「勇者殿〜!勇者殿〜!!」
バトランドの王宮戦士ライアンは、見晴らしのいい平原で叫んでいた。
しかも大声で。
血迷ったわけでもなく、ここが殺し合いの場だということも忘れたわけではない。
倒したはずのエビルプリーストが復活し、さらに"殺し合い"を命じた。
それはライアンに大きな衝撃を与え、動揺してしまったことは事実であるのだが。
『生き残った一人にはわたしの名にかけて望みを叶えてやろう』
あの時エビルプリーストが言い放った言葉。その口車に乗せられ、殺し合いをしてしまったら……それこそ奴の思うツボだ。ならば力を合わせ、再びエビルプリーストを倒せば良いだけのこと。
ここには幸い、共に旅をした者たちがいる。きっと自分と同じ考えを持っているだろう。
まず探そうと思ったのはやはりユーリルだった。自分からしてみればまだ幼い子供であると言うのに、壮絶な過去を抱え、それでも世界から望まれる勇者としての使命をやり遂げた。彼以上に勇敢で立派な人物をライアンは知らない。
そう考えた末、自らの身を危険にさらすことになったとしても、わざと目立ちユーリルと合流することを目指していたのだった。
あわよくば、イムルの子供たちを救う過程で出会ったホイミンとも会えれば良いなと思っていた。
いつか人間になるのが夢だと言う不思議なホイミスライム、ホイミン。
一人きりの旅で体力の限界を感じていたライアンにホイミをかけてくれたり、明るく楽しい話をしてくれたり、彼(と言って良いか判らないが)にどれだけ支えられ、救われたことか。
結局その後は別れてしまい人間になれたのか定かではなかったが、ふくろに入っていた名簿を見る限り、まだホイミスライムの姿であるようだ。
もしもホイミンが殺し合いに乗った人物と出会ってしまったら。…考えたくはないが、非力な彼では太刀打ち出来ないだろう。ならば、あの時の恩返しをするには今しかない。
ユーリルを探しつつも、ホイミンへ恩返しすることも頭に入れ、再び「勇者殿〜!」と叫びはじめるライアンなのであった。
その光景を見ている者がいた。
一匹のドラゴンである。
彼は数分前、食事をとっていた―――
がさごそ。ころころころころ。ぱくっ。
「うーん、足りないなあ」
森の中で巨体を揺らしながら愚痴をこぼす。
鎧を身に着けた強そうな青年に倒されたはずの自分が何故復活し、殺し合いに巻き込まれているのか……そんなことはどうでもよかった。ただ食欲の赴くままにパンを食べ、食欲を満たそうとした。…
が、足りるはずがなかった。
「人間サイズなのかな?小さすぎるよ。だってボクはこんなに大きいんだから!」
ふくろをくれたエビなんとかプリンにドラゴンはぷんすこ怒っていた。美味しそうな名前しやがって、と。
名前を聞いておなかが空いたため、匂いを嗅ぎつけたドラゴンは支給されたふくろを急いで漁ったのだが、入っていたのは人間サイズのパンが数個。当然、ゴドラの大きい口で一飲みにされた。
「う〜。おなか空いたおなか空いたおなか空い……ん?」
そのときたまたま見つけた人影。ヒラヒラしたマントに変なかぶと。
確か自分を討った青年はあんな感じだったはずだ。妙にピンクだが、確かにあれは憎き勇者なはず。
大声で誰かを呼んでいる様子である。愛しのお姫さまとはぐれてしまったのだろうか。
その時。ぐうう、と腹の虫が鳴いた。
ああ、おなかが空いているんだった……食べたい。おなかを満たしたい。
―――そうして今に至る。
どうせなら不意をついて、楽に勝ちたい。この場にはたくさんの人が呼ばれている。
これからもっと強そうな人と出会ったとき、疲れが貯まっていたせいで食べることを諦めました、なんてことはしたくない。
そのため、気付かれないようにこの森林を抜ける必要があった。慎重に木々の間から顔を出し、タイミングを計ろうと青年をジッと睨みつける。
