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ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

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基本情報

【出典】史実
【CLASS】アサシン
【真名】フランツ・ヨーゼフ一世
【異名・別名・表記揺れ】不死鳥の皇帝、国父、フランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン、フェレンツ・ヨージェフ1世、フランティシェク・ヨゼフ1世
【性別】男性
【身長・体重】178cm・68kg
【肌色】やや血色の薄い白肌 【髪色】気品あるプラチナブロンド 【瞳色】憂いを帯びたアイスブルー
【外見・容姿】白いフード付きのオーストリア軍服に身を包んだ若々しい麗人。常にフードを深く被り陰鬱そうな顔を隠している。
【地域】欧州(オーストリア・ハプスブルク帝国)
【年代】19世紀半ば〜20世紀初頭
【属性】秩序・中庸
【天地人属性】人
【その他属性】人型・王
【ステータス】筋力:D 耐久:D 敏捷:C 魔力:C 幸運:E 宝具:EX

【クラス別スキル】

気配遮断:B

 サーヴァントとしての気配を断つ能力。隠密行動に適している。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

【保有スキル】

不死鳥のカリスマ:A

 治世当初は血に染まった若き皇帝と恐れられ、暗殺未遂事件や普墺戦争での敗北、度重なる身内の不幸などの苦難を乗り越え、晩年には帝国内のすべての民族に慕われたフランツ・ヨーゼフ独自のカリスマ。
 68年間にわたり君主として君臨し続け、多民族国家を一つに繋ぎ止めた不屈の意志の具現。

皇帝特権:B

 本来持ち得ないスキルを、本人が主張することで短期間だけ獲得できるというもの。該当するのは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、と多岐に渡る。
 フランツ・ヨーゼフ一世はアサシンクラスの適性をこのスキルによって強引に獲得している。

一意専心:A

 ひとつの物事に没頭し超人的な集中力を見せる。
 朝4時に起床し、深夜まで「帝国の第一下僕」として政務をこなし続けた。

【宝具】

栄華極まりし黄昏の維納フルーリヒェン・アポカリプセ

ランク:EX 種別:対民宝具 レンジ:ウィーンの面積 最大捕捉:ウィーンの人口
 かつて古きウィーンの城壁を取り壊し、近代的な環状道路(リングシュトラーセ)を建設して「世紀末ウィーン」の狂騒と繁栄の舞台を作り上げた彼だからこそ持ちうる、一つの時代そのものを具現化する大宝具。
 黄昏時の美しくも退廃的なウィーンの街並みを展開する固有結界であり。この結界内では、当時ウィーンに集った数々の偉人たちがマスター不在の独立サーヴァントとして召喚される。彼等は皇帝の命により様々な支援効果で味方の戦闘をサポートする。
 しかし、彼等はフランツ・ヨーゼフの家臣ではなく、皇帝と同じ時代を生きたウィーン市民に過ぎないため広大な固有結界内に点在し自由に行動しており、全員の協力を得るのは容易ではないが、彼等が一堂に会した時の支援効果は驚異的。
 但し、フランツ・ヨーゼフは音楽、美術、文学に疎く、性格も後述の通りであるため、本人の性格と宝具の性能とクラスが噛み合っておらず、宝具の持ち腐れ状態となっている。

 召喚される主な人物と効果は以下の通り。
 【画家】グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、クリスティアン・グリーペンケール:広範な美術知識により対象の真名を看破。
 【音楽家】ヨハン・シュトラウス2世、グスタフ・マーラー、ヨハネス・ブラームス:奏でる旋律によって敵の精神を狂わせ、状態異常を付与。
 【作家】シュテファン・ツヴァイク、ペーター・アルテンベルク、フーゴ・フォン・ホーフマンスタール、リヒャルト・ベーア=ホフマン:エンチャントによって味方を強化。
 【精神科医】ジークムント・フロイト、アルフレッド・アドラー:精神分析により、味方に精神攻撃への耐性を付与、また敵の精神汚染を一時的に無効化。
 【医者】テオドール・ビルロート、カール・フォン・ロキタンスキー、アドルフ・ローレンツ:等は傷の手当てを行い、負傷した味方の早急な戦線復帰を可能とする。
 【建築家】オットー・ワーグナー、ヨーゼフ・ホフマン:戦闘で破壊された町並みの修復。

