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ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

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基本情報

【元ネタ】江戸時代
【CLASS】セイバー
【マスター】
【真名】深尾角馬重義
【性別】男性
【身長・体重】134cm・27kg
【肌色】黄 【髪色】白髪 【瞳色】黒
【外見・容姿】矮躯の老剣客
【属性】混沌・善
【天地人属性】人
【その他属性】人型
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷A+ 魔力E 幸運E 宝具C-

【クラス別スキル】

対魔力:C

 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:C

 正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせる。

【固有スキル】

抜刀自在:B

 左右両手から繰り出される変幻自在の抜刀術。
 安心流、化顕流の居合の創始者でもあり、その剣術は見切りなどによる予測が極めて困難。

後の先:B+

 敵の攻撃に対する返し技(カウンター)にどれだけ熟達しているかを現す。
 回避判定の成功率が上昇。また自分に攻撃してきた敵に対し反撃する場合、威力にバフがかかる。
 極まれば柳生新陰流の水月に通じる技法だが、剣の魔境――魔剣に到達してしまった為、その位に辿り着く事は生涯ない。

 ――出の速さと敵の虚を突き主導権を握りやすい事などから先手を取る事を重んじる流派は多い。
 にも関わらず後の先が成立するのは(洞察や心理的誘導により予測を絞り込むのもあるが)
「本人の意志で自発的に動かす」よりも「条件反射で無意識に動く」方が速い、という人体の仕組みに由来する。
 実力が伯仲するガンマンが決闘する場合、後から拳銃を抜いた方が先に撃つ事ができるのと理屈としては同じである。
 ある実験では自発的な動作よりも反応による動作の方が(平均して0.021秒ほど)速いという結果が出たという。

 敵の動作の起こりに対し条件反射で技を繰り出せる程に鍛錬を積むのが前提となるが
 遅滞なく剣を繰り出せるならば敵に出遅れる不利を覆す程の優位性を生むのである。(敵のフェイントにかかっての暴発ならば別だが)

不識剣:−

対人魔剣 最大補足・1人
 雖井蛙流の極意とされながらも本当の意味での伝承は誰一人叶わなかった秘剣。
 あらゆる攻撃に対し、的確な返し技を電瞬の内に編み出し、かつ同時に繰り出すという絶技。
 深尾角馬が相手の技法や企図を理解できず(あるいは対応する返し技を知らず)とも
 それを破る剣技が人類に可能なものであるのならば、無意識の反射的動作として斬り出す事ができる。
 剣術の心法による読心や誘導ではなく、剣を通じて人類の集合的無意識と接続するが故に魔剣と定義される。
 弟子たちは誰もこの魔剣を再現できず、新陰流の神妙剣を模倣し不識剣だという事にして後世に伝えた――と本稿では定める。

【宝具】

驪龍剣りりょうけん

ランク:C- 種別:対人奥義 レンジ:0 最大捕捉:1人
 曰く『驪龍剣は不識剣の隠れたるなり。不識剣は驪龍剣のあらわれたるなり、
 驪龍の動きたるところを不識剣といい、不識の静まりたるところを驪龍剣という。
 二剣にて体用一源とする至極と大事なり』
 すなわち不識剣と表裏を為す奥義。
 敵に先手を取らせ、その行動を確認してから自分が先回りして行動できる。
 魔剣・不識剣と組み合わせる事で本領を発揮するが、不識剣に繋げなくとも一定の効果を発揮できる。
 疋田豊五郎の系統の新陰流が極意とした『鈎曲』と同じ剣理によって成り立つ奥義。

【解説】

 江戸時代の剣豪。雖井蛙流の流祖。。安心流、化顕流の居合の創始者でもある。
 はじめ河田喜六と称していたが家督を継いだ後、深尾角馬と名乗ったという。
 剣術は父より丹石流を習っていたが
 後に東軍流、去水流、卜伝流、神道流、新陰流、タイ捨流、岩流、富田流、松本流、念流などの諸流儀を修めた後
 これらの技法を整理し、また平服での剣術を前提に再構成した。
 そして「井の中の蛙と雖(いえど)も剣には一家言ある」との意を込めて、自らの流派を雖井蛙流平法と称したという。

 雖井蛙流の特徴は、深尾角馬が学んだ各流派の極意に対する返し技ばかりで構築されている事にある。
 痩身短躯の角馬は強みを押し付ける剛剣を使えなかった。故に他流派の返し技に特化した術理を構築したのだと言われる。

 その剣術の妙理は凄まじいものだったとされる。
 ある時、戯れに掌の上に木刀を立てた状態で門弟たちに打ち込ませたが
 掌に立てたままの木刀が自然に倒れるようにして門弟たちを打ち据え、誰一人として角馬に触れられなかったという。

 また角馬は身を律するにおいても厳格で、常に襲撃に備え、少しも行儀を崩す事がなかった。
 しかし、角馬の武士としての厳格さは結果として彼自身に死をもたらした。
 娘が豪農の息子と不義密通したという事件を知った角馬は武士の恥を濯ぐ為、自らの娘と豪農の父子を斬殺してしまうのである。
 だが、もはやそのような古風が容認される時代ではなく、この一件で角馬は切腹を命じられた。

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