ラブライブ!派生キャラ チュン(・8・)チュンのまとめwikiです。

とある休日の昼下がり、家路につかんとする矢澤にこの足取りは軽かった。今日は新曲に合わせた衣装の件で午前中にことりの家を訪れていた。他のメンバーの衣装は既に完成していたものの、にこの衣装はイメージに合ったものを決めるまでに時間がかかっており、直接ことりの家で受け取ることになっていたのだ。

「にこちゃん、衣装を渡すのが遅れちゃってごめんね。これ、よかったらこころちゃんたちといっしょに食べて」

新作の衣装を受け取って帰る際に、ことりはにこに手作りのスイーツを持たせてくれた。ことり特製のチーズケーキだ。素材にこだわったチーズケーキはしっとりとした甘さで、午後のティータイムにはもってこいの逸品だ。タルトの部分までしっかりと作り込んであり、思わずにこは唾を飲み込んだ。これほどのものだと、店で売っているものにも決して引けを取らないはずだ。

「ありがとう、ことり。妹たちと一緒にいただくわ」

にこはお礼を言って、南家を後にした。

「お姉さま、お帰りなさいです〜」

玄関をくぐるとこころが飛びついて来た。ここあと虎太郎もリビングから出て来て姉を出迎える。

「ただいま。今日はとびっきりのお土産があるわよ」

にこはチーズケーキの入ったボックスをほんの少し開けてこころたちに見せる。包装までしっかりしてあるところがいかにもことりらしい。ケーキボックスから立ち込める芳醇な香りと、見るからに食欲をそそる黄金色のチーズケーキに、こころたちの目がきらきらと輝く。

「お姉さま、チーズケーキですか?」

「やったー!早く食べよ食べよ!」

「ちーずけーき…」

無邪気にはしゃぐ妹たちを見て、にこは優しく微笑む。

「切り分けておいてあげるから、ちゃんと手を洗ってきなさいよ」

姉の言葉に3人は元気よく洗面所へと駆け出して行った。

にこはカバンを自室に置いてから、自分も手を洗いに洗面所へ向かった。ケーキボックスはリビングのテーブルの上に置いておいた。ところが、洗面所ではちょっとした問題が起きていた。

「ハンドソープが出てこないです…」

「もう使い切っちゃったんじゃないの?」

「でなーい…」

どうやらハンドソープが切れてしまったようだ。矢澤家では妹たちが使いやすいように、簡単に泡のたつミ○ーズの泡ハンドソープを使っている。

「ちょうど使い切っちゃったのね。待ってて、詰め替えのボトルを出すわ」

にこは洗面所の下の収納スペースを開けてお得な詰め替え用ボトルを探した。

「おっかしいわねぇ。確か予備が1本あったはずなのに…」

買い置きしたシャンプーの詰め替え袋や未開封の歯ブラシをかき分けながら探すが、お目当ての詰め替えボトルは見つからない。運悪く切らしていたようだ。

「まいったわね。こんな時にかぎって…」

行きつけのドラッグストアで詰め替えボトルを買ってくるには少々時間がかかりすぎる。それまで妹たちにチーズケーキをお預けにするのはいくらなんでもかわいそうだ。何かいい方法はないか、にこは考えをめぐらせていた。

「そうだわ、あれがあったじゃない!」

にこは普段持ち歩いているカバンに携帯用のチューブハンドソープを入れているのを思い出した。学校の石鹸ではどうも手に合わないため、にこはいつもハンドソープを持ち歩いているのだ。

「代わりのハンドソープなら持ってたわ。カバンから取って来るから待ってなさい」

そう言ってにこは自室に向かった。結局こころたちも後ろからついて来たが、その様子がまるでカルガモの親子のようにかわいらしかったので、にこは思わず顔をほころばせた。カバンに入れていたハンドソープは十分使えるだけの量が残っていた。

「ちゃんと泡をたてて、指の間もよーく洗うのよ」

洗面所に戻ったこころたちはにこの言う通りに順次手を洗い終えた。そのままリビングに向かうかと思ったが、姉が手を洗い終わるのをそばでじいっと待っている。そんな妹たちを見て、にこは早くケーキを切り分けてあげようと急ぎ手を洗った。

「お皿とフォークを持って行くから、あんたたちはリビングで待ってなさい」

にこに言われて3人はリビングへと駆けて行った。ケーキを楽しみにしていたのが手に取るようにわかる。まだ夕飯までは時間があるし、少し大きめに切り分けてあげよう。そんなことを考えながら、にこはキッチンでフォークや皿、切り分け用のナイフを準備していた。せっかくことりに作ってもらったケーキだ。紅茶やコーヒーも合いそうだが、妹たちのことを考えると、牛乳の方がいいかもしれない。にこはマグカップを3つ取り出そうとした。その時、リビングからこころの悲鳴が聞こえた。

「きゃああぁあ!お姉さまー!」

声の様子からして只事ではない。にこは慌ててリビングへと向かった。

「こころ、どうしたの!?」

リビングに着いたにこはこころに声をかけた。こころはテーブルを指さし、震えている。ここあと虎太郎もこころの背中に隠れるように身を寄せている。

「お、お姉さま…。変な生き物がテーブルに…」

こころの指先にあるテーブルを見たにこは愕然とした。ケーキボックスは開けられ、4匹の薄汚い生き物がチーズケーキに群がっていた。

「こ、これって…」

間違いない。チュンチュンだ。成体が1羽に雛が2羽。それに白い産毛に覆われたさらに小さい雛がもう1羽。ペットとして飼われていたチュンチュンが捨てられて野生化し、民家に入り込んで食べ物がないか荒らしまわるということはニュースで聞いていたが、現実に我が家が被害に遭うなど、にこは夢にも思っていなかった。よく見ると、先ほどまでは綺麗に掃除されていた床が泥で汚れている。どうやら窓の隙間からでも入り込んで来たのだろう。

「チーユケーキオイチイチン!」

「ヒナチュン、ピヨチュン。タクサンタベユチュン」

「マーピヨ!」

チュンチュンたちは夢中になってチーズケーキをついばんでいた。思い思いのところから食べ始めるため、チーズケーキはいびつな形になっている。おまけに端から食べるならまだしも、ケーキの上に乗ってついばんでいるため、衛生的にももはや食べられない状態だ。がっついて食べるせいか、ケーキの破片がテーブルどころか床下にまで散らばっている。

「ちょっと、何してんのよ!」

 にこはチュンチュンたちに向かって怒鳴った。しかし、チュンチュンたちは微動だにしない。おそらく人間を完全に舐めきっているのだろう。害獣でしかない野良チュンチュンですら「かわいい」などと世迷言をたれて餌を与える酔狂な者もいるため、人間慣れしているのかもしれない。

「ポンポンイッパイチン」

「タクサンタベテゲンキニソダツチュン」

「マーピヨ!」

 目を離したのはわずかな時間だったが、チュンチュンたちは既にチーズケーキのほとんどを食べ尽くしていた。小さな身体からは信じられない貪欲さだ。

「ケーキ、なくなっちゃいました…」

「まだ一口も食べてないのに…」

「けーき…」

 こころたちは楽しみにしていたチーズケーキをチュンチュンたちに食い荒らされたことで呆然としていた。その悲しげな姿を見て、にこは胸が締め付けられる思いがした。同時に、大切な妹たちを悲しませた元凶に対してやりきれない怒りが込み上げてきた。

「ふざけんじゃないわよ!これは妹たちのためのケーキだったのよ!」

 血相を変えて怒鳴るも、チュンチュンたちはのんきにテーブルの上でくつろいでいる。チュンチュンは人間の言葉を話す珍しい生き物だ。しかし、それは決して人間とコミュニケーションがとれるという意味ではない。チュンチュンたちにとって、にこがなぜ怒っているのかは理解できなかった。いや、そもそも他人の感情を気にするということがチュンチュンという生き物には欠落しているのだ。

「イッパイタベタアトハオヒユネスユチュン」

「プワーオ」

「マーピヨ…ムニャ…」

 チュンチュンたちはたらふく食べて眠気を覚えたのか、テーブルの上で横になり始めた。自分から出て行くことはまったく期待できそうもない。

「他人様の家に上がり込んでおいて、ずうずうしいにもほどがあるわよ!」

 もう我慢の限界だった。この聞き分けのない鳥もどきは力づくで追い出すほかなさそうだ。にこはチュンチュンたちを掴んで外に放り出すため手を伸ばした。瞬間、指先に鋭い痛みがはしった。

