― 桜守の桜 ―


[桜の枝の先、緑色の葉の芽がついていた。
すっかり花は落ち切って、幹を囲うように桜色の絨毯が広がっている。

太い木の幹のすぐとなり。

青色の着物の幽霊が立っている。
彼女に会いに異邦人の青年がやってきた。

青年は片膝ついて彼女に挨拶をする。]


 
 おはよございマス。
 今日はあなたと恋の話をしに参りまシタ。


 まずは昨日の非礼をお詫びさせてくだサイ。

 ワタシの『運命の人』は一昨日の夜、
 再び精霊の託宣を待つことになりまシタ。

 ワタシの運命は恐らく「さくらさん」に呼び寄せられたモノ。
 運命が変わり、精霊が再びワタシの運命告げる、自然なコトと考えマス。


 つまり……ワタシの運命の人、変わるのデショウ。
 どんな託宣になるか、まだわかりまセン。

 もうじき巫女の祈祷おわりマス。

 ワタシは王子デス。デスカラ、それに従うと決めていマス。
 結果が出れば───まあ、まずは帰国するコトになるでショウ。
 


[まずは喪った精霊ペラジーの加護を取り戻し、次に備える。
おそらくはそういう手筈になるのだろう。]


 
 ───ですから。
 昨日の非礼を詫びます。

 ゴメナサイ。
 ワタシはそれを知っていながら、昨日あなたと過ごすコト選びまシタ。
 教わったニポンのコト、役立てられないコト知りながら教わりマシタ。


 スミマセン。
 ワタシがあなたに伝えたのはトテモ無責任なワタシの気持ちデス。
 しかし嘘はありまセン。
 


[顔を上げ、櫻子を見つめて苦笑いをうかべた。]


 
 今日聞いて欲しのは、ワタシの恋の終わりの話デス。
 







[目を閉じて開き、片膝をついたその人の青い瞳を真っすぐにみて、
櫻子は笑って、少し小首を傾いだ。]

 
 そうでしたか。


 いえ、とても楽しかったのは
 ──変わりませんから。
 大丈夫。

 でも、お伝えくださってありがとうございます。
 

[立ってください。と手を伸べて示して、幽霊は、黙って視線で話の先を促した。]




[南の島の王子様はゆっくりと立ち上がる。
話の先を促された。櫻子の「大丈夫」と笑顔が、ちくりと胸にささるが、痛がる資格も無いと自らを諫める。
───洗いざらい話してしまおう。昨日の罪悪感の分も全て。]


 
 ……。 
 ……ありがとう。
 昨日は、ズット───ズット申し訳ないと思っていまシタ。
 昨日がトテモ楽しかったのは変わりまセン。
 ワタシの楽しい、全て本当デシタ。

 ……。

 昨日も言った通り、ワタシは「さくら」を七年想いまシタ。
 けれど、運命の人変わりマス。


 デスカラ───正直、こんなコト言うのは王族としてどうかと思うのデスが
 ……今日は愚痴をお許し頂けると、一昨日ききましたカラ、
 


 ────、
 
 ワタシは、このキモチ、終わりにしなければならないのが嫌デシタ。
 


[俯いて、自嘲する。]

 
 嫌なら止めなければいいと、ニポンのあなたならお思いかもしれまセン。

 けれど、ヤニクはパイーパティの王子デス。
 昨日神社でお話した通り、パイーパティには精霊との共存ありマス。
 王子の身分で精霊との共存拒むコトや運命の拒否、ワタシは選びまセン。

 なにより別の運命のヒトいるならば、
 もうワタシ一人だけのコトではありまセン。
 見て見ぬフリできまセン。

 ワタシはまた、その人のとの運命のための努力選びマス。
 誰なのかさえ分かれば、覚悟も決まるでショウ。

 きっと───チョト頑張る、要りますネ。
 いいえ、もしかすれば新しい誰かに出会っタラ、
 タチマチ一目ぼれシテ虜になってしまうのカモ。
 


[冗談めかして肩をすくめた。
精霊の加護も喪った今、どうなるのかなど一つもわかりはしなかった。]

 
 あなたを好きでいるコト、やめたくないと感じマシタ。
 ……ダカラ、昨日付き合ってもらいマシタ。
 ヤニクの我儘デス。甘えるシタ。アリガトウ。

[力無く礼を言う。]

 
 終わりを待つだけナノが、苦しいデス。
 ……チョト、悪あがきみたいになってしまいマシタ。
 みっともなかったカモしれまセン。
 けれど、形振り構うコト、できまセンでシタ。

[震える喉で溜息をつく。]


 


 ───……くやしいデス。







 ワタシは───、

 正直、アナタが運命のヒトであればいいと。
 そう思っていましたノデ。
 以前よりももっと───好きになってしまったノデ。

 ───もっと一緒に居たいと、まだ思うのデス。
 託宣があるマデは、だから、こうして───


[俯いた顔はあげられない。]



 ………。

 くやしいな。

 今回は 『ご縁がなかった』とゆうヤツなんでショウかね。





[じっと、息を潜めるように──否。
息を、呼吸を、心音を、震えを押し殺す。]


(ああ)
 

[嘆息のようなものが零れかけて
それも喉の奥に封じ込める]

           [──苦しい]

[かみ合わせ過ぎた歯の感覚が鈍っている]


 
 もし、「さくら」に運命が呼び寄せられたなら。
 …… 貴方を振り回してしまったのは


 ────『私たち』のほうですね。
 
 

[声に震えは出ていないか。笑えているか。
自分で把握ができないでいる。]

 
 それなら。私の方が、……
 …… 謝らなければいけませんね。

 貴方と貴方の愛する人たちの運命を、
 さくらが、……歪めてしまったのだとしたら。
 

[もし、もしもそうだとするなら、
──笑えてしまうくらいに 酷い 話だ。]

 
 …… 貴方が謝る必要など、なにも。 
 なにも、ないんですよ。

 だって、私も。
 本当に楽しかったんです。
 ……心の底から。

 目が、眩んでしまうくらい。
  


 それに、

 …… 嘘ではないのでしょう。


 今、苦しいのも、悔しいのも。
 貴方の思いが本当のことだから
 ……心が、痛むのでしょう?
 


