ある雨の日の翌日のことだった。
「げっ、チュンチュンだ」
うちの軒下で1匹のチュンチュンがうずくまっているのを見つけた。
チュンチュンはマスコットのようで可愛らしい見た目から、一時期ペットとして人気が出た鳥である。
簡単な人語を理解し、喜怒哀楽の有る表情を持っており、
さらに甘ったるい声で歌を歌うことのできるという非常に珍しい特徴を持つ。
しかし、飼育の難しさや繁殖力の強さなどから、飼うことができなくなる飼い主が続出した。
その結果、捨てられたチュンチュンが野生化することになった。
野生化したチュンチュンは、民家に入り込んで食料をつまみ食いしたり巣を作ったりするなどの社会問題になっていたのだ。
なので、我が家にチュンチュンがやってくるというのは、厄介事でしかないのだ。
それにしても、このチュンチュンは以前にペットショップ等で見かけたものと違い、
特徴的なとさかが一部禿げており、よくみると体中に傷がある。
その上、ただでさえ丸っこいチュンチュンではあるが、こいつは輪をかけて丸く見える。
俺に見つかったことに気づいたチュンチュンは、何やら必死の様子でこちらに話しかけてきた。
「オニワニハイッチャッテゴメンナサイチュン…、デモオネガイシマチュン、スコシダケデイイカヤココニイサセテホシイチュン…」
どうやらこのチュンチュンは、以前人間に飼われていたが捨てられたらしい。
チュンチュンが言うには、同じように捨てられたチュンチュンと共に公園の片隅で暮らしていたのだが、
昨日野良犬に襲われ、何匹の仲間の犠牲と引き換えに命からがら逃げ出してきたということらしい。
その際に、うちの庭に逃げ隠れたというわけだ。
チュンチュンは傷だらけの上、雨で濡れたせいか、怖いからなのか、プルプルと震えている。
「チュンチュンハモウスグタマチュンガウマエユチュン、デモモウコエイジョウウゴケナイチュン、ダカヤココデウマセテホシイチュン…」
なるほど、やたら丸いのは腹の中に卵を抱えているからだったのか。
今外に放り出されたら、もう安心して産める場所を確保する体力も時間も無いため、死産してしまうという話らしい。
「タマチュンガウマエタラスグニデテイキマチュン、ダカヤスコシダケイサセテホシイチュン…」
そう言ってチュンチュンは手羽を合わせるような仕草をして頭を垂れた。
「ドウカオネガイシマチュン…!」
チュンチュンのような小さな生物が、生まれてくる子供のためにこうも必死になるとはな。
さて、どうしようか。
1→付き合う必要は無い、さっさと追い出す
ルート1:追い出す
こんなことに付き合う必要は無い、さっさと追い出してしまおう。
「駄目だ、すぐに出て行け」
そうだ、チュンチュンの都合など知ったことではない。
それに、うちの庭で卵を産むだと?冗談じゃない、ここで気を許せば巣を作られて迷惑を被った他の家と同じになりかねない。
「ゴメイワクナノハワカッテイマチュン!スコシダケ、スコシダケタスケテチュン…」
チュンチュンは更に深く頭を垂れる。
「タマチュンハキョウニモウマレテキマチュン、ソウシタラスグデテイキマチュン、ダカヤドウカ、オネガイシマチュン!オネガイシマチュン!!」
何度も何度も頭を下げているチュンチュンの目にはいつしか涙が浮かんでいた。
「イマオソトニデタヤ、チャントタマチュンヲウンデアゲヤエナイチュン…ドウカ、ドウカオネガイシマチュン!」
こいつは本当に必死なのが見て取れる、その必死の様子は見ていて実に
「うざってぇ・・・」
「ヂュン!?」
心底ウザいという気持ちを吐き出すように発された言葉に、チュンチュンは怯んだ。
「お前の卵なんて俺にはどうだっていいんだよ、さっさと出て行け」
俺の最後通告を受けて、チュンチュンは死刑宣告を受けたような顔になった。
「ピイィィ!?ソンナコトイワナイデ、オネガイシマチュン!オネガイシマチュン!タマチュンガシンジャウチュゥゥゥゥゥン!」
そして泣き叫びながらチュンチュンは俺の足元にすがりついた。
涙を滝のように流しながら、卵を産む場所を提供してくれとピーピー喚き続けている。
「うるさいなあ」
俺が足を払いのけると、チュンチュンは腹を上に向けてコテッと転がった。
「ピィ!?」
「卵が邪魔で出ていけないって話なら、こうしてやるよ!」
払いのけた足のつま先を、そのまま軽く返し、チュンチュンの腹に向けて振り下ろした。
