ドラゴンクエスト・バトルロワイアルIII - 生まれて、生きて、死んでいく
あたしにとっての世界は、いつだってアルスとキーファ、幼馴染三人でいるものだった。
ありがとうも楽しいも、いつも素直に言えなかったし、その頃から流されていただけかもしれないけれど。
グランエスタード島よりもずっとずっと小さくて、でも、あたしにとってはずっとずっと大きな世界が、そんなに嫌いじゃなかった。
封印されていた島が復活してグランエスタード中が大騒ぎになっても、“あたしの世界”は何も変わらなかった。
だって、あたしたち三人は、それでも一緒だったんだもの。

あたしの世界が急に壊れたのは、キーファがユバールの守り手になると言ってあたしたちと違う道を歩み始めた時。
今までずっと一緒だったのに、なんでそんなにあっさり別れを決意できるの?
あんたの家族は、あんたのパパや妹はどうするの?
もう二度と会えなくても平気なの? 家族とも、あたしたちとも。
言いたいことはたくさんあった。
その鼻先に指をびしっ!と突き付けて、ぶつけたい言葉がたくさんあった。
でも、あいつが――アルスがあまりにもいつもと変わらない調子で、なんでもないことみたいに頷いてて。
なんだか、わけが分からなくなって、あたしが冒険してる理由も、よく分からなくなって――

世界が崩れる音は、聞こえなかった。
だって、気付いた時にはその形を保っていなかったんだもの。





「何れ全ては滅ぶ? 当ったり前でしょ。そんなこと、偉そうに言われるまでもないわ」

でもね、とその目に、言葉に、怒りを込めて、マリベルは男を睨む。
面が取れてみれば、その顔は確かに名簿に載っていた気がする。
視界の隅に赤く汚れた刃が入り、眉間の皺は深くなる。

「だからこそ、人は精一杯生きるのよ!
 だからこそ、人の命を踏みにじって嗤うアンタが許せないのよ!」

アイラ。
ユバールの踊り手。
キーファの子孫。
マリベルにとって、ちょっとだけ特別な仲間。
唯一の同性の仲間で、数少ないキーファとの繋がり。
そして、マリベルの世界を繋ぎ止めてくれた人。

「そんなこと言ったら、みんな、みんな一緒じゃない。生まれて、生きて、死ぬんでしょ?
 あたしだってそう、生まれて、生きて、死んでいくわ。アンタだってそう、生まれて、生きて、死ぬんでしょ?」

アルスと共に様々な時間軸の様々な場所を訪れて、マリベルは様々な人と出会ってきた。
例えば、ウッドパルナで出会ったマチルダ。
例えば、グレンフリークから去っていったペペやリンダ。
誰しもが、それぞれの想いを胸に懸命に生きていた。

「そんな風に言うんじゃないわよ! 人の人生を、そんな風に要約するんじゃないわよ!
 誰かが生きた軌跡は、簡単に要約していいもんじゃないわ!」

兄を想う故に魔王と契約を交わし、しかし最後には抵抗することなく死んでいったマチルダ。
互いに想っていながらも結ばれることなく、命を落として漸く寄り添えたペペとリンダ。
何れ滅ぶべくして消えた命などと、そんな一言で簡単に終わらせろとでもいうのか。

ユバールの踊り手だったアイラ。
オルゴデミーラを倒して、世界に平穏を齎して。
魔王復活の引き金を引くことになってしまったという事実から漸く解放されて。
これからアイラという女性の、本当の人生が始まるはずだったのに。
突然殺し合いに巻き込まれ、訳も分からないまま命を奪われ、挙げ句悼まれることすらなく、なんでもないことのようにあしらわれて。
そんな理不尽を許せとでもいうのか。



人は誰かになれると誰が言ったか。
みんなみんな、ただ生まれて、生きて、死んでいくだけの人生だというのなら、成程それは簡単なことだろう。
しかし、そうではない。人は誰かと同じ人生は歩めない。
同じ故郷に生まれ、冒険を共にしたアルスですら、マリベルと同じ人生ということはない。
未来には無限の可能性がある。もしかしたら、昔の自分とは違う、それこそ違う“誰か”のような生き方をするかもしれない。
それでも、歩んできた道は違うのだ。

