ドラゴンクエスト・バトルロワイアルIII - お姫様じゃいられない
小さくてのどかな村だった。
奥にはアルバート家の屋敷が建っていて、そこを中心として築かれていった村だった。
畑を耕す者、こじんまりとした教会で祈りを捧げる者、村を守る為に日々駆け回る少年たち。
小さいながらも輝く命が溢れた村だった。
リーザス村がそんな場所だったと思う者は、今はもういないだろう。
崩れ落ちた建物たち、大きく抉れた地面、散らばる血と、真っ黒になって動かないモノ。
今はただ、そこかしこに死があるのみだ。

最愛の人の手を組ませ、ローラは祈りを捧げていた。
守ってくれた感謝を告げるように、別れ惜しむように。
地獄の雷を受けて長く経ってないその手に触れた時、腹を貫かれた時を越える凄まじい熱がローラを襲った。
思わず一度その手を離してしまったが、歯を食いしばり、ドレスの裾を緩和材代わりにして、その手を組ませる為に再び触れた。
それでも熱く、痛みすら伴う。
けれど、それは命ある証だと言い聞かせ、なんとかアレフの手を組ませることに成功したのだ。

祈りに組んだ手を解き、ローラはその掌を見つめた。
熱と痛みに震える、とても小さい、弱い手だ。
アレフはその手に光の剣を持ち、ハッサンの首を落とし、アベルたちと対峙し、デュランとの一騎打ちに臨んだ。
自分の命と、ローラの命、我が子の命をその手に乗せて、最期までローラたちの為に戦い抜いた。

「やはり、アレフ様はお強いです。貴方が共にいてくれるだけで、とても心強かったですわ」

もう聞いてくれる者はいない中、ローラはぽつりと溢した。

「でも……もう、一人で戦うしかありません。もっと、強くならないといけません。
 アレフ様。どうか、見守っていて下さい。貴方を傍に感じられるだけで、ローラは強くなれるのです」

少しだけ、ですけれど。
一際小さな声で呟くと、支給品の水を取り出して、せめてここだけでもとアレフの顔を清める。
そこに絶望は映っておらず、ローラへ希望を繋ぐ決意と、言葉を伝えられた安堵の色が見てとれた。
アレフの強さに敬意を込めて、ローラはもう一度祈りを捧げた。


次にローラが目を遣ったのは、残りの焦死体たち。
つい先刻までアレフと戦っていたデュランと、もう一人はいつの間に追い付いたのか、よく見ると北で出会ったトンヌラだということが分かった。
暫く彼らを見つめて、決意したようにローラは二人に近付いた。
アレフと同じ要領で手を組ませ、顔を水で洗い流す。
怒りに満ちた顔と、絶望に染まった顔が現れた。
デュランには決して良い感情を持っていないし、パトラのことを考えると助けられた面があるとはいえ、身籠っていることを言い当てたトンヌラにも警戒心はあった。
だが、二人とも少なからずローラが関わり合った命だ。
これから生きていく為に、それまでの道のりを忘れない為に。
ハッサンの時のようにアレフにすがるのではなく、自分でしっかりと向き合った。
言葉は発することなく、ローラはただ静かに、二人に祈りを捧げた。



(真っ暗ですわ……)

弔いを終え、気付けばとうに日が暮れていた。
先刻まで剣から生まれる火花やベギラマなどの魔法、最後にはジゴスパークまで放たれていて眩しく、辺りが暗くなっていることに気付かなかった。
夜風を感じ、ぶるりと震える。
水で清めたにも関わらずまだ手はじんじんと熱を持っているのに、意識した途端身体が冷えてきた。
同時に、急激に足から力が抜ける。
体の内の我が子と共に殺し合いに巻き込まれて約半日、肉体的にも精神的にも安らげる時はほぼなかった。
傷こそ世界樹の葉によって完治したものの、心までは癒せない。
静寂に緊張の糸が切れ、か弱い王女の体は今になって内側から悲鳴を上げたのだった。


力を振り絞って屋敷に向かい、中に足を踏み入れる。
屋敷内の照明も機能しておらず、支給されていたランタンで足元を照らす。
外も中も、全てが暗い。
こんなに世界が暗いと思ったのは久しぶりだ。

(アレフ様がもういないからでしょうか、こんなに暗いのは)

竜王に捕らえられた時も、ローラは暗闇の中で震えていた。
もう一生このままなのか、もう太陽を見ることもできないのかと恐怖に支配された日々だった。
そんな彼女の元にアレフが現れ、ドラゴンを打ち倒して、ローラを抱きかかえて外の世界へと連れ出してくれた。
太陽の光と、何よりもアレフが、ローラの目には輝いて見えた。
ローラの世界は再び光を取り戻し、鮮やかに色付いたのだ。
ふとアレフの方を見ると、助けに現れた時よりも力強さを感じる眼差しと目が合った。
そこに言葉こそなかったが、互いに互いの世界を色付けた二人は確かに惹かれ合っていた。





