MISSION IMPOSSIBLE

「オッケー！　このアタシに任せなさい！」

そう言ってウインクを飛ばすサンディに、エルギオスは頷いて紙切れを一枚手渡す。
トンヌラが置いていった、トラペッタの簡易的な見取図だ。

「これを持っておくといい。彼と共に脱出する時に役立つだろう」
「へー、気が利くじゃない。アタシはココ着いたばっかりだし、ありがたく使わせてもらおうじゃん」

見取図を受け取ると、サンディは回廊を支える柱の影を通り、慎重に回廊の裏側を進み始めた。
最短距離、且つ、ギガデーモンからは完全に死角になるルートだ。
ならば、彼女が見つからないよう注意を引くには。

「ゴドラ、北西の門の方に行くぞ！　万が一不覚を取っても、すぐに町を出られるからな！」
「わかった！」

ギガデーモンにも聞こえるよう大声を張り上げる。
南から北東へ向かうサンディの安全をより確かなものにするには、教会を背にする形になるようギガデーモンを北西へ向かせるのがベストだろう。
巨体に乗るその顔つきは下からではよく見えないが、狡猾な笑みを浮かべていることを祈るばかりだ。

ゴドラに指示を飛ばしつつ、次々と襲いかかってくる民家の屋根や壁を避け、門へと走る。
防具屋の看板が見え、門まであと少しという距離で、ピタリと建材の雨が止んだ。

「……どうした、その腹ではもう疲労困憊か!?」
「ボクでも食べきれるかわかんない量だもんね！」
「ふん、弱い犬ほどよく吠えるとは言うが、小さき蟻も口だけは達者らしいな」

挑発するエルギオスに、挑発なのか本気なのか分からない言葉を投げかけるゴドラ。
それらを鼻で嗤い、ギガデーモンは２、３件分の民家の壁を手に取り、門に向かって振りかぶる。
門を壊してしまえば、獲物に逃げられることもなくなり、狩りが格段に楽になるだろう。
勢いよく壁を投げ……そこで目を見開く。
どういうわけか、エルギオスがゴドラの背に乗るように高く跳躍したのだ。

「いくぞ！　１……」
「にく！」
「「３ッ!!」」

ゴドラが叩きつけるようにエルギオスに尻尾を振るい、それに合わせて足のバネを最大限に使ったエルギオスが尻尾の勢いと共に更に高く跳躍する。
門が崩れるのとエルギオスが着地したのはほぼ同時だった。

エルギオスがゴドラに出した指示。それは強引ではあるが単純なもの。
最初の一撃が教会の屋根を投げつけるだけの、しかし強力なものであったことから、恐らく敵は絶対的な自信を持っているのだろう。
そして狩りという言葉から、自分たちを獲物としか見ていないのだろうと推測した。
そんな相手が、門へ向かう姿を見たらどうするだろうか？
十中八九、逃げ道を潰し、好きに獲物をいたぶれる舞台を作るだろう。
そして門を壊す瞬間、自分たちが標的を逃れる僅かな隙が確実にできる。
その隙を使い素早くギガデーモンへと近付く為、階段を駆け上がるのではなく高い壁を乗り越えることを選んだのだ。
翼を最大限に使えない中、ギガデーモンほどではないながらも、ゴドラの大きな体と強い力があったからこその荒業だった。
（因みに、掛け声は分かりやすく１、２、３にしたはずなのだか、この腹ぺこドラゴンは２を肉と聞き間違えたらしい）

予想外の行動にギガデーモンが怯んでる内に近付きつつ、いなずまを放つ。
ギガデーモンも立ち直り、負けじと森で調達した木を薙ぐものの、エルギオスは巨大な体に素早く身を寄せることでそれを避ける。
ならば踏み潰してしまえと足を上げると、反対の足を斬りつけて距離を取られる。離れながらご丁寧にいなずままで付けてきた。
勝負ではなく勝つことが、そして振り回されることではなくいたぶることが好きなギガデーモンがそれに耐えられるわけもなく。

ブチン。

何かが切れる音と同時に、ギガデーモンは手にしていた木をエルギオスの背後に勢いよく振り下ろし、両脇を挟むように握りこぶしを叩きつける。
前進以外の選択肢を潰され、エルギオスは必然的に懐に飛び込み、足を斬りつけた。
そのまま横に跳び距離を取ろうとしたところで、背後に強い衝撃を覚える。
続いて正面からも同じ痛みが襲ってきて、体の内からバキバキと音が聞こえた。
ギガデーモンが手を思い切り引き寄せ、大きな腹でエルギオスを挟み込んだのだと気付いたのは、その両手に捕らえられ、締め上げられてからだった。
先程より更に嫌な音が聞こえ、骨が軋んでいるのが分かる。

「調子に乗るなよ、羽虫風情めが」
「なんだ、蟻ではなかったのか？　巨大なのは図体ばかりで、頭の方は弱いようだな！」
「減らず口を……！」
「ぐぅ……！」

全身を襲う激痛と圧迫感に意識を手放しそうになりながらも、教会に振り向かせないよう挑発を続ける。
人間を守る為、文字通り身を粉にする覚悟での行動だ。
まんまとエルギオスに乗せられ逆上したギガデーモンは、生意気な口を顔ごと吹き飛ばしてやろうと木を拾うため手を伸ばす。
その瞬間。

「やめろー！　その人を離せ！」

階段を全速力で駆け上がってきたゴドラが勢いよく足に突進し、エルギオスに当たらないように腕に炎を吐いた。
今のギガデーモンにとっては火傷にも満たない程度のものではあるが、思い通りに事が進まない煩わしさに、更に怒りが膨む。
虫ケラ同然の小さい命の反抗の、なんと鬱陶しいことか。