 
 だから。……だから、
 

[全部、全部、なにひとつも偽りがないから
だからこんなに強くて透明で──心に刺さる。]


 … … 貴方が
 

[──私とではないのだとしても]


 
 貴方が。
 幸せでいてくださればと思います。


 次に巡り合う方が、どうか……
 ……好い方であればいいと、


 思っちゃいますねえ。……私も。

 

[──言葉が、心が零れる。同時に素直に、祝福ができなくなっているのを自覚してしまう。
何も、そう今だって抱きしめてあやしてあげることさえできない幽霊が、
彼の人生を蝕むだなんてばかげた道行から離れるのは本来喜ばしいことのはずだった。

それなのに、]




 ……っ  くやしい、です ねえ。 

  

[諦められることが、どうして──こんなに悔しいのか]

[喉が広がって、圧しだされた息だけが空に昇っていく]



 ──────。

 

[わななくように唇が笑みの形をとる。
だって、他にどうしようもなかった。]




[俯いたまま、櫻子が『私の方が謝らなければいけない』と声を震わせるのを聞いた。
彼女は運命を揺さぶるあの研究も全て、知っているのだろう。

視界一面の桜の絨毯。詰めた吐息を零す。
明るい声で返そうと思えど、それは無理だった。
自然声は暗く。運命を嘆いた。]

 

 ──── アナタが自らの意志で運命を歪めたわけでもないのでショウ?

 だって、あなたたちはワタシの七年間を知らず

 ワタシはあなたたちの七年間を知りまセン。


 ……せめて、互い出会いたいが故の逢瀬だったナラ。
 けれど、こんなにもワタシとアナタは……互いを知りまセン。
 


[せめて求められた結果であれば。
せめて互いが互いを知っていれば。
けれど自分たちはこんなにも『なんでもない』。

だから罪悪感は奪ってしまおう。]

 

 ワタシタチは───偶然めぐり会ったダケの
 たまたま運命に巡り合わされてしまったダケの


 ただの、他人同士だった。
 



[恋をしていたことも七年想ったことも、ただの運命のいたずらだ。
滑稽な間違いだった───目の前の彼女が嘆くのならば。]


 
 デスから───誰のせいでもナイ。
 さくらさんのせいでも、さくらこさんのせいでもありまセン。
 意図せずこうなっているコト、明白デス。

 あなたたちは、こんなにもワタシを知りまセン。

 あなたがワタシに謝る必要など───それこそ本当にありまセン。
 あなたはワタシのことなど、知らなかったのデス。
 ワタシは誰も意図せず迷い込んだだけの、異邦人。
 少し先が知れてしまうが故に此処へ来ただけ。


 あなたも、ワタシも。 ただ嵐に巻き込まれたダケ。


[王子様は幽霊のいう『運命を歪められた』という繋がりを拒んだ。]


 
 ………は、……。

[幽霊は王子様の幸せを願った。すっかり他人事としての祝福。
それに力なく笑った。

優しい幽霊だ。───だってこんなにも声を震わせている。

やはり、昨日してしまったことは無責任だったのだ。
恋の続きなど願ってはならなかった。たった一日たりとも。]


 

 ……スミマセンでシタ。


 ワタシは昨日、あなたと共にいるべきではナカッタ。


[幽霊の声に混じる涙の気配に王子様はただ悔いた。
もうすこし───相手にされていないものと、思っていたから。]

 
 くやしいデス。
 あなたを、巻き込んでしまうナド。






[取り出せもしない幽霊の心臓が、脳天から落ちてきた透明な杭に撃ち抜かれた。
見上げた空は晴れていて、雲が呑気に浮かんでいる。
けれど足は、その場に打ちつけられたように重い。]



 ───────。 ……

 

[ぱたりと青い着物の袖が、体の横に力なく落ちた。
空を見上げていた顔が正面を向く。]



         [頭が真っ白だ]



[瞬き、一度目はぱちり。二度目はそれよりもきつく。
三度めで、眉間に皺が寄せられた。]


[足音をさせない雪駄が、地面を踏んだ。]


[何も知らない。そう。それは事実だ。──望んだわけですらない。
『知らぬ間』にやったことだ。いつもそうであるように。
櫻姫のころから、そうだったように。

何の気もなしに──振り回して。 傷つけて。]


─────、…っ
 

[また。まだ。人を嵐に巻きこんで。]

[くらくらする。ぐらぐらする。
眩暈がするようで

けれど。]



 っざ、…… ッ
 


[かっ。と雪駄が花びらの散る地面を蹴った。]


[走るように、飛び込むように固めた拳を
目の前の人の胸にたたきつける。]



    ────ふざけないでください!!

 

[歯噛みする。幽霊の拳は人の身体をすり抜ける。
どれだけ、どれだけどれだけ繰り返し、殴りかかっても結果は同じだ。]

 
 
 っ 私、貴方のこと何も知りません
 でも、貴方の好きなものも聞きたいと思いました

 七年間のことだって、何も知りません、
 どんな風にどんな想いでいたのか
 ほんの少し触れただけです!

 逢いたいと思って逢ったわけじゃない
 呼んでしまったかもしれないことさえ、私…… ッ!
 
 

[息が詰まる。唇がわななく。息が上がる。]



 運命の人なんかじゃない、ただの他人です!
 
 でも、でも! だったら!!


 〜だったら、なんだというのですか!!!


 運命のたったひとりでなければ そうでなければ、

 ──何かをしたいと。助けたいと、言葉を交わしたいと
 貴方を好きだと思うことさえ、

 … っ許されないのですか!?
 
 




 縁がなかったと、ぜんぶただの空虚なものだったと!
 昨日のことも、初めてあったときの言葉も!!
 かけてくださった優しさも!!

 どれも全部、なんでもなかったと
 なんにも……っ!!


 なんにも、なににもならなかったと仰るお心算ですか!

 



 ……っなら!


 私はどうして、貴方に他人だと言われて
 こんなに、胸を痛めなければならないのですか……!!

 巻きこまれたから?
 偶然だと?


 ───〜 嵐に巻き込まれただけの、


 …哀れな被害者だとでも?

 

[声が震える。あんまり悲しくて──腹が立って
こんな、こんなのは、ひどい。ひどく、やりきれない。]



 っ 御冗談も、大概に!!

 

[だんっと右手、左手、胸元に向ける手は
すべて、どちらが幻かもわからないように互いに干渉しない──同位の接触を可能としない。]


 私は! 貴方と昨日一日逢瀬を重ねられて
 とても嬉しかった!

 私は、貴方と言葉を交わせるのが楽しかった!!

 今悔しいと、そう思うことだって
 昨日があったからです

 …っなのに
 




 どうして…………… っ!



