ドラゴンクエスト・バトルロワイアルIII - 孤独な王
ポーラの追撃を振り切ったアベルは、北へ向かっていた。

時刻は既に夜7時を過ぎている。
太陽の加護を受ける時間は、既に終わった。
あるのは、闇。

月や星の光こそあるが、そのような弱い光ではこの男を照らすことは出来ない。
闇を呑み込み、闇に染まった剣を持ち、闇を撒き散らしながら男は進む。
向かうあてもなく。


闇は、様々な幻を見せる。


一人目に現れたのは、悪魔神官の少女
仮面に塞がれて顔全ては見えないが、笑っているのが分かる。

「あなたはまだ、幸せを見つけていないのね?」
「黙れ。」

邪悪な瞳で睨みつけ、剣を一振り。
消える。

それもそのはず。彼女は自分が殺したから。


次に現れたのは、高貴な身なりの女性
顔も体も覆っている部分が少ないため、一層笑っているのが分かる。

「心は私よりも醜くなったようですね。」

突然、自分が切り刻んだ時の姿に変わる。
それでも冷たく笑っている。

次に現れたのは、リオウ。
やはりというか、笑っている。
「主殿、まだまだ足りぬぞ。もっと破壊しようではないか。」

予想通り、というわけか。
今度現れたのは、港町で刺し殺した少女。
彼女もまた、笑っている。


笑っている。
この世界で関わって、死人となった者が、皆笑っている。

何がしたい。
自分の生きざまを、笑いに来たのか?
自分の負けてばかりだった人生が、そんなに見ていて面白いか?


「消えろ!!」

剣をまた一振り。
それらは、どこかへ消える。


今度現れたのは、自分の息子
リュビは、笑っているのではなく、泣いていた。

「おとうさん!!お願い!!やめて!!」

そして、生涯共に生きる相手として誓った存在が、現れる。
彼女は、笑っても、泣いてもおらず、怒っていた。
「それがアンタの答え?だとしたら見損なったわ!!」


最後に、20年以上顔を合わせていない父親が現れる。
父親は、笑っても、泣いても、そして怒ってもいない。
ただ、じっと自分を見つめている。

幻のはずなのに。その瞳は本物のように強い。

「消えろ!!」
剣を一振り。
それで、幻は消える。

幻が消えたとともに、アベルは崩れ落ちた。

(?)

その理由は簡単だ。
体力の消耗。

どれほど戦慣れした者でも、朝から夜まで戦いを続けていればいずれ体力が底を尽きる。
怒りや憎しみを戦いの原動力に変換するような戦い方は、それをぶつける相手がいなくなった瞬間に疲れがどっと出てくる。

ダメージを受けた分は、ベホマで回復し続けていたが、そのベホマも限界をもうじき使えなくなるだろう。
これでは、この剣の秘伝書で必殺の一撃を放つどころではない。

しかも自分のことばかり集中しすぎて、周りを見ていなかった。
実はつい先ほど、目を凝らせば見えるほどの近くを男女が通って行ったのを気づかなかったのは、このためである。
最も、彼らも急いでいたということもあるのだが、

(こんなところで、死んでたまるか……)
再度立ち上がる。
しかしそのエネルギーも、闇の力が元だ。

(あれは……)
遠くに見えるのは、山小屋だ。
是非とも、休憩を取りたいところだった。
破壊の剣を杖代わりにし、ゆっくりとそこへ近づく。


人がいるのを警戒したが、その心配はないようだ。
明かりを付け、中を見渡す。


中は小さいが、ここの持ち主は宿屋を営んでいたらしく、寝床がある。

どさり、とベッドに倒れこんだ。
「………。」
その目は、どこを見ているのか分からない。
ただ、何かに対して言いようもない憎しみを抱いていた。

この場で眠りに落ちたいところだが、それどころではない。
寝た所を、誰かに襲われる可能性だってあるからだ。

その代わりといってはなんだが、シーツを拝借する。
剣の刃先で器用に破き、支給品の水に浸して傷口に巻き付ける。
奴隷時代も、旅人だった時も、物資は常に不足気味だったので、こういうことはよくやっていた。