「ほう、ならば離してやろうではないか」

その言葉に顔を明るくするゴドラを尻目に、ギガデーモンはエルギオスをその手から離した。
トラペッタの外に向かって放り投げる、という方法で。

「天使さまーッ!?」

エルギオスは今、翼を満足に動かせない。締め上げられたことで、更にダメージが蓄積され、ただの一度すら、羽ばたかせるのは難しいだろう。
近付く際に翼を使わなかったこと、退路を絶たれても飛んで逃げなかったことから、ギガデーモンはそう推測した。
ゴドラがこうして悲鳴を上げているのを見るに、どうやら間違っていないようだ。
いたぶれなかったのは残念だが、町に集まる人間たちはまだまだいるはずだ。
ならば、そちらで我慢すればいいだろう。

「よそ見をしてていいのか？　自分の心配でもしたらどうだ！」

口角を上げながらギガデーモンが木を拾い振りかざしたのを見て、ゴドラは慌てて距離を取った。
地面に叩きつけられた木を再び持ち上げられる前に腕に噛みつき、尻尾は木を目掛けて凪ぎ払う。
先に武器を壊してしまおうということなのだが、ギガデーモンの空いたもう片方の手がゴドラを引き剥がした。
それでも諦めず、ゴドラはギガデーモンに突進する。
足に頭突きし、噛みつき、捕まえようとする手から逃げ、尻尾を振り回す。
目に怒りを宿したゴドラに拳を突き出しながら、ギガデーモンは口を開いた。

「理解できんな。見るからにお前も魔物、なのに何故あんな天使に味方をするのか」
「天使さまは、ボクに美味しい肉をくれたんだ！」
「はあ？」

訳が分からない、というようにギガデーモンは呆れ返る。
戦って敗れたから付き従っているのだろうか、などと考えていただけに、ゴドラの答えは予想の斜め上すぎた。
しかし当のゴドラは大真面目。それが当たり前という態度だ。

ゴドラにとって世界で大事なものは、戦うだとか勝ち負けだとか、人間だとか魔物だとか、光と闇のバランスだとか、そんな大層なものではない。
ただ、美味しいものをお腹いっぱい食べられるかどうか、という非常にシンプルなものだ。
シンプルだからこそ、その意志は揺らがない。

「だから！　美味しい肉をくれた天使さまにひどいことしたお前を！　絶対に許さない!!」
「…………」

もしこのドラゴンが敗北の末に天使に付き従っているだけだったなら、町に人間を集めるよう協力させることも考えていた。
だがこの様子では、何を言っても無駄だろう。
ならばこちらも遠慮は不要。
徹底的にいたぶって殺してやるのみだ。

「ふん、魔族の風上にも置けん道楽者が。いたぶってくれるわ！」

怒りに任せて突っ込んでくるゴドラを迎え撃とうと、ギガデーモンは木を構えた。

「天使さまーッ!?」
（!?　エルキモス!?）

その悲鳴をサンディが聞いたのは、教会に着き、既に意識を取り戻したものの屋根がないことや激しい戦闘音に混乱するライアンを少し落ち着かせた時だった。
慌てて外を覗くと、投げ飛ばされたエルギオスが外壁の向こうに落ちていくではないか。
青い顔をするも、彼の無事を信じ、自分のやるべきことを全うするべきだと思い直す。
あれだけ身を張っているのだ。それを無駄にするわけにはいかない。

「いい？　エルキモスは気絶したアンタを安静にする為にここに運んだの。けど、デカくてヤバい奴が来たせいで町全体が危険域になっちゃったってワケ。
　アタシはあのデカブツの気を引いてるエルキモスに代わって、アンタを助けにきたの」

ほら、これ見なさい、と町の見取図を渡され、ライアンは未だ落ち着きが足りない頭を必死に動かしながらそれを見る。
エビルプリーストのみならずギガデーモンまで復活していて、おまけにかつて戦った時よりも巨大な図体なのだ。冷静を保てないのも無理ないだろう。
見取図を見るに、広場に下りる階段はギガデーモンの目の前にあり、北西の階段を目指そうにも回廊を通りすぎたところで見つかりそうだ。
窓から見える景色からして、直接広場に飛び下りるのも難しい。

「どうしようもないではないか……」

ライアンの頭に浮かんだのはその言葉だけだった。

「なに暗い顔してんのよ？　まだ諦めるには早いわよ！」
「中央の階段は使えない、北西に向かうのも絶望的だというのに？」
「下りる方法は階段だけじゃないデショ。ここなら、まだチャンスがあるハズよ！」

ここ、と言いながらサンディが指差したのは、広場にある、外壁に面した道具屋。

「ここに来る途中に見たんだけど、屋根の部分にテントを張ってあったわ。回廊に入ってすぐのとこからそれなりに近いから、なんとか飛び下りることもできるハズ。
　流石に体には響くだろうけど、そこは我慢しなさいね」

成程、とライアンは頷く。あのドラゴンから受けたダメージは残っているが、命が賭かっている今、痛みを恐れて二の足を踏むわけにもいかないだろう。
何より、エルキモスというらしい助けてくれた天空人の為にも、生き延びなければならない。

「分かった、では急いでそちらに行こう」
「じゃあ窓から出るわよ。あのデカブツがいる方に出るのは自殺行為だし」

ふくろを肩にかけると、ギガデーモンから最も離れた位置にある窓から外へ出る。
幸いこちらに背を向けているため、容易に逃げられそうだ。
少しの安堵を覚えて回廊に行こうとしたその時、広場の方に何かが吹き飛ばされたような衝撃音が聞こえてきた。

