福岡県の郷土のものがたりです。

  • 筑後市

狐のおはなし二話

むかしから狐や狸が人間を化かすお話は、全国いたる所にたくさんあります。

こわいお話、ユーモアに富んだお話などいろいろありますが、このお話も南国九州の

明るい素朴な人柄を表わした滑稽なお話です。

―第一話―

むかし、筑後市に“和泉山”と呼ばれる広い竹藪がありました。そこに、いつこのころから一匹の

たいへんいたずら好きな狐が住んでいました。あるとき、ホロ酔い機嫌の男が家路を急いでいました。

ちょうど和泉山にさしかかったころには秋の日も落ち、十六夜の月が東の空にうっすらと

顔を見せていました。その月あかりで蕎麦の花がほんのり白く浮かび、それはそれは美しい秋の夜でした。

ふと男は不思議なことに気づいたのです。風もないのに蕎麦畑の白い花がザワザワとゆれているのです。

そして、その蕎麦畑の中を一人の男が自分の着物を頭に乗せ、フンドシひとつになって歩いています。

はてな―、ホロ酔い機嫌の男は、うつろな目をこすり、あたりをキョロキョロと見渡しますと、

どうでしょう。一匹の狐が蕎麦畑の中にいて大きなシッポを高くあげ、左右に動かしています。

そのシッポの動きにあわせて蕎麦の花も大きく波うっているのです。

さっきの裸の男は、この狐にたぶらかされて、おそらく川の中を渡っているような気になって

いたのでしょう。

ホロ酔い機嫌の男は、おかしくなってしまいましたが「ウーム、この狐が噂に聞くいたずら狐だな。

よし、今夜はひとつこの狐がどうするか見届けてやろう」と思いました。

男はやがて歩きだした狐のあとをそっとつけていきました。しばらく行った小川のほとりで立ち止まった

狐は、川藻をすくって頭に乗せました。すると、みるみるうちに狐は美しい娘になりました。

男は、ぼうぜんとして眺めていましたが、ふと我にかえると、美しい娘の姿になった狐のあとを

つけて行きました。しばらく行くと、まばらな雑木林になり、娘に化けたいたずら狐は、その中の一軒の

あばら家に入っていきました。

「これは面白くなったぞ」

このあばら家に誰がいるのだろう。あんな美しい娘ならどんな男でも騙されるに違いない。その騙された

男はどんな顔をするだろうか。男はいろいろな空想にふけりながらその家の裏側にまわると、

ちょうどかっこうの格子窓がありました。部屋の中の行燈の明かりがほの白く窓の障子を透かし、

たいへんなまめかしく感じられました。

男は魔術にでもかかったように、窓に引きつけられ、思わず人差し指にツバキをつけて障子に穴を

あけました。そして、障子に顔をくっつけて穴から気付かれないようにそっと部屋の中を覗いたのです。

その時「危ない」うしろで叫ぶ声に、男はハッと我にかえりました。「あっ」いったいどうしたこと

でしょうか。今まで、彼の目の前にあったあばら家は見あたりません。その代わり一頭の馬が

大きな尻を向けて悠然と立っていたのです。

男が今まで好奇の目で覗いていたのはなんと馬のケツの穴だったのです。危うく馬に蹴られそうになった

男は、うしろも見ずに、一目散に逃げ帰ったそうです。


―第二話―

筑後川の羽犬塚に道手という所があります。今この一帯は、工場や人家が建ち並んでいますが、むかしは

樫や椎などの木がうっそうと茂った森だったそうです。

この森に“道手の小太郎”という女に化けるのがたいへん上手な狐が住んでおりました。

この狐に騙された男の人は、ずいぶんいたようですが、この話を聞いた物好きな一人の男が

「よし、俺がひとつとっちめてやろう」と思いたち、ある春の夜、道手に出かけていきました。

するとどうでしょう。椎の木の下に白い頭巾で顔をかくした美しい女がおぼろ月の明りを背に立って

いたのです。

――ははあ、これが噂に聞く道手の小太郎だな――。

男は下腹にぐっと力を入れて近づき、声をかけてみました。

「もし、私は道に迷って困っているのだが、どこか泊めてくれる宿はないだろうか」

すると、美しい女は、

「ああ、それだったら私の家に泊りなさいな。父と母は親戚に出かけて私一人ですから…」

とにっこり微笑み、先に立って案内しました。

しばらく行くと、小ぎれいな一軒の家があり、落着いた部屋に通されました。まもなく、お茶と

まんじゅうが出されましたが男は、――これは馬の小便とフンに違いない――

と思って手をつけませんでした。

「それでは」と女は、となりの部屋にやわらかな夜具をのべてくれました。

男は、――今に見ておれ――心の中でつぶやきながら腹を決めて床の中に入り、女の様子を

うかがっておりました。

しばらく時がたち、どうやら女も眠ったのか微かな寝息が聞こえてきました。

男はやおら起きあがり、静かに自分のフンドシを解いて女の足と自分の足をしっかり結びつけ

逃げられないようにしながら、やにわに、

「道手の小太郎だまされんぞ」

と大声をあげてそばにあった木枕で女の顔を殴りつけました。

「いたい」

悲鳴をあげたのは男の方でした。それもそのはず、女と思ったのはひとまわりもある

大きな樫の木だったのです。男はフンドシで自分の足を樫の大木にしっかりと結びつけて

いたのです。そして、男の手にあったのは木枕でなく大きな石だったのです。

辺りを見渡すと、きれいな夜具ではなく、ワラや枯れ葉がいっぱいで春の月が物好きな男を

笑うように中天にかかっていました。

男は急に寒気を感じて一目散に我が家に走り帰ったということです。

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