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1908年 3月10日 八洲皇国新京市 中華国民党本部

大陸横断鉄道の終着点たる野上駅に着くや否や私は市電に飛び乗り倉橋の党本部へと向かった。

「中山か。遠路遥々ご苦労であった」

孫永山先生は満足そうに微笑みながら私を出迎えた。私は早速先生にライヒでの経験、フランソワでの奇妙な体験、そして帰路で偶然出会ったシルベリアの若い海軍将校の話を話した。その日の先生は上機嫌で私の話に微笑みながら相槌を打っていた。

「充実した留学体験ができたようで何よりだ。こんなに俺達に良くしてくれる栄作には頭が上がらないな」
「まったくです。今回の留学で自分は様々な人に助けられ、世界を知ることが出来ました。我が国民党の理念に共感し、協力を約束してくれた人もいます。彼らのためにも革命を成し遂げなければ……」
「その通りだ。我々は何としてでも勝利をこの手に掴まなければならない。同胞達のために……素晴らしき祖国の為に……」

先生はそう言うと立ち上がり、皇国語で書かれた新聞を私に手渡した。

「新京讖文社……黄天戦争の記事ですか」

金作戦の失敗から数年が経過し国民党の力はもはや海の彼方の祖国、中華の地から駆逐されて久しい。しかし革命を目指しているのは何も国民党だけでは無い。黄天戦争もまたそのような志を持った人々によって引き起こされた動乱で、彼らの行動は我々から見ても過激であった。

「戦争の終わりが近付いているようだ。ここを見てくれ」

先生の指を指した先には“李紫雲”の文字があった。

「また李将軍ですか……となると戦争の大局は既に決したようですね」

李紫雲の力は未だに健在だ。はっきりいって今回の戦争はいい線までいっていた。あともう一撃があれば漢朝は崩壊していただろう。そうなれば私達も中華へ舞い戻り臨時政府を組織し民国の設立を……などと筋書きが立てられていたがどうやら現実はそこまで上手くいかないらしい。

「やはり李紫雲という人物は革命の大きな障害となる……どうにかしてこの状況を打開しなければならないな……」

先生は険しい表情で新聞を見つめていた。

「だが、」

先生は立ち上がり壁に掛けられた中華の地図を見つめる。その地図には黄天戦争の概況が細かく書かれていたがこれは新聞などの報道機関はもちろんのこと騒動に紛れ現地に潜伏している同志からの情報をもとに書かれていた。

「我々の想像に反して彼らはよく戦ったようだ。何せ李紫雲相手すら何年も手を焼いたのだからな」

今思えば今回の騒乱の始まりは金作戦の失敗の翌年だった。それから今までの間に国民党は規律の取れた軍組織を結成し世界各地に協力者を得て、金作戦以前よりも大きな組織となった。

「戦いは数か……」

地図をまじまじと見ていた先生がふと呟いた。黄天軍がここまで耐えれたのは彼らの数の多さにある。彼ら一人一人はただの農民だとしてもそれが数十万もの束となればいくら正規の軍隊、それも稀代の名将が指揮するものであるとも鎮圧には長い年月を要する。いつかイルドアのカフェで人民評議会の将校が言っていたように結局のところ戦いは数が正義。例え最新鋭の兵器を保持しようとも数の力で押し切ってしまえば、勝利さえ掴んでしまえばそれでいいのだ。実際、黄天軍は物量作戦で民衆すらも巻き込みながら進撃を続けて行った。一方で同志からの報告では黄天軍の裏には諸列強の武器商人らが糸を引いていたという話もある。つまりある程度質の良い武器の供給は保証されていた。質の良い武器が幾万の殺意に満ちた民兵に行き渡ればそれはもう誰にも止めることのできない全てを飲み込む津波のようなものとなる。

「中山、お前はどう見る。生憎私は軍事に関してはまったくの素人でね」
「はい、黄天軍の戦い方は物量作戦としては典型的なものです。恐らく人民評議会のドクトリンを参考にしたものかと」