何れ滅ぶ結末が同じというだけで一まとめにして、だからどうしたというハーゴンを、マリベルは許すことができなかった。



ギィン!と金属音が響く。
大鋏に受け止められた剣を素早く引いて、再び突き出すも、今度は切っ先を逸らされバランスを崩す。
慌てて振り返って横向きに剣を構え、背に致命傷を負わせようとしていた刃を弾き返した。

「ひ弱な小娘と思ったが、中々の反射神経ではないか」

焦りも同様も見せることなくその動きを評する様に、ますます苛立ちが募る。
しかし怒りに任せた攻撃は、混乱が解けて冷静な判断力を取り戻したハーゴンに通じることなく受け流される。
ギリ、と歯噛みするマリベルに、ハーゴンは余裕のある態度を崩さない。

冒険の中で人々の想いを見てきたマリベルと、破壊神の召喚を望むハーゴン。
全く違う世界を見て、全く違うことを感じてきた二人の対立は必然だったのかもしれない。
深い溝をなんとなく感じてか、マリベルの怒りは鎮まる気配を見せない。

再び距離を詰め、剣を傾いた十字に振るう。
一撃目は大鋏で防がれ、肩を傷付けようとした二撃目は僅かに身を引く簡単な動作で避けられた。
標的を失い崩れかけた重心を強く足を踏み込むことで安定させ、振り向きざまに魔神の如き一撃を繰り出す。
ハーゴンの背に吸い込まれた攻撃は彼を前のめりに押しやったが、振り向いたその顔にマリベルは固まる。
強力な一撃を受けて少しばかり苦しそうな息は混じっているものの、その口は未だ弧を描いていた。
やや引いた血の気と共に、微かに頭が冷えるが、それに気付くのが遅かった。
魔力が練り上げられ、空気が震えている。
いつから詠唱していたのか分からないが、マリベルの振り向きざまの一撃が入ったのは、魔法の構築にも集中力が割かれていたからなのだろう。

「動きも一撃の重さも中々だ。だが……熱くなりすぎたようだな、娘」

更に口角を上げて、ハーゴンはイオナズンを唱える。
防御も回避も間に合わず、マリベルは真正面から爆発をその身に受け、屋敷の壁に叩きつけられた。

「っの、やろ……」

髪や服が所々焼け焦がれ、正面の熱と背の痛みに顔を歪めながらも、マリベルはハーゴンを睨み付ける。

「ふむ、まだ戦意は衰えぬか。そんなにあの女に思い入れがあるのか?
 所詮全てはいつか滅ぶ命、世界から見れば取るに足らない存在だというのに」
「そんなこと、知らないわよ! アンタから見える世界はそうだとしても、あたしにとっては大事な仲間なのよ!」

勢いよく立ち上がって剣を構え、ハーゴンに噛み付く。

かつてキーファと別れてから、マリベルは自分の世界が壊れたように感じていた。
それを思い直したのは、アイラと出会ってから。
アイラがキーファの子孫だと知って、もう会えなくなったけれど、それでも繋がりは残っているのだと分かって。
どこか懐かしい気配と共に歩んできた道を振り返ってみれば、アルスとキーファ、三人で過ごしたマリベルの世界は、確かに残って、今に続いていた。
世界が崩れる音は、聞こえなかった。
だって、世界はその形を変えただけで、今までのものがなくなったわけではなかったのだから。
ハーゴンの言うように、世界から見ればどうということでもないのかもしれない。
それでも、マリベルにとっては大切な存在だったのだ。
アイラに出会えたからこそ、変わっていく世界の中でも変わらないものを見つけられたから。

構えた剣を振りかぶり、再びハーゴンに斬りかかろうと駆け出していく。

「マリベルさん! 挑発に乗っては……!」
「口出ししないで、サフィール!」

勢いよく攻勢に出るマリベルを見ていられなくなったのか、サフィールが思わず声をあげるが、マリベルは見向きもせずに叫ぶ。
大鋏で弾かれようと幾度も剣を振るい、詠唱する隙を与えない。
ハーゴンもそれを悟ってか、先程よりも鋭い攻撃を繰り出す。
一方が武器を振るえばもう一方は防ぎ、若しくは受け流して反撃に転じ、その反撃を避けて更にカウンターを叩き込む。
その攻防は正に一進一退。拮抗した刃物と刃物のぶつかり合い。
決着がつくとしたら、体力や精神力、様々な要因で保たれたバランスが崩れた時だろう。