1階ではあまり安心できず、ローラは2階へと歩みを進めた。
登ってすぐの位置にテーブルと椅子を見つけ、雪崩れるように腰を下ろす。
疲労を癒すにはベッドを使うのが1番だろうが、目の前で繰り広げられた激闘がまだ鮮明に脳裏に焼き付いていて、妙に目は冴えている。
加えていつ誰が訪れるかも分からない不安もあって、眠らずにこのまま回復を待つことにした。

(それに、まだこれからのことも考えなければなりませんもの)

命を懸けて守ってくれたアレフの為にも、生き延びなければならない。
それには後手に回ってしまわないように、しっかりとした意志を持って行動する必要がある。
これまではアレフと共に行動し、アベルから逃れて以降はアレフと共に戦う為に動いてきた。
そのアレフはもういない。ローラのバトルロワイヤルは、新たな始まりを迎えなければならない。


ランタンを置いて地図や支給品を並べる。
まずは禁止エリアを書き込んでいる地図を手に取った。
今いるリーザス村には、もうローラ以外に生きた者がいない。
ならば人がいそうな場所を目指すべきだろう。
トロデーン城は遠すぎるため除外するとして、行き先の候補は北のトラペッタと南西のポルトリンク。

(スクルドと呼ばれていましたか、あの人はもう村にはいませんでした。どちらに向かったのでしょうか……)

乗り物やキメラの翼のような道具を持っていない限り、最も近くにいるのは間違いなく彼女だろう。
デュランと行動を共にしていたことを考えると、ゲームに乗っていることはほぼ確実だと思われる。
回復魔法を操る上に、槍も使いこなす彼女と一人で再会するのは危険すぎる。

(もうここを発っているようですし、私がこうして生き延びていることには恐らく気付いていないはず。放送が来る前に彼女と距離を取って誰か他の参加者と合流できればいいのですけれど……)

武器にできるものが毒針と、ハッサンに使ったような毒性の粉くらいしかない以上、集団に紛れ込む以外の生き延びる道は少ないだろう。
思いつつも、難しいことだと首を振る。
飛びつきの杖がもう手元にないのが悔やまれる。
リーザス村を訪れた時と同様に使えば、スクルドの脅威は薄れていたはずだ。
放送で生存が明らかになってもこちらに戻ってくるとは限らないが、やはり不安要素は少なくしておきたい。

(私にも、戦う力があれば良かったのに)

スクルドを回避できたとしても、もし次に会う人物がゲームに乗った者だったら。
毒針はリーチが短く、毒を盛るのも現実的ではない。
毒針を構えて引き寄せの杖を使うことも考えたが、相手の体格によっては攻撃するどころかローラ自身が吹き飛ばされる可能性もある。
迎え撃つことは厳しいだろう。

力のない“お姫様”であることが悔しい。
考えても考えても懸念の方が増えていってしまう。
次の放送までにここを出発すること、一人でスクルドに鉢合わせないようにすること。
はっきりと決められたのは、結局それくらいだった。


歯噛みしながらふと顔を上げると、本棚が目に入った。
何か助けになるようなものはないかと藁にすがる思いで手を伸ばす。
取り出した本をぱらぱらと捲ると、この屋敷の一族の由来が書かれていた。

“アルバート家の血筋を遡れば魔法剣士にして天才彫刻家シャマル・クランバートルにつながる”

「魔法剣士……」

“シャマルは賢者と呼ばれ数々の歴史にのこる業績をなしとげた偉大なる人物である”

(ここは賢者と呼ばれるほどの方の子孫のお屋敷だったのですね)

本を閉じて、 他の本たちに視線を移す。
ここが賢者と呼ばれた魔法剣士の子孫の屋敷ならば、魔法に関する本もあるかもしれない。
そう思い至り、何冊かを引っ張り出し、テーブルへと持っていく。
全て読んでいたら次の放送には間に合わないが、ある程度疲労が回復するまでの時間くらいは宛てられる。
読みきれなかった分は持ち出してしまえば、また読む機会も訪れるかもしれない。

ホイミやギラといった下級魔法でも構わない、少しでもできることを増やしたかった。
自分に魔法の才があるかは分からないけれど、可能性が1と0では全然違う。
アレフの為、我が子の為、生き延びる為なら、1パーセントの可能性にだって賭けられる。
もう、か弱いままのお姫様ではいられないのだ。
支給されている時計をこまめに確認しながら、手にした本と向き合う。
99パーセントにだって打ち勝ってみせる、それだけの決意を秘めて。



【I-5/リーザス村アルバート家/1日目 夜中】

【ローラ姫@DQ1】
[状態]:健康
[装備]:毒針
[道具]:支給品一式、銀のティーセット 草・粉セット(世界樹の葉が使われました)
    ハッサンの支給品(引き寄せの杖 場所替えの杖)
    アルバート家の書物
[思考]:愛する我が子の為に戦う。
※アルバート家の書物の具体的な数や内容は次の書き手さんにお任せします
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時系列順
149:ある戦いの終わり。そして――――
投下順
147:明日への架け橋
ローラ
155:しかしMPがたりない