5cm per sec. - A-Side 6
理子によると、「11人め」の男子からの、交際の申し出を断った高校3年、5月の半ば。

「言ったと思うけどさあ」

ため息をつきながら理子が言う。

「つきあう気がないなら、駅まで一緒に帰る、なんていうのもやめときな」

「ああ……、方向が同じだから、ぜひって言われて、まあ、一緒に駅までくらいなら別にご勝手にと思って」

私が通う学校から最寄りの駅までは5分くらい。とても近い。

「甘い!! 基本的にオトコってのはアホなんだから。すぐに勘違いとか思い込みとかする人種なの。ま、彼の場合、そもそもあんたとは話が合いそうにないと思ったけど」

「……ははは……」

柔道部の男子に「一緒に駅まで帰らない?」って言われて、1週間だけ一緒に下校したけど、話がまるでかみ合わなくて、「ごめん、やっぱり篠原は俺には無理だ」って言われてしまった。
なにが「無理」なのかわからないけれど。

「あんた、王子さまに手紙書いた?」

「……」
思わずうつむく。

「まさか、書いてないの?」

「……」

何も言えなかった。貴樹くんに手紙、書けていない。

「あんたさあ……」

理子がこういうふうに、前置きを引っ張る時は、そのあと怒涛の説教が始まることは、長年の経験でわかっていた。

「いーい? そんなに運命的に出会って、長い間手紙でつながっていて、しかもあんなにイケメンな人を明里は放棄するの? あなたに会いたいって、長い時間かけて会いに来てくれた人のことを」

「……」

そうなのだ。言われてることは全部わかっていて、でも、書けない。
貴樹くんに関する本当のことを知って、それに傷つくことに恐れていた。
俯いて胸の奥の痛みを軽くしようと、唇を咬む。

「私にちょうだい」
不意に理子が言った。

「え」

「そんな適当な気持ちなんだったら、私に紹介して。わたしだって、そこそこイケてるから、しかも秀才理系だし、あんたの王子様だって落としてみせる」

きっとわざとだろう。お芝居なんだろう。そんなことはわかっていた。
だけど、そんなことは言ってほしくなくて。


「だーーめーーーー!!!」

「だったら」
しめしめ、といったふうに表情を改めて、理子が言う。

「え」

「篠原明里は、今すぐ天文地学部に入部すること。部長命令」

そう、理子はやはり部長に就任していた。
いや、この場合、なにが「だったら」なんだろう。何を言い出してるのかわからない。

「でも私、バスケ部だし」

「兼部は禁止されていないし、第一、あんた補欠なんだから、別にどうでもいいでしょ」
「うぐ」

「やっぱり知らないみたいだから改めて言うね。来月、6月xx日に、南九州で皆既日食が起きるの。我が天文地学部は文科省の共同研究プログラムで、鹿児島県立中種子高校に行って、皆既日食の観測をします」

「え、中種子高校……!?」
それは、貴樹くんの通っている高校だった。

「観測機材がさあ、けっこうたくさんで大変なのよ」

「はあ」
理子の言ってることがよくわからなかった。

「知ってのとおり、我が部は4人しかいないから、明里に入部してもらって、一緒に種子島へ行くの。仕事は荷物運び。わかった?」

そこまで聞いて、理子の考えがわかった。

貴樹くんと合わせようとしている……!?

うれしいけど、怖かった。
私が手紙を出さなくなってからもう1年近く経っていたから。

「明里。あなたが動かなければ、なんにも動かないよ?」

わかりすぎていることを言われて、私はさらに落ち込んだ。

(つづく)