 どうして、昨日の時間を 
 …… 捨ててしまおうとなさるのですか……






[櫻子が『運命を歪めた』ことを謝ろうとした。
だから、王子様はかたくなに彼女の責任を奪ってしまうつもりでいる。
王子様は胸元ですり抜ける拳を俯くようにして眺めながら、簡素な返事をする。]

 

 ──── ハイ。

 あなたは、嵐に巻き込まれただけの哀れな被害者デス。
 


[同意を返した。

"何の気もなしに───振り回して、傷つけた。"
そんな事実は存在しない。]

 
 ワタシは精霊と先を詠み此処へ来マシタ。
 嵐があるコト、識っていた。

 ワタシの恋心も、妻になって欲しと願ったコトも。
 全てワタシが何もしなければ起こらなかったコト。
 ワタシがパイーパティの王族ゆえのコトデス。


[幽霊の拳が触れ合うことなく胸を通り抜ける。悲痛さが胸に届くかのようだ。]

 
 あなたは嵐そのものではナイ。
 ただの一人の、被害者デス。

 ワタシは嵐を知りながら飛び込んだ無謀者。
 これを被害者というのでアレバ、
 ワタシもまたあなたと同様、嵐の被害者なのでショウ。


[櫻子の泣きだしそうな悲しみを、悲痛なやりきれなさを見ている。
だから王子様は『昨日の時間』を軽率な過ちであったと後悔した。
痛む胸を、冷えた手が何度も虚しく通り過ぎていく。]


 
 あなたの悲しいも あなたの怒りも
 昨日を嬉しかったと言ってくれたコトも。
 ワタシには、ソレダケで十分。
 ……十分すぎるほどの、贈り物デス。


[今は嬉しい言葉のほうが堪えた。
唇が震える。言葉を詰まらせてから、どうにか先を紡ぐ。]

 
 幸せデシタ。空虚ではありまセン。
 タダ……これ以上も、望みまセン。

 ワタシが捨ててしまいたいのは、ワタシの昨日ではなく、
 精霊の託宣知りながら、アナタと過ごしてしまったコト。


 ───ワタシは昨日の時間を、あなたにこそ捨てて貰いたいのデス。

 
 最初から最後マデ、ワタシの心のまま、あなたと過ごしマシタ。
 全て本心デシタ。

 けれど『縁がない』なら───運命のあなたではなかったのナラ。

 ワタシはあなたの心、欲しがるコト、デキマセン。
 精霊の声聞けるマデ、もう時間ありまセン。

 
 何かして貰うも、助けて貰うも、言葉交わすも。
 ニポンの滞在なくなるナラ、もう難しデス。

 タイムアップ、というやつなのデショウ。
 想像していたよりも───ずっと、ずっと早かったデスけどネ。

[もっと長く日本に居られると思っていたが。───たったの七日と少し。あっけないものだ。]





[苦い罪悪感と知らずのうちに誰かを巻きこんだことへの恐れと、
──突き放されたことの悲しさが、混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。]


 ……〜っ でも… でも……ッ!

[──被害者だと、そう評されて顔が上がった。
責任はないと胸の内の不安に触れる言葉に、何を思うより先に視界が滲んだ。]


 〜〜〜〜〜〜〜っ
 

[はっきりとした反発の言葉は口からこぼれない。Heroine因子の力について。
──己の記憶について。全容を思い出しているわけではない。
けれど、欠けた記憶の奥から吹く不安の風が、『被害者』と、その言葉を受け入れることを拒ませる。]


 …… …… 貴方が無謀だというなら。
 私とて、大差などないですよ。

 いえ。いいえ。もっと、性質が悪いかもしれません。
 

[手が止まる。目の前のその人の顔を見上げて、
今にも泣き出しそうな顔で幽霊は笑った。]


 巻きこんでしまったのだとしても、
 巻きこまれたのだとしても──変わりません。


 だって私、…… あなたに会えたこと、
 ……なんにも、かけらも、後悔していませんから。

 嵐のせいで貴方に会えたのなら。
 胸が痛みこそすれ、罪悪感を抱きこそすれ

 この今をもたらした嵐が、私が。
 たとえ、……あなたを、


 ……どれだけ……、傷つけていたとしても。

 

[声が詰まった。目の奥が熱い。滲んだ視界を払おうと瞬けば、圧しだされた雫が目端から滑り落ちていった。]


 あなたの中にあの日を残してくださるなら
 それは、たまらなく嬉しい。

 
 あなたの本心で我儘を言っていただけたなら
 それに答えられたなら。
 それがどうしようもなく……幸せです。


 私が好きに、なったのは
 
 

[愛おしいと思えたのは。]



 …… 恋を、してしまったのは



『運命の相手』に、ずっと恋をしている
 ヤニク・サイラスピトー・パイーパティというお名前の
 温かい国の、心の優しい王子様です。

 




 
 ……っ 好きな人との、大切な。
 

[両手の指の数にも満たない期間の]


 数少ない、大事な



 ……ッ 大事な、思い出なんです。
 
 

[怯えるようにもふるりと首を横にふる。]


 だから、…だから。
 ──捨てろとどんなに頼まれても。


 絶対に、それだけは、いやです。
  



 したいようにしますと、私はいいました。


 ────私には。

 精霊の託宣があるわけではありませんから。
 
 私が貴方の運命の人でなくても、
 気持ちは、なにも。

 ……〜っ なにも、変われないのです。
 
 

[ただ、それが。この気持ちが。
 ──成就しないのだということを知るだけで。] 


[それは。〜それは。思っていたよりも痛みが強くて
考えていたよりも胸が張り裂けそうで、
今にもうずくまって泣き出してしまいそうだけれど。] 

[でも]


 ──ふりむいて欲しいと思わないところは
 違うところでしょうね、きっと


 悔しいの、本心です。

 でも、


 …あなたが幸せであればと思うのも
 心の底から本音です。
 


 

 〜いっそ



    あなたに私が見えなければよかった。


 声も、何も……っ 聞こえなければ、
 ただずっと、あなたのことを好きなだけ好きで
 … いられたかもしれないのに

 


 


[幽霊の泣きだしそうな顔。唇が震えている。
放っておきたくないのに、手を差し伸べるのも今や不実だろうか。
どうしよう。突き放してみても、彼女はてんで自分を嫌いになってもくれない。]


 
 たとえ、ワタシと出会えたことを、
 もしも───今、アナタが喜んでくれていたとシテモ。


[震え声で口をついたのは、今まで願っていた「もしも」だった。
喉から手が出るほど欲しかったものの一つ。]

 
 どうか『自分のせい』と責めるコト、やめて下サイ。
 ワタシはアナタに傷つけられたことなど、一度もないのデス。

 ……。
 


[幽霊が泣いている。止められなかった。
それどころか泣かせてしまっている。
申し訳なさで頭がくらくらしてくる。こんなことしたいわけじゃなかったんだ。
泣かせたいわけでも、怒らせたいわけでもない。ただ自分と同じ苦しさは、与えたくなくて─────

幽霊の涙声が、恋を告げた。]


 