ライヒの士官学校で学んだ列強諸国のドクトリン。黄天軍をそれに照らし合わせるのであれば人民評議会式と言って差し支えないだろう。彼らも物量に身を任せて戦線を突破するのを得意とするー黄天軍との違いと言えばその原動力が革命への希望ではなく督戦隊への恐怖であることぐらいだろう。

「この手の戦い方は大きな衝撃力を持ちますが、戦線がひとつでも崩れれば全体が瓦解しかねません。それに人的資源の消費も激しいので、我々国民党軍には不向きな戦術かと」

国民党軍はとにかく人員不足だ。隊員のほとんどは租界都市に住む自由主義者や皇国に亡命した民主派などの出身で、尚且つ金作戦の失敗の結果起きてしまった惨事ー李紫雲による大粛清で大陸本土に対する影響力は大きく削がれてしまった。現在では地下組織としてそのネットワークは再建されつつあるも黄天軍のような数十万もの軍勢を、しかも統制された近代的な軍隊を用意するのは不可能に等しかった。

「我が軍は現在2個師団相当の人員を育成中です。しかし今すぐに戦闘可能なものとなると私を含めたライヒ留学組それと皇国陸軍にて訓練を受けた1個連隊程度しかありません」

国民党軍は菱河財閥等の協力もあり育成に関しては最高品質と言っても過言では無い。私を含めた士官教育を受けたものは皆、北洋戦争に従軍しその後ライヒの士官学校へ留学。兵卒に至っても皇国陸軍にて訓練を受けている。そして国民党軍が得意とする戦術はー

「少数精鋭による散兵戦。もし今仕掛けるとしたらそれ以外にありません」

現在の国民党軍の形態は少数精鋭主義を貫いている。(自画自賛かもしれないが、)エリート教育を受けた士官が各国の軍隊で錬成された兵士を率いる。兵士一人一人の能力は高水準で統一されており、即応可能な1個連隊に関しては小隊規模での単独行動が可能なまで練度が上がっている。

「ある意味では、先生。少数で連続的に、それも複数箇所に襲撃をしかけることは軍隊に大きな負担を与えます」

いわゆる一撃離脱戦法。帝政軍の施設や官庁を突発的に襲撃することで混乱をもたらし、不安定な状態になったところで総攻撃を仕掛けその地方の中核たる都市を占拠してしまおう。ライヒ留学中に仲間たちと立案したプランはこのようなものであった。

「なるほど……それは興味深い。ところで中山、今夜の党会議なんだが」

先生は真剣な表情で私を見る。

「早速だがライヒ君が得た知見を用いたい。軍の人員が不足しているのは私も承知しているが……我々もこの混乱に紛れて本土へ返り咲かなければならない。頼む中山、力を貸してくれ」

私は黙って頷いた。
その日の夜、党本部の地下室では党会議が行われた。その会議には孫先生はもちろんのこと汪清明先生や遼興寧先生などの国民党幹部はもちろんのこと、張秋霖大尉や秋桃子少佐といった私も含む国民党軍の士官も参加していた。ライヒから出した船便が下宿に届くのは明後日だった為私は背広を着ての参加となったが他の士官達はしっかりと正装を着用していた。軍服はライヒ式とイルドア式の混合で紺色のジャケットとズボン、士官だとその中にネクタイを結び、拳銃帯を掛け、国民党の腕章を付け、頭には制帽が身に付けられ、襟章の金の虎が光り輝いていた。また、当時の国民党軍には将官クラスの人間はおらず最高位が孫先生で大佐の階級が、他の幹部党員達も中佐階級が与えられていた。が、実際に前線に出て戦ったことのある中佐階級の者は私ー蒋中山、ライヒに留学中の蔡中石、かつて帝政軍に在籍していた習劉邦、元馬賊の江馬亮の4名だけだった。