「くそー……まだ、まだ負けないぞ……！」

続いて聞こえてきたその声は聞き覚えのあるもので。
エルギオスとゴドラの間にあった出来事を知らないライアンは驚きの声を上げた。

「あ、あれは先刻のドラゴン!?」
「バカ、遮断物がないのにそんな大声出したりしたら……！」
「んん？　まだ他にも獲物がいたか」

ニタリと笑ってギガデーモンが向きを変える。
ライアンとサンディの顔が青ざめる。
見つかった。見つかってしまった。

「しま……っ」
「うん？　お前は、あの時勇者と共にいた戦士か」
「ちょっとちょっと、何固まってんの！　早く逃げないと！」
「あ……ああ！」

ライアンの腕を引っ張り、サンディが道具屋の方を指差す。
焦りのあまりのその行動は、ギガデーモンに唯一の逃げ道を示してしまった。
回廊の向こう側、テントの張られた道具屋を見て、合点がいったギガデーモンは教会の壁を引き剥がして投げつける。
たったそれだけ、おもちゃを投げ捨てるような簡単な動作ひとつで、クッション代わりになるはずだったテントはズタボロにされ、退路は完全に絶たれた。

「そ、そんな……！」
「逃げるなど水くさい。昔話のひとつでも付き合ったらどうだ」

このギガデーモンの、目の前でな。
そう言って、“目の前”に連れて来ようとライアンに手を伸ばしながらにじり寄る。
ドラゴンを気にかけないところを見ると、既にドラゴンも動くのが難しいほど手負いなのだろうか。
背後はすぐに壁がある。教会や回廊に逃げたところで、崩されたらおしまいだ。
今度こそどうしようもない。絶体絶命。
ならばせめて傷だけでも付けてやろうと破邪の剣を構える。

――ライアンさん！

ふと、懐かしい声を聞いた気がした。
人間になることを夢見ていた、ホイミンの声だ。
結局会えなかったことを残念に思いながら迫り寄ってくる大きな手に剣を突き刺そうとしたが、突如その手が横に逸れた。
呆気に取られるライアンの目に映ったのは、ギガデーモンの手に勢いよく体をぶつける少年と、こちらに飛んでくるホイミスライム。

本当に？　本当に彼が？
ライアンは自分の目を疑った。
元々この町にいたにしろ外から来たにしろ、ギガデーモンという脅威がある以上、普通なら誰も近付いてこないだろう。
況してや大きな力を持たない彼がやってくるなど、思いもしなかった。
呆然とするライアンの胸の内を悟ったのか、ホイミスライムは笑顔を浮かべて言葉を続ける。

「えへへ、よんでみただけ」
「……ホイミン！」

間違いない。目の前にやってきたホイミスライムは、かつて苦楽を共にしたホイミンだ。
懐かしいその言葉に、漸く実感が湧いた。

「エルギオスって人からライアンさんが危ないって聞いて、急いで助けにきたんだ。良かった、まだ生きてて……！」

ホイミンがガボと共にトラペッタに着いたのはほんの少し前だった。
みんな友達大作戦を成功させようと決めた彼らは、早速友達を増やそうとトラペッタを訪れ、赤と緑の不思議な組合せの二人組を見つけた。
うち赤い女性を見たガボが声を張り上げた。

「アイラ！」

髪を束ねているのは珍しいが、よく見慣れた服に嬉しくなり、足取り軽く近付いていく。
が、ふと臭いが違うことに気付いて首を傾げた。

「アイラ？　人違いだよ、アタシはゲルダってモンさ」
「ありゃ……そっか。おいらの仲間と似た格好だったからつい……悪かったぞ」

振り返ったゲルダの顔と言葉に、ガボもそれを認めて頭を掻きながら素直に謝る。
凛々しい顔立ちもアイラを思い起こさせるが、そこにいたのは確かに別人だった。

「別に気にしちゃいないさ。で、アンタたちは何者なんだい？　仲間と思って嬉しそうに声をかけてくるくらいだから、ゲームには乗ってなさそうだけど？」
「あ、おいらはガボっていうんだ！」
「ぼくはホイミン！　友達を作ろうと思ってここに来たんだ！」
「友達？」

ゲルダとナブレットは顔を見合わせる。
ゲームに乗らない仲間を探すのならまだ分かるが、何故友達なのか？
尋ねてみたところ、ここに来る前にふたりの最初の友達が殺されたという。
その友達が謳ったのが、“みんな友達大作戦”というもの。
殺し合いを止める為、そして最初の友達をみんなに知ってもらう為に作戦を引き継いだらしい。

「そうか……そんなことがあったのかい」
「みんな友達大作戦、か。よし、俺も手伝ってやろうじゃないか」
「本当!?」
「ああ、これでも子どもたちに夢を与えるサーカスの団長をやってるんだ。お前さんたちの夢のある作戦を手伝うのも俺の仕事だ」
「やったー、ありがとう！」
「サーカスの団長か！　格好良いぞ！」

入れ替わる形で別れた青年とは正反対の空気にほだされてか、ゲルダもナブレットも既に警戒心を解いていた。
ナブレットの言葉に素直に喜び、サーカスの団長という肩書きに目を輝かせるガボとホイミンに、自然と頬が弛む。
同時に、誘拐に近い形でトンヌラについて行っていたリュビを思い出し、少し苦しくもあった。
彼もこのように友達と笑い合っているべき年齢だというのに。

