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ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

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「真名? さあてね。当てたら望み通りの得物を拵えてやらァ。(で、当てられた振りをすりゃ騙りやすくなるってもんよ)」


基本情報

【元ネタ】史実
【CLASS】キャスター
【真名】細田直光
【異名・別名・表記揺れ】細田平次郎(本名) 鍛冶平(通称)
【性別】男性
【身長・体重】174cm・62kg
【外見・容姿】使い込まれた作務衣を纏った壮年の刀工。瞳の奥には、悪戯を楽しむかのような光が宿っている。
【地域】日本
【年代】江戸時代末期(19世紀)
【属性】中立・中庸
【天地人属性】人
【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷D 魔力C+ 幸運C 宝具EX

【クラス別スキル】

陣地作成:B

 魔術師として、自らに有利な陣地を作成する能力。
 彼の場合、それは鍛冶場として現出する。この工房内でのみ、彼の宝具である贋作刀剣の制作が可能となる。

道具作成:−

 宝具と引き換えに道具作成スキルは失われている。

【保有スキル】

偽銘切り:A

 彼の生き様そのものが昇華された、彼の根幹を成すユニークスキル。エンチャントの亜種スキルでもある。
 刀剣に刻まれた銘を削り、別の銘を彫り込むという物理的な行為に留まらず、その刀剣の霊的情報、すなわち『真名』や『概念』を偽装する。
 このスキルによって制作された贋作は、刀剣審美や芸術審美などの真贋を鑑定するスキルに対して極めて高い耐性を有する。
 幻霊レベルの霊基しか持たない直光がサーヴァントとして成立できるのも、このスキルの影響。
 すなわち、他の高名な刀工の殻を被る事が可能であるという特性を利用したバグ技のようなものである。
 その在り方は冬木において架空の大剣豪『佐々木小次郎』の名を負わされた亡霊に近似する。

人間観察:A

 人々を観察し、理解する技術。名前も知らない人々の生活や好み、人生までを想定し、これを忘れない記憶力が重要とされる。
 彼はこのスキルによって、人が何を信じ、何を欲し、どのような物語を求めているのかを正確に把握する。
 そして、その人物が最も信じやすい形で贋作を提示し、その心を完全に掌握する。
 彼の偽りは、相手の願望を映す鏡そのものである。

刀剣審美:A

 芸術審美に似て非なるスキル。武装に対する理解。宝具ではなく通常武器を一目見ただけで、どのように戦うべきかを把握する。
 Aランク以上の場合、刀剣以外の武装についても把握可能。
 味方に対しては的確な助言として働き、敵に対しては(特にセイバークラスに対しては)弱点を見抜くことになる。

【宝具】

一念通天・百錬偽銘いちねんつうてん・ひゃくれんぎめい

ランク:E〜A++(刀剣の担い手によって可変) 種別:対人宝具 レンジ:− 最大捕捉:−
「そこいらの桑名打と同じにされちゃァ困る。持つ奴の心がけ次第じゃコイツは真作以上かもだぜ」

 細田直光の偽銘切りの逸話が宝具として結晶化したもの。
 彼が工房で打ち出した『贋作』そのものも含めて宝具と判定される。
 直光が制作した贋作武装は、持ち主の信念を触媒として偽りを真実に変える、限定的な願望器として機能する。
 つまり、持ち主が「これは〇〇(真作名)である」と心の底から信じている限りにおいて、その持ち主が信じる通りの神秘と性能を発揮するのである。
 例えば、近藤勇が『虎徹(を模倣して打ち出した贋作刀)』を天下無敵の剛刀と信じれば、それはまさしく剛刀としての力を振るう。
 持ち主の信仰が強ければ強いほどにその力は増大し、時には元となった真作の性能すら凌駕する奇跡を呼び起こすことさえある。

 しかし、この力は極めて脆い基盤の上に成り立っている。
 持ち主が僅かでも「これは偽物ではないか?」と疑念を抱いた瞬間、あるいは他者からの指摘によって贋作であると認識してしまった瞬間、その刀は神秘を完全に失い、ただの鉄の塊へと成り下がる。
 そして、一度失われた神秘は二度と戻らない。
 当然の事ながら、制作者である直光自身は贋作である事を理解しているため、この宝具を自らの武器にする事はできない。
 その為、真価を発揮する為にはマスターや味方に貸与し、偽りを真と信じ込ませる必要がある。
 この宝具の性質ゆえに、直光は自らの真名をマスターにさえ明かさず、相手が望んでいる刀匠の名を騙る。
 彼は戦う者ではなく、戦う者が信じたがっている『物語』を与える者なのである。

