10:50
場面は戻ってORCA拠点。相変わらずメルツェルはイラついた様子である。
彼がここまで感情を露わにするのは何とも珍しい事である。大抵の物をそつなくこなし、誰かが問題に気付いたらその時点で既に片付けている。
だからこそ団長の側近ポジションを勤め、今回の戦略・戦術レベルでの基本構築を行っているのだが……、今回の件はどうやら相当痛手のようだ。
イライラと糖分不足が頂点に達したのか、彼はシュガースティックは“飲み”始める。それでも飽き足らないのか蜂蜜まで要求し出した。
明らかにあて付けの意も含んだその行為に、やる夫は自分のやった事を今更ながらに後悔。やってしまった事はもう仕方が無いし、メルツェルもそれを理解しているのだろうが。
とはいえ、このままではメルツェルが糖尿病になりかねない。それは非常に嫌な事なので、さてどうしたものか……。
・安価→『お菓子でも作る』
物で釣るというのはあまり褒められた行為ではないのだが、この際は仕方ないだろう。此方には言い訳をする権利などない。
メルツェルが希望したチョコチップクッキーの制作に取り掛かろうとすると、アリスが一緒にやりたいと言ってくる。やる夫はそれに承諾して給湯室に入って行った。
甘味が提供されている限り大人しい領民である、それで良いのかテロリスト。
11:00
やる夫が居なくなった為に式に視点が移る。
料理をする時には他よりの介入を何より嫌うやる夫が、キッチンへアリスを招き入れた。それも、恐らくは整形の段階には関与させるつもりなのだろう。
高校からの六年続く付き合いの中で初めての事態。全くの異例な出来事に対し、式は複雑な感情を抱く。
そんな時、メルツェルが式にある提案をする。やる夫の尻拭い、つまり式を結界内の戦線に投入する事の許可だ。
現状、ORCAに於いては戦力不足が否めない。主戦力となり得るレベル50台は、カラード(やる夫)、ヴァオー、ネオニダスの三人のみ。
真改は個々のレベルは問題無くとも、肝心の悪魔を二体しか持っていない。エメリーに至っては単純にレベル不足だ。
メルツェルのレベルは70あるが、彼は後詰め専門である上に、戦闘用悪魔は一体しか持っていない。
そして団長は考慮外とすると、具体的にあと二体程の手が足りないのだ。
葛葉という存在がある以上、作戦を長引かせる事は出来ない。全ては一気に初めて、一気に決着しなければならないのだ。
式は一度葛葉とやり合った事があるが、そんな事が出来る人員は他に居ない。
式はメルツェルの提案を了承。ただし、貸し借りの請求はやる夫に行くようだ……。
11:30
ともあれこれで一件落着、とした所で団長とオールドキングが帰還した。
ある程度の収穫(食糧等も含め)は有った様だが、オールドキングは不満げな様子。まあ、それはいいのだが……。
問題は、式とオールドキングが克ち合ってしまった事だ。それも、お互いの力量や能力を正確に感じ取ったというおまけつきで。
俗に言う、修羅場である。
構える式とオールドキング。咄嗟に団長が止めに入った事で惨劇はひとまず回避されたが、式はオールドキングという名前を思い出していた。
確か、やる夫が折に付けて話していた様な……。それも、かなり仲が良いと言う。
一方のオールドキングも、セレンと言う名に耳聡く反応した。
セレンと言えば、AC4fAに於いて主人公のパートナーを務めた女性の名だ。そんな名前が目の前の女性に充てられている事や、今までの記憶から彼女の声を掘り起こして考える。
二人は本能的に悟った。悟ってしまった。
『相手が 決してわかり合える存在では無い 事を…………』
11:35
二人の間に漂う空気は果てしなく重い。軽く団長が死を覚悟する程度には。
一方メルツェルは早々に机の下に逃げ込んでいる辺り、ちゃっかりした物である。
そこに飛び込んで来たのは天の救いか、はたまた混合燃料かいまいち判断が付きにくい我らが主人公。
彼はクッキー生地を冷蔵庫で寝かす為にやって来たのだが、この状況の熱は冷蔵庫如きでは冷えさせる事など出来はしないだろう。むしろ冷蔵庫が融ける。
「おい」
「カラード……」
「「この女誰?」」
一瞬……やる夫の手が震え、生地を載せたバットが手からこぼれ落ちそうになる。
放たれる殺気は最早物理的質量に近い何かさえ持ち、凄まじい圧迫感を此方へと伝えてくる。少しだが、膀胱が緩みかけた。
Q.……自分は一体何かやったのだろうか?
