ドラゴンクエスト・バトルロワイアル - DragonQuest
一歩、一歩。
希望という名の光の大地を踏みしめて。
破壊の神への道を、駆け抜ける。
足元から感じる力は、とても心地良く、あたたかい。
しかし向かう先に控えるのは荒ぶる神。
その道のりは、どんな旅路よりも遠く、険しい。
だが、今。
勇者達は精霊の手を借り、剣を以て血路を開く。


待ち受けるは、狂おしき邪神。
地へ堕ち、血に塗れ、そして狂乱せしその姿。
神の威は確かに、衰えた。

"何故、もがき、生きるのかなどと"

だが、そこに残るのは破壊への渇望。
破壊の化身とも呼べる神が求めるのは、ただ、ひとつ。
最早絶望を与える必要は無い。

"問わぬ"

破壊の運命を拒む愚者の生命。
それを真っ向から否定し、破壊する。
得た我は忘れた。
学んだ感情は擲った。
ただ一つ変わらぬのは、どこか矜持にも似た存在理由。

"唯、総てを死へと導かん"

そう、何もかも壊せ、何もかもを殺せ。
破壊と死を司る神としての本能のまま、終焉を与えよう。
その胸の内。
そこに、もはや理知など微塵もありはしない。
虚ろな闇が広がるだけだった。
そう、ひどく虚ろ。


─かわく


そして、永遠に満たされることは無い。



『ル……ビッ……ッッ……グ……ギャアアアァァッ!!』

五人は剣を、杖を取り立ち向かう。
破壊神は折れた翼に最早頼ろうとしていない。
どす黒さを秘めた紅い双眸の焦点は、既に何処かに消えていた。
底なしの血溜まりのようなその不気味な瞳から、微かに血が溢れている。
狙いも定めぬまま突進する不気味な巨躯に、先陣を切るエイトが剣を構えた。



"運命の狭間に転げだされし竜の子よ"


破壊神の口は醜悪な雄叫びをあげているだけだ。
だというのに、落ち着いた様子の声が彼ら一行の頭に直接響く。
精霊神に殺意を向けていた先ほどまでとは、明らかに様子の違う声だった。


"そなたは禁忌の下に生まれた望まれぬ生命。

 そなたを思う者も、既に潰えた。

 ならば此処にて希望という夢幻を抱えたまま滅ぼうぞ"


破壊神は囁いている。
自分の居場所は奪い尽くされた。
故に、永久の安穏が待つ『死』を乞えと。


「……本当に僕が望まれない存在だとしたら……
 お前が言うとおり僕には死という選択しか無かったのかもしれない」

破壊神がこの声を聞くかどうか定かで無い。
だがエイトは返答と共に竜神王の剣を振りかざした。
蛮刀より尚鋭い破壊神の爪が、宝剣と火花を散らす。
巨大な質量に圧倒されるも、エイトは全力で圧し返した。

「でも僕は、生きている。どうしようもないくらい悔しいけれども、僕はまだ生きているんだ」

体重を乗せ、限界まで力をためた脚で、大地を蹴った。
凄まじい跳躍とともに、剣を振り切る。
昇竜の如く剣気は太い豪腕を引き裂き、どす黒い血を撒き散らせた。
続けざま跳躍したエイトの一振りが、鋼をも断つ一閃を破壊神の胸に叩きつける。
破壊神との問答を続けながらも、彼の動きは軽やかだった。

「……僕を、支えてくれた人がいたから。そして……僕を愛してくれた人がいたから」 

足元からの温かみは、彼に真の力を取り戻させる。
ククールが、ゼシカが、トロデ王が背中を後押ししてくれているようにすら、感じた。
剣を腰溜めに構え、切っ先を突きつける。
秘められた竜神王の力、天雷が剣の内を駆け巡る。
蒼雷を纏った剣が、まるで自分の身体のように脈動した。

不思議なことに、彼は知らぬはずの父と母の遠い記憶を感じていた。
竜神王の剣を握るほどに、より一層強く。
エイトの鍛えられた脚が、爆発的な加速を生み出す。
光の大地を踏みしめて、黒い風のように、走る、直走る。
そして勢いのまま跳躍し、破壊神の眼前まで躍り出た。
醜い叫びにかき消されそうな小さな呟きは、なぜか一行の耳に消されることなく届く。