「痛ッ!ちょ、何すんのよ!」

 親チュンチュンがくちばしでにこの指をつついたのだ。

「ヒナチュンタチニナニスユキチュン!」

 チュンチュンは丸みを帯びた身体を精一杯大きく見せてにこを威嚇している。雛たちに危害が加えられるとでも思ったのだろうか。一応、家族を守ろうという気はあるのかもしれない。

「お姉さま、大丈夫ですか!?」

 こころが心配して駆け寄ってきた。チュンチュンにつつかれた指からは血が滴っている。やわらかそうな見た目とは裏腹に、くちばしはそれなりに固いようだ。

「ママチンツヨイチン!」

「カッコイイチン!」

「マーピヨ!」

 昼寝をしかけていた雛たちも一斉に騒ぎ立てる。そのかん高くてどこか鼻に付く甘ったるい声は、にこを苛立たせた。

「ヒナチュンタチハチュンチュンノタカヤモノチュン!ナニガアッテモマモユチュン!」

 親鳥はそう叫ぶやないなや、そばにいたここあ目がけて勢いよく唾を吐きかけた。

「ひゃあっ!?何これ、汚いぃ!」

 チュンチュンの吐いた唾はここあのスカートにべっとりと付着した。チュンチュンの唾液は食べた甘いものを速やかに消化するため粘性が強いといわれている。白濁した唾は先ほどまで貪っていたチーズケーキとあいまって、さながら吐瀉物だ。

「いやああぁ!このスカート買ってもらったばっかりなのにぃ!」

 ここあはパニックになってリビングから逃げ出した。終わりの見えない喧噪に不安になったのか、虎太郎もここあを追ってリビングから避難した。矢澤家の穏やかな昼下がりはチュンチュンたちによって完全に台無しにされてしまった。

「もう許さないわよ!まとめて叩き潰してやるわ!」

 にこはそばにあったテレビのリモコンを手にチュンチュンたちに迫った。あまり強く叩けばリモコンが壊れてしまうかもしれないし、チュンチュンの血や内臓で汚れてしまうかもしれない。しかし、そんなことを考えている余裕はなかった。にこにとって、妹たちは誰よりも大切な存在なのだ。その妹たちを悲しませたこの傍若無人な鳥畜生には、生半可なお仕置きでは足りないのだ。

「ピイィィィ!コワイチン!」

「マーピヨ!」

 にこの鬼気迫る表情に雛たちは怯えていた。親鳥は雛の前に立ちふさがり威嚇をしてくる。だったらまずはあんたからね。そう思い、リモコンを振り下ろそうとした瞬間、指先に激痛がはしった。

「な、何なのよこれ…!」

 見ると先ほどチュンチュンにつつかれた人差し指が痣でもできたかのように紫色に染まっていた。おまけに、耐え難い痒みと痛みが襲ってくる。にこは思わずリモコンを床に落としてしまい、そのまま膝をついてしまった。

「お姉さま、しっかりしてください!」

 こころの声が聞こえた気がするが、返事をする余裕はなかった。あまりの痛みに第二関節に爪をたてたが一向に痛みはひかない。チュンチュンを追い出すどころか、にこはその場に座り込んでしまった。

「ママチンガカッタチン!」

「ママチンハツヨイチン!」

「マーピヨ!」

「サァ、イマノウチニニゲユチュン」

 痛みに悶えるにこを後目に、チュンチュンたちは悠々と外に逃げ出していった。にこがあまりにも苦しそうなので、こころは救急車を呼ぼうとしたが、大丈夫だからとにこに止められてしまった。しかし、身震いして痛みに堪えるにこが大丈夫でないのは誰の目にも明らかだった。リビングへ戻って来たここあと虎太郎も、姉の只ならぬ様子を心配している。こころは意を決して姉の携帯電話を使った。何か困ったことがあったときの緊急連絡先、真姫へ電話をかけたのだ。幸い、真姫はすぐに電話に出た。こころから何が起きたかを聞かされた真姫は、そのまま待っていてと告げて電話を切った。しばらくすると、けたたましくサイレンを鳴らした救急車が矢澤家の前に到着した。救急隊員はぐったりとしたにこを抱えて、西木野総合病院へと搬送した。

 真姫が病院長である父に話を通していたため、病院内での対応はスムーズだった。診察の結果、にこはチュンチュンにつつかれた時に傷口からばい菌に冒されたことが判明した。チュンチュンはばい菌、雑菌を大量に保有する生き物である。ペットショップで売られている個体は十分に殺菌処理が施されているが、野生化したチュンチュンは予防接種も何も受けていないため、細菌の宝庫と呼ばれているのである。そのため、チュンチュンに怪我をさせられた場合、かなりの進行速度で傷口を通して菌が拡散してしまうのである。ひとたび発症してしまうと、猛烈な痒みと痛みに襲われることになる。これが急性カラエヨキニハ症候群、一般にチュンチュン病と呼ばれる症状である。厄介な病症ではあるが、現在では特効薬が開発されている。ニンニク由来の抗菌作用をもつアリシンを抽出したトリゴローCを点滴すれば、数時間で完治することが可能だ。にこも点滴を受けたことで、その日のうちに症状を鎮静化させることができた。

 にこは無事に帰宅することができたものの、矢澤家はチュンチュンたちに散々な目に遭わされてしまった。病院に搬送されたにこと、買ってもらったばかりのスカートを汚されたここあ。チュンチュンの被害はこの二人だけにはとどまらなかった。こころはにこが戻ってきたころから咳が止まらなくなった。にこが心配して真姫に電話で聞いたところ、チュンチュンの雛の産毛が肺に入ってしまったらしい。もっとも、この症状は特に治療をせずとも早々に治るらしく、現に夜にはこころの咳は治まった。虎太郎はお気に入りにのおもちゃを処分する羽目になった。来たときか帰ったときかはわからないが、チュンチュンたちがフンをしていったからだ。チュンチュンのフンにも大量の雑菌が潜んでいるため、十分に洗ったとしても衛生面に不安が残るのだ。母から新しいおもちゃを代わりに買うことを約束されても、虎太郎の表情は暗かった。

 チーズケーキの食べ損ねに始まり、矢澤家はまさに踏んだり蹴ったりであった。それもすべてあのチュンチュンたちのせいである。にこは誓った。あの鳥どもを徹底的に痛めつけてやる、大切な家族を傷つけられたからには、100倍にしてでも返してやる。

 にこは早速行動に出た。虎太郎が砂遊びに使うシャベルを拝借して庭に穴を掘った。あの鳥どもはどうやら庭から上がり込んだらしい。となると、このあたりを通ったはずだ。それならここに落とし穴を作っておこう。チュンチュンは貪欲な生き物であり、ひとたび甘いものをせしめるなどのいい思いをすると、必ず同じような行動をとる。俗に二番チュンジと呼ばれる行動パターンだが、あれだけチーズケーキを貪って満足したのだから、近いうちに必ず矢澤家を訪れるはずだ。にこたちのことも完全に舐めてかかっていたため、我が物顔でやって来ることが容易に想像できる。

にこはチュンチュンたちが出られない程度に深い穴を掘った。チュンチュンには翼があるものの、貧弱なそれでは十分な飛翔は不可能である。なので、ある程度深い穴を掘っていれば、チュンチュンたちは逃げられなくなるのだ。落とし穴の中にはチュンチュンをおびき寄せるために甘いものを置いておく必要があるが、ちょうど手元にはチュンチュンたちが好むというチーズケーキもマカロンなかったため、後日調達することにした。

 トラップ用のおやつは思いがけないところで手に入れることができた。チュンチュン襲撃の日の夜、穂乃果からメールが回ってきた。なんでも、店の商品の一部を賞味期限切れで処分することになったものの、勿体ないため誰か引き取ってくれないかという相談だ。海未や真姫は呆れていたが、にこにとってはまさに渡りに船であり、二つ返事で期限切れの和菓子を受け取る旨のメールを返した。