A.それはもう(住人の見解)
ふと、団長ことテルミドールは思った。
このカラード……首輪付きの獣。なんというか、首輪は付いているも、リードが不存在では無いか。
そして、リードを握りしめた悪鬼が二人向かい合っている。……最初っから手綱をしっかりしめておけ、そう叫びたい気分で一杯だったそうな。(了)
11:40(181)
ここでやる夫の名誉を守るために一つ述べておく。
別段彼は、式にもオールドキングにも友誼は結んでいても異性として粉をかけていた訳ではない。
あくまで親しい友人として付き合っている。向こうもそれは理解していると思われる。
……が、何故こうも“愛人同士が出かけでブッキングした”ような嫌な胃の痛みに苛まれなければならないのであろうか。
外野達の「おい、お前の女だろ、早く何とかしろよ」的視線に対しても、正直どうしたらいいのか分からないのが本音である。
ともかく、悪い事をしていようがしていまいが、この場の空気を何とかしなければなるまい……。
・安価→『見目麗しきご婦人方が大声を出してはしたないですお、とちょっと気障ったらしく仲介に入ってからお互いについて紹介してみる 』
とりあえず場の雰囲気を和やかにすると同時に、話をする方向へ持って行こうとして軽く茶化してみる。上手く行ったら空気は緩和されるだろう。
しかし、この2人は何故こうも殺気を飛ばし合っていたのだろうか……。殺気に鈍い一般人でも失禁物の気配であった
「う、うぇっ!? び、美人って……」
「茶化すな 叩っ斬るぞ」
両者、両極端な反応が帰って来た。
やる夫はそれにも怯まず必死に事態の収束を図るが、そこに第二の混合燃料が投入されてしまった。
クッキー作りを楽しみにしているアリスが、何時まで経っても帰って来ないやる夫を待ちわびて降りて来たのだ。
彼女の姿を見た途端、赤くなっていたオールドキングの顔面が一気に冷えた。
途端に状況は臨界点に達する。オールドキングが戦装束を展開し、アリスは符を何時でも破れるように懐へと手を入れた。
あわや木端微塵、と言った所でやる夫が奇声を上げながら飛び込み、今までの事態を掻い摘んで説明した。
非常に早口かつ大声で有った為、言いたい事の四割も伝わったか疑問であったが、何度も「敵じゃない」と繰り返した事が功を奏したのか場を最低限落ち付ける事には成功した。
とりあえず場を落ち着け2人を椅子に座らせ、やる夫も椅子に座る……、と膝にアリスが乗ってきた。
式は最早慣れたのか、一度だけ眦を上げたきり止まったが、オールドキングから此方を射殺すような気が何の臆面もなく叩き付けられてきた……。
二つの射殺す様な視線と、メルツェルからの「何とかしろよ」的視線、そして団長からの戸惑う様な視線全てに対し、やる夫は選択を迫られた。
さて……、どうするべきか……。
・安価『とにかく団長とメルツェルとなのはにアリスの説明。後は式になのは、なのはに式のどういった関係なのかを説明する 』
・余談ではあるが、このすぐ下の安価内容は『娘です(迫真)』であった。その場合どうなっていたかは、想像に任せる。
とりあえず、メルツェルに介添えを頼みながら事態の正しい把握の為に説明を行った。
団長は既に自分がアリスに会うために小学校に通わないとならないと説明した時に拠点に居たので、大まかには理解していたのだろう。
しかし、それでもやはり計画に狂いが出てくるのを恐れ、少し不満そうだった。
因みに、女性陣の方はと言うと沈黙を保っている。互いに友人であると言われても、イマイチ納得いっていないのであろう。
アリスは機嫌良さそうに自分の膝の上で脚をばたつかせているが、式はだまりこくったままで、オールドキングは「へぇ」と友人だと紹介した時に漏らした以外は同じく口を噤んでいた。
やる夫はふと、さっきの服って一体……と問うたが、凄い目で睨まれたので黙らざるを得なかった。
状況は好転も悪化もしていないが、とりあえず一触即発の状態は免れたと見てもいいだろう。とはいえ、今後の対応によってはどちらに転ぶか全く分からないのだが。
さて、どうした物かと思っていると……不意に団長が口を開いた。彼は問う。
「君はカラードの……味方かね?」
問われたアリスは、答える。
「私はおにぃーさんのお友達よ。それ以上でも以下でも無いわ」
「ただ、場合によってはそれ以上にはなり得るのかしらね。逆もまた然り、かもしれないけど」
続けてそう言ったアリスに対し、少なくともカラードを害するつもりは無いのかと念を押す団長。
はぐらかす様な言葉を返したアリスに怯まず、更に団長は「今後カラードが為さねばならぬ事を邪魔するつもりは?」と問う。
帰ってきた答えは「面白そうなら手伝う、つまらなそうなら……」と言う物。
12:00
ここに至って団長、マクミシリアン・テルミドールは選択を迫られる。
強大な不確定要素。大きな障害になり得るが、一方で大きな助けにもなり得る非常にデリケートな存在がアリスだ。
しかし不確定要素程作戦を練るにあたって邪魔な物はない。ならば排除するか、と考え、否定。自分の戦力と彼女の能力を鑑みて、実力行使で滅する事が出来る可能性は低い。