『ガ、グガ……グギャアアアァァアッ!!!』

「そして僕は、僕の愛した人達がいた世界で─」

昂ぶったままのその刃は、左胸目掛けて差し込まれた。
本来槍で放つ必殺の突きを、そのまま得物を剣に転じて放ったのだ。
突きと共に激しい発光と雷鳴を残し、エイトは破壊神の背中側に着地する。
焼け焦げた臭いと薄い煙が散れば、そこに破壊神の腕は無い。
エイトの放った渾身の突きは胸を貫くばかりか、雷の魔力がさらに広範囲を抉り、破壊神の腕を肩ごと吹き飛ばしたのだ。
研ぎ澄まされた一撃、まさに『雷光』。
その名を宿すに相応しい突きだった。

「─生きて、僕は……人を愛したい。約束を、果たすために」

そう、二人の父がそうしたように生きていく。
それが、エイトの望んだ未来だった。






『ギッ……!ギャオォォォォオッ!!!』


腕を三本にされた破壊神が頭を振って怒りを顕にする。
背後のエイトに、振り向きざま放たれたのは幾つもの凝縮された破壊の焔。
小さな煉獄を丸めたかのような弾丸の嵐を、エイトは防ごうと身構える。

「なら、その時は……」

風が吹く。
あたたかな、それでいて毅き風。
気づけば炎の多くは風で逸れ、消しとばされている。
潜りぬけ、尚降り注ぐ熱塊ですら、伝説の盾を前に無力と化した。

「目一杯の祝福をさせてくれよ」

戦意を高めた表情のまま、彼は不敵に告げる。
こういうところがまた彼らしい。
逞しい勇者の背中を見ながらエイトは微笑んだ。

「……ありがとうございます」

大凡、邪神を前にして口にするものではない会話を、二人は終えて向き直る。
振り返り様に、その巨体の姿勢を低くして突進を試みてきた。
そんな最中、エイトに向けられた物と同じ囁きがまた、空間を支配する。


"戦いの運命を強いられし、勇者の血を引くものよ。

 愛しき姫は、そなたがかつて救った人間の手によって奪われたのだ。

 ならば勇者の使命など捨て、怒りと悲しみのまま死を、破壊を望もうぞ"


破壊神は囁いている。
自分は今、誰の為、何の為生きるのかを見失った存在だ。
ならば共に全てを呪うのもいいだろう、と。


「確かにな。俺は今、誰のため、何のために勇者であろうとしているのか……」

それは、その問いに答えているのではないような声。
まるで皆に語りかけているかのように朗らかな声で、アレフは答えを出していく。

「頭の悪そうな神様に説明できるほど、俺は弁が立つほうじゃない」

生命を刈り取らんばかりの突進は、さながら死神の鎌のように見えた。
その場に留まっていては危険と判断して、エイトは身を翻して回避する。
しかしアレフは動かない。
迫る破壊神をじっと見据え、待ち受けていた。

「だが、俺は願われてしまった、望まれてしまった。この世で一番大切な人に……」

輝く太陽に捧げるように、伝説の剣を頭上に掲げる。
不思議と、疲れは感じない。
握ったその手から、まるで脈々と力を注ぎ込まれているような錯覚すら感じる。

「─勇者で居てくれ、と」

手に力が篭り、迫る神の姿を確りと見据えた。

『グギャァアアーーーーーーッ!!』

破壊神の巨体が、アレフと交錯する。
誰もが、彼の身体が轢き潰される想像をするだろう。
だが、此処に立つ皆はそうは思っていない。
彼が勝利するという『確信』があった。
─そう望んだまま逝った、彼女のように。