俺のつま先はチュンチュンの下腹部に刺さり、ぐにゅっという柔らかい感触の奥で、グシャッという感覚が伝わった。
「……ヂュ?」
チュンチュンは何が起きたのか理解できなかったのか、一瞬真顔になり、そして絶叫した。
「ヂュビィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!?ビギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
腹を抑えてのたうち回るチュンチュン。
「ヂュギギ…ガ…ァ…ァ……」
ついにチュンチュンはビクビク痙攣し、下腹部から血と粘液が流れだした。
「ヂュゥゥゥゥゥゥゥン!?タマチュン!?タマチュンガアァァァァァァァァァァァァ!!!ビィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
それを見たチュンチュンは、いよいよもって、体内で卵が潰れてしまったという現実を認識したようだ。
「ヂュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!ヂュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
チュンチュンはひたすら泣き叫ぶ。
それが痛みからなのか、生まれてくるはずの卵を潰されたからなのかはわからない。
その惨めな様を見て、俺はいつしか口角がニヤリとつり上がっていた。
「チュゥゥゥゥゥゥン!ナンデ…ナンデナンデナンデ!!」
チュンチュンは血塗れになり、地面に突っ伏して喚いている。
その声はチュンチュンのくせに呪わんばかりの重さが込められている。
「カッテニハイッチャッタノハチュンチュンガワユカッタケド…ナンデココマデ…タマチュン…アアア、タマチュン、タマチュゥゥゥゥゥン!!ビィィィィィィ---!!!」
チュンチュンにしてみれば、人間の都合で飼われ、人間の都合で捨てられ、
あてもなく同じ境遇の仲間とやっと暮らしているところに、
野犬によりその一時の平穏さえ奪われ、仲間も失った上に自分も怪我を負い、それでも何とか子供を産みたいと、
命からがら逃げ込んだ場所で、そこでさえ拒絶された挙句、子供は産まれることすら許されず潰されたのだ。
「チュン…チュン…タマチュン…ゴメンネ…」
気づけばチュンチュンの涙で水たまりができている。
いや、涙だけではない、血と粘液も混ざっているようだ。
それを見ておれはこう言った。
「きったねえなぁ、汚いモンでうちを汚しやがって」
「チュ…ン…?」
これだけの目に遭って、さらに潰れた命の残骸さえ汚いと言い放たれたチュンチュンは、
もはや涙目や絶望を通り越した、名状しがたい表情を浮かべた。
その顔がより俺の嗜虐心を掻き立てる。
「ナンデ…ミンナ…チュンチュンヲコンナニイジメユチュン…?チュンチュンハ…ミンナトナカヨクシタイノニ…」
その言葉は俺に向けて放たれたものではい、自分が生まれた世界の不条理への嘆きだった。
だが、チュンチュンが何を考えていようと俺には関係ないのだ。
俺が考えているのは、厄介事は早く出て行けということと、庭を汚しやがって汚ねぇなあということだけだ。
「もういいだろ、何度も言わせるな。お前に生きる場所なんて無いんだよ、だから、とっとと・・・」
俺は先程の比ではないほど足を引いて、サッカーボールを蹴る時のように助走をつけた。
「出て行け!!」
「ギヂュゥッ!!?」
自分の身体の何倍もの大きさのある人間の本気の蹴りである。
チュンチュンは吹っ飛んで、家の門を飛び越えて、ついには道路にドサッと落ちた。
「ヂュ…ヂ…ヂ……」
体内の色々な器官が潰れたであろうチュンチュンは息も絶え絶えになっている。
しかし、その頭が偶然にもこっちを向いており、黒い目が俺を見据えていた。
次の瞬間。
道路を走るトラックがそのチュンチュンの肉体をまるごと押し潰した。
トラックが走り去った後は、原型をとどめていない赤黒い生ゴミがアスファルトにへばりついていた。
「・・・・・。」
こうして俺の家で起きた厄介事は終わった。
なんとなく不快な気分が残ったのは、潰れたチュンチュンの飛沫が少しうちの門に飛び散っていたからだろうか。
まあいいか、事が大きくなる前に解決したのだから。
そして、俺はいつもの生活に戻ったのだった。
GOODEND?
