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ここはでもにっしょんch ぼくの考えたサーヴァントスレに投稿されたサーヴァントを纏めるwikiです。

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基本情報

【元ネタ】史実
【CLASS】キャスター
【真名】北条政子&北条義時
【異名・別名・表記揺れ】尼御台、二位尼、平政子など(北条政子) 江間四郎 江間小四郎、観海など(北条義時) 
【性別】女性(北条政子)男性(北条義時)
【身長・体重】158cm・42kg 160cm・50kg
【外見・容姿】尼の格好の老女 & 疲れ果てた顔をした老武者
【地域】日本
【年代】平安時代〜鎌倉時代
【属性】秩序・悪
【天地人属性】人
【その他属性】人型
【ステータス】筋力D 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運A+ 宝具B

【クラス別スキル】

陰謀作成:B+

 陣地作成と似て非なるスキル。自らに有利になるように謀略を張り巡らせる。
 二人の知謀を合わせれば「八難六奇之謀略、不可思議者」と評された三浦義村さえも手玉に取る事が出来た。

道具作成:−

 魔力を帯びた道具を作り上げる能力。夢買いスキルと統合されている。

【固有スキル】

姉弟の絆:A-

 鎌倉幕府の黎明期を共に支えた姉弟の絆。……なのだが絆というよりは主従という感じの雰囲気。
 姉は弟より強しとは政子の言。弟の義時の側は鬱陶しがってるフシもある。

夢買い:A

 北条政子の固有スキル。幻術スキルの亜種。
 自身が夢を見る、あるいは他者が見た夢を買い取る事で、その夢の吉凶を反映した使い捨ての魔術礼装を作成できる。
 吉夢は己に、凶夢は敵に。政子が買い取った夢は現実をも捻じ曲げる。

扇動:EX

 北条政子の固有スキル。数多くの御家人を導く言葉や身振りの習得。
 特に個人に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く。きわめて強力。

八幡神よりの拝命:B

 北条義時の固有スキル。対神性防御。神性保有者からの敵対的干渉に対処する際、有利な補正を得る。
 義時は武内宿禰の転生とされ、八幡神(応神天皇)より世を治めるよう命じられていたという。(治天の君を敗北させた理由付けとして作られた逸話とする説もある)

戌神の寵愛:B

 北条義時の固有スキル。危機的な局面において戌神の支援により危機を脱する好機を得られる。
 ただし、神性の保有者を相手取っている場合は発動しない。

【宝具】

三代将軍の遺跡をさんだいしょうぐんのゆいせきを

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:1000人
 後鳥羽上皇を打倒し、鎌倉幕府を武家政権として成立させた戦争そのものが昇華された宝具。
 政子が宝具の真名を含んだ演説を行い、義時が軍務に見合う報酬を用意する事で、生前鎌倉幕府に仕えた武士達を軍勢として召喚できる。
 この宝具が昇華された所以は、武士たちが頼朝個人へ向けていた恩義を『鎌倉幕府』への忠誠にすり替える決定打となった事。
 故に、承久の乱で従った武士のみならず、鎌倉幕府に仕えた武士であれば時期を問わず召喚できる宝具となっている。
 ただし、軍勢の規模は義時が用意できる報酬の多寡によって左右される。(ただし報酬にできるアテがあるなら皮算用でも良い)
「別に死んだ後まで土地だの金品だの要求しなくても……なんで檄を飛ばした姉上ではなく私が苦労を……」と愚痴る義時であった。

【解説】

 伊豆の豪族・北条時政の子らの中でも特に鎌倉幕府の草創に影響を及ぼしてきた兄弟。政子は姉、義時は弟。
 政子が源頼朝に嫁いだ事で、北条家を挙げてその挙兵と鎌倉幕府の草創を手助けする事になる。
 頼朝没後は鎌倉幕府を巡る政争を生き抜き、その実権を北条家の手に握った。

 †

 政子、義時共に北条時政の子として生まれる。
 時政は当時、罪人の子であった源頼朝の監視役であったが、政子と頼朝が恋仲となり婚姻を結んだ事で、否応なく頼朝の行動に巻き込まれる事となった。
 尤も、時政自身も頼朝が罪を許され京に復帰する事を見込み、立身出世の賭けに出ていた、という側面もあったようだ。

 しかし、以仁王が反平家を掲げて挙兵するも敗死し、平家が以仁王軍の残党狩りに動き出すと、頼朝はこれを源氏追討の企てと誤認。
 以仁王の綸旨を大義名分として反平家の軍勢を糾合し、挙兵するに至る。
 政子が頼朝に嫁いでいた事から、北条一族は挙兵の最初期から頼朝側の軍勢として戦う事となった。