【Weapon】

『無銘:猟銃』

 狩猟を好んだフランツ・ヨーゼフとって最も使い慣れた武器。

【解説】

 フランツ・ヨーゼフ一世は、欧州の名門ハプスブルク=ロートリンゲン家の直系であり、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝として68年という長期にわたり君主の座に君臨した人物である。
 1830年8月18日、オーストリア帝国の首都ウィーンのシェーンブルン宮殿においてフランツ・カール大公とバイエルン王女ゾフィー大公妃の長男として生を受ける。
 フランツ・ヨーゼフは将来の皇帝として、幼少期から苛烈な帝王学の教育を受けて育った、12歳の時には週50時間の授業を受けており、13歳の時には勉強のし過ぎによる極度のストレスから体調を崩す事態に陥ったが、彼はこの試練に対して並外れた努力と忍耐力で応えた。
 1848年革命の最中、17歳のフランツ・ヨーゼフはイタリア戦線の老将ラデツキー将軍の元へ送られた。サンタルチアの会戦では、敵の砲弾が間近に飛来しても微動だにせず冷静沈着に振る舞ったとラデツキーの報告書に記されている。
 同年12月、欧州全土を揺るがした諸国民の春と呼ばれる革命の嵐の最中、わずか18歳で皇帝に即位。
 伯父フェルディナント1世の譲位、そして野心的な実母ゾフィー大公妃の強力な後押しによる、まさに激動の中での幕開けであった。若き皇帝に課せられたのは、崩壊寸前の帝国を絶対王政の力で再統合することだった。
 彼は生真面目で官僚的な性質を発揮し、自らを「国家第一の官僚」「帝国の第一下僕」と定義。毎朝4時に起床し、軍服に身を包んで深夜まで膨大な書類を精査・決済する、狂気的とも言える禁欲的なルーティンを生涯にわたって崩さなかった。

 1854年、彼はバイエルン公家の次女エリーザベト(愛称シシィ)と結婚する。絶世の美女と謳われた彼女にフランツ・ヨーゼフは一目惚れし、母ゾフィーの反対を押し切ってまで結ばれたが、この結婚こそが彼にとって最大の幸福であり、同時に生涯にわたる贖罪の始まりとなった。
 厳格なハプスブルク宮廷の儀礼と姑ゾフィーからの圧迫は、自由を愛するエリーザベトの精神を蝕み、彼女は次第にウィーンから逃避して旅を繰り返すようになる。
 フランツ・ヨーゼフは妻を深く愛し、彼女の我が儘や莫大な出費をすべて許し、熱烈なラブレターを送り続けたが、皇帝という立場と宮廷の因習に縛られた彼には、妻の心を真に救い出すことはできなかった。

 彼の治世における最初の大きな崩壊の予兆であり、彼自身の軍事的な限界を突きつけられたのが、1859年のイタリア統一戦争におけるソルフェリーノの戦いである。
 北イタリアの覇権を巡り、フランス・サルデーニャ連合軍と対峙したハプスブルク帝国軍は、29歳のフランツ・ヨーゼフ自らが総大将として直接指揮を執った。しかし、近代化されたフランス軍の火力と戦術の前にオーストリア軍は惨敗を喫する。
 戦場は両軍合わせて約4万人の死傷者が泥と血に塗れて転がる地獄絵図と化し、このあまりの凄惨さを目撃したアンリ・デュナンがのちに赤十字運動を発足させる契機となった。
 自らの未熟さゆえに夥しい兵士を失い、さらに肥沃なロンバルディア地方を喪失したこの敗北は、若き皇帝の心に自らの統率力への不信という決定的なトラウマを刻み込むことになった。
 さらに、帝国の覇権を完全に失墜させたのが1866年の普墺戦争である。ドイツ連邦の主導権を巡り、ビスマルク率いるプロイセン王国と激突したこの戦争は、近代的な鉄道網と最新式の針打式小銃(ドライゼ銃)を駆使するプロイセン軍の電撃的な進撃の前に、わずか7週間でオーストリアの敗北に終わった。これによりオーストリアはドイツ連邦から完全に追放され、中欧の盟主としての地位を失う。
 この度重なる軍事的敗北と国際的孤立は、帝国内部にくすぶっていた多民族の独立機運、特に強力な勢力を持つハンガリー人の反発を爆発させる。国家崩壊の危機に直面したフランツ・ヨーゼフは、 1867年、最大の政治的妥協である「アウスグライヒ(和解・妥協)」を決断せねばならなかった。これはハンガリーに対して独自の政府と議会、独自の憲法を認め、オーストリア皇帝がハンガリー王を兼任する形で一つの国家とする「オーストリア=ハンガリー二重帝国」への改組であった。
 フランツ・ヨーゼフは妻のエリーザベトと共にブダペストのマーチャーシュ聖堂でハンガリー国王としての戴冠式を執り行った。
 メキシコ皇帝となった弟マクシミリアンが銃殺刑に処されたという知らせを受けたのは、この祝賀行事の最中だった。