 後日、穂乃果から饅頭を20個ほど受け取ることができた。穂むら名物のほむまんだ。チュンチュンたちをおびき寄せるにはせいぜい5個もあれば十分であろう。さすがに親友の家の商品をチュンチュンを捕まえるトラップに使うのは心苦しかったため、残りの饅頭はにこが食べることにした。期限切れとはいえ味に遜色はない。甘味も十分であるため、チュンチュンたちも惹きつけられるはずだ。にこは落とし穴にほむまんを設置し、チュンチュンたちが来るのをひたすらに待った。カモフラージュも何もしてないので、落とし穴というよりはただの穴にすぎないのだが、チュンチュンたちなら引っかかるだろう。にこはそう信じ、来るべき復讐の時を待ちわびていた。

 数日後、練習が早めに終わって帰宅すると、そこにはにこが待ち望んだ光景があった。穴の中にチュンチュンたちが入っていたのだ。成体1羽に雛が2羽。そして産毛の雛が1羽。間違いない、あのときのチュンチュン親子だ。

「アマクテオイチイチン!」

「ハノケチェン…ハノケチェンノニオイガスユチュン…」

「マーピヨ!」

 チュンチュンたちはあの日と同じように、ほむまんに群がり食い散らかしている。その表情は満ち足りていた。てっきり穴から出られないことに気づいて慌てふためいているかと思ったが、しょせんは3歩で忘れる鳥頭の畜生だ。能天気に眼前のほむまんに夢中になっていた。

「ふふふ、お久しぶりねぇ…」

 にこはカバンから制汗スプレーを取り出し、チュンチュン親子に勢いよく吹きかけた。

「ピイィィィ!?」

「チュメタイチュン!」

「マ…ピヨ…」

 チュンチュンたちは驚いて逃げ出そうとするが、深く掘られた穴をよじ登ることはできなかった。逃げ場を失ったチュンチュンたちは冷たいスプレーに曝され続け、徐々に弱っていった。

「ママチン、サムイチン…」

「ネムイチン…」

「ヒ、ヒナチュン。シッカリスユチュ…ン…」

 やがてチュンチュン親子は死んだように動かなくなった。だが、本当に死んだわけではない。チュンチュンは急速に体温が低下した場合、仮死状態になるのだ。冷たい外気に曝され続けることでストレスが過剰にならないようにとの防衛本能らしい。にこはこの習性をネットで調べていた。こうすれば部屋に連れて行くときに暴れられずに済む。それに、簡単に殺してしまっては意味がない。こいつらにはじっくりと苦しみぬいてもらわないとね。

 にこはいったん自室に向かい、チュンチュンたちを連れて行く準備をした。まずは炊事用のビニール手袋をはめる。雑菌まみれのチュンチュンを直に触るわけにはいかないからだ。雛の産毛を吸わないよう、花粉症用のマスクも装着する。そして、虎太郎の使っている虫取りかごだ。季節外れではあるが、プラスチック製のこのかごはチュンチュンたちを閉じ込めるのには十分だ。準備を整えたにこは再び外に出て、身じろぎ一つしないチュンチュンたちを虫取りかごに入れてふたを閉めた。これで文字通りの籠の鳥だ。ついに待ち焦がれた復讐の時が来た。

 にこは虫かごを手に自室へと戻った。ひとまずかごを机の上に置き、小道具の準備を始める。温かい部屋に移されたことで体温が戻ってきたのだろうか。チュンチュンたちはゆっくりと目を覚ました。

「ココハドコチン?」

「デラレナイチン!ママチン、コワイチン!」

「マーピヨ…」

「ヒナチュンタチ、ダイジョウブチュン。チュンチュンガナントカスユチュン」

 チュンチュンたちは黄色い声で一斉にしゃべりはじめた。相変わらず耳障りな声だ。さっそくお仕置きをして黙らせてやろう。にこは虫かごのふたを外し、チュンチュンたちを上から覗き込んだ。

「コワイチン!」

「マーピヨ!」

「ヒナチュンタチニナニカチタラユルサナイチュン!」

 親鳥が前回と同じように威嚇を始めた。どうせまた性懲りもなくつついてくる気だろう。だが、あいにく同じ手は通用しそうになかった。にこは直に手を伸ばすことはせず、2本の割り箸を近づけたからだ。

「コウシテヤユチュン!」

 親鳥は割り箸目がけてくちばしを尖らせたが、まるで応えない。それはそうだ。割り箸をいくらつついたところで、にこは痛くも痒くもないからだ。割り箸を必死につついて追い払おうとするチュンチュンの様子はなんとも滑稽に映る。にこは割り箸の先で親鳥の腹を突いてみた。

「チュンッ!?」

 丸々としたチュンチュンの身体が後方へ転がっていく。

「ママチン!?」

「マーピヨ!」

 頼みの親鳥があっけなく弾き飛ばされたことで雛たちは困惑した。驚いた1羽の雛は親鳥を放って逃げ出そうとしたが、密封された虫かごからは脱出できなかった。

「あんたとは後でじっくり遊んであげるわ。今はね、そっちの方に用があるのよ」

 そう言って、にこは不安げに親鳥に寄り添う産毛の雛を割り箸でつまんだ。チュンチュンの雛は孵化してしばらくは真っ白な産毛に覆われている。チュンチュン愛好家によれば、このような雛はヒナチュンのなかでも特にピヨチュンと呼ぶらしい。まぁ、そんなことは今のにこにはどうでもよかったが。

「マーピヨ!コワイピヨ!マーピヨ!」

 ピヨチュンは怯えて必死に身をよじらせるが、2本の割り箸から逃れることはできなかった。チュンチュンは腹を弾かれた痛みでうずくまっており、ピヨチュンを救出することはできなかった。ひとり逃げ出そうとしたヒナチュンは隅っこの方で震えていた。もう1羽のヒナチュンも呆然と割り箸を見つめるだけだ。

 にこは割り箸でピヨチュンをつまんだまま、机に押さえ付けた。ピヨチュンは非力なチュンチュンのなかでもとりわけ貧弱なので、押さえ付けるのは容易だ。右手でピヨチュンを押さえ付けたまま、にこは左手に古くなり捨てる予定だったアイブローツィザー(眉用毛抜き)を構えた。

「あんたの毛のせいでこころは大変な目に遭わされたのよ。こんなもん、全部むしりとってやるから」

 にこはピヨチュンの身体にツィザーを近づける。正体不明の銀色の物体にピヨチュンは怯えて泣きわめいた。

「マーピヨ!マーピヨ!」

 その泣き声はにこをよりいっそう苛立たせた。幼い動物の鳴き声であれば庇護欲が掻き立てられそうなものだが、ことチュンチュンにいたっては例外のようだ。

「ピヨチュンヲイジメユナチュン!ユルサナイチュン!」

 虫かごのなかではようやく起き上がったチュンチュンがプラスチックの壁を叩いてわめいていた。だが、どれほど叩こうともチュンチュンの力ではかごが壊れることはない。

「うっさいわね。そこでおとなしく見てなさい。あんたの雛が嬲られるところをね…」

 にこはピヨチュンの産毛にツィザーを押し当て、力いっぱい引き抜いた。プチッという音ともに、白い産毛が舞い散る。いや、白ではない。産毛はところどころ赤く染まっていた。あまり強く引き抜いたため、ピヨチュンの皮もろとも引き剥がされていたのだ。

「ピッヨオォォォォオオ!?」

 堪え難い激痛にピヨチュンは絶叫した。ツィザーはもともと皮膚を傷つけないような構造になっている。しかし、それはあくまで人間を基準にしての話だ。貧弱なピヨチュンの産毛を引き抜くような場合は、皮ごと引き剥がされても何の不思議はない。

「ほら、次いくわよ」

 今度はとさかの部分に押し当て、勢いよく引き抜く。ミチッという音とともに白い産毛と真っ赤な鮮血が飛び散った。白と赤のアンバランスなコントラストが鮮やかに浮かび上がる。

「ピィイィヤァアアアァア!?マァピヨォオォォオ!」

 喉がつぶれそうなほどピヨチュンが泣き叫ぶ。

「ピヨチュン!?ヤメユチュン!ピヨチュンイジメユナチューン!」

 チュンチュンは半狂乱になって虫かごの壁を叩き、体当たりをしている。そばにいるヒナチュンは眼前の惨状に恐怖し失禁していた。隅っこで震える臆病者のヒナチュンは、うずくまって必死に目をそらしている。