どれだけ打ち合った頃か、肩で息をしながらマリベルは素早く斜めに剣を振り下ろす。
その軌道は先も見た隼と気付き、ハーゴンは難なく受け止める。

「二度目の技か。芸がない」
「そうね、二度目の技よ。でも、このマリベル様がバカの一つ覚えみたいな真似するわけないでしょ!」

防がれた一撃目から二撃目に移らず、一気に重心を落として足払いを仕掛ける。
剣撃にばかり備えていたハーゴンは咄嗟にそれを避けることができず、足を掬われた。
その隙を見逃さず、魔神斬りを食らった箇所目掛けて回し蹴りを放ち、その勢いのまま身体を回転させ正拳突きも見舞う。
傷に直接打撃を入れられ流石に堪えたのだろう、ハーゴンは呻き声を上げながら振り返る。
その目に映ったのは、既に剣を振りかぶっているマリベルだった。

みるみる剣が炎を纏っていく。
かつてキーファが幾度と放っていた火炎斬り。
その炎は剣の軌道を彩り、燃やし尽くさんと標的に迫る。

ダーマの危機を救って転職をできるようになってすぐの頃、マリベルはキーファの影を追うように彼が愛用していたその技を覚えにいった。
やがてただ追いかけるだけなんて自分らしくない、いっそキーファを追い越してやると思い直して、火炎斬りを覚えてすぐバトルマスターを目指したけれど。

キーファとの繋がりを、キーファの子孫を消し去った男に、キーファの技で天誅を下さんと剣を握る手にありったけの力を込める。

「でやあああぁぁぁぁぁ!!」
「――マリベルさんッ!!」

身体を呑み込み、燃え上がり、炎は全てを焦がしていく。
カランと音を立てて武器を取り落とし、次いでドサリと膝をつく。
まるで収まっていく炎に合わせるかのように……マリベルは地面に倒れ込んだ。

 


「私は構いはしないが、横槍を入れるとは不躾なものだな」
「知ったことではないさ。ローラよりも優先するべきものなど、ありはしない。
 さて、これで一人か」
「イイエ、マダ彼女ノ生命カツドウハ停止シテイマセン」

突如として現れたのは、アベルに言われるままにリーザス村を訪れたアレフとジンガーだった。
ジンガーの冷静な分析にアレフは舌を打つも、立ち上がらない様子に時間の問題だろうと結論を下し、次に狙うべき標的を思案する。
ベギラマの炎で覆った少女の他には、黒い衣に風変わりな武器を手にする男と、ローラを人質に取ったあの男とそっくりな黒髪の少女。
合わせて丁度三人。アベルに突き出された数だ。

「どうして、こんなことを……!」

どちらから殺そうかと考え始めた時、黒髪の少女が口を開いた。
マリベルは止めてくれるなと、口を出すなと真剣な瞳で訴えていた。
それだけに、サフィールは突然の乱入に黙ってなどいられなかった。

「どうしてマリベルさんの想いを踏みにじるようなことを……!」
「誰がどんな想いを抱えてようと関係ない」

しかしアレフは冷たい目で、冷たい声で、ばっさりと斬り捨てる。

「ローラをあのターバンの男から取り戻す為だ。他の者は関係ない」
「え……?」

ターバンの男。サフィールは耳を疑った。
サフィールの家族の――父親の特徴と同じだったから。

「ターバンの男って……まさか」
「……あの男の知り合いなのか」

一層鋭くなった瞳で、アレフはサフィールが聞きたくなかった名前を紡ぐ。

「あの忌々しい……アベルという男の知り合いなのか!」
「ッ!!」

サフィールの脳裏に、かつての旅路の中で時折見せていた父の顔が浮かぶ。
何かに耐えるように、思い詰めるかのように、苦しんでいることがあることに、サフィールは気付いていた。
ミルドラースを倒して、世界に平穏を齎して。けれどアベルは父親と母親を、サフィールからすれば祖父と祖母を失うという、大きすぎる犠牲を払ったのだ。
両親も兄も無事に生きて、加えて自分は流されるように共にいただけという自覚も手伝って、下手に慰めることなどできなかったけれど。