目で追いかけるため、少し顔を動かした拍子に。
ガサッ。
草木が奏でる音がした。しまった、と思ったがまだだいぶ距離があるため、葉が揺れる小さな音に青年は気付いていないようだった。そのことに安心して、再び青年を覗き見る。
(男の人だしマズそうだけど。あの時お姫さまを食べ損ねた恨みもあるし、なにより攻撃されて痛かったしね)
そうして青年の背後に静かに歩みを進める。
大声で叫んでいるせいでこちらに気付く様子がないことに、にやりと笑って。
「ゆ、勇者殿〜……はあ、はあ、なかなかに厳しいな」
ユーリルを探すために声を張り上げて数分。数分ではあるものの、慣れない土地ということと殺し合いの場であることから、常に緊張状態のライアンは次第にのどが渇いてきた。
確か、ふくろにペットボトルが入っていたはずだ。ペットボトルを取り出そうとすると一緒に入っていたパンが目に入り、さらにぐううと腹の虫が鳴いた。
いくら戦士と言えども、腹が減っては戦ができぬ。
少し休憩をしよう。ついでにパンを一つ食べよう……
…としたその時だった。
「ああああああダメそれボクのパン!!!!!!!!」
「っ!?」
距離はあったものの、背後からいきなり叫ばれたことに驚いて急いで振り返ると、ズシンズシンズシンと巨体が迫ってきていた。
自分のものになるはずのパンが目の前で食べられてしまう、その焦りからドラゴンは、こっそりと近付き不意打ちをしようとしていたことも忘れ、一目散に駆けだしたのだ。
ライアンは慌てて水とパンをふくろにしまおうとしたが、あたふたとジャグリングのような行為をしたのち地面に落としてしまった。
その間にもドラゴンは、その巨体のわりにとんでもないスピードで迫ってくるため、拾うことを諦めた。代わりにふくろから破邪の剣を取り出す。
(なぜあんなに早いのだ!?突進してくる…!!)
あのスピードで突っ込まれたら、さすがに受け止めきれない。
そう判断し、なるべく引き寄せてから横に跳び突進による攻撃をかわす。
それが間違いだった。
「かわしたって無、駄ッッッ!!!!」
「な…っ、ごふっっ!!!!!」
ドラゴンは、横に跳んだライアンに向かってその長いしっぽを薙いだ。
完璧に無防備だった脇腹にクリーンヒットし、くの字に曲がったその身体は真横に吹っ飛ばされた。
地面をごろごろと転がり、やがて停止する。
泡を吹いているのか。うまく呼吸が出来ない。
全身の鈍い痛みと腹部のズキズキと激しい痛みに意識を飛ばしたくなる。
だが再度突進され踏みつぶされでもしたら今度こそ終わりだ。
グッとこらえ、ドラゴンのいる方角に目を向け―――
そして目を見開いた。
空から『天空人』が舞い降りてきたのだから。
ライアンが天空人と勘違いした人物―――それは『天使』であった。
ドラゴンがライアンを狙い、いつ森林を出ようかと悩んでいたのと同時刻に、天使エルギオスもまた、頭を悩ませていた。
この殺し合いのゲームと───それから自分の存在に。
かつて堕天使へと堕ちたエルギオスは、翼を堕とし人間となったアークたち一行に倒され、永い間自分を想ってくれていたラテーナとの再会を果たし天使の心を取り戻した。
その後女神セレシアが復活し天使が不要となった世界で、天使たちは星となり"星空の守り人"となった。
エルギオスもまた"星空の守り人"となったのだが、自分を助けようとした過程で弟子のイザヤールが命を落としていたことをそこで初めて知り、酷く後悔をしたものだ。
イザヤールを救わなくては。その想いは星を瞬かせた。
結果、再びアークの力を借りることでイザヤールの運命を変え、そしてエルギオスは"星空の守り人"としての生も終えた………はずだった。
(何故私は天使の姿で再び生を受けているのか)
セレシアさまの計らいか?
