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ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

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「天に二日無きように、やつがれの主君は曹公ただ一人。契約者と言えど、そこは心得ておくように」


基本情報

【元ネタ】三国志 三国演義
【CLASS】アサシン
【真名】程
【異名・別名・表記揺れ】程立(旧名) 仲徳(字)
【性別】男性
【身長・体重】191cm・100kg
【外見・容姿】頬と顎に見事なヒゲを生やした巨漢。
【地域】中国
【年代】三国時代
【属性】秩序・悪
【天地人属性】人
【その他属性】人型
【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷D 魔力B 幸運A 宝具B
【クラス別スキル】

【クラス別スキル】

気配遮断:C

 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

陣地作成:B

 キャスターではないが、軍師としての実績の大きな程┐録愧郎鄒のスキルを持っている。
 自らに有利な陣地を作り上げる。

軍師の忠言:B+

 軍師系サーヴァントに与えられるスキル。状況を把握、分析することにより味方側に正しい助言を与えることができる。
 Bランクであればであれば天変地異レベルの不測の事態を除けば80%程の確率で的中する。
 程┐両豺隋他者を陥れる陰謀についての分析のみ、90%以上の確率で的中させられる。

軍師の指揮:B+

 軍師系サーヴァントに与えられるスキル。自己を含めた軍としての力を最大限に引き出す。
 B+ランクであれば、倍する敵にも臆さない強兵に等しい力を持つ。

沈着冷静:A

 如何なる状況にあっても混乱せず、己の感情を殺して冷静に周囲を観察し、最適の戦術を導いてみせる。
 精神系への効果に対してプラス補正が与えられる。特に混乱や焦燥といった状態に対しては高い耐性を有する。
 曹操は程┐涼昔を古代の勇士である孟賁・夏育を上回るものだと称えたという。

【宝具】

埋伏十陣まいふくじゅうじん

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1〜40 最大捕捉:300人
 太陽(曹操を暗示する)を掲げ持つ夢を受けて改名した逸話と、袁紹を敗北させた伏兵戦術『十面埋伏の計』に由来する宝具。
 真名を解放する事で曹操の王気を象徴する小型太陽を掲げ持ち、その陽光を浴びた敵を一時的に混乱状態に陥らせる。
 また、この太陽を光源として作られた影は
『十面埋伏の計』に関わった武将や兵士をシャドウサーヴァントとして喚び出す召喚陣としても機能する。
 喚ばれる英霊は許褚、夏侯惇、張遼、李典、楽進、夏侯淵、曹洪、徐晃、于禁、高覧と赫々たる武将が揃い、兵士たちも精強だが
 小型太陽が作り出す影から離れられず、戦闘できる場が制限されるという欠点がある。
 如何に光源を配置し、どこに影を作り出すか。事前の想定や前準備、戦闘の推移に対する予測が問われる宝具と言えるだろう。

【Weapon】

『影冷兵器』

 宝具『埋伏十陣』の副産物として影より様々な武器を喚び出し、射出する。宝具で作った影の外に撃ち出せないのが欠点。

【解説】

 後漢末期〜三国時代の魏の武将・政治家。曹操が兗州に来た時から仕え、魏王朝を支えた功臣。
 古代の勇士に勝る胆略と曹操に激賞された智謀の士だが、陳寿からは徳業は無かったと評された。
 演義では謀略家としての側面に重点が置かれ、曹操の為ならば手段を問わない軍師として描かれる。

 †

 兗州東阿出身。謀才と決断力を王に高く評価されていた。
 東阿の人々が黄巾賊の攻撃を受けて山に避難しようとしていたところ
 程─陛時の名は程立だが本稿では程┐播一)は人をやって敵勢を調べさせ「街に戻り堅守すれば撃退できる」と述べた。
 しかし、人々は黄巾賊を恐れて従わなかった為、程┐和韻鯀わせた者を先に山へと送り、賊が制圧したと思わせる事で、人々を街に戻らせたという。
 果たして、黄巾賊は東阿の守りを下せずに撃退された。