2→すぐに出て行くと言っているし、見逃してやってもいいだろう
ルート2:見逃す
チュンチュンのような小さな生き物の悲壮なまでの懇願は、俺に「可哀想だ」という感情を覚えさせた。
卵を産むくらいの間なら許してやってもいいだろう。
「まあいい、その代わり出ていけるようになったら約束は守れよ」
そう告げると、チュンチュンの表情がぱぁっと明るくなり、
「アリガトウゴザイマチュン!ホントニホントニアリガトウゴザイマチュン!」
と、礼を述べて深く頭を下げた。
なんだ、厄介者と聞いていたが、こうしてみれば物腰は丁寧だしなかなか可愛いじゃないか。
チュンチュンに好きなようにさせてやることを決めた俺は、奴を放っておいて1日をいつも通りに過ごした。
翌朝、新聞を取りに玄関を出ると、扉の前に例のチュンチュンが立っていた。
両手には卵を大事そうに抱えている。
「オカゲサマデタマチュンヲウンデアゲヤエマシタチュン、オニイサンハイノチノオンジンチュン」
そして、ぺこりと頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「オセワニナリマシタチュン、コノオンハワスエマセンチュン」
「・・・そうか、まあ達者でな」
チュンチュンはもう一度頭を下げ、卵を抱えたままよちよちと歩いて門の外へ出て行った。
無事に出産できて嬉しいのか、「チュンチュンノタカヤモノ〜」などと歌を歌っている。
その歌声は徐々に遠くなっていった。
俺はなんとなく良いことをした気になり、その日は気分よく過ごすことができた。
数日後。
新聞を取りに玄関を出ると、軒下にまたチュンチュンが居た。
今度はとさかが禿げてない成鳥に、産毛の生えた雛が2匹という、明らかにこの前とは違うチュンチュンの一家であった。
「ゴメンナサイチュン、コワイネコニオワエテユチュン、スコシノアイダカクエサセテホシイチュン!」
「ピヨピヨ!」
犬の次は猫か。
まあ少しの間と言っているし、大して迷惑でないのならいいだろう。
その旨をチュンチュンに伝えると、
「アリガトチュン!オニイサンハイイヒトチュン!」
「ピーヨ!」
と言って、
「ピュワピュワ〜ラビュラビュ〜」
「ピアピア〜ラピュラピュ〜」
などと雛達と歌い出した。
チュンチュンは気持ちが高まると歌を歌うという。
チュンチュンと雛が合唱する様子を見て、俺はほっこりというか心が温まったような気がした。
翌日、約束通りチュンチュン一家は居なくなっていた。
更に数日後。
新聞を取りに玄関を出ると、軒下にまたまたチュンチュンが居た。
今度は以前のものより若干大きなサイズのチュンチュンが一匹、どこから尻だかわからないが尻をついて座り込んでいた。
「チュンチュンハオナカガスイテウゴケナクナッチャッタチュン、タベモノガアッタヤワケテホシイチュン」
そうしてチュンチュンは手羽を合わせ、どこから首だかわからない首を傾けて、
「オネガァイ、チュン♪」
と甘い声で言ってきた。
ちくしょう、ちょっと可愛いじゃないか。
「・・・少し待ってろ」
チュンチュンは甘いものが好きだと聞いていたので、朝食にするために買っておいた某チェーン店のドーナッツから、
小粒のドーナッツが6つ入ったやつの1粒を取ってチュンチュンに与えた。
「アリガトチュン!」
チュンチュンは両手の中でくるくるとドーナッツを器用に回しながら突っついて、あっという間に平らげた。
