5cm per sec. - バカ正直
「まず、さっき俺たちは一人暮らしだって言ったけど、住所は一緒なんだ」
貴樹が言った。
「はあ?」
稲垣が突っ込む。
「同じマンションの、別々の部屋に住んでるの」明里が続ける。
「なるほどー」と声が漏れる。
「ていうか、遠野は学校、どこ?」
「立教の理学部」
ほぉーっという声が漏れる。
「篠原は学習院の文学部だよね」
「え、どうして知ってるの?」
少し驚く明里。
「雑誌のプロフィールに書いてあった」
「あ……なるほど」
「池袋と目白かあ。学校も隣どうし。それも話し合ってそうしたの?」
「いや、それは偶然。お互い行きたい学校をいくつか選んで、受けて通った学校の中から選んだ結果。栃木と鹿児島で離れ離れだったんだから、23区内にお互い住むことができるんだったら、それでいいと思ってた。電車に1時間も乗れば会えるんだからね。でも、大学が近所だし、近くに住めたらいいなあっと思って……」
「それって、親御さん知ってるの? とくに篠原のほう……」
稲垣がさらに切り込む。
「それがね……貴樹くん、大学に合格して、住むところを決めようと上京してきたときに、お母さんと一緒に私の実家まで来たのよ」
「うお、もしかしてそのときに?」
「明里とお付き合いさせてもらっていますっていう挨拶に行ったんだけど……」
その日、篠原家は緊張に包まれていた。
一人娘が男性を連れてくるという。しかも、先方の母親も一緒だという。
「母さん、これはそのやっぱり」
落ち着きがない。
「お父さん、しっかりしてくださいな。いつか来る日ですよ」
時刻通りに到着した青年に明里の母は見覚えがあった。
「遠野さん、遠路はるばる申し訳ありません、お久しぶりですねえ」
母親同士も面識があった。
「貴樹君も立派になって。うちの明里が、本当にお世話になりました」
「いえいえ、うちのバカ息子があんないい娘さんとお付き合いさせていただいていて、本当にありがとうございます」
と、母親同士の会話が終わったあと、応接間に通され、両家が対面することになった。
「遠野貴樹です。えと、明里さんとお付き合いさせてもらっています。今日はそのご挨拶に伺いました」
明里の父はしばらく貴樹を見すえていたが、「二人はいつからなのかな」と聞いてきた。
「初めて会ったのは小学校4年のときです。明里さんが渋谷区の学校に転校してきたときです」
「ああ……あの頃から」
わずかに表情を緩める父。
「でも、一緒だったのは小学校卒業まででした。明里さんは中学に上がるときにこちらへ、その一年後に僕も鹿児島へ転校しました」
「ん、ということは……」
「はい、僕と明里さんは僕が鹿児島へ行く直前に一度だけ会ったあと、ずっと手紙のやりとりだけのお付き合いでした」
「なるほど。それで、わざわざここまで来た用向きとは?」
「それは……今回、僕は東京の大学に合格して上京することになりました。明里さんも同じ状況だと聞きました」
「一緒に住みたい、とか、まさかそんなことではないだろうね?」
表情が険しくなる明里の父。
「いえ、そこまでは求めません。ただ、近くに住むということの了承を得たいと思いまして伺いました」
少しこわばる父。
「きみたちは……まだ18歳だ。親のスネをかじる身だ。遠野さん、お宅はどう思っていらっしゃるのか?」
鋭い眼光で、貴樹の母を見る、明里の父。
ずっと様子を見ていた貴樹の母が口を開いた。
(つづく)