オールドキングの助けを借りればどうにかなるかもしれないが……、そもそもカラードの心境を鑑みても排除は得策でないと感じられた。彼はアリスの事を決して嫌っては居ないだろうから。
考え込む団長に対し、アリスは「友達として、お願い位は聞いてあげても良い」と言葉を残し、給湯室へと上がって行った。
団長は顔を覆い、やる夫は顔面をテーブルに落とした……。
「俺にどうしろと言うのだ……」
団長は絞り出す様に声を発した。有用な駒の一つであったカラードが、途端に自爆スイッチの様な存在になったのだから当然だろう。
彼は、今後の計画への支障を考え……カラードがどこまでアリスを御せるのか、とりあえず問うてから考え直す事にした。(了)
(182)
団長の苦悩は続く。
今ここでカラードを切り捨てる事は出来ない。彼は最早、ORCAにとって無くてはならない程の重要な戦力になりつつあるのだから。
更に、彼を切り捨てる事で彼に連なる者の離反も懸念される。即ち、セレン(式)とオールドキングが新たな爆弾に化ける可能性も高いのだ。
何よりもアリスという存在がある。彼女は用いるべき場所で用いた場合は最強の戦力となり得るが、その期を逃せば全滅一直線の危険なワイルドカードだ。
そんな彼女を繋ぎとめているのは、今の所カラードただ一人だけ……。彼は単体の価値に加え、強大な戦力を繋ぎとめる鎹でもあるのだ。
実際の所、これらの問題を纏めて解決する方法が無いわけではない。
それは、問題を運びこんできた本人であるカラード自身に、この爆弾三つを上手く御させるという手だ。
彼に向いている好感度の矢印的な物を考えれば、あながち現実離れした案という訳でもない。何より、強力な戦力を安全に運用できるメリットは非常に大きい。
尤も、それはあくまで上手く行けばの話だ。失敗した場合は、……目も当てられない状態になる事だろう。
そもそも、団長としてはこの様な不測事態や、ギャンブルにも等しい真似は実に気に食わない物でもある。とはいえ、それを否定すればこれからの行動は大きく制限される……。
とはいえ、まだ計画に致命的な齟齬が発生したわけでもない。メルツェルにネオニダスと言った戦力は現存しており、彼らを用いる事でリスクは大きく減らす事が出来る。
カラード自身も利用価値が無くなった訳ではないし、最悪団長自身が出ていくという手も、取れなくは無いのだ。
とにかく、賭けに出るか、出血を我慢するかのどちらかしかない。さて、どうするべきであろうか……。
・安価→『カラードにスケコマシをやらせる』
団長は、ただ一言、こう言った。
「上手くやれ、いいな?」
彼は己の賛同者の能力に賭ける事にした。それはどちらかといえば、分の悪い賭けとも言い切れない物でもある。
やる夫としても団長の言葉の真意は重々承知している。この場に面倒を持ちこんだ責任から逃れる位なら、八方美人くらいやってやろうと覚悟を決めた。
一方で式もまた、気に食わない部分は多々有るものの、ある程度は助けてやっても良いと考える。自分としても動きようはあるし、件のオールドキングは無視すればいい。正直、あの女は割と単純そうだ。
ともかく、それぞれのやる事、もとい“やらなければならない事”は決まった。
ひとまずやる夫はアリスのご機嫌取りの為のクッキー作りを再開。団長は気持ちを切り替え、仕込みへと向かう事にした。最悪の場合はメルツェルも手を貸してくれるとの事だ。
物騒な言葉を残し、団長はやたら重そうなデイパックと共に拠点から立ち去って行った……。
12:00
さて、気がつけばお昼時だ。そろそろ外に出ていたメンバーも帰還してくる頃だろう。
オールドキングは昼飯へと向かうらしく、メルツェルはコンビニまで甘味調達に行くとの事。
式はやる夫の手伝いでもしようかと考えたが、アリスと違って断られたらと思うと不安である。
腹は減っていないので飯に向かうのも気が向かず、寝ようと思うほどには眠気も無い。かといってここに残っていれば、あの女に絡まれるだろう。
ふと気がつけば、ここで借りた白鞘は大分ガタが来ているらしい。こちらもどうにかしなければならないだろう。
とりあえずはオールドキングから離れるのが先決だろうが、さてどうしたものか。
・安価→『給湯室に行ってみる』
アリスが居ても良いのなら、自分が居ても良い筈だ。クッキーの成型位なら混ぜてくれるかもしれない。
式は刀をぶら下げながら、何も言わず、そのままふらりと給湯室に向かって行った……。
12:25
やれ残念だのヒドインだの脳筋過ぎて女と思えねーだのと散々言われ続けたオールドキングであるが、空気を読むことくらいは出来る。
給湯室に向かうのは得策ではないという判断は出来るのだ。
となると、空腹を満たすのが良いのだろうが……、如何せん冷蔵庫には碌な物がない。生のニンジンを齧るのはごめんである。
なので、外に食事に行く事にした。何というか、色々ありすぎて整理がまだついていない。一度考えを纏め直すことにしよう。
そういないと殴り倒すにせよ蹴倒すにせよ蒸発させるにせよ上手く行かない。
オールドキングも財布が懐にあることを確認すると、ふらりと街へと出かけていった……。(了)