北原白秋の詩集「東京景物詩」の詩に作曲。
1,3,5曲目は任意でピアノもしくはオルガン・キーボードの伴奏とソロの朗誦を伴う。鳴物はコンチキ、小太鼓、鈴。終曲にはテナーソロがある。
忠弥
雪はちらちらふりしきる。
城の御濠の深みどり、
雪を吸ひ込む舌うちの
しんしんと沁むたそがれに、
鴨の気弱がかきみだす
水の表面のささにごり
知るや知らずや、それとなく
小石投げつけ、――
ひつそりと底のふかさをききすます
わかき忠弥か、わがおもひ。
君が秘密の日くれどき、
ひとり心につきつめて
そつとさぐりを投げつくる
深き恐怖か、わが涙――
千万無量の瞬間に
雪はちらちらふりしきる。
夜ふる雪
蛇目の傘にふる雪は
むらさきうすくふりしきる。
空を仰げば松の葉に
忍びがへしにふりしきる。
酒に酔うたる足もとの
薄い光にふりしきる。
拍子木をうつはね幕の
遠いこころにふりしきる。
思ひなしかは知らねども
見えぬあなたもふりしきる。
河岸の夜ふけにふる雪は
蛇目の傘にふりしきる。
水みづの面おもてにその陰影かげに
むらさき薄うすくふりしきる。
酒に酔うたる足もとの
弱い涙にふりしきる。
声もせぬ夜のくらやみを
ひとり通ればふりしきる。
思ひなしかはしらねども
こころ細かにふりしきる。
蛇目の傘にふる雪は
むらさき薄くふりしきる。
もしやさうでは
もしやさうではあるまいかと
思うても見たが、
なんの、そなたがさうであろ、
このやうなやくざにと、――
胸のそこから血の出るやうな
知らぬ偽いうて見た。
雪のふる日に
赤い酒をも棄てて見た。
知らぬふりして、
ちんからと
鳴らしたその手でさかづきを。
柳の佐和利
ほの青い雪のふる夜に、
電車みちを、
酔つて、酔つて、酔つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと、凭たれかかれば、硝子戸に。
Yōi! …… Yōi! …… Yōitona! ……
ほの青い雪はふり、
店のなかではしんみりと柳の佐和利、
酔つて、酔つて、酔つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと首をふれば太棹が……
Yōi! …… Yōi! …… Yōitona! ……
ほの青い雪の夜の
蓄音機とは知つたれど、きけばこの身が泣かるる。
酔つて酔つて酔つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと投げてかかれば、その咽喉が……
Yōi! …… Yōi! …… Yōitona! ……
ほの青い雪のふる
人ひとり通らぬこの雪に、まあ何とした、
酔つて酔つて酔つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと、しやくりあぐれば誰やらが、
Yōi! …… Yōi! …… Yōitona! ……
槍持
槍は錆びても名は錆びぬ、
殿につきそふ槍持の槍の穂尖の悲しさよ。
槍は槍持、供揃、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。
けふも馬上の寛濶に、
殿は伊達者の美い男、
三国一の備後様、
しんととろりと見とれる殿御。
槍は槍持、銀なんぽ。
供の奴さへこのやうに、あれわいさの、これわいさの、取りはづす、
やあれ、やれ、危なしやの、槍のさき。
槍は錆びても名は錆びぬ、
殿のお微行、近習まで
身なりくづした華美づくし、
槍は九尺の銀なんぽ、
けふも酒、酒、明日もまた、
通ふしだらの浮気づら、
わたる日本橋ちらちらと雪はふるふる、日は暮れる、
やあれ、やれ冷たしやの、槍のさき。
槍は槍持、供ぞろへ、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。
雪はふれども、ちらほらと
河岸の問屋の灯が見ゆる、
さてもなつかし飛ぶ鴎、
壁のしたには広重の紺のぼかしの裾模様、
殿の御容量に、ほれぼれと
わたる日本橋、槍のさき、
槍は担げど、空のそら、渋面つくれど供奴、
ぴんとはねたる附髭に、雪はふるふる、日は暮れる。
やあれ、やれ、やるせなの、槍のさき。
槍は槍持、供ぞろへ、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。
槍は錆びても名は錆びぬ。
殿につきそふ槍持の槍の穂さきの悲しさよ。
いつも馬上の寛濶に、
殿は伊達者のよい男、
さぞや世間の取沙汰に
浮かれ騒ぐも女なら。
そこらあたりの道すぢの紺の暖簾も気がかりな。
槍は九尺の銀なんぽ、
槍を持つ身のしみじみと、涙流すもつとめ故、
さりとは、さりとは、供奴、
雪はふるふる、日は暮れる。
やあれ、やれ、しよんがいなの、槍のさき。