" />

ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

×

基本情報

【元ネタ】史実
【CLASS】セイバー
【真名】最上義光
【異名・別名・表記揺れ】白寿丸(幼名) 源五郎、二郎太郎(通称) 出羽侍従(受領名) 奥羽の驍将、虎将(異名)
【性別】男性
【身長・体重】190cm・kg
【外見・容姿】鉄製の指揮棒を右手に持ちつつ、鬼切安綱を左手に持った大柄な武者。厳しい面構えを意識的に保っている。
【地域】日本
【年代】戦国時代
【属性】中立・中庸
【天地人属性】人
【その他属性】人型 源氏
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具C

【クラス別スキル】

対魔力:B

 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B

 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【保有スキル】

心眼(真):B

 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 後に成立した軍記物などにおいて最上義光は武者修行のために単身上洛した事もあったとされる。(越後に上杉謙信がいて己の未熟を悟り帰国した、家臣に連れ戻されたなどのバリエーションもある)
 無論、それらは伝説に過ぎないものだが、たゆまぬ努力が義光の才覚を開花させ、武略・調略の要となった……と本稿では定める。

天性の肉体:C

 生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。このスキルの所有者は、常に筋力がランクアップしているものとして扱われる。
 さらに、鍛えなくても筋肉ムキムキな上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。

羽黒山神の加護:C

 山神の加護により、自身に対する即死効果を高確率で回避する。
 正確には死生の流転という概念を応用したもので即死効果を蘇生(レイズ)に変換して不発させている。
 真言宗の僧侶が百日間の軍荼利夜叉の秘宝を行ったところ、百日目に城中の山王権現社の上空に羽黒山神が現れ、産まれてくる子を加護すると告げたという誕生譚がある。

【宝具】

観音巡礼光姫かんのんじゅんれいひかりひめ

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大捕捉:600人
 義光の時代に成立したと考えられている最上三十三観音の霊場と、後世、最上家を追慕した民たちが江戸時代にお札打ちブームに乗じて作り出した光姫伝説が統合された宝具。

 義光の周囲、あるいは指定座標に仮想的な霊場を展開し、その土地の霊脈を強制的に最上領の霊場へと書き換える。 
 この宝具の核となるのは、召喚される人工精霊・光姫である。
 義光は「ここは◯◯である」と任意の霊場の名を宣言することで、光姫を通じて周囲の空間に、霊場に対応する観音の功徳(バフ・デバフ・環境変化)に満ちるフィールドを展開する。
 ただし、光姫は一度に一つの相しか顕現できない。
 真価を発揮するには、戦局の推移を読み、三十三種類の霊場を巧みに切り替える必要がある。
 光姫への指示出しというタイムラグもあり、瞬時の判断力よりも先を読む戦術的・戦略的能力こそが重要となるだろう。

 なお、伝説上の光姫は義光の先祖である最上頼宗の娘とされる。
 それにも関わらず、この伝説が最上義光の宝具として組み込まれた理由は、最上三十三観音の大本となる三十三の霊場が実際に成立したのは義光の時代に遡るものである(と考えられている)からだ。
 
 ちなみに、その姿はかつて義光が溺愛し、悲劇的な最期を遂げた愛娘・駒姫に酷似している。
 これは光姫伝説という情報に、義光の無意識の悔恨と、民衆の姫への同情が混ざり合った結果と思しい。
 民の祈りと愛娘の面影に深い慈しみを感じつつも、戦いとなれば心を鬼として容赦なく利用する。
 この宝具自体には魔力消費以外に失うものはない筈なのだが、使用する度に最上義光の心を苛むという目に見えないデメリットがある。

鬼切安綱おにきりやすつな

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
 源氏重代の名剣にして最上家の宝刀。渡辺綱が茨城童子を対峙するのに用いたことでも知られる。
 対魔・対鬼への特攻や、鬼種に重圧をかける効果は渡辺綱のものと同様。
 しかしながら、義光のメインウェポンは鉄製の指揮棒であり、この刀はサブウェポンに過ぎない。 

【Weapon】

『指揮棒』

 金象嵌を施した鉄製の指揮棒。指揮棒とは言うものの刀二本分の重量があり、義光はこれを武器としても扱う。

【解説】

 戦国〜江戸時代の大名。独眼竜の異名で知られる伊達政宗の叔父でもある。
 父・最上義守と争った末に家督を継承し、出羽を統一。豊臣政権に臣従するも、徳川家康に接近する。
 関ヶ原の戦いの後、57万石の大大名にのし上がったが、跡継ぎを巡って家中に不和を残し、後の改易の遠因を作った。