そう考えもしたがあの忌々しい雰囲気に満ちたあの場に女神の聖なる力は感じられなかった。
ならば殺し合いを命じたあのエビルプリーストとか言う奴の仕業なのか。
巨大な魔力を溢れさせていたゾーマとやらさえ敵わずにその命を散らしていた。
それほどの力があれば天使一匹の蘇生などたやすいものなのかもしれないが………
考えても今はまだわからない。考えることを放棄し、空を仰いだ。
そんな時ふと自分がまだナザム村の守護天使をしていた時のことを思い出す。
あそこではいろんなことがあった。
人間の残虐さや身勝手さに絶望や憎悪を抱いたこともあった。
しかし同時に、温かさや優しさ、愛に触れて、エルギオスは人間の素晴らしさを知った。
目を閉じ、一度大きく深呼吸をする。
(天使として再び生を受けたのならば―――)
周りの天使どころか弟子にさえ理解されなかったが。
(私は人間を信じる。人間を信じ、正しく導く)
信じ、導く。これこそが天使の本分だ、と。
そう説き続けた自分自身も信じて。
そう決意を固めた矢先に、いきなり大きな咆哮と足音が聞こえた。
何事か、と急いで森林から飛び出たところ、一人の人間がこちらに吹っ飛ばされ地面を転がっているところだった。
(人間が襲われている…!)
飛ばしたのは恐らく向こう側にいるドラゴンであろう。
足音からかなりの重量であることは予想していたし、周りに他の獣は見当たらなかったことから
そう決めつけた。
支給されていたプラチナソードを引き抜き、倒れている人間を護るようにドラゴンへと武器を構えた……のだが、ドラゴンは何やら地面を探っているようだった。
この隙に人間を遠ざけた方が良いかもしれない。
剣を使っていたのはイザヤールが弟子であった300年以上も前の話で、いきなり実践でしかも人間を護りながら戦わなくてはいけないというのはリスクが高すぎる。
自分だけが傷つくのならまだしも、人間にも危険が及ぶことになれば守護天使失格だ。
人間を安全な位置に移動させることに決めたエルギオスは、ライアンのもとへと翔けた。
一方でドラゴンは、落ちているはずのパンを必死に探していた。
「無い、無い、無い、無い………無い」
匂いはするのに見当たらない。必ずどこかにはあるはず…そう思い、一歩後ろに下がった。
そしてドラゴンは小さく悲鳴をあげた。
なんと自分の前足で踏んづけてしまっていたのだ。
土が軽く付いてる程度なら問題なく食べたのだが、これは明らかに酷すぎる。
押しつぶされ練られた泥だらけのパンは食欲旺盛なドラゴンでさえ食べる気が起きなかった。
「ボクのパンが……早く走りすぎたせいで踏んじゃったよ。それもこれも勇者さんがボクのパンを食べようとしたからだ…。許さないよ……あれ?」
ドラゴンは吹っ飛ばした青年を喰い尽くしてやろうと顔をあげた。
すると、なんと人が増えていた。
(ふふん、これは一石二鳥だな)
いっぱい食べれるぞー!とルンルンしながら向かう。
あと数歩で食事にありつける……その時だった。
「痛っ!?!」
目の前に数発、身体自体にも数発、雷が落ちてきた。
身体中がビリビリと痛み、少し手足や首を動かすのがやっとだ。
(目の前に食べるものが二つもあるのに…!!くそ!くそっ!!)