もしかしたら父親は、このゲームに乗ってしまっているのだろうか。
サフィールも僅かに考えてしまったように、甘言に惑わされてしまったのだろうか。

「アベルというのは、私のおとうさんです。お願いです、聞かせて下さい! 一体、何があったんですか!?
 おとうさんは……あなたに何をしたんですか!?」

鎧の男は、目の前でマーサを殺された時の父親と似たような目をしている。
自分が彼の家族と聞いて、憎悪の色はより濃くなった。
もしも父親が自身と同じ苦しみを誰かにばらまいているのなら、家族として受け止めなければならない。
怒りに満ちた男の目は恐ろしいけれど、サフィールはまっすぐに視線を受け止めた。

「そうか、あの男の娘か。なら……しっかり聞いてもらおうか。あの男が俺たちに……ローラに何をしたのか!」

足早にサフィールに歩み寄り、その髪を乱暴に掴んで、アレフは語り出す。
サフィールが痛みに涙を浮かべてもお構い無しに、アベルの凶行を並べ連ねる。
アレフとローラを手下に襲わせたこと。
ローラを人質に取り、一方的にアレフを痛め付けたこと。
アレフとローラの関係を見抜き、ローラの唇を奪い、助けたくば南で三人殺せと言われたこと。
アレフの語調が段々と強くなっていったことも相俟って、その事実の数々はサフィールに重くのしかかった。

(おとうさん……なんで、そんなことをするの……?
 おとうさんのおとうさんやサンチョに、良き人間であれと教わってきたって、私たちに教えてくれたのに……)

アレフが無造作にその手を離し、サフィールはその場に崩れ落ちた。
ぐるぐると回る頭を押さえて立ち上がろうとすると、喉元に剣を向けられ、慌てて動きを止める。

「恐らく、俺が焼き払った少女の仲間なんだろう。ジンガーが言うには、あの少女はまだ息があるらしい。
 お前が父親に代わって命を差し出すのなら、見逃してやってもいい」
「え?」
「但し、楽には死なせないがな」

突然の申し出にサフィールは目を丸くする。
大切な人の為に三人殺さねばならないと言っていたのに、何故見逃すなどと言うのだろうか。
アベルの娘というだけでそれすらも凌駕してしまうほど、父親を憎んでいるのだろうか。

「私が死ぬことで、あなたの、おとうさんへの憎しみは消えるんですか……?」
「ローラを取り戻すまで消えはしない。が、いくらか溜飲を下げるくらいにはなるだろう」
「マリベルさんの命は、保証してくれますか?」
「手練れではないが、回復呪文の心得もある。何なら、殺す前に目の前で治療してやるさ」
「なら……」
「サフィールッ!!」

アレフの提案を呑もうとしたサフィールに、気の強い声が飛んでくる。
はっとして振り向くと、全身をボロボロに焦がしながらも、辛うじて立ち上がったマリベルが二人を睨み付けていた。

「マリベルさん!」
「その状態でまだ立ち上がるか。とんだ執念だな」
「うるっさい、わね……簡単にやられて、たまる……もんですか……!」

先程よりも更に酷い火傷の跡や、ズタボロの衣服。
虚勢を張っていることは誰の目にも明らかではあるが、それでもマリベルはアレフに舌を突き出し、サフィールに向き直る。

「サフィール、こんな奴の言うことなんて……聞いちゃダメよ」
「で、でも、マリベルさんが……!」
「あたしのことはいいの!!」

一際大きい声を出して咳き込むマリベルに、サフィールはびくりと肩を震わせる。

「サフィール、正直に……答えなさい。アンタのパパが、酷いことを……したって、聞いた時、どう思った?」
「え、ど、どうして、そんな酷いことを……って」
「それだけ?」
「……」

霞んだ声とは裏腹に、その瞳は力強く見つめてくる。
マリベルに促されるままに、サフィールは口を開いた。

「止めなきゃ、って……おとうさんが道を誤ったなら、家族である私たちが、止めないきゃいけないって……」
「なら、行って……やりなさい。アンタの、パパの……ところに」
「でも、マリベルさんを見捨てることもできません!」
「アンタがここで死んでも、同じに……決まってる、でしょ。その鎧男に、私を生かしておく……理由なんてないもの」
「でも……!」
「行きなさい、サフィール! 後悔……したくない、なら!」
「私だけここを逃れても、私きっと、後悔します……!」