刹那、風無き世界に、嵐が生まれた。

アレフが力の限り剣を振り下ろすと共に、空気がかき混ぜられ、爆散する。
破壊神の全身を、空気が殴打して押し返していく。
剣に秘められた力を嵐として開放し、衝突させたのだ。
鈍く輝いた鱗は、爆ぜるように弾け散る。
悪魔のような角は、枯れた小枝のように傷つき折れ飛んだ。
やがて皮は千切れ、肉が裂け、血が風に乗って舞い、破壊神の存在を削り取っていく。

『グッ、アギィ、ギャァ……』

巨体は徐々に浮かび、足が大地からわずかに離れる。
嵐は強まり続けて、破壊神の身体の重さをまるで感じさせないように、ふわりと吹き飛ばした。
それはまるで、この世の総てをそのまま風化させてしまいそうな、破壊の風だった。
ずたずたに引き裂かれた破壊神の巨躯は神々しく光る大地に強く叩きつけられ、ぶるりと震える。

「俺は、その想いに生きて応え続けるだけさ。ずっと、な」

そう、宿敵が、愛する人が望んだように生きる。
それが、アレフの望んだ未来だった。






倒れ、天を仰いだ破壊神の呼気が震える。
傷だらけのその身体は、動かす度にどす黒い血液を撒き散らしていく。
落ちゆくそれは、足元の光を穢すことなく、宙に掻き消える。
死を運ぶ神は、極めて気怠げに、重たそうに立ち上がった。

『ゴガァッ……ギャァ……』

荒い息はやがて大きく吸い込まれた。
肺は膨れ上がり、胸部を大きく押し上げる。
吐き出されるのは単なる呼気などに留まらない。
ここにいる全員がそれを確信していた。
邪気に満ちたブレスが、目の前のアレフに吹きつけられる、その瞬間。

「イオナズン!!」

灼光が炸裂し、破壊神の背後が爆発した。
駆けたシルエットが光に照らしだされ、アレフは眼を一瞬見開いた。
服の裾をはためかせ、進みでた呪文の主はマリア。
片腕を失い、傷を負いながらもその瞳はまっすぐと破壊神を見据えたままだ。
イオナズンの威力は凄まじく、巨体が宙に舞い、再び倒れ伏す結果になる。
千切れかかった翼ももはや焼き潰され、高熱で縮み上がっていた。
炭化した肉体を背負い神は藻掻く。
だが声は、届くのだ。
本当にそれは、破壊神の投げかける言の葉なのだろうか。
疑わしいほどに、淀みない声が届く。

"怨憎に囚われし亡国の姫よ。

 その感情すら失い、虚ろなる抜殻として生きるのは余りに辛い。

 ならば我は今一度、お前に破壊という導を与えてやろうぞ"


破壊神─か、どうかもわからない。
だが、囁いている。
自分は帰る場所も待つべき人もいない、真の孤独の中にいる。
ならば何ひとつ考える必要もない死の世界へと旅立とう、と。

「私も……全てを、喪ったと。そう思った……思って、いたわ」


ゆっくりと起き上がった破壊神がマリアを睨んだ。
すかさず剣を振り上げ、エイトとアレフが跳びかかる。
しかし、破壊の豪腕がそれを防いだ。
血に塗れ皮膚を剥がされ尚、その肉体は堅固に刃を通さないのだ。
吹き飛ばされた二人は、身を翻し着地する。

「でも、私にはあったの」

胸に手を当て、思い出す。
かけがえの無い仲間たちから、得難い親友から、血の絆で繋がった先祖から。
たくさんの思いを貰って彼女は、満たされていたのだ。
ただ、それに気がつくのがほんの少し遅かっただけのこと。

「応えたい思いが……たくさん、あった」

マリアの残り少ない魔力が結集を見せる。
鮮やかな輝きは、片腕に握られたいかずちの杖へとそそがれ、光は強まっていく。
彼女の得意とする、爆発呪文イオナズンとは、また毛色の違った魔力だ。
鮮やかな輝きの内に、何か震えるような物を、その場の全員が感じていた。
そう、破壊神ですら。

「私は、……私は!!空っぽなんかじゃない!!!」

『ギ……ギャ……ガ……』

ありえないことだった。
だが、皆の眼には真実が映っている。
身を起こし襲いかかろうとした破壊神の歩みは、止まっていた。
余りに現実離れした姿に、時間ごと停止してしたかのように思えた。
畏れられるべき神が、まるで恐怖に囚われているように。
ハーゴンの『意思』を食らった代償か、或いは─神自身の抱いていた感情か。