「団長のサーカスって、ブランコはあるのか？　凄い迫力だって聞いたことあるぞ！」
「ああ、もちろんやってるぜ」
「玉乗りもある？」
「あるぞ。玉乗りしながらのジャグリングも見応え抜群さ。
　そうだな、この下らないゲームが終わったら、お前さんたちの友達も一緒にナブナブ大サーカスに招待してやろうじゃねぇか。一番前の特等席でな！」
「本当に!?　団長さん、約束だよ！」
「絶対にみんなで行くぞ！」

いつ殺されるかも分からないゲームだ、恐らくそれは叶わない。そう分かってはいるが、子どもたちに夢を与えるのがナブレットの仕事。
殺し合いに巻き込まれてる今だからこそ、それはいつも以上に大事なことに思えた。

ズン、と大きな音が聞こえたのは町に入ろうとしたその時だった。
普通では考えられないその音に、ゲルダとナブレットはガボとホイミンを門から少し遠ざけ、様子を見ることを提案した。
戦意のない者が襲われているのならば助けなければならないが、闇雲に突っ込むのは危険すぎる。
まずは状況の把握だと門を僅かに開けて町の様子を確認すると、巨大な魔物に、崩れ落ちた建物たち。
全員が言葉を失った。
これほどの力を持つ相手に立ち向かえるのか？　立ち向かったとして、戦いにすらならないのではないか？
そんなことを考えてしまい、誰もその場から動けなかった。
しかし、結果的にそれは僥倖となる。

「あ、あれ！　誰かが飛んでくるよ！」
「なんだって!?」

ホイミンが指し示した影を見て真っ先に駆け出したのはガボだった。
全速力で飛んでくる者に近寄っていき、跳び上がって横からぶつかり勢いを殺す。
次に追い付いたゲルダがギリギリ受け止め、なんとか飛んできた者の救命に成功した。
既にボロボロなその姿に、ゲルダは慌ててベホマをかける。

「全身ガタが来てるみたいだけど……アンタ、大丈夫なのかい!?」
「すぐ外に人がいたとは……助かった、礼を言う。大丈夫だ、まだ動ける……早く戻らねば……」
「ま、待てって！　あんなでっかい奴と戦いに行くのか!?」
「無論。まだ助けが必要な者がいるのだ……！」

飛んできた者――エルギオスは早口で状況の説明をする。
気絶している桃色の鎧の男を教会に寝かせていたら、丁度その教会の方面から巨大な魔物が現れ、彼が危機に晒されていて、まだ戦っているドラゴンもいると。
エルギオスの説明に大きく反応したのはホイミンだった。

「ピンクの鎧……それライアンさんだよ！　ぼくの初めての人間の仲間……ううん、友達だよ！　ガボ、助けに行こう！」
「当たり前だ！　ホイミンの友達もおいらの友達だ！　しっかり掴まってろ！」
「あ、待ちな！」

ホイミンを肩に掴まらせてまたもや駆け出すガボにゲルダは声を張り上げる。
止めようとも思ったが、純真な彼らのことだ、恐らく止めても行くだろう。
ならば。

「教会は広場を登った東にある！　すぐ追いつくから死ぬんじゃないよ！」
「分かった、ありがとな、ゲルダ！」

ほんのちょっと、後押しする。
子どもの無茶をサポートするのも大人の役目だ。

「さて、エルギオス、だっけ？　少しは回復してやれるが、なんだか効力が格段に落ちてるみたいでね、全治は無理そうだ。
　アタシらもあの子らと戦うから、アンタは少しばかり休んどきな」
「しかし、私は人間を守らねば……」
「その志は立派だがね、その怪我で無茶しすぎるのも良くないんじゃないかい？　少し休んでおきなよ」
「そうはいかない……私が危機に晒したも同然なんだ。それを……！」
「まァ、一段落するまでずっとここにいろなんて言ってはいないぜ？　様子を見て、“お前さんが絶好の機会だと思うタイミングで来たっていい”んじゃないか？」
「そうだね、あんだけ高く飛ばされたんだし、死んだと思ってるかもしれない。“あの魔物はアンタを見て驚くかもしれない”ね」
「…………！」
「さ、ナブレット、そろそろ行こうか」
「ああ、子どもにばかり戦わせるわけにはいかねぇからな」

締めと言わんばかりにエルギオスにもう一度ベホマをかけ、ゲルダとナブレットはトラペッタに入っていった。
ふたりを見送り、エルギオスはふう、とひとつため息を吐く。

（私としたことが、焦りすぎたか……。確かに、死んだと思われてるであろう今、最も効果的なのは“不意打ち”だ）

微かに隙間が残された門扉を見て、苦笑する。
全く、回りくどいことをする。

トラペッタに入り、ゲルダとナブレットはすぐさま教会に目を向けた。
ガボとホイミンは無事ライアンと合流できたようだが、救出はまだ難しそうだ。
何せ、場所が悪い。背後はすぐ壁が聳え、魔物の巨大さを見るに、回廊に入れば丸ごと潰されるだろう。
道具屋も無惨に崩れていて、飛び下りることもできそうにない。

舌を打ちつつ階段に向かおうとした矢先、回廊の柱の影にいたドラゴンに気付き、一旦足を止める。
全身に打撲傷があり動くのも辛そうだが、まだやれる、まだ負けないと息巻いている。
エルギオスに聞いたドラゴンだろうと見当をつけて、こちらにもベホマをかけた。

「!?　だれ!?」
「安心しな、エルギオスに聞いて助けにきた味方だ」
「天使さま、生きてるの!?　良かった……！」

ゲルダの言葉にぱっと顔を明るくして、ゴドラは軋む体に鞭打ち立ち上がる。
エルギオスについていくと決めたのだ。自分だけ臥せっているわけにはいかない。
自分はまだ戦える。痛みになんて負けるものか。