「それでは定刻となりましたので中華国民党幹部会議を開始します」

司会役を務めるのは殷耕朔先生。私と同じライヒ領山西半島の出身で国民党に参加する以前は医師として新海の工部局病院で働いていた。

「ではまず私の方から今月の党収支を報告します」

財政担当の王涼紫先生が立ち上がり壁にかけられた黒板に今月の収支報告を書いていく。

「今月は外務担当の同志明柏陽の交渉によりジョンソン・マクファーレン財団より100ポンドもの資金提供を受けました。この資金は大陸本土での活動費及び国民党軍の武器調達に活用する予定となっています」

国民党は列強諸国の有力財閥から多額の資金提供を受けていた。これも全て孫先生自身の絶え間ない努力と先生の個人的な友人であり皇国において最も影響力を持つ財閥の当主である菱河栄作氏の仲介のおかげであった。
その後、しばらくは党の財務関係の議題が続いた。今のところ党の財政状況は比較的良好でゆっくりとそれでも着実に党は力を蓄えつつある。
王先生の報告が終わるといよいよ今日の本題とも言える大陸の現状報告が始まる。

「それでは私より大陸本土、帝政の動向についてお伝え致します」

大陸情勢を伝えるのは東海を潜伏先として活動している国民党軍先遣隊を率いる秋桃子少佐だ。彼女は蘇州出身で父親は有力な地方官吏であった。彼女は所謂上流階級の人間であったが貧困に苦しむ民衆らの姿を見て単身で革命運動に飛び込んだのであった。

「既に皆さんもご存知の通り現在大陸では黄天泰平国、通称黄天軍を名乗る武装勢力の蜂起による内紛が勃発中です。この内乱は数年近く続いていましたがもうまもなく鎮圧されるとの見込みです。黄天軍に潜伏中の同志からの報告によれば数日前、李将軍率いる朝廷軍が彼らの首府が置かれている金陵を完全に包囲したとのことです。金陵を失えばもはや黄天軍の継戦能力は皆無に等しくなるでしょう」
「しかし……まさか農民の叛乱がここまで大規模で長期的なものになるとは……」

これまでの黄天軍の活動が詳細に書かれた地図を見ながら遼先生はそう呟く。

「その事についてなのですがようやく黄天軍の背後にいた者、つまり彼らを支援していた勢力が判明しました」

秋少佐は机の上に数枚の紙を置く。

「これは……」

そこには乱雑なアルビオン語で武器取引の内容が書かれていた。

「同志が入手した黄天軍と蘇州を拠点に活動するネーデルラント系某武器商人の間に行われた武器取引の内容です。驚くべき事に彼らは多数の強力な武器を仕入れていたようです。そして見て頂きたいのは黄天側の代表者のサインです」

受領印を押す場所には赤文字でで『JASMINE MAXWELL』と書かれていた。

「偽名か……?それとも……」
「これは別の同志からの情報ですがどうやら黄天軍の内部には“義勇兵”なるものが存在したそうです」
「義勇兵?」
「はい。アルビオンやネーデルラント……ひいてはあの合州国やアルタイからも約300名の外国人が“義勇兵”として黄天軍の活動を支援していたようです」

彼女は次にその“義勇兵”の名前が書かれたリストを掲示する。

「なるほどな……彼らが黄天の連中に武器取引の仲介や近代兵器の取り扱いや戦術を指導していたという訳か。しかし何故このような真似を……?」

遼先生はすかさず疑問を投げかける。

「それについては興味深い書簡を入手したのでそちらを見て頂ければ」

秋少佐は一度、書類で散らかった机の上を整理すると一通の手紙を読み上げ、それを遼先生に渡した。

「私自身あまりネーデルラント訛りのアルビオン語は得意では有りませんが……『親愛なる国王陛下へ。この度は我々の活動、大セリカにおける義勇活動を了承して頂き大変感謝しています。我々は現在ー』」