マリベルが村の出口の方向を指さす。
同時にアレフが剣を引く。

「アンタ、あたしに、流されてみる……って、言ったでしょ!」
「!」
「逃がすものか!」

アレフが剣を突き出すよりも僅かに早く、サフィールが動いた。
涙を溢して、村の出口へと走る。
同時に動き出したマリベルは、残り少ない力を込めて、サフィールにふくろを投げ渡し、彼女を追いかけようとするアレフにかまいたちを放つ。
鋭い風がアレフの足を傷付けるのと同時に、立っていられる力すらも使い果たしたマリベルはその場に倒れ込んだ。

「悪あがきを……!」
「お生憎さま、あたしは諦め、悪いの……よ」

それでも尚減らず口を叩くマリベルに歯軋りするが、サフィールに向き直り魔力を練る。
傷付いた足では追うのは難しいが、魔法ならまだ届くはずだ。

「! サフィ、ル……! 」
「ベギラマ!」

先程放ったものと同じ魔法を放つ。
しかしマリベルの声がギリギリ届いたのかいち早く魔法の気配に気付いたのか、振り返ったサフィールは素早くマホカンタを唱えてベギラマを弾き返し、再び走り出す。
顔を歪めて自らの炎に呑まれるアレフと、振り向かないよう堪えて走るサフィールを見て、マリベルは笑みを溢した。



アイラ、ごめんね。敵、討てなかったわ。
もう、体が動かないもの。もう一度あの男と対峙するなんて、できっこないわ。
でもサフィールを送り出したのは、後悔してないわよ。
あたしだって、あの時パパを放って他のやりたいことに集中してたら、後悔してたかもしれないもの。
あの子だって、きっとそう。

あーあ、あたしも結局、生まれて、生きて、死んでいくのね。
ああ、でも、でも。
アルス、キーファ、サフィール。
あたしが死んでも、あたしのこと、覚えててくれる?
生まれて、生きて、死んでいく。 言ってしまえば、それだけだけど。
フィッシュベルで生まれて、流されるように生きて、サフィールを流して死んでいった、ひとりの女の子がいたって。
覚えてて、ほしいな。
だって、 あたしは、誰かの人生と一緒くたに要約されるのなんて、絶対に嫌だもの。
ねえ。

「お、ね……が……」

命の火が尽きる瞬間に溢れた音は、誰にも届かなかった。
剣を携えて目の前に立つアレフの耳には届いたけれど。
ローラで埋まる彼の心には届くはずもなかった。
サフィールを取り逃がした怒りを込めてか、勢いよく剣を振り下ろすアレフの姿がマリベルが見た最後の光景だった。





密かにアルバート家の屋敷の前から移動し、ハーゴンは民家の裏に隠れ、背に受けた傷を治療していた。
殺しに躊躇いはないが、ハーゴンが目指すのはあくまでゲームからの脱出。
無論振りかかる火の粉は払うが、積極的に戦いに身を投じるのは避けるべきだろう。
それに何より、乱入してきた二人組。
かつて竜王をたった一人で退けた、ロトの血を引く勇者アレフ。
そしてハーゴンは見知らぬ個体だが、キラーマシンを思い起こす機械の敵。
人質を取られたと言っていたアレフのみなら、マリベルのように挑発することもできるだろうが、それを補うかのように感情を持たず常に冷静な判断をできる機械という隙のないバランス。
戦うことでは得策ではないと判断するには十分だった。
できることなら村の外まで逃げておきたかったが、傷がじわじわと痛みを訴え始め、一度足を止めざるを得なかった。
マリベルを侮り回避を疎かにしていた己を恥じる。
真っ直ぐな怒りをぶつけてくる彼女に、無意識に乗せられていたのだろうか。

「完治には程遠いが、動くにはこれくらいで十分か。後はここを離れてやれば……」
「ソノ必要ハアリマセン」
「!?」

背後から聞こえてきた無機質な声に、ぞわりと身の毛がよだつ。
機械を相手に目を盗んで隠密行動など、できるはずがない。
そんなことは分かっていた。だからこそ、治療も最低限にしてこの場を離れようとしたというのに。
もう見つかってしまうなど。