「その思いを抱えたまま、私……彼らの分まで生きてみせるわ」

そう、自分は空っぽなんかじゃないと、生きて証明してみせよう。
それが、マリアの望んだ未来だった。






『グギ……ギ、ギ……!!グァッ、ギァアアアァァーーーッ!』

感情をかなぐり捨て、逃げ出すように頭を振って、突進が再開された。
翼を完全に失い地を駆けることしか出来ない、破壊神。
威光は、そこに無かった。
残り全ての魔力を集中させ、輝きを増していくマリアへと今だ健在の右腕を伸ばそうと、した。

「つぁあーーーッ!」

飛来したのは雷か、はたまた火の鳥か。
そのどちらも正体と言うには不足が過ぎた。
アリスの膂力によって投擲された炎のブーメランは、さながら光輝く彗星と化す。
伸ばされた破壊神の腕に突き立ち、尚も炎を孕み回転し続ける。
その間削岩作業の如く削られていく破壊神の腕を、黄金の炎が尚も襲う。
皮膚を抉り、肉を焼き斬り、骨を砕き、それでも止まらない。
やがて赤熱化したブーメラン本体のほうが、限界を迎えた。
炎の秘石が一際大きく輝いたかと思うと、自壊を始める。
そしてヒビから光が放たれ、─刹那、爆ぜた。

『ギャグァアアアァァーーーーッ!?』

半ばから断ち切れた腕が爆発と共に弾け飛ぶ。
その勢いで宙を舞った腕は、ほぼ炭化してしまっていた。
もう一本の右腕は片方の爆発の巻き添えを食ったようで、共に吹き飛び単なる肉塊となり果てた。
痛みを、感じているのだろうか。
表情を歪めているような破壊神が、仁王立ちでマリアの前に躍り出たアリスを、確かに見据える。
そして、囁くのだ。
いや、あるいはこの声は。


"運命に縛られし伝説の勇者よ。

 人間は、そなたが光に導くまでもなき、醜く愚かな存在。

 希望無き未来を守ることに囚われるのは余りに愚かではないか"

─自分、自身に問いかけられる。
破壊神の持つ、暴走した負の感情。
それは、哀しみ。
全てを呪い、憎み、羨み、破壊へと結びつけるそれが、皆の心を揺り動かす。
故に抑揚のない、感情すら感じられない疑念が、言葉として皆の頭に響くのだ。
例えるならば、理性という皮膚すら剥がされた剥き出しの感情。
それが放つ叫びが、共鳴しているとでも言おうか。
揺さぶられた心から、弱さが浮き彫りにされていく。
この舞台で自分は無力で、小さな存在であると突きつけられた。
そのことで心に陰りが見えたのでは、ないだろうか。
信念に小さな傷が、ついたのではないだろうか。
勇者としての使命を無意味だと感じたからこそ。
人々の心を信じきれなかったからこそ、彼らは血を流し、アリスは剣を取った─

「私は……」

それでも、人々を守る理由。
なおも、未来を信じる理由。

勇者、として?
いや、勇者だから?

─そんな言葉で説明なんてしきれやしない。
滾るように渦巻く感情が、彼女の内で膨れ上がった。

「希望が無いなんて、思いません。……心あるひとが、この世に存在する限り」

運命に定められた、自分の勇者としての人生。
必ずいつかは疑問に思うべき、自分の存在する、意味。
それをたった今、理解した。
その強き意思の刃を以て、アリスはぴしゃりと疑念を否定する。

「いくらでも希望は生まれる、生み出せる。勇者ができることは、人々にその事を伝えるだけです」 

その声が届いているようには見えない。
だが、アリスは確かに破壊神へと思いを投げかけた。
残った最後の腕をこちらに伸ばし、迫り来る。
ここを退くわけにはいかなかった。
無二の親友が、後ろに居る。
絶対に、退くわけにはいかない。

