カメラ漫画夜話 - オート・フォーカス
著者六本木綾
掲載誌・連載期間LaLaDX 2000.1月号〜2003.11月号
単行本白泉社花とゆめコミックス 全5巻

 もう二十世紀もあと数年という時代になった頃、証明写真を撮る感覚で自分の記念写真を撮れるプリクラが今日に至るまでの大ブームを巻き起こし、それでは飽き足らずに鞄に使いきりカメラを忍ばせて友達同士で記念写真を撮るのも女子中高生の間で流行りました。そこからさらに進んで、お父さんのお下がりと思われるペンタックスSPやミノルタSRT101を提げて街を歩く女の子も多く見かけたものです。私自身のごく限られた範囲での見聞で恐縮ですが。案外AF一眼レフのエントリー機(フィルムのですよ)を持っていた方もいるかもしれません。あわよくばお茶の一杯も奢って、どんな写真を撮っているのか聞いてみたい気もしますが、悲しいかな私は凡そナンパなんて柄じゃない男性でした。
 そしていよいよキヤノンがIXYデジタルを出し、オリンパス、コニカ、ミノルタ、パナソニックが安くてそれなりの性能のコンデジを出し、「デジタルカメラ」が一般にも普及しようとしていた頃、そんなカメラ女子中高生の共感を呼びつつ、なんとも複雑な家庭の事情に翻弄される一人の女の子がおりました。その名を渡瀬美和。女で一つで彼女を育ててきた母親(グラフィックデザイナー)が雑誌の写真家と再婚し、新しい家庭の中で暮らすことになったというところからこの「オート・フォーカス」は始まります。

 ほぼ全編を通して美和のカメラとして登場するのがリコーFF-1。作者が実際に愛用されているということで、このカメラについては描写は丁寧です(2巻にはセコニックの単体露出計も出てました。しかも「ハニメックス」という、海外向けにカメラや写真用品を輸出していた商社の名前も入っているのを)。それまではコニカビッグミニBM-301を使っていたということですが、それが壊れて代わりにライカM3が欲しいと思っていたところへ、友達と一緒に来たフリーマーケットで目に付いたのがこのFF-1だったけど、
「あんたらさあ、制服着て、小物までお揃いにして無個性強調して何が楽しいの?」
 と売主に説教され、美和も
「お前には(FF-1を)売ってやんない」
 と言われて引っ込められ、その後彼に追い回され、説教されて、強引に河原で犬の散歩に付き合わされた挙句にどういう心境の変化か、あっさりと
「やる」
 と言われて放り投げて美和の手に渡ることになったのでした。そうして新居にやって来て、あの嫌な感じのフリマの主こと陸が、実は今度義弟になる少年だったのでした。そんなプロローグに続いて美和の幼なじみで彼氏の渉が登場し、以後物語は美和を巡る陸と渉の微妙な三角関係と、美和が拾ってきた犬のニナを中心に進んでいきます。三角関係って言っても一昔前のトレンディドラマのようにドロドロしたものではなくて、基本美和は渉と公然と付き合いながらも、陸も無意識の内に気になっているという感じですね。女の子の感想ブログも読んでみたら、
「少女漫画的ラブコメの王道を狙いつつベタ過ぎないのがいい」
 とのコメントでした。ニナの悪戯や、撮影に夢中になる余りトラブルを起こす美和がそのエッセンスとして上手い具合に効いてるのではないですか。
 カメラについての話も上手く盛り込まれていて、とりあえずFF-1で撮るだけの中で限界を感じた美和が、陸にストロボの技法やパララックス(レンジファインダーやビューファインダーでは見えた通りに写らない場合もある)の問題を解説してもらうという形で簡潔かつ丁寧に描かれてます。
 その後美和は一度父親のニコンFE(レンズはマイクロニッコール?)を持ち出すこともあったのですが……これもきちんと描いてあって、渉が作った小型カメラ付きのラジコン飛行機から送られてくる映像を見るためのオリンパスアイトレック(眼鏡型モニター)や、エスプレッソメーカーの描写も丁寧だっただけに、プロローグの扉絵で美和が持ってるライカM3がバランスが狂っていて実機より小さくなっているというのが惜しまれます(勿体無い)2巻でお父さんが使っていたハッセルブラッド500C/Mも、5巻で美和が買ったコンタックスN1もそこそこ丁寧だったのですけども。

 陸の説教臭さが鼻についたり(作者は欄外でそれが彼の個性と断ってますが)、母親が甚く子供っぽかったりする嫌いは若干ありますが、こと健全なラブコメならこれくらいが一番いいかな、と思う私には良作だと思えました。今のところ絶版にはなっていないようですし、全5巻で集めやすいです。柊あおい氏辺りの少女漫画がお好きなら買いでありましょう。