少佐の読み上げた手紙の内容を要約すると主な内容は3つに分けられた。
1、義勇兵のうちネーデルラントからの参加者は全体の約半数に及ぶ180名であること。
2、黄天軍は現在の王朝を打倒できる可能性を秘めていること。
そして3つ目。この内容が最も重要であった。
3、もし黄天軍が中央政府を打倒した場合、そこに開かれた新政府軍は直ちに各租界都市への攻撃を開始しそれらの奪還に動くこと。また、ここまでにかかる武器調達等の資金を提供する見返りとして戦後は広州を中心とした華南地域におけるネーデルラントの利権及び戦後99年間、蘇州並びに新海を初めとした天都・福都地域をネーデルラントが租借すること。

「……やはりネーデルラントの連中は信頼できないな」

孫先生は遼先生から手紙を受け取ると渋い顔で話す。

「とはいえネーデルラント本国政府はそこまで乗り気じゃなかったらしい。現に帝政に対して旧式とはいえ珍しく武器を供与していたからな。まあ、両方に武器を売り払って戦争を泥沼化させてそこで利益を得るのが本命だろう。それにこの計画が露呈すれば列強のほぼ全てを敵に回すだろう?ネーデルラントの奴らはハイリスクを嫌っているからな。秋少佐、本国からの返信の手紙は入手できたのか?」

西洋ノルドニアで情報収集を担当している皇国人の協力者、佐々木男爵が言う。彼は農民の出身だったが一発逆転を狙い大陸北東部の豊洲で鉱山を経営し、たった数年で莫大な財産を築いた。それを資金に南方大陸での事業を拡大させ、モンテルナ地域のとある小国の爵位を“購入”したのであった。

「潜伏中の同志からはそのような報告は上がっていません。ですが、どうやら義勇兵達はそれぞれの出身国の政府または有力者に対してネーデルラントと同様の内容の手紙を送っていたようです」
「なるほどな。と、なると義勇兵の手紙は黙殺された可能性が高いだろうな。いくら美味しい話とはいえこんなリスキーなもの列強様が易々と協力するようには俺には思えない。だが念の為もある、少し俺の方でも調べてみるとするよ」

男爵はそう言うと片目を閉じた。

「どちらにせよ黄天軍の背後には列強が、厳密に言えば列強国内で成功を狙う若者が居たということは間違いないようだ。重要な情報をありがとう秋少佐」
「はっ」

孫先生が頷きながら話し、秋少佐はそれに応えて敬礼をした。

「さて、諸君。黄天戦争は我々に様々なものを与えてくれた。この混乱に乗じて国民党は力を取り戻し、今や金作戦以前の勢いを取り戻しつつある。そして今回の件により朝廷は更に力を弱めた。以前李将軍の力は健在だが国力の限界は近いだろう」

孫先生は会議室を見回しながら会議に参加している一人一人と目を合わせ、丁寧に言葉を紡いでいく。先生は意気揚々と宣言する。

「夜明けは近い。我々はもう間もなく大陸へと戻り革命運動を再開する」

党員たちは皆、真剣な表情で先生の話を聞く。

「民国建国までの道はとても長く険しいものであることに変わりは無いだろう……だが、今が好機である。憎き帝政の獣共に思い知らせてやろう。我々が未だ健在だという事を。我々民衆の怒りを。そして我々が奴らを打倒しうる勢力であることを……!」

会議室は歓声に包まれる。それを見て先生は口を開く。

「早速だが……清明、地図を」

孫先生は先生の隣に立っていた汪先生に合図を送ると彼は手早く机を整理し江水流域の地図を広げる。

「今回の作戦は革命への大きな道筋のひとつだ。とはいえ、今回の行動が直接革命に繋がるかと聞かれるとそれは少し違うことになるだろう」

孫先生は相変わらず穏やかな口調で話を続ける。

「今回の目標は朝廷に対し我々の力を、つまり国民党軍の実力を見せる事。平たく言ってしまえば脅しだ。先程も言ったように我々国民党には革命を遂行しうる力がある事を朝廷に認識させる。おそらく彼らはまだ我々を過激な民族主義者だと勘違いしているだろうが……それは大きな間違いだ。そして今回の作戦は諸列強に対しても良い宣伝の機会になる。国民党軍が、彼らから見れば一介の革命組織が既存の政府軍を易々とー黄天軍よりも容易く撃破できればさらなる支援を期待できる」