苛立ちから、ドラゴンは雷を落とした人物――もといエルギオスを睨みつける。
苦しそうに倒れているライアンを座位に起こしつつ、エルギオスもまたドラゴンを睨み返す。
「私は守護天使エルギオス。人間を護ると決めたのだ、邪魔をするなら容赦しない」
ドラゴンがマヒを起こしたことに、エルギオスは内心ホッとしていた。
この幸運に女神に感謝しなければならない。
ライアンのもとに下りた瞬間、ドラゴンはもうこちらを向いていた。
成人男性をかついで逃げるには、空を飛べるとはいえ時間が必要になる。
バギクロスで吹き飛ばしてしまおうと考えたが呪文を構築する時間がなかったため、即座に出せる雷を選んだ。
これで安全に逃げられる。気絶しているライアンを肩に担ぎ、空に向かって軽く跳んだその時だった。
「ボクから逃げられると思うなああああ!!!!」
「! しまっ……」
慌てて急上昇したが、しまった、と思ったときにはもう遅く、熱い火の息がエルギオスたちを容赦なく襲う。
とっさに翼で身を守ったため、身に火傷を負うことはなかったが……
(ダメだ、翼がやられた……!)
ドラゴンが単純な突進攻撃しか行わないと見誤った自分のせいだ。
炎を吐き出せるなんて、竜であれば普通のこと。
闇竜バルボロスもそうだった。
冷静に考えれば分かったはずだ。
ヒリヒリと痛む翼に顔をしかめる。でもそれは逆に言えば感覚が残っているということ。
多少ならまだ動かせる。
そして地面に落ちる寸前、エルギオスは翼を軽く羽ばたかせた。
結果思ったより打ち付けられずにすみ、人間もうめき声をあげてはいるが大丈夫そうであった。
だがまだ脅威は目の前にいる。
マヒは続いていることが不幸中の幸いであった。
怒りの感情が隠しきれてないドラゴンは呪文のように「許さない、許さない…」とつぶやいている。
「何故そこまでこの人間を執拗に追いかけているのだ」
問いかける。なにか原因があるのかと疑問に思ったからだ。
もともと魔物というのは単純で、頭の良い魔物でない限りは目の前の獲物にしか興味がなく、一時の怒りや憎しみの感情はすぐに飛んでしまうのだが、このドラゴンは違う。
明らかに意思を持ってこの人間を追いかけている。
ドラゴンは問いかけられた質問に素直にその理由を答えた。
「ボクは!おなかが空いてるの!!だから食事を邪魔したおまえたちを許さない!!!」
それをきいたエルギオスはあっけにとられてしまった。
そんなことのために、人間をここまで傷つけたのか。
でもそれならば、と、ふくろからすごく美味しそうな肉を取り出す。
「なにそれ!?なにそれ!!」
案の定キラキラさせた目でこちらをみてきた。
…よだれが垂れている。
さきほどの感情はどこへ行ったのやら。
「超しもふり肉、というらしい。これを譲ろう」
「やった!!いただきます!」
ドラゴンの口にめがけて肉を投げつつ、交渉をする。
「だからこの場は」
「美味しいいいいいいい!!!!!」
「……だから」
「えっすごい美味しいね!?いやなことぜーんぶ忘れちゃった!!これからはあなたについていくよ!!」
「そうか。―――ん?」
人間と天使とドラゴン。
3つの種族がたったひとつの肉で結ばれた瞬間だった。
【H-3/平原/朝】
【ドラゴン@DQ1】
[状態]:健康 満腹
[装備]:疾風のバンダナ@DQ8
[道具]:支給品一式(パンはもうありません) 不明支給品0〜2個
[思考]:美味しい肉をくれたエルギオスについていく
【ライアン@DQ4】
[状態]:全身の打ち身 気絶している
[装備]:破邪の剣@DQ4
[道具]:支給品一式(パンと水がそれぞれ-1) 不明支給品0〜2個
[思考]:ユーリルたちを探す ホイミンとも会いたい
【エルギオス@DQ9】
[状態]:翼が火傷状態 他は健康
[装備]:プラチナソード@DQ10
[道具]:支給品一式 不明支給品0〜1個
[思考]:人間を信じ導く
[備考]:天使です。
火傷を負ったことでほとんど飛べません。飛べても木に登る程度
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