「おねーさん、回復ありがとう！」
「あ、ちょ……全く、せっかちだね」

礼を言って、ゴドラは駆け出した。
ゲルダとナブレットも続こうとしたところで、突如背後から声をかけられる。

「アンタたちがホイミンの言ってたお友達ね？」

驚いて振り返ると、そこにいたのは一人の妖精。
やけに色黒で若者が好みそうなゴテっとした服を着てはいるが、サイズと羽を見る限り妖精……のはずだ。
なんだかおとぎ話の本の中に出てくるような妖精とは大分イメージは違うが、緊急事態のためそこは置いておく。

「まあ協力者ではあるね」
「なんかパっとしない返事ね……ま、いーわ。ダンチョーさんに大事なお話があるのよ、ちょーっと借りるわネ！」
「俺に？」
「なんだか主導権握られてるみたいで気にくわないが……仕方ない、早く返しておくれよ！」
「おいおい、俺は物じゃねぇぞ」

急すぎる展開にイマイチ付いてはいけないが、喋り方とは裏腹に真面目なサンディの顔を見て、ゲルダはゴドラたちの加勢に向かう。
強い意志を宿した目に、食いついても無駄だろうと判断したのだ。
苦笑混じりにそれを見送ったナブレットは、さて、とサンディに向き直る。

「この状況でわざわざ密談にくるくらいなんだ。退屈しない話なんだろうな」
「もっちろんよ。小さいアタシたちだからこそできることを提案しにきたってワケ！」
「小さいからこそ？」

不思議そうな顔をするナブレットに、サンディはひとつ笑ってみせた。

ギガデーモンは興奮していた。
だがそれは、トラペッタに向かう途中の興奮とは全く別の方向にだ。
生意気な天使をいたぶろうとして邪魔される。
かつて勇者と共にいた戦士をいたぶろうとして邪魔される。
おまけに乱入してきた少年はかなりすばしっこく攻撃が当たらず、行動不能にしたはずのドラゴンもいつの間にやら戦線復帰していて、更に新しい真っ赤な乱入者まで現れる始末。
攻撃は何度も受けているが、どれも致命傷などには程遠い。
しかし、攻撃の軌道を変えられたりするのが厄介だ。
少年、ドラゴン、女。ドラゴンは的が大きいためまだ当てやすいが、揃いも揃って素早さだけはギガデーモンを上回っている。
小賢しい。
矮小な存在めが。
苛立ちながら顔を動かしふと視界に入ったのは勇者の仲間の戦士とホイミスライム。
戦士の回復をしながら何やら言葉も交わしているらしく、どちらもこちらに意識が向いていないようだ。
にやりと笑みが浮かんだ。

一足早く意図に気付いたらしいゲルダが斬りかかると同時に、ギガデーモンはルカナンを唱える。
これまで魔法を使わなかったことで油断していたのだろう、動揺から僅かな隙ができた。
その機を見逃さず、すかさず木で薙ぎ払う。

まずゴドラが吹き飛ばされる。
ベホマで回復していたとはいえ満身創痍。建物の残骸に突っ込み、ルカナンで弱められた皮膚に傷が増えていく。
続いて足下にいたゲルダが蹴り飛ばされる。
攻撃直後だったため上手く防ぎきれず、ゴドラ同様残骸に受け止められる。
元々露出が高めの服だ。瓦礫は容赦なくゲルダを傷付ける。

これで暫くは動けないだろうと東側に向き直り、同時にガボが足に攻撃を加えてくる。
だかギガデーモンは敢えてガボを吹き飛ばさず、間合いを取られる前に高く上げた手を振り下ろした。
その軌道の先には――ライアンとホイミン。

「あ……危ない!!」
「え？」
「な……迂闊！」

サンディが提案した“ある作戦”説明をしながらライアンを回復していたホイミンは、ガボの声を聞いて漸く危機に気付いた。
ライアンも話を聞くのに集中しすぎたようだ。慌ててホイミンを守るように抱える。
そんなライアンたちを突き飛ばして代わりに攻撃を受けようとするガボを見て、ギガデーモンは計画通りとほくそ笑む。
ガボは焦るあまり不完全ながら大ぼうぎょの構えを取るものの、ルカナンをかけられている上に、大きすぎる体格差だ。
即死こそ免れたがダメージは深く、骨が折れたのか、威嚇しながらも立ち上がりはしない。

漸く優位に立ったことで、ギガデーモンは思考を落ち着かせつつあった。
ヘドが出るほどにお人好しな者は、他者が傷付くのを見過ごさない。
一石三鳥と自らの計画にも含んでいたというのに、煩わしい反抗にいきり立ち、冷静さを欠いていた。
挑発になど乗らず、最初からこうすれば良かったのだ。
力なき者をひたすら叩けば、それだけでお人好しの馬鹿は自らやられにくるのだから。

「さあ、もうほとんど抗えないだろう。誰からいたぶって殺してやろうか？」
「ほう、随分と余裕だな」
「!?」

少年は立ち上がれない。ドラゴンと女は瓦礫の中。
戦士は素早い立ち回りなどできないとかつての戦いで分かっているし、ホイミスライムになど負ける要素がない。
勝利を確信して最初にいたぶる獲物を選ぼうと悦に入っていたギガデーモンだったが、広場側から聞こえた声に驚く。

「き、貴様、何故生きて……ぐぉああああ!?」

ギガデーモンの叫びを無視して、エルギオスはその足に斬りかかる。
あらかじめ溜めていた力を一気に注ぎ込んだその一撃は、どんな攻撃も気に留めていなかったギガデーモンに漸く通じた。