「─光へと導かれているのは、人々ではなく……むしろ、私のほうかもしれませんね」

ふわり、と優しい微笑みがアリスから零れた。
多くの生命が遺してくれた、足元があたたかい。
背中に感じるマリアの声が。
剣を取るアレフが、エイトが。
必死に立ち向かおうとするフォズが。
あたたかく、ありがたくて、たまらなかった。
そして目の前に破壊神の掌が、アリスの小さな身体を握り砕かんと迫り─

「だから全ての生命の為に……私はっ……」

少女のようであった笑みが、勇壮な英雄のもつ顔へと変貌する。
その瞳は、真っ直ぐな矢のようにこの世の邪悪を射抜く輝きを放っていた。
力強く天に突き出した手によって剣は高々と掲げられ、そして振り下ろされる。
その剣気は、まるで裂帛のように破壊神の肉体を引き裂いていった。

「戦いっ、続けますッ!!!」

やがてアリスの悩む気持ち諸共、迫る豪腕は断ち割られる。
腕の骨がバキバキと音を立て、真っ二つになった。
やがて地割れのように広がりゆく肉体の裂け目は、やがて肩口に達し、腕がぼとりと落ちる。
上肢を全て奪われた神の表情は苦痛に歪み、大きく仰け反った。
ふ、と一つ大きな息を吐き、アリスは微笑んだ。
今度は少年のように、快活な笑顔で。

「そしてこれからも……世界を見守って生きていきたい。それは勇者として、じゃありません」

そう、一人の人間として、仲間が、友が生きる世界へと未来を託す。
それがアリスの、望んだ未来だった。





『グ……グ、ギ…ギギ……ッ』

四本の腕も、翼もすでにもがれた。
上体のバランスを著しく狂わされた破壊神。
立ち上がることすら難としているその姿は、もはや見る影もなかった。
よろけながらも立ち上がり、マリアの傍に寄り添う彼らを見据る。
掠れつつある声を荒げ、健在の両足で疾走した。

「凍てつく鏃よ、降り注げ。ヒャダルコ」

冷気が結晶を生み出した。
それはややあって、大きな氷塊となり進路上の障害へと姿を変える。

『グァッ!?』

破壊神は、躓いて転んだ。
それこそ子供が遊んでいて転ぶときのように、頭から倒れ伏す。
文字通り出足を挫かれたのだ。
寄り添う二つの影の中、小さきもの─大神官フォズによって。
破壊神はそのまま、正面から顔を向ける姿勢で倒れ伏した。
口腔から黒い血を溢れさせ、眼孔からも涙のように血を流すその表情を真っ直ぐ見据える。
心優しき彼女には、それがとても、痛々しく感じられた。
声が、また届く。
いや、届くというのは些か違う。
彼女の心が、震わされた。


"幻想に駆られ、夢に溺れる小さき生命よ。

 そなたの導きなど、児戯に過ぎぬと理解しただろう。

 ならば我に祈りを捧げ身を委ねることで、そなたに永遠の夢を与えよう"


強制された自問自答が、フォズの胸を揺さぶる。
自身の心の隙間に、匙を突っ込まれて掘り返されるような気分だった。
フォズ自身、無力感を幾度と無く味わってきた。
予てからこの齢で大神官を名乗ることに、引け目を感じなかったことは無い。
だが、この殺戮を強いられる舞台に上げられ、その思いは加速することとなる。

「ええ、私はあまりに幼かった。幼くて……傲慢でした。
 私の導きがいかに拙いのか、思い知らされた気がします」


自分の言葉の、なんと軽いことか。
道を違えた者たちの誰一人として、正しき道へ導くことが叶わなかったではないか。
生き残った仲間たちの言葉の、なんと重いことか。
幾度と無く絶望を目の当たりにし、一時は尽きても構わぬと感じたこの生命が─今、とても大切に感じる。