「まだまだ全然抜き終わってないじゃない。ここからピッチあげるわよ」

 にこの掛け声とともに、新たに白い産毛が机の上を舞った。

「ふぅ、ようやく一通り抜き終わったわね…」

 産毛抜きの作業は思ったより時間がかかった。もともとにこは細かい作業は得意ではなかったが、今は疲労感よりも充実感が優っている。あの腹立たしいチュンチュン一家に復讐をしているのだ。これなら多少の肩こりなど気にもならない。にこはハンディクリーナーを起動させて机に飛び散った産毛を吸い取った。産毛を引き抜かれて禿裸にされたピヨチュンはぐったりとして動かない。むき出しになった皮膚は血に染まっており、一部は既に黒ずんでいた。あまり放っておくと失血死なり衰弱死なりしてしまうかもしれない。ここは急いで最後の仕上げにかかろう。にこは机の横に置いた紙袋から空きペットボトルを用意し、ハサミで半分に切り分けた。

「ほらほら、ゆっくり寝てるひまはないわよ」

 にこは再び割り箸で瀕死のピヨチュンをつまみ、半分にしたペットボトルの底に落とした。

「ヤメユチュン!ピヨチュンヲカエスチューン!」

 チュンチュンは相変わらずかごのなかでわめいている。にこは気にもとめず、ペットボトルへ少量の液体を注いだ。矢澤家愛用のハンドソープである。あの日はこれを切らしていたせいでチュンチュンたちにチーズケーキを食い散らかされてしまった。それならこれをお仕置きの小道具にしてしまおう、そうにこは考えたのだ。矢澤家のハンドソープはポンプを押すことで泡になるものの、本来は液状である。ハンドソープ液が注がれると、ぐったりとしていたピヨチュンが飛び起きた。

「ピ、ピヨォッ!イタイピヨォォオ!」

 最近では低刺激のものも多いが、ハンドソープが刺激物であることには変わりがない。まして産毛をむしり取られたうえ、外傷と内出血だらけのピヨチュンにとっては、傷口に塩以上の激痛なのだ。

「こんなもんじゃ終わらないわよ」

 にこはさらにハンドソープ液を注ぎ込む。ピヨチュンは今度は溺れそうになっていた。痛む身体を必死に動かして顔を水面に出そうとする。しかし、弱り切ったピヨチュンにはどだい無理な話であり、ハンドソープ液はピヨチュンの口の中に入り込んできた。

「モガァ、ゴボッ…」

 このままだと単に溺れ死ぬだけだ。それではいかにも興ざめである。にこは割り箸でピヨチュンをつまみ、いったんハンドソープ液から解放した。なぜなら、こうすることでより苦しみを与えることができるからだ。

「ア、アッアアチュイピヨォォオオ!」

 ピヨチュンは絶叫した。痛いでも苦しいでもなく、熱いと泣き叫んでいる。そう、熱いのである。これは経験がなければわかりようがないのだが、ハンドソープ液のような洗浄液を誤飲してしまった場合、真っ先に襲ってくるのは痛みでも吐き気でもなく、熱さなのである。喉は身体の器官のなかでもとりわけ敏感で、ある種の痛みは熱さに置き換えられる。アルコール度数の高い酒をあおった時の何倍も強い熱さが喉を襲うのだ。

「アチュイィイ!アチュイピヨオォォォ!」

 身体が捻じれてしまうほどに悶えるピヨチュンだったが、再びハンドソープ液の中に突っ込まれてしまった。今度は顔からである。そして再び引き上げられた。

「ビッヨオオォォオ!?ビ、ビギャアアアァァアアア!」

 先ほどよりも激しくピヨチュンは悶え苦しんだ。喉の次は眼をやられたのである。チュンチュンの身体の脆さは眼球についても同様だ。特に角膜は薄いため、わずかな衝撃で傷がつきやすい。このピヨチュンも角膜に傷がつき、そこから硝子体へ一気にハンドソープ液が流れ込んだのだ。その痛みは誤ってシャンプーが目に入ってしまった時の痛みとは比較にならない。眼球そのものを鷲掴みにされ、ぐりぐりと力いっぱい握りつぶされる痛みとでもいえばわかりやすいだろうか。にこは絶叫するピヨチュンを机の上に転がし、じっと見ていた。この雛はあとわずかで死ぬ。それならじっくりと最期の瞬間まで楽しませてもらおう。

 机の上を転げまわり、さながら死の舞踏を行ったピヨチュンは絶命した。苦しみぬいたあげくの陰惨な死に方はにこの溜飲を幾分か下げてくれた。

「あんたの雛、死んじゃったわね」

 にこはかごの中のチュンチュンに向かって笑いかけた。

「ユ、ユルサナイチュン!ヨクモ、ヨクモチュンチュンノタカヤモノノピヨチュンヲ…!」

 チュンチュンは地団駄を踏み、にこを睨みつけた。チュンチュンにも家族愛にようなものがあるのだろうか。

「それじゃ聞くけど、何であんたは助けなかったの?」

 にこの問いにチュンチュンは金切り声でわめいた。

「チュンチュンハタスケヨウトシタチュン!オマエガトジコメタセイデピヨチュンヲタスケヤエナカッタチュン!」

「ふ〜ん、あんたたちの絆なんてその程度なのね」

 チュンチュンの相手をするのも面倒なので、にこは机の上を片付け始めた。とりあえず雛の死骸はティッシュに包んで生ごみに出してしまおう。そろそろ夕飯の支度をする時間だ。その前によく手を洗っておこうかしらね。そんなことを考えながら、にこはピヨチュンの死骸を包んで自室を後にした。残されたチュンチュンはハヤクココカラダスチュンと叫んだが虚しく響き渡るだけだった。

 家族そろっての賑やかな夕食を終えた後、にこは自室に戻った。チュンチュンが喚き散らしているかと思ったが意外にもおとなしい。かごを覗くと、チュンチュンたちはぐったりと横になっていた。ピヨチュン以外にはまだお仕置きをしていないのに、これはどうしたことだろう。にこが不思議に思っていると、チュンチュンが絞り出すように声をあげた。

「チ、チーユケーキヨコスチュン…。オミズモヨコスチュン。ハヤクスユチュン…」

 どうやら空腹なうえ喉も渇いているらしい。あれだけほむまんを食い散らかしていたのにもう腹を空かせているとはたいした燃費の悪さだ。それとも卑しいだけなのかもしれないが。それにしても、ピヨチュンを惨たらしく殺されたうえ、自分たちも囚われの身であるにもかかわらず、相変わらずの傲慢な態度だ。

「ハ、ハヤクスユチュン…。オミズ、キレイナオミズヨコスチュン…」

 チュンチュンがしきりに水をねだる。チーズケーキやマカロンよりもただの水を要求するのも珍しい。部屋が乾燥して喉が渇いたのだろうか。いや、違う。ほむまんだ。甘い和菓子には濃いお茶が合うとはよく言うが、そもそも和菓子はほとんどが水気のない乾いたものであるため、それだけを食べると無性に喉が渇くのだ。卑しくがっついたせいか、チュンチュンたちは渇きに苦しんでいる最中のようだ。

「自業自得ね」

 にこはせせら笑った。このままチュンチュンたちを飢えと渇きで責め苛んでやるのも面白いかもしれない。卑しいチュンチュンたちにはぴったりな罰だ。今日のところは積極的に責めるのはやめておこう。そう思ったにこはパソコンを起動させ、いつものようにお気に入りのアイドル動画を視聴し、ネットサーフィンを楽しんだ。かごからは水と食料を求めるチュンチュンの弱々しい声が響いていた。

 翌朝、かごの中を確認するとチュンチュンたちはさらに弱っていた。帰って来るまでもつか気がかりだったが、昨日ネットで調べたかぎりではチュンチュンは飢餓では滅多に死なないらしい。暴力には脆弱だが、こういうところはしぶといようだ。この様子だと雛も含めて夕方まで断食断水をさせても大丈夫そうだ。

「オミズホシイチュン…。ヒナチュンタチ、ノドガカワイテユチュン…」

 心なしかチュンチュンの態度も昨夜より弱腰になった気がする。

「水がほしいの?」

 にこが尋ねると、チュンチュンは精一杯媚びてきた。

「オミズクレユナラ、ユルシテモイイチュン。ピヨチュンノコトモユルスチュン!」

 チュンチュンは水を求めるのに必死だ。死んだピヨチュンのことはもういいのだろうか。薄情なことだ。これで親を気取っているのなら勘違いも甚だしい。やはりチュンチュンの家族の絆などたかが知れているようだ。ならば、この要求に乗ったふりをしてさらに苦しめてやろう。