 ………、────── 
 



[頭が真っ白になった。

全ての立場を投げだしたくなった。
王位が欲しいわけではない。精霊のいいなりになりたいわけでもない。
だから全て捨てて、ただのヤニクとして、その気持ちを受け取りたい。

けれど───どうしようもなく、それを出来ない理由があった。
ヤニクはパイーパティを愛している。
いまはまだ───初恋以上に。

だから今は、どんなに揺れても───この気持ちを受け取ることが出来ない。

受け取れないのに、胸がどきどきしていて、心嬉しいのに、どうしようもなく悲しい。
頭は、まだ真っ白なままだ。]


 

 …………、──────



[開いた口から言葉も出せずにいる。]


 
 …………
 



[少女の幽霊の一言で、ただの一人の子供に戻されてしまった。
ヤニクは二度も彼女の前で泣き出してしまうのが嫌で涙を必死に堪えた。]


 


 ────、──……

 ワタシの、恋をかなえてくれて、
 アリガトウ。



[目を手で覆う。]


 

 ワタシも、さくらこさん。
 アナタに恋をして、いまも───いまもスキデス。
 


[諦めると、決めていたはずだ。]



 ワタシだって精霊に気持ち変えられてしまうわけでは、
 ありまセンから……

 ただ変わる意志を持つと決めて……イマス。

 だから、こんな─── 



[胸が痛い。心のなかがいっぱいで、とても抱えきれない。]

 
 こんな風に気持ちを伝えてもらったので、キット、キット
 これからスゴク苦しい想いをするでショウ。

 きっと、忘れられないきもちになりマス。
 ───けれど、それも、ワタシのモノ。

 ワタシの恋として、パイーパティまで持ち帰りマス。
 



[溢れてしまう。
言うべきではないと思うが、もう止められなかった。]



 
 ───本当は、アナタの気持ちを変えてしまったコト、後悔してマシタ。
 デモ、それ以上に、嬉しデシタ。
 今が何よりも幸福で、あなたのコトもっと好きになりタイと思う。

 ほんとうなら、ワタシがあなたの幸せにナリタイ。

 ───、……。


 こんなに───苦しいのは。悔しいのは。つらいのは。
 ワタシだけで良かったんデス。

 なにも変われない? そんなコトはありまセン。
 託宣がなくとも───
 



[目じりの端に浮かんだ涙を手のひらで押さえて拭い、腕を下した。
背筋を伸ばし、青の瞳は、櫻子をまっすぐに見た。
───きちんと返答をするまでは、子供のように泣く資格など。]


 
 ───。



[だから。次を紡ぐための言葉が頭を掠める。───言いたくない。
口に出したら、そういうことにしなければいけなくなる。───言いたくない……。
やっと掴んだものをみすみす手放すなど。言いたくない────もっと時間をくれ。
だって、言わねばならないことは──────

言いたくない。いやだ。だから────もっと時間を。] 


 

 ───ワタシにあなたが視えなくなるコト、多分ありまセン。


 きっとワタシはあなたを見つけてしまうデショウ。


 だからワタシはアナタが愚かなワタシを好きなままで居てくれては、困りマス。
 運命のヒト決まっても、浮気してしまうカモしれないじゃないデスカ。

 きっと好きになってしまうと思いマス。



 ───ですから、変わりまショウ。


 この恋は───終わりにして。ワタシと一緒に変わりましょう。



 大好きデスヨ、さくらこさん。


 恋の話をしまショウ。 ワタシたちの失恋の話を。


 ワタシも実は泣きそうネ。

 あなたと泣いてもいい?
 ダメならワタシはきっと、最後まで我慢をしてみせまショウ。

 






[声が震えて聞こえた。それに胸元に浮いていた透ける手が力を失って
そっと、──離れるように、下に降りていく。]


 ほんとに、……お優しいですよね。
 すごく、困ってしまいます。
 

[傷つけられたことがないというの言葉には、嘘が感じられない。強がりでなく
──本気でそう思っている王子様に、幽霊は目の端からぱたぱた雫を零しながら、笑った。
誠実で真摯で、真っすぐで。こんな姿をみせられて、嫌いになんて なれるわけがないのに。
どうしようもないくらい──手を伸べたくてしかたなくなってしまう。]


 … …
 

[向けた言葉に、目前の表情は茫然として見えた。
薄く唇が空いて、それから閉じる。 ほら。 まただ──どうしても。気持ちが、制御できていない。
好きな気持ちが、想いが溢れて零れて言葉として、表情としてその人へ向かってしまう。
伝えてどうなるか。それを考えないわけではないのに。この人には、自分の表情も言葉も伝わって──伝わって、しまうのに。

言葉も声も、しっかりとした大人のようなのに
呆然とした姿だけは──子どものようで。
あんなに頼りがいがある人なのに、心配でたまらなくなる。
どうしようもなく、気持ちが揺さぶられてしまう。]

[ごめんなさい。ああ。ありがとうは、私の。私の台詞でした。
だって、あなたが。──貴方がいなくては、
この想いは、はじまりさえしなかった。
きっと、奪ってしまうことを恐れるあまりに──失うのだと知らなければ、声にも出せなかった。
こうして。 … ほんの一瞬だけでも、叶うことを知らなかった。]

[震える唇に頬に力を入れて、無理やりに、幽霊は笑顔を作った。]



 どう、致しまして。

 

[礼の言葉に目を弓のようにして。恋心告げる感謝を、同じに震える声で受けた。]

[目を開けると、それだけで雫が落ちていく。
息が苦しい。胸が痛い。嗚咽が言葉を遮ろうとするのを
喉を鳴らして音ごとぜんぶ飲み込んだ。

変わろうとすること、それを責めることはどうしてもできなかった。
国を愛する様を誰かを大切に想える姿を、──その在り方を、好きになってしまった。
彼自身を否定するようなことは、できなくて。

ただ、]
 
 
 だめですよ。…… あなただけが悔しいなんて。
 つらいなんて、苦しいなんて。それだけは。
 
 だってそれが、私には一番、やりきれないのですから。


 幸せになってほしいといいました。
 何も、背負えないのは、あんまり切ないです。


 …せめて。── せめて、わけてください。
 痛いのも、苦しいのも、つらいのも。
 

 
 好きって楽しいことばっかりで、
 できてるわけじゃないですね

 今だって苦しくてしんどくて、泣きそうで

 でも、


 … でも、

 泣きそうなことも、苦しいことも
 こんなに胸が痛いことさえ
 ……あなたとの間にあるものなら


 全部、ぜんぶ愛おしく思います。
 
 

[笑みに乗っていた硬さがほどける。
胸元に手を当てて、幽霊はふわりと笑った。]
 
[狂おしく求めて傷つけてそのことに怯えて
それでもまだ、ともがいていた人を知っている。
愛情深い狼の慟哭をずっと一番近くで見ていた。]


 傷つけて、苦しませて、ごめんなさい。 
 大好きです。……だいすきです
 

[どうして。と、許さないでと彼女が言っていたこと
今ならもっと、芯の芯からわかってしまう。]



 〜私はヤニクさんが …っ

 だい好き、です。 

 


[関が切れてしまった。雫が落ちる端から、
どうしても。次の珠が浮いてしまう。]


 …っ っ、 … ひどい 、ですねぇ
 勝手に想うのも、だめだなんて。


 そんな小さなお願いも、許してはいただけませんか?
 