「ゴチソウサマデシタチュン!」
そう言ってチュンチュンは去っていった。
このチュンチュン、太っていたせいか尻を地面に擦りながら歩いてやがる。
そのアホっぽい姿に思わず笑みがこぼれた。
更に更に数日後。
朝起きると、どこから入り込んだのか台所の下にチュンチュンが居た。
俺が文句を言う前にチュンチュンは叫んだ。
「オネガイチュン!タスケテホシイチュン!」
チュンチュンが言うには、ここに至るまでに聞くも涙語るも涙の事情があり、
逃げ隠れるために換気扇から意図せず入り込んでしまったらしい。
さすがに家に入られるのは困ったものなので、1日経ったら出て行って欲しいと言うと、
「ヤツラハマダチカクニイユチュン。セメテミッカマッテホシイチュン」
と言うので仕方がないから3日居させてやることにした。
チュンチュンには滞在中、飯の残りなどを与えてやったら、歌を歌って喜んでいた。
更に更に更に数日後。
朝起きると台所の上にチュンチュンが居た。
朝食にしようと思っていた昨日の残り物のおかずを、ラップを外して食っている。
腹が減って死にそうだったので、食べ物の匂いにつられて入り込んでしまったという。
さすがに勝手に食い物を食われるのは困るので、注意すると
「ゴメンナサイチュン…」
と言ってうなだれた。
数日後チュンチュンは出て行った。
冷蔵庫のハムがひとつ無くなっていたことに俺は気づかなかった。
更に更に更に更に数日後、また家の中にチュンチュンが居た。
洗濯物の中で寝ていた。
更に更に更に更に更に数日後、またまた家の中にチュンチュンが居た。
買っておいたチーズケーキを食われていた。
更に更に更に更に更に数日後、またまたまた家の中にチュンチュンが居た。
ソファーの上に糞を垂れていた。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
いつしか俺の家にはしょっちゅうチュンチュンが入り込むようになっていた。
チュンチュン達は、食料を食い、押入れやタンスの裏に巣を作るなど、もはや好き放題だった。
今や俺の家では俺の知らないうちにチュンチュンが天井裏など手の届かないところに住み着いてしまっている。
俺はどこからかチュンチュンに気を許してしまっていたのだろう、ああ、そこを付け込まれたんだ。
同じような被害に遭った人の話を調べてみると、全く同じ手口で付け込まれたパターンが散見された。
要するに、俺はチュンチュンに舐められていたのだ。
「ちっくしょう・・・」
休日にゆっくり寝ていようととすると、天井から例の「ピュワピュワ〜」「ラビュラビュ〜」が聞こえてくる。
もはやこの歌は憎き騒音でしかない。
「うるっせーー!!」
用意していた棒で天井をドンと突くと、ピーピー騒いだ後一時的に収まるが、
しばらくするとまた歌い出すので焼け石に水だ。
また、普通に生活していると、台所や脱衣所などでチュンチュンが横切ることがある。
我が物顔のチュンチュンにもはや容赦はしない、蹴り飛ばしたり、丸めた新聞で叩いたりして退治する。
「ヂュゥゥゥゥゥゥゥン!?」
「ビィィィィィィ!!」
しかし、退治するにしてもチュンチュンを潰すと、耳障りな断末魔をあげる上、
血なり糞なりを垂れるので処理も面倒臭い。
奴等は脆いけどしぶといので、何回も攻撃しなければならない場面も多かった。
「このっ!舐めくさりやがって!」
「ギヂュッ、ゲジュッ!」