 最上義守の長男として生を受ける。
 最上家は羽州探題を務めた事もある名家であったが、義光が生まれた頃には最上一郡の支配もおぼつかない程に脆弱な小勢力に成り下がっており、家名の権威を背景に有力国人や伊達家に神輿にされているという状態であった。
 この現状に義光は不満をつのらせ、伊達家や最上八楯をはじめとする国人たちから独立した勢力へと脱皮するべく活動を開始する。
 しかし、これらの行動は国人・伊達家とはじめとする周辺勢力の憎しみを買い、現状を良しとする父・義守に疎まれるようになってしまう。
 父子の相克は軍事衝突に発展。一時は家臣の仲裁で抑え込まれるが程なく争いは再燃し、義守救援の名目で国人や豪族が蜂起。
 さらに伊達家の軍事介入を招く事となる。

 だが、義光は伊達家とそれに同調する国人勢力の攻撃を退けてその器量を証明。
 伊達家からの独立と家督の相続を実力で認めさせる事に成功した。

 その後は伊達家に同調した最上八楯をはじめとする国人勢力の討滅や調略、謀殺を推し進め、出羽の支配を現実化しようと画策する一方、伊達政宗とも戦いを繰り広げた。
 一方で信長との外交により出羽守に受任してもらう、信長没後は豊臣政権に接近して羽州探題に任命してもらうなど、武力のみ成らず権威の面でも出羽統一への道筋を着々と築き上げていた。
 だが、庄内地方は上杉家に奪われてしまった上、秀吉の裁定で上杉家の領土と確定されてしまい、大層悔しがったという。

 豊臣政権下においては有力者の家康に接近する一方で、当時秀吉の後継者と目されていた豊臣秀次に愛娘の駒姫を側室として差し出すなど、有力者との結びつきの強化を図っていた。
 だが、結果としてこれが仇となり、秀吉が秀次に切腹を命じた(秀次事件)のに連座して駒姫は処刑。
 さらに秀吉の猜疑を向けられ、しばらくの間は謹慎処分を受けたという。
 これにより義光の心は秀吉から離れ、徳川家康への政治的傾斜を強めていく事となる。

 秀吉没後も徳川方への傾斜は変わらず、家康が上杉討伐を行おうとする際も積極的に協力した。
 だが、家康の留守を突いて毛利輝元・石田三成ら西軍が挙兵し、家康が上方に軍を返した事で、上杉討伐に参陣していた義光は一転、窮地に立たされる事となる。
 上杉家との和睦を模索するも功を奏さず、伊達政宗ら奥羽の諸勢力も及び腰の中で、義光はほぼ単独で直江兼続率いる上杉の大軍と戦った。
 
 絶望的な戦局の中ではあったが、最上家は奮戦。
 上杉家の攻勢を大幅に遅滞させ、関ヶ原の戦いで徳川方の東軍が勝利したとの報が届くまで持ちこたえた。
 その原因は戦術の巧みさにもあるが、なにより彼らの士気の高さが影響したものと考えられている。
 これまで義光が善政を敷いた事や家臣たちの忠誠を得る為に心を砕いてきた事が、この逆境において実を結んだのである。
 
 西軍の敗北を知った上杉軍は撤退を開始し、義光はこれを追撃したが、直江兼続の指揮によって阻まれた。
 戦後、義光は直江兼続を称賛したというが、伊達政宗は最上勢の弱さを批難したと伝わる。

 関ヶ原の戦いが決着した後、最上義光は57万石の大大名に成り上がったが、内部の不和は着実に積み重なっていった。
 最上家は集権化を徹底しきれておらず、有力家臣との連合勢力というのが実態であり、義光の人望のみが要となっているという脆弱な組織体制だったのである。
 さらに嫡子・最上義康との不和とその暗殺(家臣の独走とも)は、最上家内部に深い亀裂を走らせた。
 その上、義光の没後に後を継いだ次男・家親の早世によって亀裂は決定的なものとなり、後継者争いと江戸幕府の介入を経て、最上家は改易を受け大名の座を失う事となるのである。

【人物・性格】

 一見すると、理知的で冷徹な武将。あるいは、手段を選ばぬマキャベリスト。
 巨躯に相応しい怪力を生かす鉄製の指揮棒を携え、戦場全体を盤上の駒として俯瞰する謀将としての振る舞いを崩さない。
 勝つことこそが最大の善であり、敗北は死よりも重い罪であると断じるリアリスト。
 そのため、奇襲、毒殺、裏切りといった、外道な戦術も涼しい顔で採用する。
 