「そうねぇ。かわいそうだから水くらいならあげてもいいわ」

 にこが告げると、チュンチュンは踊り出しかねないほど喜んだ。

「ホントチュン!?ハ、ハヤク!ハヤクオミズホシイチュン!」

 にこは捨てる予定の小皿を取り出し、ベッドの枕元にいつも置いてあるペットボトルから水を注いだ。水の流れる音を聞いてチュンチュンたちは歓喜している。まったくもって単純だ。にこが水を注いだ小皿をチュンチュンたちに見せると、待ちきれないとばかりにかごの壁を叩いている。

「そう焦らないの。とってもおいしいミックスジュースにしてあげるから」

 にこはそう言って机の上にあったボトルを手に取った。そのボトルを見てチュンチュンたちは思わず声を失った。そう、にこが取り出したのはピヨチュンを死に追いやったハンドソープ液のボトルだ。にこはハンドソープ液をゆっくりと小皿に注ぎ、なじませた。

「さ、たっぷりと飲みなさい。喉が渇いてるんでしょう?」

 にこはかごのふたを開けて中央に小皿を置くと、手早くふたを閉じた。チュンチュンたちは互いに顔を見合わせて黙っている。

「それじゃあたしは学校があるから。じっくり味わいなさいよ」

 にこは呆然としているチュンチュンたちを後目に自室から立ち去った。

 いくら間抜けなチュンチュンたちでも、目の前にある水を飲むのが危険だということは分かっていた。これを飲めばピヨチュンと同じように苦しみ悶える羽目になるのだ。ピヨチュンが嬲り殺しにされてからまだ一晩しか経っていない。さすがにその程度の知恵は持ち合わせていた…と思われたのもわずか30分ほどのことだ。食い意地を張ってほむまんを食い散らかしたチュンチュンたちの渇きは既に極限状態にまで達していた。目の前にあるのは無色透明な液体。見てくれは普通の水となんら変わるところがない。とうとうヒナチュンのうち一羽がふらふらと小皿の方へ歩み寄って行った。チュンチュンは慌ててヒナチュンを止めにかかる。

「ヒナチュン、ダメチュン!コレヲノンダラアブナイチュン!」

「ピイィィ!ママチン、ノドカワイタチン!オミズノミタイチン!」

 喉の渇きに苦しむヒナチュンは必死に水を飲もうと暴れだし、チュンチュンですら止めるのがやっとの状態だ。結局ヒナチュンをなだめることには成功したが、無駄に体力を浪費してしまい、渇きはますますひどくなっていった。チュンチュンとヒナチュンは疲れ切ってしまい、かごの壁を背にして身を横たえた。こうでもしないと体力が奪われてしまうからだ。身体が冷えたときと同じように、生き物として辛うじて持ち合わせた防衛本能は2羽を短いながらも眠りにつかせた。

 隅っこでうずくまっていた臆病者のヒナチュンは、これを好機とみて小皿に忍び寄り水を飲んだ。しかし、案の定猛烈な熱さが喉を襲い、悲鳴をあげてのたうちまわった。ヒナチュンの悲鳴にチュンチュンも目を覚ました。チュンチュンは背中をさすってヒナチュンをなだめようとするが、あまり効果はなく徒労に終わった。そんなことをしているうちに、自分たちに隠れて水を独り占めしようとしたヒナチュンに対して怒りすら覚えたのであった。チュンチュンはかごの床を転げまわるヒナチュンを無視して隅の方に移った。

「ただいま。あらあら、ひどいことになってるわね」

 帰宅したにこがかごの中を覗くと、チュンチュンたちのフンと吐瀉物でひどい有り様になっていた。小皿の水はほとんどなくなっている。結局チュンチュンは自分も渇きに堪えられなくなり、もう1羽のヒナチュンとともにハンドソープ液の入った水を飲んだのだった。結果は言わずもがなである。チュンチュンたちは喉を襲う激烈な熱さに絶叫して失禁し、わずかに胃の中に残っていたものをすべて吐いてしまったのだ。かごは密封されているため、臭いは相当なものになっているはずだ。

「勘弁してよね。あんたたち、ただでさえ生ごみみたいに汚いのに…」

 にこに罵倒されてもチュンチュンたちはもはや言い返す気力もなかった。片時も忘れることのできない飢えと渇き。喉を焼くような痛み。ピヨチュンの死と閉じ込められていることへのストレスで瀕死の状態に至っていた。

「本当に手がかかるわね。すぐに死なれても困るし、とりあえず水と餌だけでもやっておこうかしら」

 にこはチュンチュンたちに水と餌をやることにした。しかし、ただ与えるだけでは何の面白味もない。食事のひとときも苦痛に取って代えなければ復讐の意味がないからだ。

「それじゃあ、楽しいお食事タイムとしましょうか」

 まどろむような浅い眠りからチュンチュンは目を覚ました。刹那、耐え難い飢えと渇きの感覚が甦ってくる。わずかに遅れて喉の痛みも襲ってきた。

「モウイヤチュン…。チュンチュンハナニモワルイコトシテナイチュン…。イジメユナチュン…」

 傲慢な態度を崩さなかったチュンチュンもとうとう泣き言をたれるようになっていた。それほどに飢えと渇きは凄まじいのだ。古来、道具を使わないなかで最高の拷問と謳われただけのことはある。

「ノドカワイタチュン…オナカスイタチュン…チーユケーキ…ハノケチェン…」

 チュンチュンは飢餓からわずかでも逃れようと、再び目を閉じて眠りにつこうとしたが、睡魔は訪れることはなかった。がっくりとうなだれるチュンチュン。ところが、そんなチュンチュンの目の前に信じられない光景が映っていた。

「オ、オミズガアルチュン!オヤツモアルチュン…!」

 かごの中央にはほむまんと平皿に注がれた水があった。チュンチュンの意識が朦朧としているうちににこが置いておいたものである。ほむまんは先ほど落とし穴に仕掛けたものの残りであり、水は新たに注いだものだ。こちらにはハンドソープ液は入っていない。チュンチュンは真っ先に水飲み場へと駆け寄り、頭ごとうずめた。

「プハァ、オイチイチュン!ノメルオミズチュン!」

 チュンチュンは胃が破裂するほどの勢いで水を飲んだ。満足するまで飲んでから、今度はほむまんに駆け寄ってついばみ始めた。久々の水分と甘味、チュンチュンの単純な頭は幸せでいっぱいだった。

「オイチカッタッチュン。マンゾクチュン」

 チュンチュンが食事を終えて身体を休めていると、かごの隅でヒナチュンがぐったりとしているのが目に映った。チュンチュンは自分が飲み食いすることに夢中でヒナチュンがどうなっていたかは何も考えていなかったのだ。慌ててヒナチュンのもとに駆け寄り、抱きかかえて水飲み場に連れて行った。ヒナチュンも水を飲みほむまんをついばんだことでだいぶ体力が回復したようだ。飢餓のおそれがなくなれば精神衛生も安定してくる。チュンチュンとヒナチュンはそろってお歌を歌い始めた。

「ピュアピュア〜♪」

「ラビュラビュ〜♪」

 チュンチュンたちが気持ちよく歌っていると、突如下品な笑い声が聞こえてきた。

「チンチーン!チーユケーキオイチイチーン!ピヒャヒャヒャヒャ!」

 チュンチュンたちが声の方を振り向くと、声の主はもう1羽のヒナチュンだった。チュンチュンは臆病ヒナチュンのことをすっかり忘れていた。しかし、チュンチュンが驚いたのはそのことではない。ヒナチュンがチーズケーキを食べていたことだ。

「ヒナチュン、ドウチテチーユケーキタエテユチュン!?」

「コレハヒナチンノモノチン!ママチンタチニハアゲナイチン!」

 チュンチュンの問いかけにヒナチュンは耳を貸そうとしない。このヒナチュンはにこが別のケージに移し替えておいたのだ。こちらのケージは通気性がよく、床には香ばしいウッドチップが敷き詰めてある。食べ物はコンビニで買ってきたものではあるもののチーズケーキだ。飲み物には水でほどよく薄めた甘いカルピスが皿に注いである。おまけに寝心地の良さそうなタオルまで添えてあった。虫かごの中のチュンチュンたちとは雲泥の差である。