「コノ場カラ逃ゲル必要ハアリマセン。命尽キレバ、意味ノナイコトデス」
「く……!」

ハーゴンが大鋏を構えるよりも先にその懐に潜り込んだジンガーが、その片腕を斬り落とす。
苦悶にのたうつ間もなくメガトンハンマーを足に打ち付けられ、ひしゃげたそれでは体を支えられず尻餅をついてしまう。
この上ない程の隙である。にも関わらず、ジンガーはその剣をハーゴンに振り下ろさず、くるりと背を向けた。

「何故とどめを刺さない……見逃そうとでも言うのか」
「イイエ、アレフヲ呼ンデクルダケデス。私デハナク彼ガ三人、殺サナケレバナリマセンカラ」

一刻モ早クマスターノ元ニ戻リ仕エル為ニモ。
そう言い残して去っていくジンガーに、ハーゴンは顔を歪める。
片腕を失い、足を潰され、しかしどちらも致命傷にはなりえない程のもので、その意識ははっきりとしている。
ジンガーが意図してやったことかは定かではないが、ハーゴンに焦燥と恐怖、そして絶望を与えるには十分なものだった。

 
――いっそ意識がなければ、僅かな時を永遠のように感じる苦痛もなかったのに。
――いっそ四肢を全部失っていれば、回復を間に合わせて逃げようという絶望的なまでに僅かな希望を見出だしたりはしなかったのに。
――いっそその場で殺されていれば、処刑を待つ罪人のように惨めな最期を想像しながら、残った時を惨めに生きたりしなかったのに。

ジンガーに連れられたアレフが現れてその剣を引くまで、ハーゴンは希望が残された絶望という苦痛の時を味わい続けた。
大神官ハーゴン。何れ全て滅ぶと言い切った彼もまた、生まれて、生きて、そして死んでいった。










走る。走る。
涙を拭うことなく、ふくろをぎゅっと抱き締め、サフィールは走る。
目の前で父を殺されたという父親も、かつてこのような気持ちだったのだろうか。
自分がもっと周囲を警戒していれば。
自分がもっと早く乱入者に気付いていれば。
自分にマリベルを守って彼らと戦えるほどの力があれば。
頭に浮かぶのは、そんなことばかりだ。

(マリベルさん、ごめんなさい……ごめんなさい……!)

それでも、北へ向かう足は止めない。
マリベルは命を懸けて自分を流してくれた。
ならばその想いを無駄にしないことが、自分がマリベルにできる唯一の手向けだ。

(絶対に、絶対におとうさんを止めてみせます……マリベルさんの行動を、決して無駄にはしませんから……!)

それは懺悔なのか、決意なのか。
振り返らないように、一心不乱に駆けていく。
流れ落ちる涙だけが、名残惜しそうにリーザス村の方へと消えていった。



【マリベル@DQ7 死亡】
【ハーゴン@DQ2 死亡】
【残り61名】

【I-5/リーザス村/1日目・昼】

【アレフ@DQ1勇者】 
[状態]:HP1/3、MP4/5、足に裂傷、ショック
[装備]:光の剣 
[道具]:支給品一式、不明支給品(0~2) 
[思考]:ローラを取り戻す為参加者をあと一人殺す

【ジンガー@DQ6キラーマジンガ】 
[状態]:オールグリーン 人型(海底宝物庫の兵士風の姿) 
[装備]:灼熱剣エンマ@DQS メガトンハンマー@DQ8 ビッグボウガン@DQ5 
[道具]:支給品一式 
[思考]:アベルの命によりアレフと共闘および監視


【I-6/平原/1日目・昼】

【サフィール@DQ5娘】
 [状態]:MP微消費
 [装備]:
 [道具]:支給品一式支給品一式×3、確認済み道具(1)、ショットガン、999999ゴールド
 [思考]:怖い人を無視してマリベルさんの遺志に流される
     ゲームに乗ったのであろうおとうさんを止める

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時系列順
082:なんとレックたちの体力が全快した!!
投下順
067:CURSE
ハーゴン
あなたは しにました
マリベル
サフィール
103:更に交錯し、ぶつかる想い
アレフ
099:殺人者としての覚悟
ジンガー