カメラ漫画夜話 - ああっ女神さまっ

(藤島康介 講談社アフタヌーンコミックス 1〜41巻発売中)

 「俺の嫁」というスラングのまだなかった昔から「機動戦士ガンダム」のフラウ・ボゥやセイラ・マス、「超時空要塞マクロス」のリン・ミンメイや早瀬美沙等の漫画やアニメのヒロインにフィクションという枠を越えて恋愛の対象としていたファンは明らかに存在していました。「美少女戦士セーラームーン」でメインを張る戦士たちにファンが恋して、「ときめきメモリアル」のブレイクで同様に攻略対象のヒロインに恋するファンはインターネットが普及する以前にもアニメ誌やゲーム誌の読者欄で想いを綴っていたものです。
 分けても当時から今日に至るまで、安定した人気を得ているのは何と言っても「どんな時も誰にも優しい」タイプではないでしょうか。「セーラームーン」では主役の月野うさぎより水野亜美が圧倒的人気でしたし、「ときメモ」では虹野沙希、「To Heart」ではマルチと、そのような個性をもった娘が圧倒的支持を得ておりました、と、ここで更に「ああっ女神さまっ」のベルダンディーも正にそうしたヒロインの一人であり、水野亜美と共に一大センセーションを巻き起こしたということも忘れずに触れておかねばなりますまい。その頃正に男子高校生〜大学生だった私の周囲においてもアニメ、漫画好きからの支持は篤かったですし、声を担当した井上喜久子氏のブレイクもそこからはじまったのですしね。
 漫画がヒットして'88年の連載開始以来今日までのロングランを続け、OVAが'93年に発売されるとこれまたヒットを呼んだ中でベルダンディーは長らくアニメ誌のキャラ人気投票で安定して上位の座にありました。人当たりが良くて家事全般が得意の非の打ち所のない美人と来れば男性にもてるのも理の当然。これから取り上げる35巻所収のカメラ絡みのエピソードの冒頭においても、男主人公の森里螢一と一緒に大学に来るなり、ファンからのプレゼント攻勢に遭う件があります。それでもベルダンディーは
「お気持ちだけ頂きます、ありがとう」
 と、笑顔で、しかしきっぱりと断ったのでした。それはもうそんなこと言わずに、ともう一押しするのも遠慮したくなるような素敵な笑顔で。このあたりはまさに人徳でありますな。
 その後螢一は先輩からワイドローライフレックスを譲り受けられ、最初は壊れたと思っていたのが螢一が操作すると正常に作動して、この謎を解明するために螢一はローライの元の持ち主を探して、最後に行き当たったのは……? というお話でした。

 作者の藤島康介氏がバイク好きなのは有名ですが、実はカメラについても造詣の深い方で、コンタフレックスTLRもお持ちなら中古カメラ市で早田カメラ(浅草のクラシックカメラ店。ここの機関誌の挿絵を藤島氏が描かれていたこともあります)の売り場にあさりよしとお氏と一緒に来店されて、カスカIIとイグザクタを手に取られたという逸話もあります。いずれもドイツのカメラ技術が世界最高だった時代の逸品ではないですか。ましてカスカに行かれるとはなんともお目が高い。ごく少数しか生産されなかった珍品です。作中で最初に螢一がコートから取り出したのがキヤノンダイアル35-2というのもなかなか渋いですし、作品の鍵になるローライフレックスが定番の2.8や3.5、まして廉価版のコードやTでもなく、広角レンズ付きのワイドローライというのも通ですね。3900台程度しか生産されなかった珍品で、今あれば30万そこそこはします。それだけにプライドが高いと見えて、ベルダンディーの力でしゃべれるようになったワイドローライは
「ローライの系譜の中でも高位にある」
 と堂々と言って、お姉様のウルドにドン引きされてました。螢一がローライを操作する中で、フィルムを入れないと巻き上げやシャッターレリーズが正しく作動しないようになっている、ファインダーを覗くとそこには左右が現実の世界とは逆に映し出される、と細かい点も丁寧に描いてあります。

 そうしてカメラと写真を扱った漫画やアニメの中で往々に語られる象徴的テーマもベルダンディーの口から語られています。
「写真には時と想いが写ってるんですよ。写っているのはその時(現在)の想い。過ぎ去りしとき(過去)になっても、それを未来へと送ることができる」
 ヒロインのベルダンディー、ウルド、スクルドが北欧神話の「ノルン」と呼ばれる、運命を司る三女神(漫画の通り姉妹であるかどうかについては諸説あってはっきりしていません)がモデルなのは有名ですが、それを思うといかにも女神らしい発言であることは言うに及ばず、それが写真の持つ力なんだと実感できる台詞ですね。

附記:本稿は読者の方からの情報提供により執筆いたしました。ありがとうございました。