最終更新: centaurus20041122 2014年04月30日(水) 09:44:09履歴
眩しい陽射しが二人に注いでいた。
南国特有の湿気を含んだ空気が肌にまとわりつくが、それさえもわくわくする。
「本当に焼いて大丈夫なの?」
貴樹が明里に聞いた。
モデル時代は日焼けは厳禁だったからだ。
明里はそれほどピリピリとはしていなかったけれど、初夏から10月あたりまでは日傘を常用していた。
「うん。もうエディターになるんだもん」
「あ、なんかその言い方、ちょっとかっこつけすぎ」
「いいでしょー」
そんな痴話喧嘩さえうれしい。
プーケットの2月は乾季で、ヨーロッパからの観光客でにぎわっている。
明里も、かなりがんばって赤のビキニを着ていた。
ジムのプールでは地味な競泳タイプの水着だったので、貴樹にとってはそれさえも新鮮に感じる。
「ほんと、けっこうお年を召した人もビキニ着てるんだね」
明里がパタヤビーチを眺めながら言う。
「だから正解だったでしょ。ここで競泳用なんか着たら逆に目立つって」
「うん……貴樹くんがかついでるのかとちょっと思ってたけど」
「ええ? そんなに信頼ないのかな……俺って」
「うそうそ」
貴樹と明里は卒業旅行でタイのプーケットに来ていた。
卒業論文を12月末に提出したあとは、もうとくにやることもない。
1月から3月までの3か月間で、自動車の普通免許を取得し、その合間に卒業旅行に行こうと決めた。
そこで2月に初めて、二人きりの旅行に来たのだった。
双方の親にも「卒業旅行に行きます」と伝えた。
お願いではなくて、報告、だった。
明里の父でさえ「気をつけて」としか言わなかった。
すでに成人して、もうすぐ社会に出る。
もう親がどうこう言う段階ではない、と思ったのだろう。
「国内でも一緒に旅行したことがないのに、いきなり海外なんてびっくりしたよ?」
明里が言うと、「就職したら、いついけるかわからないからね」と貴樹が応える。
「ほら、パスポートを取っておいたほうがのちのちいいかなあと思って」
「それだけの理由?」
明里がいぶかしげに聞いたので、「そんなことないよ」となだめる貴樹。
「僕たちはあの、雪の日から始まった」
居住まいを正して貴樹が言う。
「だから、南国の暑い空気の中で、明里と過ごす一週間が欲しいなって思ってたんだ」
「どうして?」
「だって、冬や雪は人の心を縮こませるから。ほんわかした春の桜の記憶はそのままでいいけれど、冬の記憶はせめて、夏の記憶と対にしておきたいと思って」
なるほど。
思えば、明里と貴樹の間には夏の想い出があまりなかった。
だからこそ、22歳になった今だからこそできる方法で。
想い出を記しておきたかった。
「あとはこの4年間で苦手を一つ克服したっていうのを自分なりに憶えておくためかな」
「水泳?」
「うん。なんだかこういうところだったら、泳ぎたくなるくらいにはなったし。歌はどうしようもないけど」
あはははと二人でひとしきり笑ってから、「ね、あれやりたい」と明里は空を飛んでいるタンデムパラセーリングを指さした。
乾いた風がたなびく向こうに、小さなパラシュートが気持ちよさげに浮かんでいた。
(つづく)
南国特有の湿気を含んだ空気が肌にまとわりつくが、それさえもわくわくする。
「本当に焼いて大丈夫なの?」
貴樹が明里に聞いた。
モデル時代は日焼けは厳禁だったからだ。
明里はそれほどピリピリとはしていなかったけれど、初夏から10月あたりまでは日傘を常用していた。
「うん。もうエディターになるんだもん」
「あ、なんかその言い方、ちょっとかっこつけすぎ」
「いいでしょー」
そんな痴話喧嘩さえうれしい。
プーケットの2月は乾季で、ヨーロッパからの観光客でにぎわっている。
明里も、かなりがんばって赤のビキニを着ていた。
ジムのプールでは地味な競泳タイプの水着だったので、貴樹にとってはそれさえも新鮮に感じる。
「ほんと、けっこうお年を召した人もビキニ着てるんだね」
明里がパタヤビーチを眺めながら言う。
「だから正解だったでしょ。ここで競泳用なんか着たら逆に目立つって」
「うん……貴樹くんがかついでるのかとちょっと思ってたけど」
「ええ? そんなに信頼ないのかな……俺って」
「うそうそ」
貴樹と明里は卒業旅行でタイのプーケットに来ていた。
卒業論文を12月末に提出したあとは、もうとくにやることもない。
1月から3月までの3か月間で、自動車の普通免許を取得し、その合間に卒業旅行に行こうと決めた。
そこで2月に初めて、二人きりの旅行に来たのだった。
双方の親にも「卒業旅行に行きます」と伝えた。
お願いではなくて、報告、だった。
明里の父でさえ「気をつけて」としか言わなかった。
すでに成人して、もうすぐ社会に出る。
もう親がどうこう言う段階ではない、と思ったのだろう。
「国内でも一緒に旅行したことがないのに、いきなり海外なんてびっくりしたよ?」
明里が言うと、「就職したら、いついけるかわからないからね」と貴樹が応える。
「ほら、パスポートを取っておいたほうがのちのちいいかなあと思って」
「それだけの理由?」
明里がいぶかしげに聞いたので、「そんなことないよ」となだめる貴樹。
「僕たちはあの、雪の日から始まった」
居住まいを正して貴樹が言う。
「だから、南国の暑い空気の中で、明里と過ごす一週間が欲しいなって思ってたんだ」
「どうして?」
「だって、冬や雪は人の心を縮こませるから。ほんわかした春の桜の記憶はそのままでいいけれど、冬の記憶はせめて、夏の記憶と対にしておきたいと思って」
なるほど。
思えば、明里と貴樹の間には夏の想い出があまりなかった。
だからこそ、22歳になった今だからこそできる方法で。
想い出を記しておきたかった。
「あとはこの4年間で苦手を一つ克服したっていうのを自分なりに憶えておくためかな」
「水泳?」
「うん。なんだかこういうところだったら、泳ぎたくなるくらいにはなったし。歌はどうしようもないけど」
あはははと二人でひとしきり笑ってから、「ね、あれやりたい」と明里は空を飛んでいるタンデムパラセーリングを指さした。
乾いた風がたなびく向こうに、小さなパラシュートが気持ちよさげに浮かんでいた。
(つづく)
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