「ピイィィィ!ドウチテヒナチンタチニハチーユケーキナイチン!?ヒナチンノホウガオネエチャンダカラチーユケーキヨコスチン!」

 チュンチュンの隣でお歌を歌っていたヒナチュンが癇癪を起こした。どうやらこちらが姉らしい。

「ピヒヒヒ。ヒナチンノホウガカワイイカラチーユケーキモラエタニキマッテユチン!」

妹ヒナチュンがチーズケーキをついばみながら得意げに答える。これにはチュンチュンも激怒した。

「ヒナチュン、チーユケーキヲヨコスチュン!ソレハチュンチュンタチノモノチュン!オマエニハモッタイナイチュン!」

「ナントデモイエバイイチン。ピィ〜、チーユケーキハアマクテオイチイチン♪」

 母と姉を蔑んだ目で眺めながら妹ヒナチュンはおいしそうにチーズケーキをついばんだ。チュンチュンと姉ヒナチュンは地団駄踏んで悔しがり、口々に汚い言葉を吐いたがどうしようもなかった。

「おっもしろいわねぇ、こいつら。何が家族の絆よ」

 家族間の醜い争いを見てにこは思わず笑ってしまった。あれだけチュンチュンの宝物だとか絶対に守るなどと放言しておきながら、いざというときは何より自分がかわいい。チュンチュンとはまさにそういう生き物なのだ。チュンチュンの怒りの対象はもはやにこではなく妹ヒナチュンになっていた。

 さんざん水がほしいと懇願したかと思えば、すぐに一段上の贅沢を求めるところも滑稽だ。こんな生き物が本当に自然界で生き抜くことはできるのだろうか。巷では野良チュンチュンが生きているのは愛護派と呼ばれる者たちが餌を与えているからにすぎないからであり、チュンチュン自身ではまともに餌を探すこともできないという噂もある。後は矢澤家で行ったような食い荒らしぐらいしかできないはずだ。ピーチクパーチクと言い争うチュンチュンたちを眺めながら、にこは次なるお仕置きを考えていた。

 翌朝、にこは通学前にチュンチュンたちの様子を確認した。虫かごのチュンチュンと姉ヒナチュンは飢餓からは逃れたものの、妹ヒナチュンに対する怒りのあまり、ほとんど眠れていないようだ。どちらも目は赤く血走っている。対して、妹ヒナチュンはチーズケーキをたらふく食べて満足し、ワンヤフユヤッチュン代わりのタオルにくるまって熟睡していた。

「ねぇ、あんたたち。こっちでチーズケーキ食べたこいつのことが憎い?」

 にこが尋ねると、チュンチュンたちは声を荒げて答えた。

「アタリマエチュン!ヒナチュンハチュンチュンニサカヤッタチュン!アンナノハモウチュンチュンノコドモヤナイチュン!」

「ヒナチンノホウガオネエチャンナノニバカニシタチン!ユルセナイチン!」

 チュンチュンたちは怒りのあまりかごの壁に身体をぶつけている。チーズケーキを食べれなかったことがよほど悔しかったのだろう。少しはチーズケーキを横取りされたにこたちの気持ちがわかっただろうか。それにしてもチュンチュンという生き物はつまらないプライドを大事にするものだ。

「それじゃあ、あんたたちの方にこいつを戻すわ。後は好きにしなさい」

 にこは眠っている妹ヒナチュンをケージから取り出し、虫かごの中に入れた。

「じゃ、あたしは学校があるから」

 そう言ってにこは部屋を後にした。さぁ、これからが楽しみだ。リンチの場面を直に見れないのは惜しいが、チュンチュンたちの家族の絆がめちゃくちゃになっていくさまを想像するだけでにこの心は躍った。

「サッサトオキユチュン!」

 チュンチュンの怒鳴り声に妹ヒナチュンはびっくりして飛び起きた。周囲を確認すると、まだ半分近く残してあったチーズケーキも、ワンヤフユヤッチュン代わりのタオルも見当たらない。それどころか、眼をつりあげて怒り心頭のチュンチュンと姉ヒナチュンに取り囲まれていた。

「ド、ドウシテママチンタチガイユチン!?ヒナチンノチーユケーキハドコチン!?」

 この期に及んでまだチーズケーキに執着を見せる妹ヒナチュンをチュンチュンは乱暴に突き飛ばした。

「ピイィィィ!?ママチン、ナニスユチン!」

 突き飛ばされて尻もちをついた妹ヒナチュン。起き上がろうとしたが、今度は姉ヒナチュンに背中をつつかれてしまった。

「イ、イタイチン!ヤメユチン!」

 突然の暴力に戸惑い逃げ出そうとする妹ヒナチュン。しかし、こんな狭い虫かごの中では逃げる場所などありはしない。姉ヒナチュンに行く手を阻まれたうえ、チュンチュンに蹴飛ばされてしまった。

「イタイチン!イタイチン!」

 ぴーぴーと泣きわめく妹ヒナチュン。その姿をチュンチュンと姉ヒナチュンは蔑んだ目で睨みつけている。

「チーユケーキヲヒトリジメスユヨウナコハチュンチュンノコヤナイチュン!」

「ママチン!?」

 チーズケーキの恨みはチュンチュンにとって極めて重要なことなのだ。おまけに妹ヒナチュンは水を独り占めしようとした前歴もあるため、チュンチュンの怒りはなおのことだった。チュンチュンからの勘当宣言に妹ヒナチュンはうろたえた。ただでさえ自然界で最下層に位置するチュンチュンである。ましてヒナチュンでは親なしではとうてい生きていくことはできない。妹ヒナチュンは必死になってチュンチュンに取りすがった。

「ゴメンナサイチン!ヒナチンワユイコダッタチン!ユユシテチン!」

「ヤカマシイチュン!」

 それでもチュンチュンの怒りは収まらない。げに恐ろしきは食べ物の恨みである。チュンチュンは妹ヒナチュンを押し倒した。そして姉ヒナチュンに目くばせをした。姉ヒナチュンはそれに応えて妹ヒナチュンを押さえ付けた。

「ピイィィィ!ナニスユチン!」

 不穏な気配を察知したのか、妹ヒナチュンは必死にもがいて逃げ出そうとした。しかし、姉ヒナチュンを振りほどく前に右眼をチュンチュンのくちばしで抉られてしまった。

「ピギャアアァ!?」

 全身の毛が逆立つほどの痛みに妹ヒナチュンは飛び上がった。姉ヒナチュンは思わず手を離してしまったが、今度はチュンチュンが羽で妹ヒナチュンをひっぱたいた。

「グブフェッ!」

 妹ヒナチュンははたかれた衝撃で再び仰向けに倒れた。姉ヒナチュンはこの機を逃すまいと妹ヒナチュンの顔を踏みつけ、あしゆびを左眼にぎりぎりと押し付けた。

「ヂィイイィィイン!?イダイヂン、イダイヂィイィィイイイィン!」

 両眼を潰されて苦悶の表情で泣き叫ぶ妹ヒナチュン。チュンチュンたちは光を奪われ完全に無抵抗になった妹ヒナチュンを執拗に足蹴にした。長時間にわたるリンチの末、妹ヒナチュンは真っ暗になったこの世界から永遠に別れを告げることになった。

「こりゃまた派手にやったわね」

 帰宅したにこが虫かごを確認すると、妹ヒナチュンは既に血まみれの肉塊になっていた。ご丁寧にとさかを始めあちこちの体毛も引き抜かれている。これではまるでピヨチュンの死骸と同じだ。あんなことがあってからよくもまあ同じようなリンチ方法を選べたものだ。

 それにしてもチュンチュンたちの怒りは相当なものだったらしい。いくらなんでもここまで血まみれの肉だるまになるだろうか。ふとチュンチュンたちの方を見て、にこは納得した。チュンチュンたちの口許は血まみれだった。つついて返り血を浴びたなんてものではない。チュンチュンたちは妹ヒナチュンの肉をついばんでいたのだ。その証拠に、昨夜与えたほむまんは既に食べ尽くしていた。おそらく空腹と怒りがあいまってリンチした妹ヒナチュンを食べたのであろう。家族であったはずのものを何の躊躇もなく餌代わりにするとは、チュンチュンはつくづく業が深い生き物のようである。