 当時の兗州刺史の劉岱は程┐鯔覯爾望靴海Δ箸靴燭、程┐禄召錣覆った。
 しかし、劉岱が袁紹、公孫瓚という両雄の争いにどちらに加担するべきかを問うと、程┐袁紹につく事を勧めたという。
 その後、劉岱が青州黄巾賊と戦って敗死すると、
 兗州の顔役であった陳宮が兗州の諸士・土豪に説いて曹操を兗州の主として迎え、程┐發泙秦眩爐遼詢修箸覆辰拭

 しかし、対青州黄巾賊の為に招いた曹操はかえって彼らを自らの兵として取り込み、兗州の支配権を確立しようと苛政を敷く。
 これを受けて陳宮は(曹操を招いた責任もあり)兗州の人々を糾合し、猛将・呂布を新たな主として迎えて曹操の出征中に反乱を起こした。
 この反乱には兗州のほとんどが呼応。曹操に従い続けた者は程┐魎泙甼呂であった。

 程┐荀と共に残された親曹操勢力を守り、呂布に靡こうとする者を説得し、また川の渡しを絶たせて陳宮の軍勢を阻んだ。
 曹操が軍を返して帰還すると「君の力がなければ私には帰るところがなかった」と程┐魴秕泙靴燭箸いΑ
 後、程┐若い頃、泰山に太陽を掲げる夢を見ていたと聞き知った曹操は、程┐髻峅罎腹心になるだろう」と語り
 本来の名である程立に日の一字を加えさせ、程┐伐名させたという。

 呂布との戦いは苦戦が続いており、袁紹は援軍を寄越す代償に曹操の家族を人質を寄越させようと計った。
 曹操はすっかり弱気になっておりこれを受け入れようとしたが、程┐強く諌めた為、取りやめたという。
 やがて曹操は呂布を打ち破り、反曹操分子ごと追い出す事に成功し、結果として兗州の一円支配を確立した。

 その後、曹操は程┐蕕凌文世砲茲辰童ツ襪魴泙─漢王朝を庇護する臣下を装いつつ、天下を伺う群雄の一人となった。
 当時、河北を支配していた袁紹もまた天下を伺っており、両雄の対立は軍事的衝突に発展する。
 この戦いで、程┐呂△┐鴇数の兵で鄄城を護る事で袁紹の侮りを誘い、敵軍が鄄城に向かってこないように仕向けた。
 これを受けて、曹操は程┐涼昔を「(古代の勇士である)孟賁・夏育を超えるもの」と褒め称えたと伝えられる。

 その後、袁紹を破り、袁家の勢力を十年をかけて併呑した曹操は南下を開始し、荊州を勢力下に置いた。
 この時、荊州に駐屯していた劉備は孫権の下に逃れており、論者は孫権が劉備を殺すと見ていたが
 程┐蓮崑晃△聾∨鼎呂△襪威名はない為、劉備と手を結んで我らに対抗するだろう」と延べ、実際にその通りになったという。

 程┐蝋篦召過ぎて人と諍う事が多く、謀反を目論んでいるとの讒言を受ける事もしばしばであったが
 曹操は程┐鮨爾信任し、嫡子の曹丕と共に留守を任せた事もあった。
 この時、反乱を起こした者の処遇について議論が交わされたが、程┐鰐詰僂寮戝任鯣鬚韻徳眩爐糧獣任魘弔阿茲Δ冒睾に説き
 帰国した曹操に「軍略に明るいだけでなく親子の間も上手く捌いてくれた」と称賛されたという。
 しかし、程┐倭眩爐らの寵遇に驕る事なく、後に「足るを知れば辱められぬ」と自ら兵権を返上したと伝えられる。

 †

 正史では将軍の一人であったが、演義では剛直なれど陰険な謀略家として描かれる。
 赤壁の戦いに際しては敵の火計や黄蓋の偽装投降を看破するほどの智謀の士とされる一方、
 また、劉備の軍師である徐庶の母の筆跡を真似た偽手紙によって徐庶を曹操の下に招く、
 赤壁の大敗後、関羽が追撃してきたのに対し「かつて与えた恩にすがり命乞いするように」曹操に説くなど
 人の心の動きに通じながらも手段を選ばぬ謀略家ぶりを強調するエピソードが付与されている。

