された2人組に救助を要請していたら、
今回の事故は起こらなかったはずである。
また運も悪かった。救助を求めに行った2人が内蔵助山荘にたどり着いていたら、
おそらく8人は助かっていたであろう。
 このような気象遭難では、決断すべき各ポイントで
「大丈夫だろう」という“正常性バイアス”が起こってしまい、
適切な判断(引き返す・救助を求める)が出来なくなってしまうことがある。
また、リーダー的立場の人に依存した登山グループだと、集団浅慮(集団思考)状態になり、
合理的な判断が選択されず、悪い結果をもたらしてしまうことがある。
この心理特性は誰にでも起こる可能性があるものである。
「判断が甘かった」という言葉で単純化して、
今回の遭難を初心者や中高年登山者だけの問題とするのは、
問題の本質を見逃すことになりかねない。




◎参考図書
「ドキュメント気象遭難」羽根田治 山と渓谷社


○正常性バイアス関連図書


コメントをかく


利用規約をご確認のうえご記入下さい

注目の本

自然災害/事故/危険生物の本


三毛別ヒグマ襲撃事件の本




芽殖孤虫を知る本



twitter

メンバーのみ編集できます