「あんたたち、それでよかったの?家族なんでしょ」

「アンナモノカゾクヤナイチュン!」

「イラナイカラポイシタチン!」

 にこの問いかけにもチュンチュンたちは何の後悔もないようだ。チュンチュン一家の絆は全壊の一歩手前だ。こうなったら最後の一押しをしてやろう。にこは妹ヒナチュンが遺した食べかけのチーズケーキをチュンチュンたちに見せた。

「チュン!チーユケーキチュン!ヨコスチュン!」

「チーユケーキ!チーユケーキ!」

 チュンチュンたちは狭いかごの中でぴょんぴょんと跳ね回る。チュンチュンにとっては家族よりチーズケーキなのだろう。終わりのない浅ましさを前にしてにこは思わずため息をついた。

「チーズケーキなら食べさせてあげるわ」

 にこの返答にチュンチュンたちは羽をぱたぱたさせて喜んだ。互いに抱き合ってダンスを始めている。ここだけを見れば微笑ましい家族の一場面のようにも見えるが、にこにはそれが脆くも崩れ去ることをはっきりとわかっていた。

「けどね、食べていいのはあんたたちのうちどっちかだけよ」

 提示された条件にチュンチュンたちは踊りをやめた。互いの顔とにこを交互に見比べている。さぁ、どうするか。譲り合って家族の絆を示すのか。もっとも、チュンチュンたちにそんな高尚なことを期待するよりはラクダが針の隙間を抜ける方がはるかに現実味があるといえよう。

「チーユケーキハチュンチュンノモノチュン!」

「ヒナチンノモノチン!」

 さっそく醜い言い争いが始まった。妹ヒナチュンの死骸のそばでチュンチュンと姉ヒナチュンは意地の張り合いをしている。リンチでは意気投合していたがこのざまだ。チュンチュンは共通の敵がいないとそもそも家族としての体をなさないのかもしれない。もっとも、本来ならにこがその共通の敵であるはずなのだが。

「チュンチュンノイウコトヲキクチュン!」

「チンッ!?」

 とうとうチュンチュンが力に任せて姉ヒナチュンをひっぱたいた。自分より弱いものにだけはこうも強気なのだ。

「チュンチュンノカチチュン。ハヤクチーユケーキヨコスチュン!」

 もはや眼前のチーズケーキのことしか考えていないようだ。矢澤家に侵入したときに吐いた台詞が懐かしい。にこは念を押して言質をとることにした。

「それじゃああんたにチーズケーキをあげるわ。そっちの方にはもう餌も水もやらないわよ。死んじゃうけどいいの?」

「ソンナノドウデモイイチュン。ヒナチュンナンカイクヤデモウメユチュン。ハヤクヨコスチュン!」

 即答だった。これでチュンチュンは姉ヒナチュンを守ることを放棄したのだ。ヒナチュンをどうしようと構わないと受け取ってもよさそうだ。

「わかったわ。ほら、チーズケーキよ。好きなだけ食べなさい」

 にこは虫かごのふたを開けてチュンチュンを掴むと、妹ヒナチュンのいたケージに移し替えた。チュンチュンはチーズケーキに駆け寄り、歓喜の表情で貪り始めた。

「さぁ、あんたには遊び相手になってもらうわよ」

 虫かごに残され呆然としている姉ヒナチュンに向けて、にこは2本の割り箸を近づけた。

「イダイチン!タスケテチン!」

 にこはピヨチュンにやったのと同じように、割り箸で机に押さえ付けたヒナチュンの毛をむしり始めた。ピヨチュンの産毛に比べるとむしりにくいので、力を込めて引き抜く。

「ピギャアアァ!?」

 ヒナチュンは痛がるが、あまり毛は抜けない。この後の工程も考えると毛はむしり取っておきたいところだが、何か別の手段を考えた方がよさそうだ。ヒナチュンが悲鳴をあげたためチュンチュンは振り返ったが、すぐにチーズケーキのついばみ作業に戻ってしまった。小声だが、チュンチュンハカンケイナイチュンと呟いている。ヒナチュンは完全に見捨てられてしまったようだ。

「ツィザーだとちゃちいわね。こっちの方がいいかしら」

 にこは机上のペン立てからカッターナイフを取り出した。カチカチと刃を調整する音にヒナチュンは早くも怯えている。

「イヤチン!イタイノイヤチン!ママチン、タスケテチン!」

 必死の叫びも虚しく、カッターナイフの刃がヒナチュンの身体に添えられた。にこは一気に刃を引く。

「ヂィイイィィイン!?」

 鮮血とともに薄汚い灰色がかった毛が抜け落ちていった。やはり表面の薄皮ごと引き剥がす方が早い。こつを会得したにこは手際よくヒナチュンの毛と皮を剥いでいった。ツィザーで産毛を抜くよりもこちらの方が簡単だ。しばらくしてヒナチュンは禿裸にされた。既に虫の息だが、お楽しみはこれからだ。にこは割り箸でヒナチュンをつまむと、空き瓶の中に放り込んだ。受け身もとれず無様に倒れるヒナチュン。よろよろと身体を起こしたヒナチュンだったが、その頭上から大量の画鋲が降り注いできた。

「ピイィィィ!?」

 画鋲が刺さって痛むのは、たいていはこちらから力を加えた場合である。その典型は素足で踏み付けたときだ。これに対して身体に向けて画鋲を落とした場合は、先端が下を向いていたとしても痛みはほとんどない。力学的にも刺さることがないためだ。しかし、ヒナチュンはパニックになっていた。降り注いだ画鋲から逃れようとして、もがいてしまった。瓶の底に積もった画鋲に対し、ヒナチュンの方から動いてしまったのである。当然、画鋲の先端は容赦なくヒナチュンの身体を貫いた。

「ビイィィイィ!イチャイチン、イチャイチィイィイイン!」

 もがけばもがくほど、体毛に守られていない無防備な肌が画鋲の餌食になる。透明な瓶の中は黄金色の画鋲とヒナチュンの赤い血が織り交ざり、万華鏡のような妖しい色彩を醸し出していた。これはなかなか珍しいものが見れたとにこは満足した。チュンチュンは相変わらず目を背けてチーズケーキをついばんでいる。そろそろ仕上げだ。にこは瓶にふたをしてきっちりと締めた。瓶を両手で掴み、リズミカルに揺らす。傍目からは手慣れたバーテンダーがカクテルをシェイクしているようにも見えるかもしれない。逃げ場のない棘だらけの空間に閉じ込められて強く揺すられたらどうなるか。一言で表すと、ミキサーである。それも、痛みすら感じないまま死を迎えるミキサーと違い、身体が壊されていくのを嫌というほど感じながら嬲り殺されるのだ。

「ビッギャアアアァアアア!」

 ヒナチュンが絶叫する。眼をやられたか。それとも、さんざん痛めた喉をやられたか。それはふたを開けてのお楽しみだ。にこはイヤホンから流れる音楽に合わせて死のシェイクを続けた。お気に入りの曲を数曲聴き終わった段階でにこはシェイクをやめた。既にヒナチュンの悲鳴はやんでいる。瓶を机の上に置くと、どろっとした赤黒い液体が瓶の側面を滴り落ちていた。やはり毛を引き抜いておいて正解だった。無防備な身体を貫かれて、ヒナチュンは出血どころか内臓までひり出したらしい。ねっとりとした血が瓶の底にたまっており、まるでトマトソースの瓶のようだ。血の中からヒナチュンの身体が浮かんできた。右眼に画鋲が突き刺さり、くちばしは上半分がもげていた。絶命しているのは明らかだった。これであと1羽だ。のんきにチーズケーキをついばんでいるチュンチュンの背後から、にこはゆっくりと割り箸を近づけた。

「ハナスチュン!チュンチュンニナニスユチュン!チーユケーキカエスチュン!」

 チーズケーキを堪能しているところを邪魔されて、チュンチュンはたいそうお冠だ。ヒナチュンを殺されたことではなく、箸でつままれてチーズケーキから引き離されたことに怒るのがいかにもチュンチュンらしい。それにしてもよく暴れる。ピヨチュンやヒナチュンと違って、さすがに成体のチュンチュンを箸で押さえ付けるのは難しい。

「しょーがないわねェ…」

 にこは机の端に置いてあった袋からニンニクを取り出した。輸入物ではなく、青森で手をかけて栽培された逸品だ。少々値は張るが、大きくて食欲をそそる香りが魅力的である。だが、チュンチュンにとってニンニクは禁忌中の禁忌だ。袋から取り出し香りが立ち込めただけで怯え始めた。