[小首をかしげて、いくぶん怒ったような顔を作って
まるでなんでもない会話をしているみたいに口を尖らせた。]

[痛くて辛くて苦しくて、あんまり愛おしい。
お別れをするための今の時間でさえ、大切な宝物みたいだった。]

 

 ──いいですよ。お話をしましょう。

 ぜんぶ洗いざらいに
 … もしかしてあの時、なんて期待も残せないくらい。
 完膚なきまで、徹底的に。
 
 



 泣いてください。
 ……話すのは。全部じゃないとだめですよ。


 後に引いてしまうようなことは
 

[涙の雫を受け止める桶のように、両の掌を上に向けて
目の前の王子様へと差し出した。]



 ここに。

 

 みんな皆、おいていってください。

 



 もし。お顔を見られたくなかったら。
 私は、あなたの背中の側に


 …います、から。
 






 
 ……、……
 ワタシが自力で幸福になるコトは実はそれ程難しくありまセン。
 ワタシには愛する場所ありマスノデ。


[それは昨日、桜の木の上から見た夜の景色を愛しいと感じたような───そういうことだ。
放っておいてくれていい。失恋して一人ぼっちな気分になったって、どうにか出来る。
運命の人以前のことだ。自分には愛するものがあり、誰か一人に強く寄り掛からないと立てないようでは弱すぎると理解している。
ヤニクにはヤニクを支えてくれる者たちがいる。だから、それらと幸福を実現できてこそだ。]


 
 ……ケド───もし、ワタシと苦さを分かち合うことが
 あなたの幸福の一助となれるのナラ。
 喜んで分け合いまショウ。



[けれど幽霊は、痛いのも、苦しいのも、つらいのも、それらが欲しいのだと言う。
わけてくれと言う。
唾をのみ込み、眉根を寄せて涙をこらえる。あまり上手には笑えなかったが、笑みを浮かべた。
苦しいだろうから望んで手を差し伸べてくれた。それを断れるほど、ヤニクは人間を嫌いではなかった。

好きでいることは楽しいばかりではなくて。互い胸には窮屈なほど気持ちが溢れて、痛い想いをしている。

けれど「傷つけて、苦しめて、ごめん」と言われたならば、次にヤニクはかぶりを振る他なかった。]


 
 それだけは───断じて、イイエ。
 ワタシは恋の終わりに傷つきマシタが、
 ワタシはあなたに一度も傷つけてられてイナイ。

 あなたに貰ったものは傷などではありまセン。

 ……持ち物ナラ、チョト増えマシタか。
 重みを心配してくれているのナラ、アリガトウ。
 ───ケド、ワタシには、もうこの持ち物が欠けては少し軽すぎデス。
 だってズット───欲しかったのデス。「さくら」の想いが。
 マダ貰えるなんて、さっきまで思ってマセンデシタ。
 貰えてしまったら、もう要るものになっちゃいマス。

 デスカラ、これは嬉しい贈り物デス。
 あなたに触れた分、ワタシは豊かにナリマシタ。 
 



[だって、「だい好き」と伝えて貰った事は、切なくとも真実嬉しかったのだから。]




 
 ダメデス。勝手に思われてはヤニクが困りマス。
 小さなお願いトカ……、さくらこさんはまだヤニクがどんなに
 あなたのコト好きか、ご存じないミタイデス。
 


[次にヤニクがNOと答えたのは、櫻子がヤニクを想うこと。
少しでも思われていることが、今は弱さになるなんて。
こんなにも気持ちをうけとれないのも、きっと彼女ただ一人だ。
泣きながら口をとがらせてみせる櫻子に、困ったように首を傾げてみせた。]


 

 ─────……
 


[声なく、口元で笑って頷いた。]

 
 ぜんぶ、洗いざらいに。
 ……納得して、互いが次の旅に出られるように。
 悔いなきよう、徹底的に。
 


 

 話をしまショウ。


 泣き顔を見せるのは情けないデスが───できれば。隣同士で。
 想いをわかちあうのに、顔がみえないのでは───

 物足りなくはありまセンか?





[泣くまいと気丈に踏ん張っていた。
けれど涙は幽霊に泣くことを許されたことで、努力が緩み、頬を伝い顎から滴り落ちた。
ヤニクは幽霊に手を差し伸べて、桜の木の根元に誘う。

二人は並んで座って、 ───── 恋の話をする。 ]





[交わす言葉は一言事、耳の奥に響いては消えていく。
──王子様にとっては七年の。幽霊にとっては七日と少しの恋が、終わりに向かってゆく。]

 
 … 泣いたって情けないなんてことは
 全然、ないですけど。

 見せていただける方が、安心ですね。
 

[堪えられていた涙が滑り落ちるのに
咄嗟に 手を浮かせて、]


 …… 、………
 

[苦く笑って、幽霊はその手を、差し出された手に重ねた。]

*

[根元に並び座る肩は触れるほどそばにあり
変わらず、互いの体温は移らない。そのことを、今はあえて、強く意識する。
静かに幽霊は嘆息めいた息を零した。]



 … 我儘……言ってあげてくださいね。
 
 

[次の方にと。そう口にするには、まだ燻る悔しさがそれを許してはくれなかったけれど]


 えへへ。……なにかくださいって
 言ってもらえるの、嬉しいですよ。
 

[もう、もう。好きでいることさえ。祈ることさえ叶わないというのなら。
この人がいく道を、遮ってしまうのなら。どうか どうか どうか。
弱い私が、心配をしないで済むくらい]


 …… 甘えてもらえるのも、…とても。

 大切な人からのものなら。
 どんなことでも。
 わけてもらえるのは、……っ幸せです、から
 

[私から離れていく彼が、新しく歩む道が、──誰の目からみても間違いなく、幸福で ありますように。]


 ……っ、  っ   

 重いの 心配 しちゃうので。
 でも、そうですね。
 

[ごめんなさいの言葉は──いちど伝えた。
それ以上を重ねるのも、とそれを飲みこむ。]