 追い打ちをかけるように、彼の周囲では凄惨な家庭的悲劇が相次ぐ。1889年には最愛の皇太子ルドルフがマイヤーリンクで愛人マリー・ヴェッツェラと心中自殺を遂げるという未曾有のスキャンダル(マイヤーリンク事件)が発生。後継者を失ったハプスブルク家とフランツ・ヨーゼフの精神は決定的な打撃を受けた。
 そして1898年、決定的な悲劇が彼を襲う。精神の均衡を失いながらも旅を続けていた最愛の妻エリーザベトが、スイスのジュネーヴにて無政府主義者のルイジ・ルケーニによって研ぎ澄まされたやすりで胸を刺され、暗殺されたのである。妻の訃報を執務室で受け取った皇帝は、「私がどれほど彼女を愛していたか、誰にも分かりはしない」と崩れ落ち、以後、二度と心から笑うことはなかったという。

 それでもなお、老皇帝はその頑ななまでの継続への執念によって、オーストリア、ハンガリー、ボヘミアなど様々な民族が混在する帝国を一つの形に繋ぎ止める精神的支柱であり続けた。
 彼自身が「世紀末ウィーン」という退廃的かつ爆発的な文化の開花の舞台を作り上げたウィーン改造の張本人でありながら、本人はその華やかな文化には一切興味を示さず、質素な鉄のベッドに寝起きし、最後まで古き良き「軍人君主」としての義務を果たし続けた。
 1914年、甥のフランツ・フェルディナント大公夫妻が暗殺された「サラエボ事件」をきっかけに、老皇帝はセルビアへの宣戦布告に署名。これが世界を焦土と化す第一次世界大戦の引き金となった。彼は戦争の終結とハプスブルク帝国の完全な崩壊(1918年)を見届けることなく、1916年、崩御。享年86歳。死の直前までペンを握り、机に向かって書類を処理しようとしていたという。

【人物・性格】

 生真面目、丁寧、そして底知れないほどに自虐的。
 君主としての気品ある物腰を崩さないが、自信を喪失しており口を開けば「あの時暗殺されていればよかったのだ」「彼女に声を掛けなければ」と静かに自責の念を漏らす。
 また、自らを時代の波に乗り遅れた骨董品と自虐するように、自動車・電話などの文明の利器を嫌っており、生前、自動車に乗ったのは一度だけ、という徹底ぶり。この事から同時代を生きた先進的な英霊達に対してコンプレックスのような感情を抱いている。

 エリーザベトに対する感情は完全に破綻しており、口では「聖杯への願いは。あの日、彼女と出会わないようにすることだ」「私たちの結婚は間違いだった」と冷酷に吐き捨てる。……が、その実、未練と執着がカンストしている。
 皇帝特権を使ってまで、本来適性のないアサシンクラスで現界している理由は「彼女に合わせる顔がないから隠れる」ためであり、同時に「彼女を影から守る」ため。但し、その事を指摘されると「私は彼女を嫌悪している。だが、あのような無防備な女を放っておけば、また不逞の輩に刺されるに決まっている! だから影から彼女を見守っているのだ、文句があるか!」と、顔を真っ赤にして逆ギレする。ツンデレというよりは、もはやストーカーの類いである。

イメージカラー:夕焼けのオレンジ色
特技:多言語会話、長時間のデスクワーク、エリーザベトウォッチング
好きなもの:軍隊、狩猟、エリーザベト
嫌いなもの:無政府主義者、文明の利器(自動車、電話など)、エリーザベト
天敵:エリーザベト、ルートヴィヒ2世、ルイジ・ルケーニ
願い:エリーザベトとの結婚を無かったことにする。

【一人称】私(わたし) 【二人称】貴方、貴殿、君 【三人称】彼、彼女、あの方

【他クラス変化傾向】

 アーチャー、ライダー、キャスター、ルーラー

【関連人物】

エリーザベト:最愛にして、世界で一番不幸にしてしまった女性。
「エリーザベト、自由なる鳥。彼女は私という鳥籠から解き放たれるべきだ」

ルートヴィヒ2世:エリーザベトと親しかったバイエルン国王。
「彼と話している時のエリーザベトは心から楽しそうな顔をする。あぁ、あれが本当のエリーザベトなのだな……」

オイゲン・フォン・ザヴォイエン:ハプスブルクの栄光を支えた英雄。
「私は貴殿の守ったハプスブルクを滅ぼした愚かな皇帝だ、合わせる顔がない」

【コメント】

 リクエスト鯖、コンセプトがまとまったので作成、リクエスト内容から色々膨らませた結果、自虐的で面倒臭い性格の男になった。
 イメージソングはOfficial髭男dism/Pretender

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