【解説】

 幕末の江戸に生きた刀匠。鍛冶平の通称で知られる。
 常陸国鹿島郡に生まれ、江戸で刀工としての腕を磨いた。
 その腕前は確かであり、彼自身の銘で打たれた刀も存在するが、その名を歴史に刻んだのは類稀なる偽銘切りの技術であった。

 †

 鹿島神宮にゆかりある名家に生まれ、刀工の次郎太郎直勝の下に入門。
 備前伝や相州伝などの作風を使いこなす高い技量を持つ刀匠に成長し、江戸にいながら姫路藩のお抱え刀工にまでなった。
 だが、直光の名を高めたのは作刀よりも偽銘切りの方で、後世に置いても贋作作りで良く知られる。
 自身や門下生が拵えた新々刀に、長曽祢虎徹、源清麿、相州正宗などといった古今東西の名だたる刀匠の偽銘を刻み、数多の贋作を世に送り出した。
 その出来栄えは専門家すら欺くほど精巧で、源清麿は直光が偽銘を切った作刀を見て、己が打った刀だと勘違いしたという。
 明治維新後は廃刀令の影響もあってますます偽銘切りに精を出し、糊口をしのいだと伝わる。

 特に有名なのが、新選組局長・近藤勇の愛刀であった長曽祢虎徹が直光の手による贋作であった、という説である。
 真偽は定かではない。しかし、もしそれが真実であったなら、彼は自らが作り出した『偽りの物語』によって、幕末という時代の行く末に、間接的に大きな影響を与えたことになる。
 ある意味では彼は偽物を作ったのではない。人々が求める『物語』を『名刀』という形にして与えていただけなのかもしれない。

【人物・性格】

 飄々として掴みどころのない壮年の男性。口達者で商売人気質な反面、自らの仕事には絶対の誇りを持つ。
 善悪の概念が希薄で、彼の行動基準は「それが面白いか、面白くないか」「金になるか、ならないか」「良い仕事ができるか、できないか」に集約される。
 偽物を作ることに罪悪感はなく「信じたい奴が信じただけの事。騙される方が悪い。だが、儂の仕事は信じた奴を決して裏切らんよ」と嘯く。
 作刀以外にも人の心の隙間や願望を見抜くことに長けており、必要とあらば言葉巧みに相手を言いくるめる。
 自身と門下生が拵えた偽作偽銘物の販売を行えたのも、そうした手練手管に長けている為だ。

 こんな人間性なので、生計の為に数多の偽銘切りに精を出した事も全く後悔していない。
(幕末の刀工の多くは生計の為に贋作づくりに手を出しており、その気風に染まっていたのもあるだろう)
 一方で作刀自身は真剣に行う、自身が切った偽銘の押形帳をあらかじめ残しておく、など本人なりに守るべき一線はある。
 
 彼にとって、贋作作りは作家系のサーヴァントが物語を書くのと同程度の意味合いしか持たない。
 しかし、その根底には「本物とは何か?」「人が信じる価値とは何か?」という、彼自身も答えの出ない哲学的な問いを抱えている。
 その一点に重きを置いて見れば、真摯な求道者と言えるのかも知れない。 

【一人称】儂(わし)、俺 【二人称】あんた、旦那、嬢ちゃん 【三人称】あの男/女

【因縁キャラ】

近藤勇:

「最高のカモ……もとい最高の客だ」と語る。その目利きの悪さを小馬鹿にする一方で、彼が最後まで虎徹を本物と信じ、その刃で時代を駆け抜けたことに、職人として一種の満足感と敬意を抱いている。
 もし出会えれば、最高の切れ味を持つ(と彼が信じられる)一振りを新たに打ちたいと思っている。

千子村正:

 同業者として強いライバル意識と興味を抱く相手。「呪いや宿業を込めて打つか。なるほど、それも一つの“物語”の与え方だな。だが、人の“願い”を込めて打つ儂の仕事と、どちらが上かね?」と、その在り方を比較するだろう。
 村正の側は「真贋についてとやかく言うほど野暮じゃねえが、よくもまあそこまで居丈高になれるもんだ」と呆れ顔である。

エミヤ:

 彼の投影魔術を「便利なもんだが、魂がねえ」と評する。
 エミヤの投影が「性能の複製」であるのに対し、自らの仕事は「物語の創造」であるという自負がある。
「君のは“写し”で、儂のは“偽り”だ。似ているようで、まるで違うのさ」と、その明確な違いを語る。

ギルガメッシュ:

 彼の『王の財宝』に収められた数多の宝具の原典を見て「こいつぁ、一生かかっても遊び尽くせねえ宝の山だ!」と、職人として目を輝かせる。
 彼の財宝の贋作をどれだけ作れるか、挑戦してみたいという尽きない探求心を抱く。
 なおギルガメッシュはノータイムで殺しにかかる。

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