『グギャァ……ァァ……ァ……ッ』
もはや寝返りすら打つこと叶わない。
腹這いの姿勢のままか細い呼吸を漏らすことしか、できなかった。
もう、恐怖を産む存在にはなれない。
破壊をもたらす存在には戻れない。
絶望、死、破壊。
今まで神自身が望んできた全てが、怒濤のように押し寄せてきている。
それらはとても、灼けた背中では背負いきれない。
自らが呼び込んだものに、圧し潰されてしまいそうだった。
血の色をした眼が、見開かれる。
塗り潰されたように深紅に染められた瞳はからは、止めどない血が湧き出る。
流れた血は、足元の光に触れた瞬間に、浄化されるように煙を上げて消えていく。
この世に存在の欠片すら、残すことを許されていないように。
"神に抗う者達よ。
全てを喪ってなお抗う理由が存在するというのか。
何故、なぜ─"
それは、バトルロワイアルの舞台に降り立つまでもなく、感じていた疑問。
この世に生を享けたそのときから、誰しも抱く謎。
"なにゆえ もがき いきるのだ"
破壊神は、彼らに問いかけることはしないと言った。
だからきっと、これは彼ら自身が抱いていた思い。
そして探し求めていた答えを、確かめる瞬間。
すっ、と進みでたマリアの表情は、とても安らかだった。
答えは、まるで、我が子に語りかける母のように、優しい声で告げられる。
「理由なんて、無いの」
皆の手から、マリアに力が送られていく。
最後の魔力を以て構築しているのは、彼女が初めて使う魔法。
「人はね。生きていたいから、生きるのよ」
紡がれる呪文は、勇者の証。
それを人は、勇気の剣と評したり、正義の矛と謳ったり、覇者の牙と呼ぶのだろう。
破壊神の持つ力と、起こす事象は確かに同じかもしれない。
ただ、そこには、幾多もの生命が乗せられている。
「生きていれば、いろいろな事ができるの。
友と取り留めもないような話で笑いあったり。燃えるような恋をしたり。
大切な人のために、力を尽くしたり。まるで夢みたいな大きな理想を胸に抱いたり。
泣いてしまいそうな哀しい別離を経験したり。自分の信じた幸せな未来に、何かを託したり……」
ひとつ、またひとつ。
自分が望む未来を口にする。
いとおしげに抱いていた夢を口にするたびに、哀しみとは違う涙が流れていく。
それは彼らだけでなく、消えた生命が皆抱いていた思いだから。
泣けない彼らの代わりに、泣いていたのかもしれない。
「それら全てを望むから、私たちは生きているの」
マリアの額に、汗が滲む。
頭はロジックで入り乱れ、難解な魔力制御で手先は震える。
自分ひとりでこの大魔法を御することは、できないかもしれない。
強張る両の肩に、手の感触がする。
傍らには、偉大で、そしてかけがえのない友である二人の先祖が居た。
「マリア、私達の力……全部、使ってください」
「君ひとりに背負わせたりしない。行こう、マリア」
そう、もう孤独ではない。
ここには皆がいる。
生きている限り、ひとりきりなんかでは無い。
「信じています。あなたの、僕らの力を」
「さあ、破壊神が導いた運命を─破壊しましょう」
エイトが、フォズが、皆と同じく手を掲げる。
自分は、彼らは、今こうしている最中も、決してひとりきりなんかでは無い。
足元の光が、それに続くように輝きを増した。
「……みんなっ……!!」
強制された、死という運命に抗うため。
生きて、いたかったという願いのため。
光は、皆に力を注いだ。
それは、魂全ての望んだ未来だったから。
最後の詠唱が、まるで吟詠されるように美しく響く。
─天よ、照覧あれ
集中力を高めていく。
眼を閉じていても、周りの皆の存在が感じられる。
それだけで、彼女の心は安らぎの中にいられた。
"マリア"
「!」
唐突に、ついさっきまで聞いていた声が届いた。
だというのに、何故だろうか。
ひどく、懐かしい。
─我らの力を以て深淵の闇を照らし、我らが意思を以て邪悪なる魔を灼く
どうして彼の声が聞こえるのだろう。
詠唱を続けながらも、そんな疑問が頭をちらと掠めた。
だが、この名を呼ぶ声はそう。
どこか、父にも似ていた。
"また逢える日があれば、我らにあるとすれば……"
─光の、裁きを
"どうかその場所が……人と竜とが手を取り合い笑い合える世界である事を、祈る"
それは、皆には聞こえなかったのだろう。
だが、マリアには届いた、そして悟ってしまった。
(─ええ。私、祈っている。あなたとまた逢えることを)
誇り高き竜、アレン。
彼もまた、先に─
(だから、あなたを)
止まらない涙は拭われることなく、光のなかに消えていく。
哀しみも悼みも、いずれ思い出になるだろう。
大切な人と語らい、忘れられない自分の過去となる。
(探し続けるわ)
だからこそ、決着をつける勝利の合言葉として─彼を、呼んだ。
「来たれ、竜の雷」
それは伝説に記されていた、結集電撃呪文。
マリア達は力を合わせて、ミナデインを唱えた。
決着の光が、轟音を奏でた。
まるで、竜の咆哮のように。
【破壊神シドー(真)@DQ2 死亡】
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