【元ネタ】史実
【CLASS】アサシン
【真名】三浦義村
【異名・別名・表記揺れ】小太郎(通称)
【性別】男性
【身長・体重】172cm・64kg
【外見・容姿】一見、陽気そうに見えるが目が笑っていない武者。
【地域】日本
【年代】平安時代〜鎌倉時代
【属性】秩序・悪
【天地人属性】人
【その他属性】人型
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具D〜A
【CLASS】アサシン
【真名】三浦義村
【異名・別名・表記揺れ】小太郎(通称)
【性別】男性
【身長・体重】172cm・64kg
【外見・容姿】一見、陽気そうに見えるが目が笑っていない武者。
【地域】日本
【年代】平安時代〜鎌倉時代
【属性】秩序・悪
【天地人属性】人
【その他属性】人型
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具D〜A
陣地作成と似て非なるスキル。自らに有利になるように謀略を張り巡らせる。
かつて「八難六奇之謀略、不可思議者」と評された事もあり、謀士としての実力は随一。
八難とは張良、六奇とは陳平の謀を指す。つまり前漢の名軍師達に比肩する権謀家だと評価されているのである。
かつて「八難六奇之謀略、不可思議者」と評された事もあり、謀士としての実力は随一。
八難とは張良、六奇とは陳平の謀を指す。つまり前漢の名軍師達に比肩する権謀家だと評価されているのである。
ランク:D〜A 種別:対人(自身)宝具 レンジ:− 最大捕捉:1人
巧みに与する陣営を変えて陰謀渦巻く鎌倉を生き残ってきた手腕と、親類をも裏切った事で向けられた「三浦犬は友を喰らう也」との嘲罵が、概念として昇華された宝具。
発動する事で人狼の如き姿へと変貌し、2ランク上の獣化スキルに匹敵するパラメータアップを得る。
また、一定以上友好関係を築いた相手を捕食する事で、宝具のランクが向上し、パラメータの上昇量も増加していく。
裏切りの度に宝具としての性能が上昇する、反覆常なき梟雄に似つかわしい宝具。
巧みに与する陣営を変えて陰謀渦巻く鎌倉を生き残ってきた手腕と、親類をも裏切った事で向けられた「三浦犬は友を喰らう也」との嘲罵が、概念として昇華された宝具。
発動する事で人狼の如き姿へと変貌し、2ランク上の獣化スキルに匹敵するパラメータアップを得る。
また、一定以上友好関係を築いた相手を捕食する事で、宝具のランクが向上し、パラメータの上昇量も増加していく。
裏切りの度に宝具としての性能が上昇する、反覆常なき梟雄に似つかわしい宝具。
鎌倉時代の武将。
父・義澄と共に鎌倉幕府創設の初期から携わり、頼朝没後は政局が二転三転する中、与する相手を変えながら乗り切った。
後、鎌倉幕府の宿老として北条家を支えたが、彼の遊泳術は息子・泰村には引き継がれず、三浦氏は次代で滅亡する。
†
父・三浦義澄は平治の乱では源義朝に従った武士で、その縁もあってか頼朝の挙兵に助力。息子である義村も同道したと思しい。
平家が京を追い払われた後に組織された源範頼率いる平家追討軍には参加した記述があるが、際立った勲功は挙げていない。
義村が頭角を現し始めるのは頼朝没後の権力闘争である。
重臣であった梶原景時を他の御家人達と共に弾劾して追い落とし、人望厚い畠山重忠を北条時政が成敗しようと企んだのに乗じて、畠山重忠の嫡子・重保を謀殺。
重忠討伐にも関与するなど、北条氏に味方する形を取りながら有力な御家人達を抹殺していく。
北条時政が時の将軍・源実朝を廃そうと画策すると、義村はこれを見限り、北条政子・義時らに助力して時政を政局から排除した。
有力な御家人を排除する事で政局における権力を強めていった義村ではあったが、北条氏に頭を抑えられている状況に違いはなく、また親族である和田義盛が北条家と対立した事で板挟みの状況となる。
北条と和田の対立は後に和田合戦という形で噴出するが、義村ははじめ和田につきつつも直前で北条に寝返り、和田一族の滅亡に一役買った。
自らが後見していた公暁(二代目将軍・頼家の子)が自らが鎌倉殿とならんと将軍・源実朝を暗殺.すると、義村は表向き従う素振りを見せつつ、密かに討手を差し向けて殺.害。
これらの功を評価された義村は、鎌倉幕府の中枢にも関与する宿老として認められた。
義村のの反覆常なき振る舞いは嫌悪される事もあったが、三浦氏を栄達させつつ北条氏に助力するというスタンスで一貫しており、北条氏が彼を厚遇したのも故なき事ではなかったと言える。
承久の乱に際しても弟の胤義が後鳥羽上皇側に与する一方、義村は弟の使者を追い返した上で北条義時に通報し、共に事態の打開を計っている。
最終的に承久の乱は鎌倉幕府の圧勝に終わったが、義村は戦後処理に辣腕を振るい、京の公家からも高く評価された。
義時の病没後ははじめ義時の妻の伊賀氏に協力して北条の追い落としを計っていたものの、北条政子に詰問されて翻意したと伝わる。
