新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

「まったくうちも舐められたもんねえ。クビにする権限を持ってるとでも思ってるなんて増長きわまれりって感じ。明里ちゃん、怖くない? 大丈夫?」
明里の携帯に届いたメールを見ながら、呆れた口調で田村が言う。

「同じマンションに彼がいるので、いざとなったら彼のところに行くつもりですけど……。でも、根本的な対策をしないと、別の人まで被害に遭ってしまいそうで。このメールの内容でも十分大丈夫だとは思うんですけど、より完璧に伊勢島の罪を立証して、禍根を断つっていうのはどうですか」

「どういうこと?」

「つまり……」

明里が田村に考えを伝える。

「それは危険よ。あなたが囮になるってことでしょ?」

「だから、当日のその場には田村さんや、あと私の彼氏、知り合いにも頼んで、何があっても大丈夫な形にしておきたいんです」

「そうね……あちらの社内事情もいろいろ面白いことを聞いているし、やってみてもいいかもね……作戦を練りましょう」


数日後の夜。出版社の小会議室にて。

「と、みなさんに集まってもらったのはこういうことなんです」と田村は言う。
貴樹が憮然とした表情をしている。

「明里を囮に使うっていうのは承服しかねます」
当然のように貴樹は反対した。しかし。

「貴樹くん、これは私の復讐でもあるの。どうせなら、私自身の手でカタをつけたい」
いつになく厳しい表情で明里が言う。そんな明里の顔を貴樹は見たことがなかった。

「明里……強くなったな……」

「小さい頃は、自分っていうのを出すのが怖かった。けれど、自分が動くことで回りが動くことを知ったの。今回の事件のキーは私だから、私が動く。だけど……やっぱり怖いから、貴樹くんに見守っててほしい」

「……わかった」

その場には明里と田村、貴樹のほかに、理子とその恋人である木村祐一も同席していた。明里や貴樹も理子の恋人と会うのは初めてだ。木村は身長190cmの偉丈夫で、日に焼けた頼もしい感じの男性だ。しかも、東大法学部を出ており、一部上場企業の法務部に勤めていた。

「法学部出身の私の目からしても、明里さんに送られたメールだけで強要罪は十分に成立しますね。ただ、こういう電子メールを使った行為というのは新しい分、警察や検察もどこまで立証すればいいのか手探りなところがあります」

東大法学部卒になめらかに解説してもらうと、安心感が違う。
田村はこれまでの事件を掘り起こして、概要をある程度まとめてきていた。

「これまでの犯行から、伊勢島はまずホテルのレストランで食事のあと、上階にあるラウンジで酒を飲ませ、口説き、部屋を取ってあるからと連れ込むというパターンであることがわかっています。私と遠野くん、飯田さんと木村さんで2チーム作り、伊勢島と明里ちゃんを監視、なにかあった場合には速やかに救出します。会話はすべて明里ちゃんが持っている小型レコーダーで録音して、証拠とします」

「もう一つ、いいですか」
貴樹が手をあげた。

「明里に小型マイクをつけてトランスミッターで会話を飛ばし、我々がイヤホンでモニタリングするというのはどうですか。より迅速に行動できると思うのですが」

「探偵が使うようなもの?」田村が聞く。

「そうです。秋葉原で安く売ってますよ」

異議が出るはずもなく、衆議一決した。


まだしつこくメールを送り続けてくる伊勢島に「迷惑メールフォルダ」に入っていて気付かなかった、と、明里が謝罪と食事OKの返信メールを送ると、すぐに返事が来たことに一同失笑した。


「今度の金曜日の夜、○○ホテル1Fのレストランと言ってきました。時間は19時です。大丈夫ですか?」

一同がうなづくとすぐに返信。するとまたすぐに「楽しみにしているよ。オシャレしてきてね」と気持ち悪い文面が戻ってきた。

「飯田さんと木村さんは特にお願いね。私は顔が割れているからあまり近づけないので」

「わかりました。こんなセクハラ野郎は正義の鉄槌をかましてやる」と理子も久しぶりにパワーアップしている。

「当日は、フォーマルといわないまでも、そこそこの格好はしてきてね。一流ホテルのラウンジに行くことになると思うから」

田村がそう付け加えた。


金曜日の19時。ホテルのロビーに明里が到着し、伊勢島と合流した。
明里は見慣れない服を着ている。貴樹は念のためにスーツを着ていた。
理子はそのまま友達の結婚式に出れそうなドレスを着ており、木村はシックなスーツで決めてきた。

「明里ちゃんの服、見た事ないけど」
田村が不思議に思って聞くと、貴樹が「古着屋で安いのを適当に見つくろったみたいです。これが終わったら捨てるそうで」
苦笑しながら言っている。

「明里ちゃんは大胆なところも図太いところもあるけど、潔癖症でもあるのねえ」

「今回は特別だと思いますけどね」

伊勢島は身長は160cmほどの小太りだ。年齢は45歳と聞いている。妻子はいる。

そのまま一階にあるレストランに入っていった。ここは一階と中二階のスキップフロアになっており、二人は中二階の最も高い場所の端のテーブルに案内されていった。

田村と貴樹はカップルを装い、一階席へ向かう。ウェイターにあの辺りがいいとリクエストしたのだ。そこはちょうど明里たちから見下ろせる場所だ。

明里に外の景色を見せたいのだろうか、作法通りに伊勢島は背を向けて座っていたが、念のため、貴樹が視界の正面にとらえるように座る。

「ここだとばっちり見えます」向かいに座った田村に言う。この配置だと田村の顔は向こうからは見えない。

耳からは二人の会話が聞こえてくる。今のところ、世間話の域を超えるような話はしていない。理子と祐一のカップルは中二階の席を確保したようだ。二人の斜め前あたりに陣取っている。

結局、食事の間、伊勢島は口説くような会話を一切しなかった。

監視している四人に安堵と落胆の混じった空気が流れた。しかし、そのとき。

「篠原さん、このホテルの最上階のラウンジで一杯飲まない? とても景色がいいんだ」

四人に緊張が走る。耳元のイヤホンから「ええ、いいですよ」と返事する明里の声が聞こえた。

(つづく)

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