ケイオス・キュリーデの中でも飛び抜けて優れた戦闘種族の一つである人狼。その最後の生き残りと思われる者。
戦闘スタイルは素手が基本。格闘術は全て、祖父であるダヴィードから教え込まれている。
感情の起伏は穏やかで、顔よりも耳や尻尾を見た方が機嫌が見てとれる。心を許した相手には、たまに笑顔を見せることもある。
大変義理堅く、受けた恩は忘れず返そうとする。
自らの生まれ故郷である隠れ里を焼き尽くした『紅の暴君』と呼ばれる吸血姫を追い続けている。
ケイオス・キュリーデに存在するあらゆる種族の中でも最も誇り高く、力強い戦士達――それが人狼である。
宿敵である吸血鬼達と争いながら、時には手を組んだりなどし、旧くより数多の外敵――おぞましい神や恐るべきクリーチャーなど異世界からの侵略者達である――と戦ってきた彼らは、
まさにケイオス・キュリーデの防衛線を支える守護者であった。
しかし、絶え間なく現れる侵略者を相手取って来た人狼達は、次第にその数を減らしていった。
最後に残されたのは、ルミエーテル《光輝なる尾》と呼ばれる一族であった。
彼らは精霊の力を宿した結界を幾重にも張った、小さな隠れ里に住んでいた。
クロエは、そんなルミエーテルの長の娘であった。両親は幼い頃に戦で亡くしており、一族の長である祖父ダヴィードに、弟テオと共に育てられた。
ダヴィードはかつて猛る武勇でその名を広く知られた英雄であった。
生まれつき身体が弱く病気がちな弟テオの代わりに、クロエは幼い頃から祖父の厳しい修行を受け続けた。人狼式格闘術を学び、ゆくゆくは一族の長となる為に。
全身から血が滲み出る、そんな努力の日々であった。
クロエはテオを気遣い、家に帰れば自分の身体を休めるよりも、良き姉として接することを優先して心がけた。彼女の心の拠り所はテオであった。
厳しくも優しい祖父との修行。テオとの安らぎの一時。いつまでも続くかと思われた日々は、突然終わりを告げた。
ある日のこと。
弟の薬を買う為に、いつものように街へと赴いていたクロエ。
街で薬を買った、その帰り道。
隠れ里まであと少し、といった所で、木が、肉が、焼け焦げる臭いを嗅ぎ取った彼女は、急ぎ里へ向かった。
彼女の瞳に映ったのは、燃え落ちた里。そして、里を前に佇む一人の少女の姿であった。
その少女こそが、ルージュ・エル=セルヴァン。紅の暴君と呼ばれる吸血姫であった。
ルージュは、悲しげな顔を浮かべながら、手に宿していた炎を払い、消す。
その背中を見た瞬間に、クロエの瞳には熱く滾る復讐の炎が、確かに宿った。
彼女は振り返ってクロエを認めれば、まるで子を見る母親のような、全てを包み込むかの如く穏やかな顔を浮かべた。
飛びかかるクロエ。応じるルージュ。
二人の勝負は一瞬の内に決した。
彼女とクロエとでは、次元が違いすぎたのだ。
ルージュに傷を負わせることは出来たものの、彼女の魔爪による一撃を受けたクロエはその場に倒れた。
「仇を取りたければ、強くなるのじゃ」
穏やかな声でそう言い残し去っていくルージュを、クロエは薄れ行く意識の中、もう力が入らなくなっている拳をそれでも握りしめて、最後の瞬間まで睨み続けていた。
時が流れた今でも、彼女は紅の暴君を追っている。
あの時の惨劇の真相を問いただす為に。
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