ただし、伊賀氏の変は北条政子による捏造だとする説もある。
北条政子らが没すると、北条泰時に継ぐ鎌倉幕府のナンバー2として遇され、御成敗式目の制定にも関与した。
父・義澄と共に鎌倉幕府創設の初期から携わり、頼朝没後は政局が二転三転する中、与する相手を変えながら乗り切った。
後、鎌倉幕府の宿老として北条家を支えたが、彼の遊泳術は息子・泰村には引き継がれず、三浦氏は次代で滅亡する。
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父・三浦義澄は平治の乱では源義朝に従った武士で、その縁もあってか頼朝の挙兵に助力。息子である義村も同道したと思しい。
平家が京を追い払われた後に組織された源範頼率いる平家追討軍には参加した記述があるが、際立った勲功は挙げていない。
義村が頭角を現し始めるのは頼朝没後の権力闘争である。
重臣であった梶原景時を他の御家人達と共に弾劾して追い落とし、人望厚い畠山重忠を北条時政が成敗しようと企んだのに乗じて、畠山重忠の嫡子・重保を謀殺。
重忠討伐にも関与するなど、北条氏に味方する形を取りながら有力な御家人達を抹殺していく。
北条時政が時の将軍・源実朝を廃そうと画策すると、義村はこれを見限り、北条政子・義時らに助力して時政を政局から排除した。
有力な御家人を排除する事で政局における権力を強めていった義村ではあったが、北条氏に頭を抑えられている状況に違いはなく、また親族である和田義盛が北条家と対立した事で板挟みの状況となる。
北条と和田の対立は後に和田合戦という形で噴出するが、義村ははじめ和田につきつつも直前で北条に寝返り、和田一族の滅亡に一役買った。
自らが後見していた公暁(二代目将軍・頼家の子)が自らが鎌倉殿とならんと将軍・源実朝を暗殺.すると、義村は表向き従う素振りを見せつつ、密かに討手を差し向けて殺.害。
これらの功を評価された義村は、鎌倉幕府の中枢にも関与する宿老として認められた。
義村のの反覆常なき振る舞いは嫌悪される事もあったが、三浦氏を栄達させつつ北条氏に助力するというスタンスで一貫しており、北条氏が彼を厚遇したのも故なき事ではなかったと言える。
承久の乱に際しても弟の胤義が後鳥羽上皇側に与する一方、義村は弟の使者を追い返した上で北条義時に通報し、共に事態の打開を計っている。
最終的に承久の乱は鎌倉幕府の圧勝に終わったが、義村は戦後処理に辣腕を振るい、京の公家からも高く評価された。
義時の病没後ははじめ義時の妻の伊賀氏に協力して北条の追い落としを計っていたものの、北条政子に詰問されて翻意したと伝わる。
ただし、伊賀氏の変は北条政子による捏造だとする説もある。
北条政子らが没すると、北条泰時に継ぐ鎌倉幕府のナンバー2として遇され、御成敗式目の制定にも関与した。
権謀術数に長けた秘密主義者。人の信用を裏切り、人の不信を利用し、自身は確実に利益を得る策略家。
先々を見越して手を打ちつつ、読みを外した場合の奥の手も用意しておく、油断ならない人物。
とはいえ、当人なりに秩序や序列、義理人情を重んじる一面もあり、策謀を巡らせるのはあくまでそれが最良の手段と判断してのこと。
視野が広すぎる為に悪辣な手段も厭わないタイプと言える。
意外にも自身を尊重してくれる限りはマスターを裏切らないが、本質的には自分しか信用しておらず、マスターに対してさえ情報を秘匿する悪癖がある。
その上(宝具強化の生贄として)裏切る前提で親しくしている相手に対する態度と、マスターに対する態度が全く変わらない為、不信感を持たれやすい。
そして三浦義村の側も僅かな予兆からマスターの不信を読み取り、裏切る準備をはじめる、という悪循環に陥るのが常。
三浦義村と渡り合える程の謀士か、あるいは揺らがない信任を向けられるほど純粋な者のみが、彼をサーヴァントとして従える事ができるだろう。
先々を見越して手を打ちつつ、読みを外した場合の奥の手も用意しておく、油断ならない人物。
とはいえ、当人なりに秩序や序列、義理人情を重んじる一面もあり、策謀を巡らせるのはあくまでそれが最良の手段と判断してのこと。
視野が広すぎる為に悪辣な手段も厭わないタイプと言える。
意外にも自身を尊重してくれる限りはマスターを裏切らないが、本質的には自分しか信用しておらず、マスターに対してさえ情報を秘匿する悪癖がある。
その上(宝具強化の生贄として)裏切る前提で親しくしている相手に対する態度と、マスターに対する態度が全く変わらない為、不信感を持たれやすい。
そして三浦義村の側も僅かな予兆からマスターの不信を読み取り、裏切る準備をはじめる、という悪循環に陥るのが常。
三浦義村と渡り合える程の謀士か、あるいは揺らがない信任を向けられるほど純粋な者のみが、彼をサーヴァントとして従える事ができるだろう。
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