 私も。……私も、どんな記憶も
 大事で大切になっちゃってるの、

 …… 一緒です。
 

[それに それに。どんなことでも
嬉しいと思うのは同じだ。
今だって、そうだ。

真摯に、向き合ってくれている。触れられない幽霊相手に、言葉を尽くしてくれている。

ずっと、初めから。]



 …… 〜〜〜〜〜〜、っ
 

[苦しい。どうして。幸せだ。十分だ。
これ以上なんてきっと望むべくもない。

だって、この人が好きだ。

優しい王子様。朗らかな様子を眩しく思って
誰かのために真剣になれる姿に視線を奪われ
国を愛する心を、在り方を愛おしく思った。]



 …… 〜 っ
 

[だから。だから。手を離せる。今なら。きっと、今だから。
背中を、見送ることが、きっとできる。]


 っ もって 、


    もって、いってください
 

[話している途中、既に泣いている幽霊は
涙を飲み込まないまま上を見た。]



 大事な荷物だけ。この数日のことだけ
 あった、事実だけでいい

 あなたの、記憶の。
 心の一部になれたなら


 それで。
 それだけで、
 
 

[十分だと。自分に言い聞かせる。
大丈夫。大丈夫。好きだから。
在り方を愛したのだから。

たったの十日弱の、短い時間だ。

これ以上なんてない。
これ以上なんて]



 ……っ ふ  …

 

[ないと]



 …ぅ  ぁ

 

[──思わなくては。そうでなくては。そうしなくてはならない。
だって、そうでなかったら。終わらせることも
諦めることも── 前に送り出すことも、できなくなってしまう。]

[ああ。これだけはと、思ってしまった。
想ってしまった。

でも、でも。この人に困るといわれてしまうなら。

変わらなければ。
変わらなければいけない。

お互いに前に進むために、この気持ちから
手を、離さなければ。]



 むず、……っか、しい ですねぇ
 
 

[試したことがない諦め方だった。
ずっと一方的に想えることの方が多くて、
それでよかった。それが当たり前で]


 好きです どうしても
 
 困、らせて しまい、たく
 ないの です が


 … 待って


       〜待って まってくださいね、
 

[嫌だと。──好きだと、思ってしまう。]


 がんばるので
 … 試みてます から、っ
 

[ああ、見えなければよかった。
聞こえなければよかった。
温かく想うだけで、全部事足りる。

ずっとずっとそうだった。
ただ見ているだけの世界で良かった。
なのに。……だから

上手く、この好きな気持ちを
自分から、切り分けられない。]



 待って、……──っ
 

[幽霊の下ろしていた両の手が
空を見る目元の前で交差する]



 っ 
 

[ごめんなさいというコトだけのみこんだ。
痛くて悲しくて苦しくて愛しくて。
吐き出す嗚咽が、もう呑み込めない。]


 
 、うぁ あ、ぁぁっ
       〜〜〜〜っああぁ!

 ああ ああ あああああああああああああっ───!
 

 

[そうして、吠えるみたいで、
子どもみたいな
大きな泣き声が、空に高く昇っていく。]





[桜の木の根元に並んで幽霊と王子様が座っている。
触れ合うほど近い肩は、時折重なっても触れ合うことは叶わない。


幽霊に「我儘を言ってあげて」と言われて、王子様は掠れ声で「ハイ」と頷いた。


甘えていいと言ってくれた幽霊に、もう今後は甘えず、我儘も言わずに済むように。
怒りも悔しさも全て分けあうことをやめ、これ以上、重みも痛みも与えないように。

ぬくい気持ちになどさせて貰わないように。
触れ合った時の冷たさも、触れ合えないことの寂しさも、感じることのないように。

笑うも泣くも、もう共にしないために。

新しい二人の記憶も想いも、これから二人で拵えてしまわないために。

それぞれが幸福に、離れ離れになるために。

そういう風にするために、今だけは一緒に『恋の終わりの話』を。 ]




 ───── ………、

 むつかしデスネ ……がんばりまショウ。



[子供みたいな幽霊の大きな泣き声に目をぱちりと瞬いてすぐ、鼻の奥がつんと痛くなった。
目が潤んで、すぐに次から次に涙が溢れた。
既に泣いてはいたけれど涙が止まる間もなく、泣き声を聞いて貰い泣きをしてしまった。]


 
 〜〜〜〜〜……っ 、……っ
 



[堪えられたのもほんの僅か。我慢ならず二人で子供のようにさんざ大泣きをした。

涙がおさまっても、今度は残り少ない時間を思えば語ること尽きず、
話せば話すだけ思いは募るのに、諦めなければいけない思いはここで全て語りつくしていかねばならならず。
終わらせようとしているのに、互い本心ではどうにも終わらせたくなくて。


王子様と幽霊の恋の話は────随分な長話となってしまった。]


*

*

*






[パーカーのポケットでスマートフォンが振動する。

──────あぁ、これで、ついに時間切れ。


長い長い話し合いのうちに、巫女の祈祷が終わったようだ。



ヤニクは電話にでて、内容をただ黙ってきいていた。
────巫女曰く。王子の運命の人の名は──── ]





 

 …………。

 








[ヤニクは隣の櫻子の顔をきょとんと見つめると、

その唇に口づけをするフリをした。]







[子どもがえりでもしたみたいに泣いて、泣いて話して、また少し泣いて──それでも。どうしたって、どんな話でも悲しいぐらいに愛しくて。

途切れない長い長い恋の話を遮ったのは電話の音だった。]

 … 
 

[聞き取れない電話が終わる。
一瞬の沈黙が挟まって、きょとんとした目が
此方を見て、]









 

 …… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!??

 

[触れられない唇にそれが重なる。
泣いた痕の残る目が大きく見開かれて
淡い色の唇がわなないた──動揺と、 混乱で。]

 
 ま、っ !? ????????????
 !???????????????
 

[疑問符が真っ先に浮かぶ。なのに心臓が勝手に早鐘を打ち始めて声が上手く出ない。]



 なん、
 

[頭も感情も大混乱だ。
照れなのか、羞恥なのか、嬉しいのか
もう自分でも把握ができない。]



 な


 なんできすするんですかあぁあああああ……っ


 

[両手で重ねられたばかりの唇を覆う。
涙目の真っ赤な顔で、幽霊は王子様に叫んだ。]







 ゴメナサイ、その、勢いで。
 あの、何から話していいカ。
 


[顔を真っ赤にした幽霊に、泣いたばかりのまだ赤い目を丸くしたまま。
ヤニク本人もだいぶ戸惑っているようだった。]


 

 えと─── 改めて、さくらこさんにお伝えしたいコト、ありマス。




 ヤニクのお嫁さんに、なって欲しデス。




 えと、その


 あの……
 お騒がせしまシタ。
 


[頬が火照る。少し気まずそうに、心底恥じ入った様子で]


 ワタシの運命のヒト。
 決まったノデ、その───

 できれば、諦めるのは、ナシにして貰えると、嬉しくて、

 アッアッ、でも、アノ、一から頑張るもデキマス!