孫先生の表情は自信に満ち溢れていた。

「先生。つまり、先生は今回我々は国民党軍を用いて大陸本土で大規模な軍事行動を起こすということですか?それこそ今の黄天戦争のような……」

手を挙げて質問をするのは殷先生。

「半分正解だよ耕朔君、確かに今回の作戦は国民党軍の初陣となるだろう……だが黄天軍のように大規模な叛乱を伴うものは考えていない」

孫先生は鉛筆を取り、江水流域の都市に丸をつけ始める。

「作戦目標は江水下流の何れかの都市。我々は河川艇を用いて都市に上陸し速やかに市内中枢部を制圧。その後民衆らに布告を行うと同時に国内外にアムステルブルク条約に基づき自由都市宣言を行う、事実上の独立宣言と捉えて構わない」

江水下流域の都市はどれも市庁舎等の中枢が河港に近い場所に位置しており、短時間での制圧は不可能ではなかった。

「先生、ちなみになのですが、今回の作戦は諸列強からの支援はあるのでしょうか……?いくら簡単に都市を手中に収めたとはいえ江水が朝廷によって封鎖された場合に補給が滞ったり、撤退の際我が軍は朝廷側の包囲を突破し租界都市又は国外へ逃亡する必要があるの思うのですが」

私は咄嗟に質問をしていた。

「いい質問だ中山。補給に関してはー」
「補給は心配しなくていい俺と菱河の兄ちゃんで調整済みだ。封鎖されようが既に傘下の船会社が江水の常時通行権を得ている。もう奴らは手出できないさ。何せ積荷は“人道支援物資”なんだからな」

孫先生の説明より前に佐々木男爵が勝ち誇ったような顔で語る。補給の事は心配せずに暴れてくれとでも言いたげな表情だった。

「佐々木男爵の説明もあったように補給物資に関しては問題は無い。ここでもし彼らが船を止めるようならば自ら国外に『我が国は罪の無い民間人の為の救援物資すら押収する素晴らしき国です』と宣伝する事になるのだからな」

今思えばこの行為はどう見ても国際法違反。ハーフブルクの国際裁判所も即決する程明らかなものだ。だが、この当時はまだ国際法整備が発展途上で尚且つ帝政はこれらの条約に調印していない場合もあった。

「さて、もう1つの問題についてだが……[どうぞお入り下さい]」

先生は流暢なライヒ語で扉の方へ呼びかける。
扉は開き、真っ黒なスーツに身を包んだ金髪の男性が現れる。私は一目見て彼がライヒ人だという事がわかった。

「皆サン、ハジメマシテ。ワタシは、オットー・フォン・ハルケインね。どうぞヨロシク」

ハルケインと名乗ったライヒ人は深々とお辞儀をして自己紹介をする。

「ハルケイン氏はライヒ極東領の弁務補佐官の地位に就かれている。今回の作戦に際し我々国民党はゲルマニア帝国極東領の協力を得る事に成功した。撤退の際には彼らの力をお借りする」

孫先生は堂々とした顔つきで語る。

「おそらくだが戦乱が長引けばあの李紫雲が出てくるだろう。その時が頃合いだ。我々はそれを合図にライヒ東洋艦隊の力を借りて都市より離脱する」
「合図ガアレバ直グ二軍艦、数隻オクルね。総督閣下、アナタ方ノ事とても尊敬シテル。ワタシ達ハアナタ方ノ健闘ヲ祈ってるヨ」

