アニメや漫画、小説などの登場人物の性格について台詞や行動をもとに性格診断し、予想を書き出してまとめるwikiです。キャラクターの性格と人間関係を考察したり、創作論に役立てることを目的としています。
履歴
ISFPはありのままの自分、今のままの自分を尊重するけど、INFPはそうした「本来の自分」から逃れることばかり考えている言い換えれば、ISFPは今の自分(もしくは過去の自分)を肯定したくて、INFPは今の自分(過去の自分)を否定したいという考えを持つこれがこの二タイプの大きな違いだと思ってる
更に細かいことを言うと、INFPは全てのあらゆるものに対してどこか懐疑的で、事実をそのまま受けとめない節がある「実はこうなんじゃないか?」という思考ばかりするだからこそ本来の自身の存在や価値を疑い、理想の自分を追い求めるようになるこうした思考を持つので他人との壁もいつまでも分厚いし素直じゃない(つまり捻くれている)反対にISFPは「事実は事実」として受け止めるだからこそ素の自分も疑わず受け入れ、本来の自分を尊重することができるこうした思考を持つので他人の言動もそのまま受け止めるし、同様に他人の考えや価値観も否定せずに受け入れる(つまり素直)
こうした根本の違いがあるので、そこから生じる二次的な性質にも違いが出てくるISFP・現実主義・自分の意思は行動で示す(←自分の思考を疑わないので自分を持ち行動できる)・自由が好きで束縛を嫌う(←ありのままの自分を尊重したいと思うからこそ)INFP・理想主義(←今の自分を否定したいからこそ)・考えるだけで行動に移せない(←自分の考えまで疑い、自身の正しさを信じられないために行動できない)・多様性を重視し決めつけを嫌う(←懐疑的な思考を持つからこそ多角的な思考が得意)一見して何となくこの二タイプが似ているように思われるのは、説明した根本的な思考の部分以外は、ほとんど同じ様な性質を持っているからだと思う突然思い立って書いたので、おかしい箇所や筋道が立っていない部分があったらごめん実際にこれらの考察が合っているかは全くわからないので参考程度によろしく!(ちなみにコメ主はINFP)
仰っている内容はさすがに単純化しすぎで、ISFPだからといって自分の思考を疑わないわけではないですよ。INFPがNeとTeで客観性を補強しているように、ISFPもまたSeとTeで客観性を補強しています。どのタイプも主機能と補助機能だけで生きているわけではありません。また、Se-Niの経路には多岐に渡る細部観察→統合抽象化と、Ne-Siの経路には多角的検証→蓄積データ化という性質があり、恐らく自タイプ以外の知覚経路を実感として掴むのは難しいのではと思います。事実を事実として素直に受け入れているように見えるかもしれませんが、ISFPにはすべての観察を裏で支えているNiがあります。これはINFPのSiと同様外部からは分かりづらいものの、情報処理の要であると言えます。・自分の意思は行動で示す(←自分の思考を疑わないので、ではなくINFPにとって外界との接地手段が主にNeであるように、ISFPにとっての外界との接地手段が主にSeであるということです)・自由が好きで束縛を嫌う(←ありのままの自分を尊重したいから、というよりISFPにとっては「行動の自由」が制限されると社会に対して自己を表現する手段がなくなってしまうからです。それは例えば、INFPが「著作物における表現の自由」を奪われることを恐れるのと同等ではないでしょうか。主機能であるFiと強く繋がっている外向知覚機能が制限されることに対するフラストレーションは、似たようなものだと思います。)
新規にコメントを書く
画像に記載されている文字を下のフォームに入力してください。
利用規約をご確認のうえご記入下さい
どなたでも編集できます
コメント詳細
ISFPはありのままの自分、今のままの自分を尊重するけど、
INFPはそうした「本来の自分」から逃れることばかり考えている
言い換えれば、ISFPは今の自分(もしくは過去の自分)を肯定したくて、
INFPは今の自分(過去の自分)を否定したいという考えを持つ
これがこの二タイプの大きな違いだと思ってる
更に細かいことを言うと、
INFPは全てのあらゆるものに対してどこか懐疑的で、事実をそのまま受けとめない節がある
「実はこうなんじゃないか?」という思考ばかりする
だからこそ本来の自身の存在や価値を疑い、理想の自分を追い求めるようになる
こうした思考を持つので他人との壁もいつまでも分厚いし素直じゃない(つまり捻くれている)
反対にISFPは「事実は事実」として受け止める
だからこそ素の自分も疑わず受け入れ、本来の自分を尊重することができる
こうした思考を持つので他人の言動もそのまま受け止めるし、同様に他人の考えや価値観も否定せずに受け入れる(つまり素直)
こうした根本の違いがあるので、そこから生じる二次的な性質にも違いが出てくる
ISFP
・現実主義
・自分の意思は行動で示す(←自分の思考を疑わないので自分を持ち行動できる)
・自由が好きで束縛を嫌う(←ありのままの自分を尊重したいと思うからこそ)
INFP
・理想主義(←今の自分を否定したいからこそ)
・考えるだけで行動に移せない(←自分の考えまで疑い、自身の正しさを信じられないために行動できない)
・多様性を重視し決めつけを嫌う(←懐疑的な思考を持つからこそ多角的な思考が得意)
一見して何となくこの二タイプが似ているように思われるのは、
説明した根本的な思考の部分以外は、ほとんど同じ様な性質を持っているからだと思う
突然思い立って書いたので、おかしい箇所や筋道が立っていない部分があったらごめん
実際にこれらの考察が合っているかは全くわからないので参考程度によろしく!
(ちなみにコメ主はINFP)
仰っている内容はさすがに単純化しすぎで、ISFPだからといって自分の思考を疑わないわけではないですよ。INFPがNeとTeで客観性を補強しているように、ISFPもまたSeとTeで客観性を補強しています。どのタイプも主機能と補助機能だけで生きているわけではありません。また、Se-Niの経路には多岐に渡る細部観察→統合抽象化と、Ne-Siの経路には多角的検証→蓄積データ化という性質があり、恐らく自タイプ以外の知覚経路を実感として掴むのは難しいのではと思います。事実を事実として素直に受け入れているように見えるかもしれませんが、ISFPにはすべての観察を裏で支えているNiがあります。これはINFPのSiと同様外部からは分かりづらいものの、情報処理の要であると言えます。
・自分の意思は行動で示す(←自分の思考を疑わないので、ではなくINFPにとって外界との接地手段が主にNeであるように、ISFPにとっての外界との接地手段が主にSeであるということです)
・自由が好きで束縛を嫌う(←ありのままの自分を尊重したいから、というよりISFPにとっては「行動の自由」が制限されると社会に対して自己を表現する手段がなくなってしまうからです。それは例えば、INFPが「著作物における表現の自由」を奪われることを恐れるのと同等ではないでしょうか。主機能であるFiと強く繋がっている外向知覚機能が制限されることに対するフラストレーションは、似たようなものだと思います。)