個人的な備忘録。事実と妄想は峻別していきたい。

 カルマニアもマイナー。ゾロアスター教もマイナー。マイナー×マイナーでドマイナーといった感じであるが。

 現在まともに手に入るゾロアスター教、というより古代イラン史の書籍はほぼ青木健氏のものしかない。あとは1980年代にまで遡ってしまうが岡田明憲氏の一連の著作である。本節でも青木氏の著作を参考にしながらカルマニアに伝播してきたゾロアスター教について考察していく。
(追記:ちょっと古くなるが伊藤義教氏の著作やこの7月に亡くなったゲラルド・ニョリの著作が手に入った。今後以下の項目はだいぶんと手を加える可能性がある。)

ゾロアスター教の伝播

 かつてザラスシュトラは紀元前6世紀ごろの人物として扱われていたが、現在のところ紀元前12世紀から紀元前9世紀程度の人物として扱われている。これはガーサーなどで使われている文字、用語で類推されたもので、比較文献学の成果によるものだろう。考古学的な調査による結果ではないようである。研究者によってはもっと狭く、紀元前11世紀から紀元前10世紀程度の人物だという見方もある。
 本稿では年代よりむしろ位置の方が重要で、アラル海南部がザラスシュトラの出身地だと目されている。

ザラスシュトラ活動予測地点


 この後、後代においてゾロアスター教の中心地となるパールサ州に行きつくまで、南伝ルートと北伝ルートが想定されている。南伝ルートはアラル海南部からヘルマンド湖(大半は干上がっている湖)に南下してパールサに向かって西進するコース。北伝ルートはカスピ海南部に向かって伝播しつつそこからパールサ州へ南下するコースである。
 私は後期ゾロアスター教の折衷具合から、両方のルートで変容していったゾロアスター教がパールサ州で融和を果たしたと予測している。

 南伝ルートだとカルマニアの北の方をかすめる感じ、北伝ルートだとパールサ州に来てからカルマニアに伝わってくるという流れである。カルマニア伝来の戦の神信仰とうまくやっていった南伝ゾロアスター教が北伝ゾロアスター教の影響を徐々に受ける、といった歴史ではないだろうか。

ペルシア型ゾロアスター教

 ハカーマニシュ朝の国家宗教がゾロアスター教であった、というのは現在ほぼ否定されている。碑文からアフラ・マズダーを信仰していたことは確認できるのだが、逆にゾロアスターに関する話がまるで存在せず、恐らくアフラ・マズダー教のようなものを信仰していたのだろう。後のサーサーン朝で国家宗教化したゾロアスター教は、むしろアレクサンドロス大王による首都パールサ(ペルセポリス)破壊によって生み出された。首都パールサを逃げ出してパールサ州に散らばったマゴス僧とゾロアスター教徒がそれぞれ必要なものを補完するように融合し、ペルシア型のゾロアスター教を完成させていくのである。

葬儀

 ゾロアスター教の教義で最も有名なのは鳥葬であるが、これは本来のゾロアスター教が持っていなかった儀式で、イラン北東部のマギ僧から影響を受けたものである。本来のゾロアスター教の教えは土葬であった。
 北伝ゾロアスター教はこの教えを持ってパールサ州に侵入してきた。対して南伝ゾロアスター教は他のイラン多神教徒と同じ土葬であった。パールサ経由でカルマニアに鳥葬が入ってきた時、相当もめごとが起こったと思われる。

六大天使

 ヤザタを突っ込むことによりゾロアスター教は再多神教化したが、本来のザラスシュトラの教えにはない六大天使、そしてそれと対になる大悪魔アンリ・マンユの六大悪魔をも含まれることになった。
 六大天使の名はウォフ・マナフ、アシャ・ワヒシュタ、アールマティ、クシャスラ・ワルヤ、ハルワタート、アムルタートである。
 この六大天使という発想も後世のもので、アヴェスタ古層であるガーサーには存在しない。以下はガーサー中心の視点から解説し、新アヴェスタ部やそれ以降の中世ペルシア神話からの視点とは大きく異なるため注意が必要である。

 ガーサー的にはアフラ・マズダーがアシャと呼ばれるルールに基づいてウォフ・マナフを通じて情報を与え、アールマティが特典を授けるという世界観である。そしてアフラ・マズダーやウォフ・マナフは己のクシャスラを持つ。ハルワタート、アムルタートは与えられる恩典でしかない。

 ちなみに、これら六大天使への信仰はカルマニアではまず存在しなかったものと思われる。ゾロアスター教より古層の、ヤザタ的世界観が広がっていたはずである。

ウォフ・マナフ

 アフラ・マズダーの声を届ける者である。日本語訳は主に「善思」。
 ガーサーにおいてもアフラ・マズダ、スプンタ・マンユに次ぐものである。ただし極めて抽象的であり、擬人化されることはまずない。アフラ・マズダからの知識を届けたり敵に死をくだしたりするパイプのようなものと思えばよい。
 後世においては六大天使の筆頭とされたが、まあ間違いではあるまい。

アシャ・ワヒシュタ

 従うべき天の法則(ルール)。よって「天則」と訳される。インドの言葉でいうと「リタ」である。
 ガーサーにおいて「アシャに従って」という用法で頻出するが、擬人化されている部分は少ない。

アールマティ

 ウォフ・マナフの直下ぐらいの存在。アシャと並置されることが多い。この中では「授ける者」として最も擬人化されているが、本来の意味は「敬虔」のようである。「アフラ・マズダの娘」という表記から女性とされることも擬人化に拍車をかけている。
 後代においてその権能から大地の女神とされた。

クシャスラ・ワルヤ

 意味的には「主権の存する領域」。「王国」と訳されることが多いが、もっと大小に富み、村レベルの領域もまた「クシャスラ」とされる。とりあえず私は「領域」という訳語を勧めておくが、この言葉のためだけに新語を作っても良いぐらいであろう。それぐらい日本語にしづらい概念である。「権領」という造語を提案しておく。
 ガーサーではほとんど擬人化されていない。心もち「ウォフ・マナフのクシャスラ」という表記が多いような気がする。ちなみに「アールマティ」は「クシャスラを栄えさせるもの」であって「アールマティのクシャスラ」という表記は無い。
 後代においては堅固なる大地、国を意味する。後世の位階的にはアールマティの上とされることもあるようだが、ガーサーではアールマティの方が上である。

ハルワタート、アムルタート

 それぞれ「完全」「不死」と訳されるが、実際の意味は「健康」「長寿」ではないかと私は睨んでいる。
 ガーサーにおいては希求されるものであり、擬人化はほぼされていない。
 後代においてこのニ柱の天使はアールマティと同じく女性とされ、水と緑を司るようになる。

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