ハルケイン氏は笑顔で一人一人と握手を交わしていく。

「し、しかし先生。江水の外国隻軍艦は条約によって通航を止められていたのでは?」

不安そうに質問をするのは張秋霖大尉だ。

「秋霖君、君も良い質問をするね。まったくもってその通り。江水では外国の軍艦が航行する事は禁止されている」
「ではどのように脱出を?まさか無理矢理突破ですか?」
「そのまさかだよ。秋霖君。少々手荒な真似になってしまうが致し方ない。何せ今回我々が狙うのは“外国人居留地がある都市”なのだからな」

言われてみれば確かにそうだ。孫先生が丸をつけた都市にはどれも規模は違えど外国人居留地が設置されている。つまり脱出のプランとしてはー

「ワタシ達、皇帝陛下の臣民ヲ護るノ仕事。国民ノ安全確保ノ為ナラ手段選バナイ」

ハルケイン氏は胸に手を当て宣言する。

「ゲルマニア帝国東洋艦隊ハ国民保護ノ為に出動が可能ネ」
「つまり脱出方法としては自国民保護の名目で江水を訴状してきたライヒ軍と戦闘を行うフリをした上で混乱に乗じて逃亡すると言うことですか?」
「そのようなものだと思ってくれて構わない。我々は河港に接岸したライヒ東洋艦隊所属の砲艦に乗船し封鎖を突破した上で脱出する。名目上は“政治的立場による自主的な亡命”だ。もはやこうなれば帝政も泣き寝入りするしか有るまい。国際法上はかなり厳しい部分が多いがこれが確実に、誰一人死なずに脱出できる可能性が最も高い作戦だ」
孫先生はもう一度会議室にいる党員達を、特に私達国民党軍の将校らをじっと見渡しながら話す。その目にはもう誰も死なせたくないという決意がこもっていた。

「革命の歯車は今、再始動しようとしている。我々はもう民衆が貧困に、不当な評価に、腐敗した政府に虐げられ苦しめられる姿を見ていられない!!国民党は前進しなければならない。何時如何なる時にも!!」

先生は拳を突き上げて力説する。
会議室は拍手の嵐に包まれていた。もはや覚悟は決まった。

「作戦のより詳しい立案に交わしては国民党軍幕僚部に一任する。中山、頼んだぞ」
「はっ!必ずや作戦を成功させてみせます!!」

私は意気揚々と孫先生に返事をする。

「それでは本日はこれで解散とする」

孫先生はもう一度拳を高く突き上げる。

「回復中華 創立民国 万民平等 !!」

「「「回復中華 創立民国 万民平等 !!」」」

誰もが栄光ある革命を信じて疑わなかった。


1908年 3月11日 八洲皇国新京市 中華国民党本部


会議の翌日、私を含めた国民党軍の将校たちは会議室で机に置かれた江水流域の地図を注意深く見ていた。

「やはり福州や新海に程近い都市を占領するべきか……?その方が各国の支援を受けやすいだろうし、撤退がもし失敗した場合でも自力で租界まで辿り着けるはすだ」

張秋霖大尉は福都租界と大陸本土の境界から西に20km先の都市である桃陵に丸をつける。

「張大尉、しかし桃陵の北東12kmには緑営の駐屯地があります。無闇な戦闘を避けるのであれば避けるべきかと」

そう指摘するのは秋桃子少佐。

「となるともう少し遡上した方が良さそうだな……となると次の候補は小蘭か。だがここは人口もあまり多くなく政治的価値はあまり高くは無い。帝政に衝撃を与えるには少しばかり役不足だろう」

私は小蘭と書かれた地域にバツ印をつけ溜息をつく。

「河港の設備がある程度整備されてい方が初動が早くなる。その方が好都合だろう。だとしたらかなり上の方へ行かなければならないぞ」

私と同じように険しい顔をするのは元馬賊の江馬亮中佐。
私達は孫先生の命を受け、国民党軍が行動を起こす江水沿いの都市を選定している最中であったが中々それが決まらず会議は難航していた。