「チューン!?ニンニクイヤチュン!ソッチニノケルチュン!」

 チュンチュンは暴れるのをやめ、がたがたと震えている。効果はてきめんだ。古来から魔除けとして重宝されてきたのは伊達ではない。にこはニンニクが汚れない程度にチュンチュンへ近づけた。

「ピイィィィ!?ヤメユチュン!ヤメユチュ…ガ…」

 チュンチュンは舌がもつれてしゃべれなくなった。ニンニクの香りがチュンチュンの申し訳程度の脳を刺激して神経を麻痺させているのだ。口許がかたかたと震え、くちばしは不自然に歪んでいる。これがニンニクを近づけられたときのチュンチュンの典型症状で回蓋隆顎(かいがいりゅうがく)と呼ばれている。

「やっとおとなしくなったわね」

 身じろぎ一つしなくなったチュンチュンを見て、にこはニンニクを袋に戻した。いったんニンニクを嗅がせれば、しばらくの間はおとなしくなる。にこはカッターナイフの刃をせり上げて毛抜き作業に取りかかった。

「ヤ、ヤメユチュン…。チュンチュンハカワイイチュン、イジメユナチュン…」

 震え声で懇願するチュンチュンだったが、にこは淡々と作業を進める。まずは腹の毛を一気にむしった。

「ヂュウウゥゥゥゥウウゥウン!?」

 つい先ほどヒナチュンがされたのと同じ苦痛を味わい悶絶するチュンチュン。間髪入れず、今度はとさかを削ぎ落す。

「ヤ、ヤメユチューン!」

 次はひっくり返して背中の毛をむしり取る。チュンチュンの絶叫とともに鮮血がほとばしったが、チーズケーキを食べさせておいたため体力は十分に持つはずだ。にこは手際よくチュンチュンを禿裸に剥いていった。

「あんたがそもそもの元凶なのよ。お仕置きはフルコースでいくから覚悟しなさいよ…」

 毛をむしり終えたにこはお仕置きの準備を進めた。チュンチュンは血だらけの無様な姿で机に突っ伏している。しかし、チュンチュンに休息など許されていない。にこはツィザーを使ってチュンチュンの口を押し開けた。チュンチュンは苦しそうに呻いたが、ニンニクと出血によって抗うだけの気力は既に奪われていた。チュンチュンの口にはストローが差し込まれた。ストローはそばに置いてあるペットボトルへとつながっている。ボトル内の無色透明な液体はもちろん水ではなくハンドソープ液だ。にこはゆっくりと無慈悲な液体を注ぎ始めた。

「モゴッ、ゴブァアッ!」

 チュンチュンは吐き出そうとしたが、口を押さえ付けられているためハンドソープの濁流を拒むことはできなかった。窒息しない程度にストローが外される。その瞬間、焼き尽くすほどの熱さがチュンチュンの喉を襲った。

「ヂュウウゥウン!?アチュイチュン、アチュイチュウゥウゥウウゥン!」

 チュンチュンは動けない身体で懸命に毛のない羽をぱたぱたとさせている。今回は水で一切薄めていないハンドソープの原液なので、苦痛は前回の比ではないはずだ。

「オミズ、オミズホシイチュン!ハ、ハヤクスユチュン!」

 目から涙を溢れさせて懇願するチュンチュン。時折、短い羽で喉を押さえ付けているのは吐こうとしているからか。にこはストローをチュンチュンの顔の上にかざした。先端からハンドソープ液が滴る。透明な液体はチュンチュンの左眼に零れ落ちた。

「ビィイィイイィヤアァアアアアア!?」

 チュンチュンの黒々とした眼が赤く濁りだす。過剰なストレスで角膜が一気に張り裂けたのだ。ハンドソープ液はチュンチュンの硝子体をたちどころに侵していった。

「イタイチュン!クライチュン、ミエナイチュウウゥゥゥウン!」

 光を失い転げまわるチュンチュン。にこは割り箸でチュンチュンをつまみ直した。次は右眼だ。にこは机の端に置いてあった彫刻刀セットをまさぐった。中学生の頃に使って以来、棚にしまっていたものだ。色々と種類があるが、チュンチュンの眼球を抉り取るなら小角刀がよさそうだ。にこは小角刀を手に取り、チュンチュンの右眼に突き立てた。

「ヂュウウウゥン!?イタイチュンイタイチュンイタイチュウウゥゥウゥウウン!」

 暗闇の世界に放り込まれたチュンチュン。にこが小角刀を引き抜くと、ゼリー状のものが付着した赤黒い球体が吹き飛んだ。

「きったないわねぇ。死ぬときくらい綺麗に死になさいよ…」

 にこはやれやれと溜息をつき、次の作業に取りかかる。今度は裁縫セットを取り出した。これも昔使っていたものだ。待ち針を取り出し、おもむろにチュンチュンの頭に突き刺す。

「ヂュギャアアァアアアア!」

 チュンチュンは口から血を吐いて痙攣し始めた。

「ほらほら、もう一本いくわよ」

 にこは淡々と待ち針を刺し続けていく。色鮮やかな待ち針が突き刺さったことで、チュンチュンにとさかが生えたようにも見える。待ち針はどんどん増えていく。とうとう5本とも使い切ってしまったため、にこはヒナチュンをミキサーしたときの残りの画鋲も刺し始めた。

「ヂ、ヂァ…」

 チュンチュンの反応は次第に弱くなっていく。そろそろ限界がきたようだ。次が最期かもしれない。せっかくのとどめは派手に苦しんでもらいたいものだ。にこはポケットティッシュをチュンチュンの頭上に掲げた。その途端、死にかけのチュンチュンに生気が戻って来た。

「チュン!?ハ、ハノケチェン!ドコチュン?ハノケチェン!」

 そう、このティッシュは穂乃果に借りたものだった。以前、学校からの帰り道に穂乃果が野良チュンチュンの群れにからまれたことがあった。気をそらせそうな甘いものも持ち合わせておらず、穂乃果は困っていた。たまたま居合わせたにこが、ティッシュでもやればいいんじゃないのとアドバイスすると、野良チュンチュンたちは歓喜してティッシュの取り合いを始めた。理由はわからないが、チュンチュンたちは穂乃果の私物に異常なほどの関心を抱いている。にこはそのことを覚えており、穂乃果からティッシュを借りていたのだ。匂いで穂乃果のティッシュの存在を察知したチュンチュンは、ぼろぼろになった身体を必死に動かそうとした。

「ハ、ハノケチェン…。イマイクチュン…」

 どうやら発情しているらしい。こんなものに好かれる穂乃果も気の毒だが、にこの思惑通りの展開になっていた。チュンチュンの下腹部がほんのりと薄桃色に染まったのである。興奮して外性器の位置がくっきりと露わになったのだ。これを逃す手はない。ここはチュンチュンの急所、最大の苦痛を与えられる箇所だ。今なら興奮して意識も幾分か戻っている。にこは小角刀を手に取り、渾身の力でチュンチュンの秘所を突き刺した。

「ヂュアァアアァアァアアァアアァアアァアアァア!?」

 チュンチュンは喉が張り裂けるほどに絶叫した。その悲鳴は永遠に続くのではないかと思われた。小角刀の刃先はねっとりとした血で赤く染まっている。刃先は机に当たるほど深く貫かれていた。

「イタイチュン、イタイチュウゥウゥウウウゥン!ハノケチェン、ハノケチェン、ハノケチェエエェエェェン!」

 チュンチュンはもんどりうって転げまわる。気が狂いそうなほど叫び、机の上をのたうちまわった。動けば動くほど勢いよく血が溢れだしてくる。どれほどの時間が経っただろう。やがて悲鳴は弱々しくなり、いつしかにこの部屋は沈黙に包まれていた。チュンチュンは苦しみぬいたあげくに息絶えたのだ。

「ようやく死んだわね。これで少しは気が晴れたわ」

 にこは汚れてしまった机の上を片付け始めた。今週の日曜はことりが遊びに来る。生クリームがたっぷりのショートケーキの作り方を教えてもらう予定だ。今度こそ、こころたちにはおいしいケーキを味わってもらいたい。とびっきりおいしいのを作らないとね。楽しい週末を思い浮かべたにこの表情は晴れやかだった。

 完

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