【人物像】

 剛直にして自らが正しいと信じるところを曲げない硬骨漢。人に媚びない毒舌家。
「古代の勇士にも勝る胆力」と曹操に激賞されるほどだったが
 その胆力の源泉は恐怖を抑え込む勇気ではなく、自らの判断に殉じる覚悟に由来するもの。
 一言一句が彼にとっては命を賭けたものなのだと言い換えてもいい。
 それもあって彼は自らの主君を曹操(と彼が遺した曹魏)のみと定めており
 マスターとの契約については、劉岱に対してそうしたように助言者・客将という関係性を取る。

 その視点の高さ、視野の広さ故に、一部の賢人以外は人間扱いせず、禽獣と同程度の存在として扱う。
 儒教的道徳についても利用するものであって奉ずべきものではないと考えており、必要とあらば非道な手段も厭わない。
 当然、他者の恨みを買う事が多く、強情さも相まって他者と衝突する事もしばしば。

 一方で非常に面倒見が良く、一度助けると決めれば決して見捨てず手段を尽くす一本気な男でもある。
 史書に残る「愚民は事を計れぬ」という軽蔑しつつも彼らを(騙し利用する形であっても)賊から守った逸話や
 劉岱の器を見限り仕える事はしなかったにも関わらず、召見されての問いには答えた逸話が
 彼の人物像を示していると言えるだろう。

【関連人物】

呂布

 史書に自身が述べた通りの評価。すなわち「粗暴で親しむ者は少なく、強情で礼節なき匹夫の雄」と見る。
 一方で彼との戦いで武が智に勝るのをしばしば目にした事で、猛将が戦局に与える影響について再考するようになった、と本稿では設定する。
 後に関羽、張飛を万人敵と評し警戒したのも、そうした経験に由来する部分がないとは言えない。

陳宮

 同じ兗州出身の軍師。
「智あれど思慮遅しとは荀公達の言だが、その魯鈍が呂布を害し、曹公を助けた、とも言えるな。
 やつがれが先んじて倉亭津の渡しを断ち切れたのも、陳宮が遅きに失した故……無能な敵は最大の味方という事よ」と侮蔑する。
 一方、陳宮からすれば「曹操を天の下した英雄と崇め、呂将軍を匹夫の雄と呼ばわりとは、無見識にも程がある。
 蝗蟲がなければ兗州を追い出されていたのはどちらだったか、胸に手を当てて考えてみるがよろしい」と軽蔑する対象。

諸葛孔明 周瑜

 赤壁の戦いで火計を成功させた名軍師たち。演義では程┐呂修量槝生を見抜いていたとされる。
「曹公の幕僚の尽くがあの程度の計略も見抜けぬ盲揃いと思うな。
 貴様らが勝ちを拾えたのは、万民を愛おしむあまり焦ってしまった曹公の志の高さ故と知れ」と反駁する。

司馬懿

 同じく曹魏に仕えた臣下同士。司馬氏による簒奪について「思うところはあるが致し方ない」と受け入れてはいる。
 ちなみに司馬氏の先祖と程氏の先祖は程伯休甫という人物で
 さらに遡れば高陽の子の重・黎兄弟(黎のみだとも)に行き着くという。
 つまり、彼らは先祖を同じくする者という事になる。

張角

 黄巾の乱の首謀者。反乱そのものは考えなしの泥縄式だと辛い評価だが、結果として曹操の為になったと評する。
「曹公が飛躍の機会を得られたのも、青州兵を召し抱えられたのも、ひとえに張角の無能のお陰だ。
 その行いの全てが曹公の為になった。乱世の手始め、英雄を生むための贄としては極上よ」との事。

韓信

 十面埋伏の計は元々韓信が用いた計略だったという。
 国士無双と名高く、明代では兵仙とも呼ばれた彼は、程┐敬意を払う数少ない人物の一人でもある。

燕青

 燕青拳は別名「十面埋伏拳」とも言われるらしい。自らの計略と同名の拳法という事でそれなりに興味はある。

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