新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

伊豆諸島の新島はサーフィンの島で知られる。1980年代は夏になると恋人がほしい男女が集まる「ナンパの島」(当時はガールハントと言ったが)として有名になった。

バブル景気が盛り上がり、都心部に新しいスポットが続々と誕生すると、わざわざ新島までいかなくても……と、一時期のブームは去ったが、首都圏から近いのに、海の透明度が高く、外洋に面しているのでサーフィンに適した波が年中たつところから、サーフィンの世界大会の会場に使われたりする、波乗りのメッカとなった。

むろん、国内大会でも使われており、大会にエントリーした者のうち、望むものはプロテストを受けることができた。

サーフィンの「プロ」というのは、野球やサッカーの「プロ」とは違う。後者はそのスポーツを生業としている人のことを指すが、日本ではマリンスポーツで生計を成り立たせるのは事実上不可能であり、前者の「プロ」というのは「プロ級の技術を持つもの」という認定証のようなものである。いわば「運転免許証」に近いものだ。
それでも、プロ認定を受ければ、大会にエントリーし、入賞すると「賞金」を受け取ることができる(逆にアマチュアは順位は認定されるが、賞金はもらえない)。
プロ認定を受けた者は毎年、いくらかのエントリーフィーを支払うことによって、「プロ」で居続けることができる。


大学2年生になっていた花苗は、この年の夏、新島で開かれたサーフィン大会の女性の部で優勝し、プロ宣言をした。前年、首都圏のサーフシーンにさっそうとデビューした花苗は、「種子島から来た新星」として大注目を浴び、アマチュアながら年間ランキング3位に入る実力者となっていた。

パワーのある外洋の波で育っていた花苗にとって、湘南の波は穏やかにすぎ難易度が低かった。新島の波でさえ花苗には簡単に乗りこなすことが出来た。唯一の弱点は、水温の低い外房から北だ。

「賞金をもらえると言っても、いつも取れるわけじゃないしなあ」

各地を転戦する費用もバカにならない。アルバイトはしているけれど、授業を休んでアルバイトをするなんて本末転倒だし。もう少し、身入りのいいバイトはないかなあ。
夏の間だと、サーフィン教室の講師、という口があるにはあった。だけど、それだと自分の練習時間が少なくなってしまう。

「夏休みの間はそれでいいとして寒い時期が問題よねえ」

大会が終わったあと、2,3の雑誌のインタビューに答えた花苗は、堤防に座ってぼんやりと海を眺めていた。


この島はいいなあ。種子島と同じ匂いがする。


遠野貴樹が種子島を発つ日、自分にだけ出発時間を教えてくれた。
花苗にはそれが貴樹の「贖罪」なのではないかと感じていた。
彼がわびる理由はあるといえばあるが、ないといえばない。
あいまいなものだ。

思えば、貴樹と花苗はずっと「あいまい」なままだった。
その関係を断ち切るチャンスを与えてくれたのだと思い、そして伝えた。


ずっと遠野君のことが好きだったの。今までありがとう、と。


貴樹は「知っていると思うけれど、僕には……」と答えようとしたが、花苗がさえぎった。

「うん、わかってる。日食のときの話も。だから、ここでおしまい。さよなら、遠野くん」



あの日のことを思い出すと、今でも胸の奥が疼いて縮こまってしまう。


がむしゃらに勉強して奇跡のように(高校の先生には本当に『奇跡』と言われた)東京の大学に合格できたけれど、痛みは抱えたままだった。卒業者名簿に記載された貴樹の東京の住所と電話番号。

その気になれば、いつでもつながることはできるだろう。


だけど、今はまだダメだ。

想い出が生々しすぎるから。

誰かが言っていた。
「時間はすべての薬になって、心の痛みを消し去ってくれる」と。
でも、それにはまだ時間が足りないんだろう。

「澄田さん、澄田花苗さんですよね?」
不意に声をかけられる。
背の高い美しい女性が立っていた。

「優勝おめでとうございます!! 私、飯田っていいます。同い年なのにすごいなあって、一度お話してみたいと思って」

押しの強い感じだけど、ほがらかな好感のもてる女性だった。

「今日の大会に出てたの?」

「第1ヒートで負けました。初めて1年半ですから、まだまだ至らなくて」

「私は中学からやってたから」

「知ってます! 種子島出身なんですよね。私、種子島の海を見て、サーフィン始めたいって思ったんですよ」

「ああ、島に来たことがあるんですね。いつごろ?」

「3年前、皆既日食のときです」

花苗の記憶にピクリと何かが触れる。いや、でも、あのときは3つも高校が来てたというし。そのほかにもたくさん来てたし。

そのとき、背後から「理子ー、そろそろ行くよー」と声がかかり、その女性は「あ、引きとめてごめんなさい。雑誌でいろいろ拝見してます。また別の会場でお会いできればいいですね」とせわしく去っていった。

(つづく)

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