「虚空へ消えた言葉が、闇に阻まれた言葉がたくさんありました。
 ……でも、言葉ばかりが導きじゃないって、やっと……遅かったけれども、わかったんです」

クリフトや、サマンサや、ピサロといった面々の顔が、フォズの脳裏を過ぎる。
皆、決して弱い人間ではなかった。
ただ、強き信念を持ち闇の中へ飛び込んでいったのだ。
信念の根源。
それは愛。
誰かを、何かを想い続けるという心の強さが彼らに歩を進めさせた。
そして自分の言葉は、それを阻むに及ばない。
フォズの信じる人の強さが、可能性が、フォズの導きを否定する力となった。
そう、その力は─強いのだ。
例えどう導こうと、捻じ曲げることなど、誰にもできはしない。

「私は、生の輝きに導かれて今、ここに生きています。
 それも、強い……まるで太陽のような輝きに」

生きたいという願いを持って、立ち上がること。
愛する人を想って、傍で生きること。
幸せになりたいと願い、笑顔を見せること。
その輝かしい生命が生きる様こそが─何よりの導きなのだ。

「本当に人を導くためにできるのは、『強く生きる』ことしかないんです。
 強き生を歩むものに、人は憧れを抱き、愛を知り、夢を見て……。そうして、自ら変わろうとするんです」

言葉だけで導いた気になっていた自分は、あまりに浅薄ではないか。
真の導きとは、そう。
人ではなく、自分を変えることにある。
キッ、と睨みつけるように、フォズは破壊神の双眸を見据えた。

「人の行く道を操ることなんてできない……それは、人を創りだした神でさえも」

もぞもぞと、腕を無くした巨体が蠢く。
がぱりと開かれた顎が、フォズの存在ごと喰らい潰そうと迫る。


しかしフォズは恐怖に屈しない。
彼女には信じている存在がいたから。
輝かしき生命が─勇者が、いたから。

「だから、私はもう……幼いままでなんていられない。私も……私もみんなのような」

『ギャッ……!!?』

エイトの剣が、アレフの剣が共に会心の閃きを発した。
すっかり血で汚れてしまってもなお、曇ること無い二人の笑顔が眩しかった。
フォズは愛らしい笑顔で応える。
もう泣かないと決めたから。

「─勇者のような、誇り高き魂でありたい……輝かしい生を歩むため」

根元から破壊神の両足が切り落とされる。
光の大地に転がった肉塊はじわじわと爛れるように縮まっていき、そして灰塵のように消えていった。
牙も角も砕け、四肢を断たれ、藻掻く術すら喪った破壊神。
這いまわり黒き身体を血に染めるその姿は、瀕死の蛇のように思えた。
その姿から目を逸らすことなく、フォズは祈る。
皆の、自らの、そして今此処で潰えつつある邪神の生命へと。
希望を感じさせるその表情ではあったが─隠しきれない哀切が、そこにあった。

「生きてさえいれば、きっと導きの光になれるから。人が誰かになれるように、私も誰かになってみせます」

そう、この世の全ての生命が見る夢のため、全ての生命が抱く未来の可能性のために生きる。
それが、彼女の望んだ未来だった。



『グギャァ……ァァ……ァ……ッ』

もはや寝返りすら打つこと叶わない。
腹這いの姿勢のままか細い呼吸を漏らすことしか、できなかった。
もう、恐怖を産む存在にはなれない。
破壊をもたらす存在には戻れない。
絶望、死、破壊。
今まで神自身が望んできた全てが、怒濤のように押し寄せてきている。
それらはとても、灼けた背中では背負いきれない。
自らが呼び込んだものに、圧し潰されてしまいそうだった。
血の色をした眼が、見開かれる。
塗り潰されたように深紅に染められた瞳はからは、止めどない血が湧き出る。
流れた血は、足元の光に触れた瞬間に、浄化されるように煙を上げて消えていく。
この世に存在の欠片すら、残すことを許されていないように。


"神に抗う者達よ。

 全てを喪ってなお抗う理由が存在するというのか。

 何故、なぜ─"


それは、バトルロワイアルの舞台に降り立つまでもなく、感じていた疑問。
この世に生を享けたそのときから、誰しも抱く謎。


"なにゆえ もがき いきるのだ"