「みんな、今よ！　ヘマしたらマジ許さないからね!!」

死んだとばかり思っていた者の生存と攻撃がまともに入ったことに怯むギガデーモンを見て、エルギオスと共に広場方面から姿を現したサンディが声を張り上げる。

「だとよ。ゲルダ、頼んだぜ」
「ああ、任せときな！」

西から聞こえる威勢の良い声。
動きを悟られないようテンションを溜めていたゲルダはナブレットに頷いてまどろみの剣を構え、強烈な斬撃を放つ。
急所を狙うアサシンアタック。
心臓などの即死部ではなく、エルギオスの攻撃で深い傷がついていた足に狙いを定め、深く抉る。
ナブレットが振りかざした氷の刃による氷の追撃によって傷の深さが更に増し、ギガデーモンの足はともすれば千切れかねないダメージを負う。
再びゲルダのベホマで動けるようになったゴドラが傷の間を通るように尻尾を振るい、一足遅れて近付いたライアンも傷を広げるように肉を切り裂く。
最後に詠唱に入っていたエルギオスが魔法を完成させ、とどめのバギクロスを放った。
腹に届きそうなほどに深く傷を入れられたギガデーモンの足は自らの巨体の重量を支えきれなくなり、メリメリと嫌な音を立てて潰れていく。
足が潰れれば体も当然そちらに傾く。
踏ん張ろうと町の外壁に手をかけるも、大きすぎる力は堅固な壁を砕く。
ギガデーモンは重力に逆らうことができず――中央広場にまっすぐに落ちた。

絶体絶命の場面で現れたホイミンに状況を聞いたサンディは、エルギオスが無事だったことに安堵した。
更に二人の友達、ゲルダとナブレットのことを聞き、この人数ならなんとかなるのではとギガデーモンの足を落とす作戦を立てたのだった。
どんなに巨大で打たれ強い相手でも、同じ箇所を重点的に攻撃されれば脆くなる。
足を集中して攻撃して潰してさえしまえば、後は勝手に自分の体重で倒れてくれる。
ギガデーモンを中央広場に落として、その隙に北西の門から逃げる。それがサンディの作戦だった。

サンディやホイミンでは強力な攻撃を叩き込むことはできないが、代わりに小さい体を活かして作戦の伝達係となった。
ガボの救援に向かおうとしていたライアンへの伝達をホイミンに任せて、サンディは中央広場に下りていき、ゲルダとナブレットに合流した。
手早く作戦を伝えようと思っていたのだが、ドラゴンが既にギガデーモンに向かっていっていたことから予定を少し変更して、ナブレットにも伝達係になってもらい、大回りになってしまうが見つからないよう西から登ってもらった。
最後に自分がエルギオスに作戦を伝え、準備完了。
後の顛末はご覧の通りと言うわけだ。
あれだけの巨体だ、立ち上がろうとするだけでも壁や回廊を壊してしまい、勝手に傷を増やすだろう。

「ほら、あんたたち早く！　北西の門に行くわよ！」
「待てサンディ、あっちの門は……」
「少しだけ待ってくれ、少年を連れてこなければ」
「まだ生きてる以上、油断は禁物だ。私が殿を努めよう」
「じゃあボクも、一緒にしんがりを努める！」

口を開こうとしたナブレットと被って声を出し、ライアンはガボの元に駆け寄って抱き上げた。
それに続き、エルギオスとゴドラが階段の付近に立つ。

――どういうつもりだ？

エルギオスに、ナブレットは視線で問いかける。
ナブレットは西側を通って登ってきた。だから知っている。北西の門が使い物にならなくなっていることを。
ちらりと横目で表情の分かりづらい顔を見ると、エルギオスは小さく口を開いた。

「人間を守る為、それだけだ」

覚悟を秘めたその目に、ナブレットは既視感を覚える。
かつての自分と同じ覚悟だ。自分の行動が人を傷付けると分かっていても、それが最善手だと泥をかぶるしかない。
決定的に違うのは、その行動の後に自分がいるかどうか、という部分だろう。

――エルギオスはギガデーモンを仕留めるつもりなのだ。自分の命を引き替えにしてでも。

逃げられたところで、完全にとどめを刺さなければ、いずれまた戦うことになる。
それに、トラペッタを目指してくる者も少なからずいるはずだ。安全を求めて町を訪れる者を危険に晒すなど、エルギオスには許容できないのだろう。
そんな男の覚悟を止める言葉を、ナブレットは持ち合わせていなかった。

「だがゴドラ、お前まで命を散らすことはない。肉ひとつの為にここまで体を張ったのだ。もうこれ以上は……」
「嫌だ！」

エルギオスの言葉を、ゴドラは力一杯突っぱねる。
超霜降り肉で友好が成立してから初めての拒否に、エルギオスはやや驚いた。

「そりゃあ、あの肉はすっごく美味しかったよ。でもね、ボクがあなたといたいのは、それだけじゃないんだよ？」
「？」
「竜王さまがね、言ってたんだ。誰かの生き方を否定しない者は信じられるって。
　天使さまは、ボクがごはんの為に人間を襲ったことを怒らずについて行くのを許してくれたし、美味しいものの話をしてもバカにしなかったもの。
　そんな天使さまだから、ボクは信じてるし、力になりたいんだ」

ゴドラにとって世界で大事なものは、戦うだとか勝ち負けだとか、人間だとか魔物だとか、光と闇のバランスだとか、そんな大層なものではない。
ただ、美味しいものをお腹いっぱい食べられるかどうか、という非常にシンプルなものだ。
竜王の配下のドラゴンたちは、そんなゴドラをいつも馬鹿にしていた。

――誇り高き竜族ともあろう者が食欲にばかり忠実など、嘆かわしい。
――食物以外のことなど、考えることもできないのではないか。
――何故竜王様はあのような落ちこぼれを側に置いているのだ。