続いてタンスを開き、何かないか調べる。
宿屋を営んでいた場所だけあって、粗末ではあるが保存食がある。
干し肉や野菜、チーズなどが置いてあった。

この場で火をおこすなどもっての外だが、そのまま食べられる物も多い。
不思議なほど食欲は出ないが、文句を言うどころではない。

無理矢理胃袋に押し込む形で、栄養を摂る。
最初は受けたダメージも相まって胃袋が受け入れず、吐き気も催したが、それごと呑み込むにつれて食欲も戻ってきた。


あれは一体何だったのか。
この世界が見せる幻か。
それとも、自分の心が蝕まれた結果だろうか。

(!?)
闇に浮かぶ影。
また幻か、と思う。

目を凝らしてみると、それは幻ではなく、実体だった。
ただし、それは生物ではない。
天使を模した石像だった。


それは、穏やかな笑みを浮かべている。
このような戦いの世界の中でも変わらずに。


飾り気はないが、丁寧な作りだった。
旅をするにつれて多くの石像や他の芸術作品を多く見てきたアベルがそう思うほど。



ここは旅人の宿屋としての施設だったのだとばかり思っていた。
だが、教会としても兼用されていたのかもしれない。
ここを訪れた者が、自分の旅の無事を祈っていたのだろうか。


そういえば、自分の父も旅に出る前は祈りをささげていた。
あの忌まわしいラインハットへの遠征の前も。

10年後、かつて父が祈りを捧げていた教会へ行った時、シスターが自分の境遇を憐れんだ。
そして、母が見つかるようにと、そのシスターと共に祈りを捧げた。


ふざけるな。


私は神など信じない。
神がいるというのなら、なぜ信仰していた私達親子をこのような境遇に陥れるのだ。

ミルドラースは「神を超えた」とほざいていたが、あんなものを見ているからあのザマだったのではないか?

自分達の世界を統治していたマスタードラゴンも同じような存在だ。
奴が何をしてくれた?
私は奴隷として苦しめられている間、石像として苦しんでいる間。
奴は薄暗い洞窟でトロッコを乗り回していただけだ。

神も天使もマスタードラゴンも信じるだけムダだ。
この世はやはり力が全てなのだ。
それ以外を信じる者も、信じている存在も、全て打ち砕いてやろう。

憎しみを込めて、一刀の下に天使像を叩き壊す。
折角幾分か回復した体力を無駄遣いするのは勿体無いが、笑みを浮かべた天使像の存在が憎くてならなかった。

私は神など信じない。
既に放送で、半分が息絶えたと知った。
その中に私の父や妻、息子、ついでに忌まわしい仇敵も含まれていた。

しかし、私は傷を負いながらも生きている。
この世界で神への信仰に背いた行為をあれほど行ってもだ。


ゲマはともかくとして、父や妻や息子は悪と闘っただろう。
娘がそうしたように。
だが結局死んでしまった。
先程の闘いも、父や妻の死に一瞬でも動揺したのが敗因に繋がった。
やはり、この世界は力が全てなのだ。

自分の世界は、既に壊れ始めている。
否、壊したのは自分だ。
だからぼろきれのような世界に代わる、新しい世界を自分で作ろう。
家族や恋人、神に頼らず、自分で幸せをつかみ取る世界を。
それが自分以外のすべての人間を不幸にすることなら、全ての人間を不幸にしよう。


もう少し休憩したいところだが、そのために行かなければならない。


最後に、まだ開けていなかったタンスを開けてみる。
布の服でも、包帯替わりにはなるだろう。


そこには求めていたものはなかった。
代わりにあったのは小さなメダル。
この世界でも光を放っていた。
だが、この世界で役に立つ物ではないだろう。
この戦いが始まった直後なら、裏表の結果に沿って行動できたりしたかもしれないが。

しかし、その面を見ていると思い出す。

メダルを見つけてはしゃいでいるリュビを。
それを見て笑っているサフィールを。
これでいい品が貰えるなら、おとうさまに頼んで作ってもらおうかしらと冗談を言うデボラを。

消えない。
三人の笑顔が、脳内から消えない。
あの時、自分はどんな顔をしていたのだろう。

やめろ。
私が作る世界に、そんなものはいらない。
私の作る世界に、すぐに壊れてしまう幸せなんていらない。

それは決意したはずなのに。
自分の足枷にしかならないと実感したばかりのはずなのに。

「消えろ!!」
不愉快なものを投げ捨てる。



孤独な王は再び歩き始める。
一歩、また一歩と、暗黒の道を歩く。
もう、幻は見えなかった。
彼が決意を固めたからか、体力が回復したからか、はたまた幻にさえ見放されたか。
その答えは、闇だけが知っている。


【E-7/一日目 夜中】

【アベル@DQ5主人公】
[状態]:HP1/3 MP1/4
[装備]:破壊の剣
[道具]:支給品一式 剣の秘伝書
[思考]:過去と決別するために戦う
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時系列順
139:想いを背負って
投下順
141:踏み込んで、天と地まで
アベル
149:ある戦いの終わり。そして――――