 ヤニクもその、こんなコトになると思ってなくて!
 う、占い変わって同じヒトでると想像出来なカッタデス。

 ほんとに、す、スミマセン……






[今の今まで、そういうことは、まるきりしないでいた。肩が触れ合うだけでも少し距離を開けるくらいだった。
諦めるつもりだったのだから、当たり前だけれど]



 〜〜〜勢いで?!
 

[赤い目をジト目でつい睨んでしまった。
勢いってなんの。と、疑問に思うより
声の反応の方が先だった。

ただ、そちらも混乱している様子に、一旦は口を閉じ]



 ちょ……ちょっと待って
 
 待ってください

 

[くらくらする。熱が出そうだ。思わず額を押さえる。
だって、今の今まで、諦めようと話をしていたのに。
がんばって── 本当に、頑張っていたのだ。]

 
 託宣が下ったのは、わからないですがわかりました
 あの


 … どなたのお名前が?

 

[まずそこだった。]




[ヤニクは慌てて説明をしようとする。]

 
 その……タブン。
 王族精霊とは正味仲がイイほうデスカラ、
 誰だかハッキリしたので、背中押そうとお知らせしてくれたと、思いマス。

 で、精霊降りても声聞くための祈祷に二日から三日くらいかかるので、

 それで────
 



 


 あなたの、お名前が。




 ワタシの運命のたったひとり。
 それが櫻子さんだと。


 言われ、マシタ。
 


[おずおずと櫻子の顔を見た。]




[頭がくらくらする。──これは、純然とした混乱でだ。]


 あ、諦めるのはなしに、と 言われましても……っ
 

[今さっきだ。数分前までそれこそ全霊で諦めようとしていて。]


 ……〜〜
 

[それに、いまさっき なんて? 何て仰いましたか?
お嫁さんにって? いっ ]





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ

 

[かあっと体温が勝手に沸騰する。怒りでではなく、強烈な気恥ずかしさでだ。
おずおずと不安気に見上げる顔を口を左右に引っ張ったような顔で見かえす。]

 
っっっっ 〜〜〜っ
 

[どうしてだか、それまで気にならなかった距離に、どうしても耐えられない。
幽霊は口元を押さえて、機敏に立ち上がった。]


[そのまま逃げるように桜の木の裏側に回る。
顔が、顔が、見ていられなかった。]


 わ、っ わかりました。
 わかりました、わかりましたけれども!!
 

[だって こんな。考えないといけないことが
あったはずなのに。どうしよう気持ちが浮き足だってしまう。]



 そん そんなにすぐに答えられませんん〜〜!!

 

[馴染んだ棲家の木に額を押し付けて
桜の木の幽霊は顔を赤くしながらぶんぶんと左右に首を振った。
心臓ばっかりが、勝手に弾んでいる。]




[仕方あるまい。二人とも先ほどまで完全に恋を終わらせるための相談をしては泣き、提案しては泣き、最早それを忘れろとは言えない。]

 
 もう出来なければ、ソノ、ナンナラ!?一度諦めて頂いてモ!!!
 ヤニク何度でも好きになって貰うために頑張れマスよ!
 


[隣の幽霊がスックと立ち上がって逃げ出して、つられて咄嗟に立ち上がった。]

 
 エ、エエ……わか、わかって貰えてマス??
 アリガト、トテモ助かるシマス。
 


[桜色のはなびらの絨毯を踏み、そろりと木の反対側を窺って、まだ数歩分の距離を残して櫻子に声をかける。]

 
 運命のたったひとり決まりマシタから。
 ヤニク、ニポンに滞在できマス。


 お返事、急がなくてもダイジョブ。
 ゆっくり考えて欲しデス。
 櫻子さんが大好きなこの街のコト、教えてもらいマシタ。
 離れがたい大切なヒトだっているでショウ。
 マダマダあなたのコト知らないがたくさん。
 ワタシのことも、イッパイ知って欲しデス。

 ただ、ヤニクからは何度でもプロポーズする必要ありマスネ。
 ズットは待てまセンから、櫻子さんがハイと言ってくれるよう努力もしマス。


 ……もう焦る必要、なくなりマシタ。


 櫻子さん、大好きデスヨ!
 




[―― どこかでガムランが神秘的な音の煌めきを奏でている……
シャーナイの音色が流れ出す。
ムリダンガムとガタムがリズムをとりだした。]





[背中で声を言葉を、先の──未来の話を聞く。
待つというその言葉に、ぐっと額を木に一度押し付けて、
くるりと背中を木につけて幽霊は口を開いた。

                考えないとならないことはたくさんあって。
                まだ戸惑う気持ちも多くあって、ただ──でも。
                ひとつだけ。変われなかったもの。]







 〜〜 私も。 ヤニクさんが、

 大好きです から!!

 


[あれだけの力を使っても気持ちの消えなかった胸をぎゅっと押さえて、
対抗するように幽霊が叫べば、音楽が流れ出す。]




[カメラが今しがた告白したばかりの櫻子の目元を大写しにした。
どこからともなく花が降り注ぐ。

もう散ったっていってるじゃないか――先日五分咲きにされたばかりだし。
でもしょうがないなあ。今日だけだぞ。桜の木さんはやれば出来る木であった。

けれど今日の桜の木さんが降らすのは桜の花びらばかりではない。
ジャスミン。ジャスミンも大サービスしている。
原理は不明だ。
だが名乗るだけで周囲が踊り出す王族が運命の一人に出会い、ついに互いがお互いの気持ちを確かめ合ったのだ。
そうなっても仕様のない事であった。

桜子の目元から画面が切り替わり、彼女との距離あと数歩をうめるべく、ヤニクが足を踏み出した。

――その開放的な足元にまとっているのは、ドーティに形のよく似たパイーパティの民族衣装であった。
上等な薄布から褐色の肌がうっすらと透けてみえる。
沢山の金の装飾を纏い、王族然とした衣装のヤニクはまだ気恥ずかしげに櫻子に片手を差し伸べた。

着替えていた。王族が愛の告白を果たし運命の女はそれに応じた。
故に、至極当然なことであった。

日本とパイーパティのコラボレーション。
二人は突然キャラソンを歌い出す―――]



 