そんな罵詈雑言を浴びせられたりしていた。
食欲の権化とも言えるようなゴドラを、プライドの高い竜族の仲間は誰も認めようとしなかった。
ゴドラは仲間を嫌ってなどいなかったからこそ、余計に辛かった。
そんなゴドラに竜王が言ったのだ。

「言いたい奴には言わせておけ。誰かの生き方を否定しないと自分を見出だせないだけのことだ。
　ワシがお前を側に置くのは、お前が傷付きながらも同胞を否定しようとはしないからだ。誰かの生き方を否定しない者の方が、信用に足る」

人の生き方を否定する者は、溝を感じると離反する。
だが否定しない者は、人の生き方を、誇りを、傷付けない。
竜王はそう言った。
初めて自分を認めてくれて、ゴドラは嬉しかった。
だから思ったのだ。自分もまた、自分を否定しなかった彼の力になろう、と。

やかて連れ去られてきたローラ姫の見張りを任されて勇者アレフと戦った時も、痛くて痛くて仕方なかったけれど、それでも命尽きるまで奮闘した。
自分を否定しなかった竜王の意志を、逃げ出したら否定してしまう気がしたから。

「天使さまだけに押し付けて生き延びたら、ボクは泣いて、天使さまを責めちゃうかもしれないもの。
　ボクはそんなことしたくない。命を懸ける天使さまを否定したくない」

そう言い切るゴドラに、エルギオスは目を瞬かせる。
不思議なドラゴンだと思っていたが、彼なりの信念に基づいてここまで戦っていたようだ。

「後悔、しないか」
「もちろん！」

相手はあの巨体。しかも手負い。
闘争本能が強い者は、手負いになるほど熱くなる。
間違いなく命を落とすことになるだろう。
それでも、ゴドラは躊躇うことなく頷いた。

「ナブレット」
「なんだ」
「私は人間を信じ、人間を守る為に剣を取った。だが……少しだけ、その信念を変えよう。
　私は……全ての種族を信じ、全ての種族の為に、戦う」
「そうか。そうだよな、そのドラゴンが、こんなにお前さんを信じてるんだ。お前さんも信じてやるんだな」

ふ、とエルギオスは視線を逸らし、立ち上がろうとする度に瓦礫に降られるギガデーモンを見据える。
照れくさいのだろうか。

「……ゴドラだけではない。妖精やホイミスライム、ここには様々な種族のものが集まっている。
　……私はここにいる者全てを、信じようではないか」

目は合わなかった。
けれど、言いたいことは、なんとなく伝わった。
最後まで、見守ろう。
ここにいる全ての種族の為に戦う天使とドラゴンを。
見届けて、彼の想いを、仲間たちに伝えよう。

「もう一度だけ頼むぞ、ゴドラ」
「うん、任せて」
「１！」
「にく！」
「「３ッ!!」」

ギガデーモンへとどめを刺すため、先程も行ったコンビネーションをもう一度決める。
これが最後のやりとりだろう。
１、にく、３。なんて彼らしい掛け声だ。
笑みをこぼし、高く、高く跳び上がる。
この一撃で、決めてみせる。

空中で剣を構えるエルギオスを見て、ゴドラは彼の存在を隠すようにギガデーモンの顔目掛けて炎を吐いた。
真っ直ぐに落下するのだ、傷付いた翼では攻撃されても避けられない。
ならば自分のやることは、ギリギリまでエルギオスの存在を隠すこと。
瓦礫が飛んでくる。まだルカナンが解けてない体には堪えるが、それでも炎を吐き続ける。
皮膚がボロボロと削れ始めて、意識が朦朧としてくる。
痛くて痛くて仕方ないけれど、でも、命尽きるまで炎を吐いてやる。
だって。

（天使さまなら、絶対にやり遂げてくれるもの）

幾度めかの瓦礫が飛んでくる。頭に直撃して、脳が揺れる。もうそろそろ限界だ。
それでもゴドラは意識を閉じるまで、炎を吐き続けた。

足掻く。もがく。
子どものように、ジタバタと。
その度に瓦礫が降ってくる。
致命傷にはならない。だが、煩わしい。
片足を失っただけで、こうも支障が出るなど、ギガデーモンには認められなかった。
自分は強大な力を手にしたはずだ。
何者にも負けない、絶対の力。
それが、非力な種族たちの寄せ集めに翻弄されるなど。
認めない。認めるものか！

何やら視界が赤く揺らめき出した。
熱い。煩わしい。
瓦礫を拾って、炎がやってくる方向に投げつける。勢いは弱まらない。
また投げる。まだ投げる。
炎が止むまで投げつける。瓦礫なら大量にある。
急いで立ち上がり、あの集団を狩らなければならないのだ。
邪魔されるわけにはいかない。
何度投げつけた頃か、漸く炎が途絶えた。
今度こそ立ち上がろうとするギガデーモンは、しかしその目に捉えた。
真っ直ぐに剣を向け、自らに突き刺そうとするエルギオスを。
もう距離は近い。避ける暇はない。

「認めぬ……認めぬ！　こんな、矮小な者どもにッッッ!!」

眉間に剣を突き立てられる。
落下速度を利用した鋭い一撃は、ギガデーモンの頭に深く突き刺さり、脳髄をも貫いた。
こんなちっぽけな存在にやられるなど認めるものかと、ギガデーモンは意識が薄れる前に手を大きく振りかぶる。
そのまま勢いよく――自分の顔ごと、エルギオスを叩き潰した。