破壊神は、彼らに問いかけることはしないと言った。
だからきっと、これは彼ら自身が抱いていた思い。
そして探し求めていた答えを、確かめる瞬間。
すっ、と進みでたマリアの表情は、とても安らかだった。
答えは、まるで、我が子に語りかける母のように、優しい声で告げられる。

「理由なんて、無いの」

皆の手から、マリアに力が送られていく。
最後の魔力を以て構築しているのは、彼女が初めて使う魔法。

「人はね。生きていたいから、生きるのよ」

紡がれる呪文は、勇者の証。
それを人は、勇気の剣と評したり、正義の矛と謳ったり、覇者の牙と呼ぶのだろう。
破壊神の持つ力と、起こす事象は確かに同じかもしれない。
ただ、そこには、幾多もの生命が乗せられている。

「生きていれば、いろいろな事ができるの。
 友と取り留めもないような話で笑いあったり。燃えるような恋をしたり。
 大切な人のために、力を尽くしたり。まるで夢みたいな大きな理想を胸に抱いたり。
 泣いてしまいそうな哀しい別離を経験したり。自分の信じた幸せな未来に、何かを託したり……」

ひとつ、またひとつ。
自分が望む未来を口にする。
いとおしげに抱いていた夢を口にするたびに、哀しみとは違う涙が流れていく。

それは彼らだけでなく、消えた生命が皆抱いていた思いだから。
泣けない彼らの代わりに、泣いていたのかもしれない。

「それら全てを望むから、私たちは生きているの」


マリアの額に、汗が滲む。
頭はロジックで入り乱れ、難解な魔力制御で手先は震える。
自分ひとりでこの大魔法を御することは、できないかもしれない。
強張る両の肩に、手の感触がする。
傍らには、偉大で、そしてかけがえのない友である二人の先祖が居た。

「マリア、私達の力……全部、使ってください」
「君ひとりに背負わせたりしない。行こう、マリア」

そう、もう孤独ではない。
ここには皆がいる。
生きている限り、ひとりきりなんかでは無い。

「信じています。あなたの、僕らの力を」
「さあ、破壊神が導いた運命を─破壊しましょう」

エイトが、フォズが、皆と同じく手を掲げる。
自分は、彼らは、今こうしている最中も、決してひとりきりなんかでは無い。
足元の光が、それに続くように輝きを増した。

「……みんなっ……!!」

強制された、死という運命に抗うため。
生きて、いたかったという願いのため。
光は、皆に力を注いだ。
それは、魂全ての望んだ未来だったから。
最後の詠唱が、まるで吟詠されるように美しく響く。

─天よ、照覧あれ

集中力を高めていく。
眼を閉じていても、周りの皆の存在が感じられる。
それだけで、彼女の心は安らぎの中にいられた。




"マリア"


「!」 



 
唐突に、ついさっきまで聞いていた声が届いた。
だというのに、何故だろうか。
ひどく、懐かしい。


─我らの力を以て深淵の闇を照らし、我らが意思を以て邪悪なる魔を灼く


どうして彼の声が聞こえるのだろう。
詠唱を続けながらも、そんな疑問が頭をちらと掠めた。
だが、この名を呼ぶ声はそう。
どこか、父にも似ていた。


"また逢える日があれば、我らにあるとすれば……"


─光の、裁きを


"どうかその場所が……人と竜とが手を取り合い笑い合える世界である事を、祈る"


それは、皆には聞こえなかったのだろう。
だが、マリアには届いた、そして悟ってしまった。

(─ええ。私、祈っている。あなたとまた逢えることを)


誇り高き竜、アレン。
彼もまた、先に─


(だから、あなたを)


止まらない涙は拭われることなく、光のなかに消えていく。
哀しみも悼みも、いずれ思い出になるだろう。
大切な人と語らい、忘れられない自分の過去となる。


(探し続けるわ)


だからこそ、決着をつける勝利の合言葉として─彼を、呼んだ。

「来たれ、竜の雷」





それは伝説に記されていた、結集電撃呪文。
マリア達は力を合わせて、ミナデインを唱えた。





決着の光が、轟音を奏でた。
まるで、竜の咆哮のように。






【破壊神シドー(真)@DQ2 死亡】


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