北原白秋の「邪宗門」の天草雅歌の項から。
後に
第二集も作られる。
「ただ秘めよ」には2019年11月30日にEnsemble Evergreenが演奏したオルガン版もある。
角を吹け
わが佳耦よ、いざともに野にいでて
歌はまし、水牛の角を吹け。
視よ、すでに美果実あからみて
田にはまた足穂垂れ、風のまに
山鳩のこゑきこゆ、角を吹け。
いざさらば馬鈴薯の畑を越え
瓜哇びとが園に入り、かの岡に
鐘やみて蝋の火の消ゆるまで
無花果の乳をすすり、ほのぼのと
歌はまし、汝が頸の角を吹け。
わが佳耦よ、鐘きこゆ、野に下りて
葡萄樹の汁滴る邑を過ぎ、
いざさらば、パアテルの黒き袈裟
はや朝の看経はて、しづしづと
見えがくれ棕櫚の葉に消ゆるまで、
無花果の乳をすすり、ほのぼのと
歌はまし、いざともに角を吹け、
わが佳耦よ、起き来れ、野にいでて
歌はまし、水牛の角を吹け。
汝にささぐ
女子よ、
汝に捧ぐ、
ただひとつ。
然しかはあれ、汝なも知らむ。
このさんた・くるすは、かなた
檳榔樹の実の落つる国、
夕日さす白琺瑯の石の階
そのそこの心の心、――
えめらるど、あるは紅玉、
褐の埴八千層敷ける真底より、
汝が愛を讃へむがため、
また、清き接吻のため、
水晶の柄をすげし白銀の鍬をもて、
七つほど先の世ゆ世を継ぎて
ひたぶるに、われとわが
採りいでし型、
その型を
汝に捧ぐ、
女子よ。
ただ秘めよ
曰ひけるは、
あな、わが少女、
天艸の蜜の少女よ。
汝が髪は烏のごとく、
汝が唇は木の実の紅に没薬の汁滴らす。
わが鴿よ、わが友よ、いざともに擁かまし。
薫濃き葡萄の酒は
玻璃の壺に盛るべく、
もたらしし麝香の臍は
汝が肌の百合に染めてむ。
よし、さあれ、汝が父に、
よし、さあれ、汝が母に、
ただ秘めよ、ただ守れ、斎き死ぬまで、
虐の罪の鞭はさもあらばあれ、
ああただ秘めよ、御くるすの愛の徴を。
ほのかなる蝋の火に
いでや子ら、日は高し、風たちて
棕櫚の葉のうち戦ぎ冷ゆるまで、
ほのかなる蝋の火に羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、汝が母も。
好き日なり、媼たち、さらばまづ
祷らまし賛美歌の十五番、
いざさらば風琴を子らは弾け、
あはれ、またわが爺よ、なにすとか、
老眼鏡ここにこそ、座はあきぬ、
いざともに祷らまし、ひとびとよ、
さんた・まりや。さんた・まりや。さんた・まりや。
拝めば香炉の火身に燃えて
百合のごとわが霊のうちふるふ。
あなかしこ、鴿の子ら羽をあげて
御龕なる蝋の火をあらためよ。
黒船の笛きこゆいざさらば
ほどもなくパアテルは見えまさむ、
さらにまた他の燭をたてまつれ。
あなゆかし、ロレンゾか、鐘鳴らし、
まめやかに安息の日を祝ぐは、
あな楽し、真白なる羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、わが子らよ。
あはれなほ日は高し、風たちて
棕櫚の葉のうち戦ぎ冷ゆるまで、
ほのかなる蝋の火に羽をそろへ
鴿のごと歌はまし、はらからよ。
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