グシャ、と。自分の体が潰れる嫌な音が聞こえた。
翼は恐らく千切れているだろう。
腕や足もおかしな方向に曲がっているような気がする。
痛覚もイカれたのか、痛みはほとんど感じないが、自分がもう長くないことだけははっきりと分かった。
視界も意識も、かなり霞んできているのだから。

ギガデーモンの指の隙間から、周りの様子が少しだけ見えた。
ゴドラは瓦礫に埋もれていた。元々傷だらけだったにも関わらず、かなりの量の瓦礫に耐えていたようだ。
ナブレットはシルクハットを手に持ち、胸元に当てている。追悼してくれているのだろう。

ギガデーモンはなんとか倒せた。
自己満足と言われるかもしれないが、それでも後悔はない。
トラペッタにいる者たちの道を作れたのだから。
命を懸けて信じてくれたゴドラに応えることができたのだから。

（あとは、サンディたちを信じよう）

自分たちの死を乗り越えて、自分の信じた道を進めると。
そう願ったところで、エルギオスの意識は途絶えた。

「ちょっと、どういうことよ……門が崩れてるなんて聞いてないんですケド……」

北西の門が見える位置に来たはいいが、崩れたそこは到底通れる状態ではなかった。
サンディは呆然とするものの、帽子は嫌でも頭を働かせる。
北西の門を使えない以上、逃げ道は南門しかない。
だが、南門の目の前に広がる中央広場には、ギガデーモンがいるはずだ。
逃げられない。ならば、ギガデーモンを倒すしか、助かる方法はない。

使えない北西の門。
唯一の逃げ道の南門。
中央広場のギガデーモン。
そして……階段の付近で殿を努めると言ったエルギオス。

ギガデーモンが立ち上がろうともがく度に落ちていた瓦礫の音は、いつの間にか消えていた。
つまりは、そういうことだろう。

「何やってんのよ、エルギオス……！　アンタ、人間を守るんじゃなかったの？　人間を導くんじゃなかったの？
　なんでよ……おねーちゃんだけじゃなくて、アンタまでアタシやアークを置いてくの!?」

溢れてきた涙を拭おうとして、帽子が手に引っ掛かる。
何が知識の帽子だ。何が賢くなるだ。
一番大事なことに気付かないで、何が賢いだ。
結局気付かなければならなかったことに気付けなかった。それじゃあ、何の意味もないじゃないか。
もっと早く気付いていれば、最後までみんなで協力すれば、なんとかなったかもしれないのに。
思い切り帽子を脱ぎ捨て、泣きじゃくる。
誰も言葉を発せない中、サンディの泣き声が響き渡った。

ライアンの救出――成功
ギガデーモンからの逃走、または撃退――成功

誰一人として死なないこと――そんなことは、初めから不可能だったのかもしれない。

だってこれは、バトル・ロワイアル。
だってこれは、殺し合いの宴なのだから。

【ドラゴン　@DQ1　死亡】
【エルギオス　@DQ9　死亡】
【ギガデーモン　@JOKER　死亡】
【残り67名】

【G-2/トラペッタ北西の門/1日目昼】

【サンディ＠DQ9】
　[状態]：健康　ラッキーガール
　[装備]：きんのくちばし@DQ3　知識の帽子@DQ7　
　[道具]：支給品一式　オチェアーノの剣　白き導き手@DQ10　トンヌラのメモ（トラペッタの簡易見取図）　ギガデーモンのふくろ(不明支給品0～2)
　[思考]：強い自己嫌悪
　　　　第一方針　アークを探す
　[備考]： ※きんのくちばしの効果でラッキーガール状態になっています。
　　　 ※ギガデーモンの支給品は主催者から優遇措置を受けている可能性があります。
　　　　※知識の帽子はサンディの付近に落ちています。

【ライアン@DQ4】
[状態]：全身の打ち身
[装備]：破邪の剣@DQ4
[道具]：支給品一式（パンと水がそれぞれ-1）　不明支給品0～2個
[思考]：ユーリルたちを探す
　　　　ホイミンたちを守る

【ガボ@DQ7】
[状態]：HP3/10　腕や背中にいくつか切り傷　全身打撲　両足骨折
[装備]：なし
[道具]：支給品一式×２　道具1～5個　ｶﾒﾗ@DQ8
[思考]：ホイミンと共に『みんな友達大作戦』を成功させる

【ホイミン@DQ4】
[状態]：MP1/8　健康
[装備]：なし
[道具]：支給品一式道具1～3個
[思考]：ガボと共に『みんな友達大作戦』を成功させる

【ゲルダ@DQ8】
[状態]：HP2/5　MP3/5,　全身に裂傷
[装備]：まどろみの剣
[道具]：支給品一式　道具0～1個
[思考]：仲間（エイト他PTメンバー）を探す
[備考]：長剣装備可（短剣スキル59以上）
　　　アウトロースキル39以上

【G-2/トラペッタ中央広場階段上/1日目昼】

【ナブレット@DQ10】
[状態]：健康
[装備]：こおりのやいば、シルクハット
[道具]：支給品一式　道具0～2個
[思考]：ジャンボを探す
　　　　みんな友達大作戦を手伝ってやる

※プラチナソードはギガデーモンに刺さったままです。
※ドラゴンとエルギオスのふくろは、それぞれ本人の遺体に残っています。

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068:バラモスの憂鬱／救済	時系列順	070:伝説の始まり、そして真実
	投下順
063:進撃の巨戦鬼	ギガデーモン	あなたはしにました
	エルギオス
	ドラゴン
	ライアン	076:ともしびのあと
	サンディ
035:消えた命は紡がれて	ガボ
	ホイミン
064:タイトロープ・アクター	ゲルダ
	ナブレット