 マイァガニソイナ〜〜 ランリランナニチャトナ ピルビァ〜〜〜〜〜〜〜
 パッツァクンタドゥラ ソヤガソニチャ〜〜〜〜〜〜〜〜

 マナミゥ〜〜 アレイマナミゥ バルベイナ〜〜〜
 




[差し伸べられた褐色の手の先、スライドしたカメラが白い指先を映す。
瑠璃に蘇芳を重ねた青色の強い一の衣の下、中黄に濃朽葉、淡紅と色が続く。
袖はたっぷりと重たく優雅なドレープを描いている。帯は愛らしい桜色で紅梅の留めが結ばれている。

はにかんだ表情の櫻子がカメラに捉えられる。下ろした髪にも金色の和冠が飾られていた。

着替えていた。巡り合ってしまった二人の未来が開けた瞬間だ。無理からぬことだった。

パイパーティの楽器に、和笛の掠れた音色が絡む。
和と南のコラボレートだ。

桜は満開になり、ジャスミンの花が天から降り注ぐ。

見つめあう二人の目はお互いの瞳をとらえている。]


 フンタパッティシナ〜〜 リラフッタチェリティ パッタリァ〜〜〜〜〜〜〜
 マイァエランカラトゥチャ コレカゥハンナニェ〜〜〜〜〜〜〜 

 マナミゥ〜〜 アレイマナミゥ バルベイナ〜〜〜
 


 


[学校のどこにこんな花畑が――?
最早ここは教職員すらもしらない秘密の花園と化していた。
桜の木の下には熱帯の花々と春の花々が咲き乱れている。
楽土の彩雲が虹をつれてやってきた。
どこからともなくそよ風が吹き、見つめ合う二人の髪を撫でていく。
互いの金の装飾が、風に揺られて星のように煌めいた。]



 タリタリカンナンパイーパティ ヤリミナヤラミナ フィナソナサ

 ル・パタテチャ! パリエテモリエテベリエテチャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ル・パタテチャ! ハイミラミドゥマギナ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 トゥワジャソリト トゥリプタソリトラリ トゥワジャンシャットゥ トゥリプタソリトラリ


[ヤニクの背後にはいつの間にか現れた、ヤニクと同様パイーパティ民族衣装を纏った瑠璃色の軍団が。彼とともに踊っている。]




 ル・パタテチャ! パ・パ・パタテャベリエテチャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ル・パタテチャ! ハイミラミドゥマギナ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 


[正面からの風に背に流した髪が揺れていた。金の装飾から流れた金鎖がシャラシャラと風に流れている。
花が咲き乱れ南国の衣装を身にまとった人たちが踊る中、
手を取られるまま歩み出てヤニクに近づきゆったりとした足取りてダンスを踊るように二人の足取りで円を書く。]



 ヘカサムヘーリカソン ヘドゥカサヘーリカソナン ヘカサムテーリカサムナン〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 

[円運動に十二単の裾が柔らかく広がった。
視線だけは外さないまま桜の花びらを髪につけて、はにかむようにいちど俯いてから、瞬きをして愛し気に櫻子はヤニクをみつめた。]



[謎の風に正面から吹かれながら、悠然と笑う。
櫻子の髪についた桜の花びらを指先でつまむ。風がそれを攫っていく……。
並んで踊る二人は、同時に歌い始めた――]


 

 マナミゥ アレイマナミゥ バルベイナ  ル・パタテチャ! ル・パタテチャ!
 アレイナ アレイマナミゥ ドゥナケイナ  ドゥ・ダラクタ! ドゥ・ダラクタ!

(トゥトゥルトゥトゥルトゥトゥルトゥトゥル ドゥイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!)
 
 ビンディバダパイ  ビンディアドゥナイ 


 マイァガニソイナ〜〜 ランリランナニチャトナ ピルビァ〜〜〜〜〜〜〜
 パッツァクンタドゥラ ソヤガソニチャ〜〜〜〜〜〜〜〜
 マナミゥ アレイマナミゥ バルベイナ  ル・パタテチャ! ル・パタテチャ!


 

 ル・パタテチャ ... ル・パタテチャ .... ル・パタテチャ .... .......
 







― 後日談(卒業後?) ―




 
♪〜

春の日差しが 懐かしく温かい
夢を見るような 淡い世界

[ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ]

二人は此処で 恋に落ちたのね

[ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴトンゴトンゴトン]

結んだ手と手 離さないで

[ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ]

あなたと私 遠い海も空も越えて

[ゴットンゴットンゴットンバラバラララララ…]

遥か彼方 どこまでも愛し合うの〜〜〜〜♪
 



―桜守学園・桜の木のあった場所―

[桜守学園の敷地内に不釣り合いな重機が唸りを上げる。
 その運転席には朧と思しき男が気分上々といった様子で
 騒音に歌声をくぐもらせている。
 免許はどうしたとか考えてはいけない。
 この世界に常識を持ち出すのは、野暮というものである。]

 

櫻子様!ヤニク!これでよろしいか!
 



[大声を張り上げて、この暴挙の依頼主に確認を取る。
 ショベルカーは、桜守学園の桜の木を掬い上げていた。]





[長く和の国に根付いていた桜は堂々たる姿のまま
ショベルカーにより空中に浮かべられている。

校庭の桜の木より少し離れた場所に
二人並んだ姿の内、背の小さい着物姿の女は
はりあげられた朧の声に袖を押さえながら
大きく手を振って応えた。]


 はいー! ありがとうございます、朧さん!
 

[暴挙の依頼主の片割れは、快く応じてくれた
請負人に向けて朗らかに礼を言った。]

[それから、隣の青年をほんの少しばかり
はにかんだ笑みで見上げる。
その人の背中に見える空は青く高く見えた。]





 あの。ええと
 …不束者ですがお世話に、なります、ね。
 


[五指の先を合わせて、もう一人の依頼人へ向けて
そのように、定型句の声をかける。
照れつつも、幸せでたまらないといった微笑みで。]





[見知らぬ土地に渡ることになった櫻子の護衛として、朧に声をかけたのはヤニクだった。
佐倉ソフィアの護衛が終わって暇になったなら……と提案したところ、朧から色よい返事があったのである。

そんなこんなで、ヤニクと櫻子の従者として、朧はショベルカーの操縦を任されていた。
ショベルカーと桜の木、そして朧の歌声をバックに、ヤニクは櫻子とはにかみあった。]


 
 では、お約束通り、桜の木ごとあなたを頂いていきマス。
 いきまショウか、お姫様。
 




[王子様は桜をさらっていってしまいましたとさ。]

                     [めでたしめでたし。]







── 『突然キャラソンを歌い出す村』番外編DLCより抜粋。
   櫻子編ヤニクルート『王子様と幽霊の二日』

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