 ……だが、その冷徹な仮面の下には、驚くほど身内への情に厚い人柄と、家族思いな不器用な父親の顔が隠されている。
 生前、伊達家に嫁いでいた妹の嘆願で伊達政宗と和睦した事からも分かるように、根本は合理ではなく情の人なのである。

 そんな彼が冷徹に振る舞うのは、情に流されて判断を誤り、大切なものを失うことを極端に恐れているからに他ならない。
 生前、愛娘・駒姫を守れなかった事、妻がその後を追った事、己が判断を誤ったが故に迎えた息子の悲劇的な末路、そして自身の死後に最上家が崩壊した事──
 これらの出来事は、英霊となった今も彼の魂に深い棘として刺さっているのだ。

 故に彼は、生前以上に自身の感情を抑え込もうとしている。
 宝具である『光姫』に対しても、「あれは娘ではない」と己に言い聞かせ、戦術兵器として使い潰す運用を行う。
 しかし、その命令を下す際の声の僅かな揺らぎや、戦闘後に光姫が消滅した場所を見つめる瞳の暗さには、隠しきれない慟哭が滲んでいる。

 好きなものは鮭。最上の水と土。連歌など。連歌については自ら研究書として連歌新式注を著すほどの腕前。
 嫌いなものは無能な身内と言うことを聞かない家臣。
 ……と言いつつも、無能な者は放っておけず世話を焼き、気骨のある家臣には苦笑しつつも実力を認めるなど、面倒見の良い親分肌な一面も覗かせる。

【因縁キャラ】

織田信長:

 信長から与えられた出羽守の官位(出羽国主出羽守)の呼称は、かつての羽州管領、羽州探題を継嗣する義光にとって極めて重要な呼称であり、固執していた向きがある。
 そうした経緯もあってか感謝の念は強い。白鳥長久を暗殺した件について? 知らんな。

豊臣秀吉:

 不倶戴天の敵。娘・駒姫を殺し、最上家を窮地に追いやった元凶。
 生前は最上家のためにと我慢していたが、聖杯戦争で遭遇すれば、勝利よりも「秀吉をどれだけ惨たらしく殺すか」を優先しかねないほど、その憎悪は深い。
 普段の冷静な彼が、秀吉の名を聞いただけで背筋を凍らせる程の殺気を放つ。

豊臣秀次:

 娘の死の原因の一人ではあるが、彼自身もまた秀吉の狂気の犠牲者であると理解している。
 そのため、憎しみよりも憐れみと苛立ちが勝る。
「せめて貴様がもっと賢く立ち回っていれば、娘は死なずに済んだものを!」と鉄棒で殴りつけたくなる衝動と、「貴様も望んでいた事ではあるまい」という同族嫌悪が入り混じった複雑な心境。
 彼を見ると、無意識に胃のあたりを押さえる。

駒姫:

 愛しき娘。そして、永遠に償えぬ罪の象徴。
 彼女の姿を見ると、義光の謀将としての仮面が剥がれ落ちそうになる。
 もしサーヴァントとして現界した彼女と対面すれば、彼は動揺のあまり隙を晒すだろう。
 宝具で光姫を喚ぶ度に、彼は幻影の娘に「すまない」と謝罪し続けているが、本物が目の前に現れた時、彼は謝罪すら口にできず、ただ立ち尽くすかもしれない。

上杉謙信(長尾景虎):

 かつて武者修行で越後に行き、謙信を見て己の未熟を悟ったという伝説があるが、義光本人は「そんな事実は断じてない」と否定する。
 しかし、彼女の力と危険性を目の当たりにすると、「……まあ、あの時逃げ帰ったのは正解だったかもしれん」とボソッと認める。
 元々信心の深い義光は、彼女の中に眠る異様な力を感覚的に察知していたのかも知れない。

紫式部:

 義光にとってテンションが爆上がりする推し作家。
 元々、文化面についても造形が深い(田舎の出と舐められない為に教養を身につけたという側面もある)義光だが、源氏物語については乗阿の講義を受けて切紙(免状)を授与されたほどであったという。
 また、義光の連歌には源氏物語が色濃く反映されていて、義光の源氏理解は相当なものだったとされている。
 普段の厳格な態度はどこへやら、「あの場面の心理描写についてですが」「歌の解釈についてご教授願いたい」とつきまとう。
 ある意味、彼が最も心を許せる(そして面倒くさい絡み方をする)相手。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます

広告募集中