立原道造の詩に作曲。
薄明
音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる
窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香よくにほふひと
私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!
やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実このみも高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる
わかれる昼に
ゆさぶれ 青い梢を
もぎとれ 青い木の実を
ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
私のかへつて行く故里が どこかにとほくあるやうだ
何もみな うつとりと今は親切にしてくれる
追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで
単調な 浮雲と風のもつれあひも
きのふの私のうたつてゐたままに
弱い心を 投げあげろ
噛みすてた青くさい核を放るやうに
ゆさぶれ ゆさぶれ
ひとよ
いろいろなものがやさしく見いるので
唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ
民謡――エリザのために
絃は張られてゐるが もう
誰もがそれから調べを引き出さない
指を触れると 老いたかなしみが
しづかに帰つて来た……小さな歌の器
或る日 甘い歌がやどつたその思ひ出に
人はときをりこれを手にとりあげる
弓が誘ふかろい響――それは奏でた
(おお ながいとほいながれるとき)
――昔むかし野ばらが咲いてゐた
野鳩が啼いてゐた……あの頃……
さうしてその歌が人の心にやすむと
時あつて やさしい調べが眼をさます
指を組みあはす 古びた唄のなかに
――水車よ 小川よ おまへは美しかつた