蹴りを入れる度にチュンチュンは悲鳴をあげる。この声が更に俺を苛つかせた。
「ヂュゥゥゥゥ…」
やがてチュンチュンは絶命するが、床を汚した血なり体液なりを掃除しなくてはならないことを思うと全くスッキリしない。
ただただ憂鬱である。
もはやノイローゼになっていた俺は、根本的な解決を図るため、業者に駆除を依頼することにした。
駆除方法としては、専用のガスなどを使ってチュンチュンを一掃するらしい。
「ビィィィィィィィィィィィィィィ」
「ヒナチュゥゥゥゥゥゥゥン!!」
「マービヨーーーーー!!」
「ヂュゥゥゥゥゥゥゥン!!ダエカタスケテェェェェェ」
庭に居てもチュンチュンのキンキン響く悲鳴が聞こえてきて、俺をイライラさせるのであった。
「見てください、こんなに居ましたよ」
駆除業者はそう言って、業務用のシュレッダーで使うような大きな袋を持ってきた。
透明な袋いっぱいに大小さまざまな大きさのチュンチュンが詰まっている様は圧巻であり、
どれほど家が末期的状況だったのかを物語っていた。
「「「ギヂ…ヂ…」」」
よく見ると袋の中でピクピク痙攣しているチュンチュンが散見された。
「・・・こいつら生きてるんですか?」
「ええ、今回使用した無臭ニンニクガスは麻痺させるガスなので、直接殺す成分は含まれてません。
人体に無害なガスで駆除するためのものですから。」
もっとも、ストレスで死んでしまう個体も居るでしょうけどね、と業者は言う。
「・・・この袋、叩いてもいいですか」
すると、業者は察したように笑って
「どうぞ、この袋は特別製で頑丈なのでご安心を。ただし金属で刺したりすると流石に破けるのでご注意下さい」
そう言って袋を差し出した。
俺は金属バットを握りしめ、チュンチュン袋に叩きつけた。
「っこの!よくも!よくも!」
一撃一撃を憎しみを込めてぶつける。
「「「ピギィッ、ビヨッ、ヂュブッ」」」
沢山のチュンチュンから色とりどりの苦痛の声が聞こえる。笑い袋ならぬ悲鳴袋だ、笑えん。
「死ねっ!糞鳥っ!死ねッ!」
「「「ヂュンッッ、マビュッ、ビヂュッ」」」
透明な袋の中が赤やら黄色やら茶色に染まっていく。
叩く度に聞こえる悲鳴が聞こえなくなるまで、俺はバットを叩きつけ続けた。
それは俺の溜飲を下げたが、業者から渡された請求書の金額を見て、またも悔しさでいっぱいになるのであった。
何で俺がこんな目に・・・。
バッドエンドです、俺君はチュンチュンに取りつかれ、精神を削られお金まで失ってしまいました。
ルート2:アフター
チュンチュンを一掃してから1ヶ月が経った。
うちはようやく平穏を取り戻し、寝不足も改善されつつあった。
高いコストを払うことになったが、やっと日常が戻ってきたのだ。
そして、俺はいつものように新聞を取りに玄関を出ると、
とさかの禿げたあいつが居た。
俺は固まった。
「オヒサシブリチュン、イゼンハオセワニナリマシタチュン」
「オカゲサマデコノトオリ、ヒナチュンハリッパニソダチマシタチュン」
「ピーヨピーヨ!ママチン、コノヒトダレチン?」
「コノカタハヒナチュンノイノチノオンジンチュン、チャントオレイヲイウチュン」
「ピィ?ヨクワカヤナイケド、オニイサンアリガトチン!」
「ホントウニ、アリガトウゴザイマシタチュン」
「・・・・。」
「ソウイエバキキマシタチュン、オニイサンハチュンチュンノオトモダチモタスケテクエタチュン?」
・・・ん?