 はじめ頼朝は平家方の軍勢に押されたものの、安房国に逃れた後に再起し、坂東を平定して一大勢力を築く。
 その後、競合する源氏の他勢力や平家の残党を討滅し、鎌倉幕府を築いて坂東に盤踞した。
 北条一族は挙兵当初から付き従った古参として頼朝に厚く用いられたが、家格の低さもあって他の御家人から抜きん出た勢力は持てなかった。

 頼朝没後は政子の子・頼家が後継者となり、義時は彼を支える十三人の合議制に参画する。
 しかし、頼家と有力家臣達の対立や、比企一族の台頭などもあって北条一族は下風に立たされる事も多かった。
 やがて追い詰められた北条一族は、頼家が昏倒した事を切っ掛けに、比企一族を謀略によって滅ぼす。
 その後、意識を取り戻した頼家が北条を罰する姿勢を見せると、頼家をも謀殺し、頼朝の遺児・実朝を傀儡に北条一族が権力を握る体制を確立した。
 一説には頼家を謀殺したのは義時の手勢であったという。

 しかし、北条一族の当主・時政の強権的な政治が御家人達の反発を買うようになると、時政と政子・義時は対立。
 実朝を廃する陰謀を理由に時政を伊豆へ追放し、代わって政子と義時、そして実朝が政治を主導する事となる。

 実朝と義時の間には多少の緊張や急進・慎重という政治思想の違いはあったものの、朝廷(後鳥羽上皇)との融和という政治姿勢は共通していたと思しく、義時は実朝を良く補佐した。
 政子もまた実朝の助けとなり、朝廷との外交で手腕を発揮し、親王を次代の将軍として迎え入れる事となった。
 しかし、実朝が甥の公暁に暗殺された事で、実朝の存在を前提とした政治体制は完全に崩壊。
 親王将軍の件も白紙に戻り、朝廷と鎌倉幕府の関係は極度に対立していく事となる。

 この緊急事態に対し、鎌倉幕府は北条政子を幼君の後見に据えて擬似的な指導者とし、義時がそれを補佐する体制を敷く。
 しかし、後鳥羽上皇との対立は日に日に深まり、ついには後鳥羽上皇が義時の追討を大義名分として挙兵するに至る。
 この事態を前に政子は義時の追討を鎌倉幕府の興廃と混同させた演説を行い、御家人達の意思を糾合。
 武士たちの多くを鎌倉の味方につけて勝利を収め、朝廷と鎌倉幕府との力関係を逆転させた。

 後、補佐を担っていた義時が急逝すると、政子は義時の妻・伊賀の方とその一族を謀反の嫌疑で政局から排除し、権力を維持した。
 その後、義時の庶子・北条泰時を後見するという形を取り、没するまで鎌倉幕府の政治を主導した。

【人物像】

 外向的、強気、能動的(北条政子) 内向的、強気、受動的(北条義時)
 姉である政子は積極的に動き、弟の義時はそれに振り回される、という関係性。
 どちらも頭の巡りが早いが、その性格の違いから政子は見切り発車に傾きがちで、義時は慎重論に傾きがち。

 政子の側は先見の明に行動力が加わった烈女。行動する危険よりも、行動によって得られるものに目が向くタイプ。
 天性の愛嬌と計算高さによって周囲の人間を自身の都合のいいように操縦する。
 その他者操縦は手練手管というよりも無意識の内に行われる才幹とも言うべきもの。
 身内と認めた相手に対する親愛の情は深いが、それ以外の人間をナチュラルに利用していいものとして扱う無自覚な傲慢さもある。
 とはいえ、そうした傲慢さに気づかれる事はほぼない。

 義時の側は様々な危険を予見する才覚に優れる男。行動によって得られるものより、行動によって発生する危険に目が向くタイプ。
 基本的には律儀で正直。人の信頼を得やすい上に実務能力にも優れる、宰相の器。
 危険を未然に取り除き状況を平穏に保つが、比肩する先見の明を持たぬ者からは無用の乱を起こしているように見える事もある。
 時に人から侮られる事もあるが、坂東武者の剛直を隠し持っており、敵と見なした相手に対しては手段を選ばない。
 向けられる信頼を有効に活用して敵を追い詰めていく謀略の手腕は、姉・政子をも上回る物であり、義時を侮った者は敵対してはじめてその恐ろしさに気づくだろう。

【関連人物】

牛若丸

政子「才気は抜群、後はもっと色々と慎みを持たれてくれていたらなぁと思いますね」
義時「姉上には言われたくないと思いますよ。色々と」

巴御前

政子「わたし達が顔を合わせるのはお互いの為にもちょっとねぇ……」
義時「義仲殿とも義盛殿とも対立した我々としては、知らぬ存ぜぬで通したほうがよろしいかと」

平景清

政子「鎌倉に仇なす不届き者。疾く地獄に送り返してくれよう」
義時「私も同意見です」

黄飛虎

義時「泰山府君様ですか。つきましては寿命の方をもう少し長くしていただければ……え? そういう力はない? そうですか」

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