世阿弥作の「
巴」「
羽衣」、佐阿弥作の「
殺生石」の、
能の
謡曲に作曲したもの。
地「古の、これこそ君よ名は今も、これこそ君よ名は今も、有明月の義仲の、佛と現じ神となり、世を守り給へる誓ひぞ、ありがたかりける。旅人も一樹の蔭、他生の縁と思し召し、この松が根に旅居し夜もすがら経を読誦して、五衰を慰め給ふべし。
ワキ「不思議やな粟津が原の草枕を、見ればありつる女性なるが、甲冑を帯する不思議さよ
シテ「なかなかに巴と云ひし女武者。女とて御最期に、召し具せざりしその憾み
ワキ「執心残って今までも
シテ「君邊に仕へ申せども
ワキ「憾みは尚も
シテ「荒磯海の
地(小謡)「粟津の汀にて、波の討死末までも、御供申すべかりしを、女とて御最期に、捨てられ参らせし怨めしや。身は恩の為、命は儀による理。誰か白真弓取の身乃、最期に臨んで後名を、惜しまぬ者やある
シテ「今はこれまでなりと
地「立ち帰り我が君を、見たてまつれば傷はしや、はや御自害候ひて、この松が根に伏し給ひ御枕のほどに御小袖、肌の守を置き給ふを。巴泣く泣く賜りて、死骸に御暇申しつヽ、行けども悲しや行きやらぬ、君の名残を如何にせん。
シテ「天の原ふりさけ見れば、霞立つ、雲路まどひて、行方知らずも
下歌「住み馴れし空に何時しか行く雲乃羨ましき景色かな
地(小謡)「迦陵頻伽乃馴れ馴れし、迦陵頻伽乃馴れ馴れし、聲今更に僅かなる。雁がねの帰り行く、天路を聞けば懐かしや。千鳥鴎乃沖つ波。行くか帰るか春風乃空に吹くまで懐かしや、空に吹くまで懐かしや
シテ「少女は衣を著しつヽ、霓裳羽衣乃曲をなし
ワキ「天乃羽衣風に和し
シテ「雨に潤ふ花乃袖
ワキ「一曲を奏で
シテ「舞ふとかや
地「東遊乃駿河舞、東遊の駿河舞この時や、始めなるらん
シテ「南無帰命月天子、本地大勢至
地「東遊乃舞の曲
シテ「或は、天つ御空乃緑の衣
地「又は春立つ霞の衣
シテ「色香も妙なり少女乃裳裾
地「左右左、左右颯々の、花を翳し乃、天の羽袖、靡くも返すも舞乃袖
地(小謡)「那須野の原に立つ石乃、那須野の原に立つ石乃、苔に朽ちにし跡までも、執心を残し来て、また立ち帰る草の原。物すさましき秋風の、梟松桂の、枝に鳴きつれ狐蘭菊の花に蔵れ棲む。この原の時しも物凄き秋の夕かな
後シテ「石に精あり。水に音あり、風は大虚に渡る根源。
地「像を今ぞ現す石の、二つに割るれば石魂忽ち現れ出でたり、恐ろしや
シテ「我王法を傾けんと、假に優女の形となり、玉體に近づき奉れば御悩となる。既に御命を取らんと、喜びをなしヽ處に、安倍の康成、調伏の祭を始め、壇に五色乃幣帛を立て、玉藻に、御幣を待たせつヽ、肝膽を砕き祈りしかば
地「軈て五體を苦しめて、軈て五體を苦しめて、幣帛をおっ取り飛ぶ空の、雲居を翔り海山を越えてこの野に隠れ棲む
地「両介は狩装束にて數万騎那須野を取り籠めて草を分って狩りけるに、身を何と那須野の原に、現れ出でしを狩人の、追っつまくっつさくりにつけて、矢の下に、射伏せられて、即時に命を徒らに、那須野の原乃、露と消えてもなほ執心は、この野に残って、殺生石となって、人を取る事多年なれども今遇ひ難き、御法を受けて、この後悪事を致す事、あるべからずと御僧に、約束堅き、石となって、約束堅き石となって、鬼神の姿は失せにけり
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