「チュンチュンヲイジメユヒトモオオイノニ、オニイサンハヤサシカッタトオトモダチニハナシタチュン」
・・・あっ
「オニイサンハチュンチュンミンナニヤサシイトウワサニナッタチュン」
・・・そうか
「イクアテノナイチュンチュンニトッテ、オニイサンハオンジンチュン、カンシャシテモシキレナイチュン」
・・・てめぇだったのか
「チュンチュンニハナニモオカエシハデキナイケレド、セメテヒナチュントイッショニオウタヲオクヤセテクダサイチュン」
「ピィピィ!ウタウチン!」
「ピュワピュワ〜、ラビュラビュ〜」
「ピアピア〜、ラピュラピュ〜」
瞬間、頭の中で何かが切れた。
「ピアピア〜…ピヨ?」
雛の頭上に、俺の足裏という鉄槌を振り下ろす。
グチッという間の抜けた感触と共に、潰れたトマトが出来上がった。
「……チュン?」
得意気に歌を歌っていたチュンチュンは、全く予想だにしていなかった現象が起きたことに、理解が追いついていないようだ。
「ヒナチュン…?エッ…ナンデ…?」
俺はチュンチュンのとさかを掴み持ち上げた。
「ヂュゥゥゥゥゥン!?イダイ!イダイ!」
「糞鳥め、てめぇのせいで、てめぇのせいで!」
「ヂュブッ!?ゲヂュッ!?」
腹を数回殴り、そのまま振り回して地面に叩きつけようとする。
しかし、とさかがブチッと千切れてしまい、チュンチュンはあらぬ方向へ飛んでいった。
「ベヂュンッ!?」
柔らかい芝の上に落ちたので、落下の衝撃は大したこと無いようだ。
しかし、親愛を込めて歌を歌っていたのに攻撃され、雛を潰され、とさかを失い、
今なお危機に晒されているという現実に打ちのめされている。
「ドウシテチュン…チュンチュンノタカヤモノガ…」
「黙れ」
倒れているチュンチュンに、そのまま足を置くように踏みつける。こいつはただでは殺さない。
「ヂュゥゥ…ナンデ…オニイサンハチュンチュンニヤサシクシテクエタノニ…ドウシテコンナヒドイコトスユチュン…?」
「黙れ」
そう、言葉を話せるからといって、それを聞いたのがそもそもの間違いなんだ。
俺は徐々に足に体重をかけていく。
「ヂュギィィィィ…ヤベデ…イダイチュン…」
ゆっくりゆっくり力を込める。今までの俺の苦しみはこんなものでは済まさない。
「ギュギギ…ダズ…ゲ…シンジャウ…ヂュゥゥ…」
パキパキと骨が軋み、折れていくくらいに力が入ってきた。
そこで更にゆっくりにする、自らの体が壊れていく様を全身でたっぷり味わえ。
「ヂ…ヂ…ヂ……」
そして、おそらく全身の骨が折れて、内臓が潰れただろうところで解放してやる。
もちろん、なるべく長く苦しめるためだ。
「…………ヂュ…」
俺は死にゆくチュンチュンを呪いを込めた目でずっと見続けた。俺の呪いがてめぇの最後に見るものだ。
こんなゴミなど生まれてこなければ良かったのだ、ましてや新しいゴミを生産するのを助けるべきではなかったのだ。
こうしてチュンチュンは俺の憎しみを一身に受けて絶命した。
俺は二度と、小さな生物に同情することはしないと誓ったのだった。
おしまい