「いっその事江水下流域の中小規模都市を散発的に襲撃しますか?その方が帝政側を撹乱させる事ができると思いますが……」

櫌銘柊中尉が提案する。

「いいや、それは駄目だ。今回の作戦は占領した都市において国民党が統治を行う事で民衆らに対して民主主義による自由な政治を流布させる目的もある。それでは戦略的目標は達成できても政治的目標が達成できない」

私はそう言うと江水流域にある河港の設備が不十分な都市、外国人居留地が存在しない都市、人口が少なく政治的地位が低い中小都市に全てバツ印をつけた。

「これはかなりの難題ですな。補給の観点からみて福都の租界地に近ければ近い程良いと言うのに充分な設備を兼ね備えた都市は殆ど無い」

国民党軍において最年長で、かつて帝政軍に所属していた習劉邦中佐が言う。

「いったいどうしたものか……」

私はもう一度ため息を着くと会議室の天井を見上げ、しばらく思考の泉に浸っていた。

「軍事的目標と政治的目標の両立……言うのは容易いがここまで苦労するものだとは……」

私はいつかライヒ将校が呟いていた言葉を思い出し、深い溜息をつく。

「ライヒ艦隊の遡上限界は中流域の慶京までです。もっとも同都市にも列強の租界がありますが」

張大尉はいっその事中流域まで遡上する事を提案する。それと同時に秋少佐があっと声を出した。

「秋少佐?」
「作戦区域を内陸側に移すのであればひとつ、私に考えがあります」

彼女はそう言うと地図が保管されている棚へ向かい、何かを探し始める。

「河口より凡そ200km、中流域と下流域のほぼ境界に位置していて尚且つ複数の河川が合流し、小規模ですが外国人居留地もある都市……周辺には各国の領事館が点在し、充分な港設備も整っている。そして何より近くに緑営、八旗の駐屯地が存在しない都市が一つだけあります」

少佐が棚からおもむろに取り出し、机の中央に置いた地図に書かれていた地名はー

「壬川か……」

壬川は湖北地方東端の都市で4つの河川が江水に合流する交通の要衝で古代より河港都市として繁栄してきた歴史がある。近年では沿岸部にある租界都市の発展により衰退気味であったがそれでもなおこの都市の湖北地方にそして漢朝セリカ帝国に与える影響力は依然として健在であった。

「確かに壬川の中心地は河川や水路に囲まれ防御に適している。福州からかなり離れていることを除けば良い目標かもしれないですな」

習中佐は頷きながら彼女の意見に賛同する。

「撤退の際には直接福州や新海を目指すのではなく一度江水を下流に向かって20km程下った湖関という小さな街にあるライヒ領事館を経由します」

秋少佐は次に地図上にある“港関”と書かれた点に印をつける。

「ここにある領事館はライヒ本国ではなく極東領の管轄下になっています。予め領事に連絡し人数分の身分証を用意してもらい、それから連合王国が運航する定期船で新海へ脱出するのが最も安全な方法でしょう」
「確かに極東領の国籍を有する同胞は多数いる……かく言う私も本籍は極東領だ」

極東領、つまりゲルマニア帝国極東領は大陸本土に有りながら完全に漢朝の手が届かない。極東領の籍を有していれば同じ中華民族でありながらも列強諸国の人間と同じ待遇を受けることができるが条約によって保証されている。私も極東領で生まれ、父も母も極東領国籍を持っていたことから自動的に極東領国籍を与えられ、今日まで生きてきた。以前、金作戦への関与を疑われた際にも極東領国籍のおかげで領事裁判権が適用され事なきを得た私はそれの持つ効果の強さを実感していた。

「もちろんのことですがこの身分証は偽造された物。ですが当局の目を欺くには充分でしょう。新海にさえ辿り着いてしまえば後は我々のものなのですから」

秋少佐は自信たっぷりの笑顔を見せた。

抜粋:孫先生回顧録(蒋中山著書)

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